第30話 さよならパーティー
俺はその日、父――ヴァルターから呼び出しを受けた。
父が俺に直接の話があるなんて、珍しいことだ。
「失礼します、お父様」
「うむ、入れ」
父の書斎には本が壁一面に並んでおり、暖かい木の香りがした。
「お話とはなんでしょうか?」
「ゼノ、お前……大蛇を倒したそうだな」
「はい。なぜそれを……?」
「カセウス――ギルドマスターからきいた」
「なるほど……」
そういえば、ギルマスと父は個人的な付き合いもある仲だったな。
面倒なことになるのが嫌で、親父には大蛇のことは黙っていようと思ってたんだが……。
まさかギルマスから直通で漏れるとは……。
「えらいぞ。ゼノ! さすがは私の息子だ」
ヴァルターは上機嫌で俺の頭をなでる。
なんだか嫌な予感がする……。
「ありがとうございます」
「さっそく褒美を与えねばな……!」
「はい……ありがとうございます」
ほら、やっぱり面倒なことになった。
この人は基本、表では厳格な態度をとることもあるけど、俺のことを溺愛しているからな。
俺が大蛇を倒す手柄を立てたと知れば、きっと大騒ぎして面倒なことになると思ったのだ。
「そういえば、お前も12歳になるんだったな」
「ええ……そうですけど……」
「ちょうどいい。12歳ともなれば、普通は婚約者がいる歳だ。今回の誕生日パーティーで、婚約者を決めよう! そのお膳立てを褒美としようではないか!」
「こ、婚約者ァ……!?」
正直、そんなのまったく意識していなかった。
でも、そうだよな……貴族といえば、婚約者がいるのが普通だ。
けど、俺にそんなのって……できるのか……?
俺、これでも前世ではかなりのモテない人間だったんだけど……?
「誕生日パーティーは盛大にやろう。今回の褒美に、世界中から美人を集めよう! パーティーで気に入った娘がいたら、私に言うんだぞ。それがたとえ皇帝の娘であろうと、必ず縁談をまとめてみせるからな」
「えぇ…………」
「もちろん、褒美とは別に誕生日プレゼントもあげるからな! 楽しみにしてるんだぞ!」
「は、はい……」
ほら、大事になった……。
それにしても、婚約者かぁ……。
せっかくなら、美人と結婚したいけど……。
でも、なるべくなら俺のことを好いてくれる人がいい。
だって、無理やり俺のことを嫌いな美人と結婚しても、毒殺される可能性が上がるだけだ。
俺を毒殺するのが婚約者だっていう線もあり得る。
なにせ俺はどのルートでも毒殺される運命にある人間だ。
婚約者選びは慎重にいかないとな……。
◇
誕生日当日、俺のために盛大な誕生日パーティーが開かれた。
ヴァルターの言った通り、世界中の貴族から、選りすぐりの美女たちが集められたようで、見たこともないような美人がたくさんいた。
この中から婚約者を選べっていわれてもなぁ……選べないよ……。
しかも、ヴァルターは皇帝ともつながりのある有力貴族だ。
もちろん俺の誕生日パーティーにも皇族を呼んでいる。
さすがに皇帝陛下がわざわざやってきたりはしないけど……。
でも、第三親王であるイゼルハルト殿下を招待しているらしい。
はぁ……皇族が俺の誕生日パーティーに来るなんて……気が重い……。
俺は主賓ということで、いろんな貴族からの挨拶を受ける必要があった。
俺の誕生日パーティーだってのに、実質やることは貴族の接待だ。
貴族たちとのつまらない会話に退屈していると、ヴァルターとともに、第三親王殿下がやってきた。
第三親王――イゼルハルト・クロイツ・レグナート殿下だ。
「やあやあ、お誕生日おめでとう。ゼノヴィウス」
「イゼルハルト殿下。ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げる。
さすがに緊張するな……。
イゼルハルト殿下は、クリーム色の薄い金髪に、青色の眼を持った、いかにもな中世風のイケメンだ。
