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19.ジョエル、再び。


「君がアクセサリーをしているなんて珍しい」


 開口一番にジョエルは言った。

 ルミエラは、今日の昼食はガゼボにて、ジョエルと二人でとっている。婚約者同士の定期的な昼食会だ。


「僕以外の誰かからの贈り物かい?」


 ちなみにジョエルから何かをもらったことは一度もない。


「昔、父から頂いたネックレスですが」

「ああ、あの珍しい青い石のやつか。なんだ、男でも作ったのかと思ったのに」


 となぜかジョエルは笑う。婚約者がいる立場でルミエラがほかの男性と付き合うとでも思っているのだろうか。


「あ、今日は連れてきたんだね」

「連れてきた、とは」


 ルミエラはいつもと変わらない様子で、無表情でニンジンをナイフで一口サイズに切る。


「ほら、例の従者……確かヒナノとか言ったっけ? 頑張って気配を消そうとしているけどさ、まだまだ技術が足りないね」


 そう、二人きりの食事という名目だが実際はルミエラたちの見えないところに従者が控えている。二人に何かが起きた際に対処できるようにだ。あとは外から誰かが入ってこないよう見張りの役割も兼ねている。


「この前の昼食会、ルミエラが本当に一人で来たときは驚いたよ。公爵令嬢がそういうことしてはだめだよ」


 とジョエルは両手を広げながら首を横に振る。


「以後気を付けます」


 別にルミエラに何かが起きても気にしないくせに。体裁を気にしているのだろう。


「いやあ、しかし悔やまれるねえ。ルミエラが倒れたときにあの場に僕がいなかったなんて」

「はあ」


 いたら助けたとでも言うのだろうか。

 ルミエラは怪訝な顔で視線を送る。


「だって、いるはずのない従者がルミエラのもとに颯爽と現れて、お姫様抱っこで去っていたんだろう?」


 のちにアリシアが話してくれたが、そうらしい。一体ルミエラより小さい身体のどこにそんな力があるのか。


「しばらくクラスで話題になってね、話題についていけなかったのは辛かった」

「そうですか」

「それで、ヒナノは従者に復帰ということか」


 ジョエルは食べる手を止めて、話に夢中になっている。


「ええ」


 あれからヒナノには平日は学園で従者、土曜日は王立研究所でタントル伯爵の助手として働いている。


「そうか相当お気に入りのようだね」

「それが何か」


 ルミエラが倒れたあの日。ルナの行動により、ルミエラとヒナノの間に生じた誤解を保健室で解いたあとのこと。ルミエラがヒナノを研究所に迎えに行った際、ヒナノに会う前にタントル伯爵と話をした。

 そのときタントルはすこしホッとしたような声で、ヒナノが研究所で助手として働いていること、空き時間にルミエラの呪いを解く方法を調べていると伝えてきた。

 その話を聞いたときに決めたのだ。絶対にヒナノをそばに置いて離さないと。


(今まで私を想ってくれる人はたくさんいた)


 でもその人たちの目にはルミエラはクレプスキュールの人間として映っているのを感じていた。それは貴族として当たり前だし、それ以上の何かを求めるのは我がままだろう。でも貴族というものを知らないヒナノが、ルミエラのために何かをしてくれるだけで嬉しいのに、まさか呪いを解こうと試みていたなんて。もうヒナノに対する感情はお気に入りの従者どころではない。ただ、この感情をどう形容していいのかルミエラにはわからなかった。


「将来的に愛人にでもするのかい?」

「は?」


 予想外のジョエルの言葉にルミエラは動揺する。豆をフォークで刺そうとしたが、うまく刺さらず、豆が明後日の方向へと飛んでいった。

 ルミエラは目を細める。愛人? 何を言っているのこの人は。とても不快である。

 そんなルミエラの様子をみて、先ほどまでにこやかだったジョエルの顔から表情が抜け落ちる。


「なんだよその目は。別におかしい話じゃないだろ? みんな公にしないだけでさ」


 ルミエラはジョエルにも定期的に会っている女性がいることを知っている。そのことは別に構わないのだが。


「あなたと私を一緒にしないでいただきたいわね」

「君に残された時間はわずか。生きているうちに遊んだほうがいいんじゃないか。僕たちはあと一年もすれば学校を卒業して結婚だけど、君に愛人がいたって僕は気にしないよ」


――虫唾が走る。


 ルミエラは食事をする手を止めざるを得なかった。フォークとナイフを持つ両手の震えが止まらない。


「気分がすぐれませんので、失礼します」

「おや大丈夫? 保健室まで送ろうか?」


 ルミエラはジョエルを睨みつける。


「結構です」


 ルミエラはジョエルから一刻も早く距離をとるために、足早にガゼボを後にした。



***




「もうすぐ放課後か。そろそろルミエラ様が来る頃かな」


 ヒナノは以前と変わらず、ルミエラ様が授業を受けている間は学園図書館で時を過ごしていた。今日のお昼はルミエラ様はジョエル様と昼食で、ヒナノは警備を兼ねて邪魔にならない場所で二人を見守っていた。正直、警備とか言われても何もできない思うけど。


「しかし、昼食会のときのルミエラ様なんか変だったな」


 急に立ち上がったかと思ったら、ヒナノのことを無視し、校舎内へと戻ろうとした。何度か声をかけても返事もしてくれなくて。なんというか、ヒナノのことが見えていなかったような。


「やっぱり、まだどこか具合が悪いんじゃ…」


 心配だなあ。


「あ、やっぱりここにたんだ、ヒナノちゃん」

「あ、レンディさん」


 ヒナノが机に頬杖をついた状態でボーっとしていると、レンディさんがヒナノの隣の椅子に腰を下ろす。


「この前はごめんね?」

「えっと何がですか」

「いや、ルミエラ様が倒れたときアリシア様と僕、パニックになっちゃってさ……なにもできなくてごめん」

「いえ、誰だって予想外のことが起きたら慌ててしまいますから」


 と声をかけておく。当時は怒り心頭だったなんてことはとても言えない。


「いやあ、でもこういったらなんだけどさ。あのときのヒナノちゃんかっこよかったよ。もっと落ち着きのない感じの子だと思ってたから意外だったな」

「あ、あの時はその無我夢中だったと言いますか」


 とヒナノは両手を前に出して振る。というか、あれって周りから見てどういう風に映ってたんだろう。やっぱり不敬な従者とかかな?


「それほどルミエラ様のことが大切なんだね」

「あ、それはもう。この世界で一番大切です」

「ふっ、ははは。いいねえ、僕そういうの大好きだよ」


 レンディさんは、口に手を当てたまま静かに笑う。


「でもレンディさんだって、アリシア様のことを大切に思っているでしょう?」


 というか大体の従者ってそういうものじゃないの?


「ああもちろん、そのことは誰にだって負けないよ」


 とはにかむレンディさんの顔は輝いてる。


「――君がヒナノだね」


 二人で小声で話していると突然背後から声をかけられた。振り向くと、昼間に遠くから見た姿が。


「ジョエル様」

「やあ、昼はすまなかったね。ルミエラから話は聞いたかい」

「いえ……」

「そうか。ちょっと君に話があるんだ。ピアノ練習室まで僕と来てほしい」


 ジョエル様がヒナノに? ルミエラ様もうすぐここに来ちゃうんと思うんだけど。

でも、ルミエラ様の婚約者だし……。了承せざる追えないか。


「わかりました」


 君、すまないね。とジョエルさんはレンディさんにも声をかける。


「じゃあ行こうか」


 とジョエル様はヒナノに手招きをした。


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