第32話 名探偵ゼノ
なにか決定的な証拠となるものがあればいいのだが……。
そう、例えば臭いとかで辿れないだろうか。
臭い……?
そうだ……!
俺はある方法を思いついた。
俺は急いで、庭のほうに向かって走り出す。
「ど、どうしたのだ、ゼノ!」
「ちょっと待っていてください! すぐに戻ります!」
俺は庭にいたドッグミートを連れて戻ってきた。
「これは……犬……!?」
「こいつに犯人を捜させます」
俺はドッグミートに、さきほどのワイングラスに残っていたモルティリカの匂いを覚えさせた。
そして、同じ匂いを辿るように命令する。
「ドッグミート、やってくれるか?」
「ワン!」
ドッグミートはパーティー会場を嗅ぎまわり、そしてある一人の男性貴族のもとで止まった。
もしかしたら、この人が犯人かもしれない。
使用人が、失礼しますと言ってその人物の衣服を調べると、なんとそこから、モルティリカを抽出したエキスが入った小瓶が発見された。
「こ、これは……!? まさかハナフォン男爵、あなたが……!?」
「ち、違う……! これはなにかの間違いだ……!」
モルティリカを持っていたハナフォン男爵が、慌てて容疑を否定する。
しかしヴァルターが使用人に命令をして、ハナフォン男爵をとらえようとする。
「ハナフォン男爵を拘束しろ!」
「はい……!」
けど、俺はまだハナフォン男爵が犯人だとは言ってない。
「待ってください! ハナフォン男爵は違います……!」
「なんだって……!?」
その証拠に、モルティリカ入りの小瓶をハナフォン男爵から遠ざけると、ドッグミートはハナフォン男爵から興味を逸らした。
つまり、モルティリカの匂いはハナフォン男爵からはあまり匂っていないということ。
「犯人はグラスを一瞬ですり替えることのできる人物です。おそらく、犯行後にハナフォン男爵の衣服に、証拠となる物を忍ばせ、罪をなすりつけようとしただけかと」
「なら、誰が犯人なんだ……!?」
俺はさらにドッグミートに犯人捜しを続けさせた。
モルティリカ入りの小瓶を部屋から遠ざけると、ドッグミートは再び他の匂いを辿りだした。
そしてドッグミートが最終的にとらえたのは――。
「ディルニタイ男爵。あなたが犯人だ……!」
ドッグミートはディルニタイ男爵のもとで立ち止まると、男爵を逃がさないようにその服にかじりついた。
「な、なにを言うか……! 私は無実だ……! どこに証拠があると!? 実際、モルディリカ入りの小瓶はハナフォン男爵から出たじゃないか……!」
ディルニタイ男爵は無罪を主張する。だが、俺にはすでに確信できるだけの材料があった。
「ドッグミートがあなたの衣服から、モルティリカの匂いがすると言っています。他の誰よりも強くね」
「はん! こんな犬っころ。なにがわかるというんだ。はなせ! この犬畜生めが!」
ディルニタイ男爵はドッグミートを振り払おうとする。
しかし、ドッグミートは「ガルルルル」と言って、決してはなさない。
「証拠はそれだけじゃないですよ。まだあります。ディルニタイ男爵、あなたはハナフォン男爵からモルティリカの小瓶が出たとき、パーティー会場の後ろのほうにいましたよね? まるで隠れるようにして……。あそこからは、集まっている人々の影で、こちらの様子がよく見れなかったはず。それなのに、どうしてモルティリカが小瓶に入っていたと知っているんですか?」
実際、俺は一度も「小瓶」などとは口にしていない。これはわざとそうした。だから、モルティリカ入りの小瓶を目視でもしないかぎり、ディルニタイ男爵がそのことを知る由はないのだ。
「ふ、ふん……小瓶に入っていることくらい、想像すればわかること。モルディリカのエキスを封じておくなら、それが一番だろうからな」
ディルニタイ男爵はなおもそんな言い訳をする。
「さらに、今のセリフ。ご自分でもう一度おっしゃってみてください」
「はぁ……? モルディリカのエキスを封じておくなら、それが一番だろうからな……そう言っただけだが? それがどうしたというのだ」
「まさにそれです。あなたはさっきから、モルティリカのことを、モルディリカと言っている。ティが濁るのは、あなたの出身であるディオモンド地方の方言です。そして、ディオモンド地方はモルティリカの名産地でもある。あなたがモルティリカ毒の抽出方法に詳しいのも、それで説明がつきます」
「っく…………」
ディルニタイ男爵……語るに落ちたな。
「ディルニタイ男爵を拘束しろ……!」
ヴァルターがそう言うと、使用人たちがいっせいにディルニタイ男爵をとらえた。
そのときだった。
ディルニタイ男爵はニヤリと笑うと、今度はなにやら服の下から、触手のようなものを放出させ、それで使用人たちを攻撃しはじめたのだ。
触手は、使用人たちを跳ねのけると、今度はドッグミートにも攻撃した。ドッグミートは触手に弾かれて、俺のもとまで吹き飛ばされる。
「ドッグミート……!」
「クゥン……」
怪我はないようだ。
だがそれにしても、ディルニタイ男爵のあれはいったい……!?
「ふはは……! バレてしまったのなら仕方がない。穏便に暗殺で終わらせるつもりだったが、この場にいる者は全員、死んでもらうことにしよう」
そう言って、ディルニタイ男爵はマントを広げた。
すると、マントの下にはまるでタコやイカのような何本もの気色わるい触手が生えていて、蠢いているではないか……!
「な、なんだアレは……!?」
「ディルニタイ男爵は魔物だったのか……!?」
会場はさらに騒然となり、戦闘能力のない貴族はなんとかこの場から逃げ出そうと、慌てふためいている。
このままじゃ、本当に死人が出るかもしれないな……。
とにかく、あのディルニタイ男爵をはやく止めないと……!
だけど、なんだあの触手は……。
うかつに近づくと、やられそうだ。
俺がディルニタイ男爵を止めようと、剣に手を書けたその時だった。
俺の後ろから、なにやらぶつぶつと声が聞こえた――。
「我が血脈に宿りし灼熱の誓いよ!
鋼の律を焼き払い、全てを紅蓮に染め上げろ!
無数の刃となり、嵐のごとく敵を蹂躙せよ――
――爆ぜろ!
深紅の嵐!!!!」
すると俺の後ろからは深紅の風が通り過ぎ――たかと思えば、次の瞬間にはディルニタイ男爵は気絶していた。
なんだ今の技は……!?
後ろを振り向くと、そこには魔法を詠唱し終わった第三親王殿下――イゼルハルト・クロイツ・レグナートの姿があった。