でもこの人は、どこか表情の真意が読めなくて、苦手なんだよなぁ……。
「今日は僕も皇族であることを忘れて、一人の招待客として楽しませてもらうことにするよ」
「ええ、ぜひ」
「それじゃあ、あっちにいるから、またなにか用があったら呼んでね」
「はい。ありがとうございます」
第三親王殿下が去って、俺はようやく胸をなでおろす。
「ふぅ……」
そのあとは、気の置ける仲間たちが挨拶しにきてくれた。
ギルドマスターのカセウスだ。
「よう、ゼノ坊主。お誕生日おめでとう」
「ありがとう。ギルマス」
「こういう貴族のパーティーは息が詰まるだろう? 俺も苦手だ」
どうやらギルマスは俺を連れ出しにきてくれたみたいだ。
「ありがとう。実は俺も苦手で……」
「だろうな。さっきは脚が震えていたぞ」
「はは……」
いや、脚が震えているのは、最近ミレイユの毒料理が強すぎて毒のせいで震えるだけだ。
毒と言えば……。
貴族が毒殺されたりするのって、だいたいこういうパーティーの会場で、どさくさに紛れてだったりするよな。
よく貴族をテーマにしたアニメや小説で、そういうシーンを見たことがある。
さすがに第三親王殿下も来ていることだし、セキュリティはしっかりしているとは思うのだが……。
どうにも、俺も敏感にならざるを得ない。
いつもはミレイユの料理だけを食べている俺だが、さすがにこの会場にあのダークマターを持ち込むわけにはいかないしな……。
つまり、俺も普段とは違う料理を口にしないといけないわけだ。
どこかに毒が紛れていて、それを俺が食ってしまうという可能性もある……。
だがまあしかし、今の俺はかなりの毒耐性を鍛えてある。
そんじょそこいらの毒を食っても、俺はなんともないだろう。
まあ、モルヴェナ先生によると、俺の毒耐性をもってしてもまだ防ぎきれない毒もあるらしいけどな……。
だがむしろ、危険にさらされるとしたらそれは他の貴族だ。
俺が毒殺の運命にあるせいで、他の貴族が巻き添えを食らったり、代わりに死んだりなんてことも避けたい。そんなのは寝覚めが悪いからな。
俺も、一応料理には目を光らせておくか……。
ある程度の毒の見分け方は、モルヴェナ先生から教わっているしな。
それに、ミレイユの料理を食べているから、料理に毒が入っていれば、臭いで分かるようにもなっている。
料理は立食でのビュッフェ形式になっていて、誰がなにを食べるかは完全にコントロールできない。
だから、誰かが誰かを暗殺しようとするなら、一度取った料理から目を離した隙――。
その隙に、こっそり毒を仕込んで、離れる。俺ならそうする。
俺が警戒して会場を見渡していた、そのときだった――。
ある一人の男が、自分のグラスと、他人のグラスを、一瞬のうちにして入れ替えているのを見てしまった。
剣術で鍛えた俺の動体視力は、それを見逃さなかった。
恐ろしく速いすり替え……俺でなきゃ見逃しちゃうね。
そして、そのすり替えに、俺以外誰も気づいていない……。
グラスをすり替えられたのは、短い水色の髪の、キザな感じのイケメン貴族だ。
彼自身ももちろん、グラスの違和感に気づいていない。
そして、イケメン貴族はそのグラスを、なにも知らずに口に運ぼうとする――。
「待て……!!!!」
俺は思わず、大きな声でそう叫んでいた。
俺はすぐさまイケメン貴族の元へ駆け寄り、そのグラスを奪い取る。
「なにごとだ……!?」
俺の父、ヴァルターが現れ、説明を求める。
「これはいったいどういうことなんだ、ゼノ」
父からすれば、せっかくのパーティーを俺が奇行で台無しにしているふうに見えたのだろう。
俺は、グラスを傾けて、ワインを一口飲んでみせた。
そしてそれが毒であることを舌で確認し、地面に吐き出す。
「これ、毒です」
「なに……!? なんだって……!?」




