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20.vsジョエル


「あのジョエル様、お話って?」


 ヒナノはジョエル様に連れられ、ピアノ練習室という部屋を訪れた。名前の通り、部屋真ん中にピアノが置いてあるだけの教室だ。部屋の壁には小さなが穴がたくさん開いていた。音の響きを抑えるためだろうか。

 ジョエル様はヒナノを先に部屋に入れた後、部屋の鍵を閉める。

 なぜ鍵を?

 ん? これは密室に男女が二人きりの状態。一般的には危ない状況だけど……相手はルミエラ様の婚約者だし、大丈夫、だよね。

 そう思いながらもヒナノは警戒心を緩めない。


「君がヒナノ、そうだね」

「はい申し遅れました。ルミエラ様の従者のヒナノです」


 とヒナノは頭を下げる。


「近くでみるとなかなか可愛い顔をしているじゃないか」


 は?

 ルミエラ様を待たせたくないから、さっさと話をしてほしいんだけどな。


「ジョエル様お話は?」


 ジョエル様はヒナノの態度に不服なようで、むっとした表情を見せる。


「いや君には僕に慣れてもらおうと思ってね」

「慣れる?」


 そんな必要あるのかな?


「僕とルミエラはこの学園を卒業したら結婚だ。きっと君もルミエラに付いてくるんだろう?」

ルミエラ様は最終学年だから、卒業まで一年切ってるんだっけ? そういえば、ルミエラ様の卒業後のこと考えたことなかったな。


「だが、ルミエラが死んだあとは? きっと君は僕に仕えることになるだろう」

ルミエラ様が亡くなった後のことなんてそれこそ考えたことない。しかもジョエル様に仕えるって? 一体何の話?


「もしかして、ルミエラ様からそういうお話が?」


 もしかして昼食会でそういう話をしたのかな?


「いいや。でも僕と君、ルミエラを愛する者同士仲良くできると思ってね。なんなら、愛人でも構わないよ。二人で傷を舐めあおうよ」


 とジョエルはヒナノに近づきながら笑いかけてくる。

 いやこちらは全然笑えないのですが。しかも愛人って。あのねえ、何様のつもりなんだろ。  あ、ジョエル様か。一体どういう発想したら、そういう考えに至るのか全く理解ができない。

 ジョエル様……いやジョエルはヒナノが首から何かをかけているのに気づいたようで、洋服の下に隠れているそれを引っ張り出す。


「これは、また高価なものを。ルミエラからかい?」


 ジョエルは青い宝石を眺めながらぽつりと呟いた。


「はい、ルミエラ様から頂きました」


 ヒナノは毅然とした態度で答える。


「ふうん、本当にこのまま何もしないつもりか?」

「一体何の話――」


 そう言おうとした瞬間、練習室のドアがガチャガチャと音を立てる。だが内側からカギがかけられているためドアが開くことはない。


「意外に早かったな」


 そう言いジョエルが目をつむり、ヒナノのあごに手を当てながら、ヒナノに顔を近づけてきた。何考えてんだこの男。

 絶対にこの危機を回避しなければとおもった瞬間にジョエルの動きが遅くなるように感じる。もしかして突然動体視力が上がったのか?

 ヒナノは顔を横にずらしながら、ヒナノの顎に触れているジョエルの左親指を右手でつかんであらぬ方向に力いっぱい曲げる。不敬罪だろうが、なんだろうが知ったことか。

 その瞬間、ジョエルの動きが止まり、顔が苦痛に歪んだ。そのすきを見てヒナノはドアの入り口まで猛ダッシュし、鍵を開け外に出ようとする。

 そして、目の前にいる誰かにぶつかった。


「ヒナノ!」

「ルミエラ様!?」


 ぶつかった相手はルミエラ様だった。もしかして、迎えに来てくれたのだろうか。

 ルミエラ様の顔を見た瞬間に、ホッとしたのか体の力が抜けそうになる。


「あなた、大丈夫なの?」

「大丈夫です。なんとかファーストキスを奪われる危機は回避しました」


 ヒナノの言葉を聞くや否やルミエラ様の顔から表情が消えた。


「あなたはここで待っていて」


 ルミエラ様はヒナノに一言声をかけ、練習室へと入っていった。



***



「一体どういうつもり? 何が、とは言わせないわよ?」


 ルミエラが部屋に入ると、ジョエルはピアノにもたれながら、親指の付け根をさすっていた。


「……。なんだい。僕が誰に手を出そうと僕の勝手だろう?」


 とんだ人間ね。

 ルミエラは今日の最後の授業が終わったとあと、ヒナノがいるはずの図書館に向かった。いつもそこで待つように指示をしているからだ。しかし、今日はそこにおらず、居合わせたレンディにヒナノの居場所を尋ねたところ、ジョエルと練習室に向かったという。昼間の彼と話した内容から、嫌な予感しかしなかった。ルミエラは周りの目もはばからず、練習室へと急いだ。だが、ドアを開けようとしても鍵がかかっており、どうすればいいか考えあぐねていたところに、ヒナノが部屋から出てきたのだ。

 しかもキスをされそうになったという。

 ジョエルとはお互い恋愛感情もない。だから、他の女性と何をしようが、それを咎めることはしなかった。だが、今回の件は。


「ヒナノは私の従者よ」

「知っている。だが、君が僕と結婚し、死んだあとは? きっと僕に仕えることになるだろう?」


 いや、それはジョエルの思い込みだ。ヒナノは今ルミエラ自身に仕えている。それも学園内にいるときだけだ。ルミエラが学校を卒業した時点で、ヒナノはルミエラの従者ではなくなる。だから、ジョエルに仕えるなんてこと絶対にない。


「ああ、そうだ次の昼食会にヒナノも同席させよう。今のうちにヒナノのことをよく知っておかなくちゃね」


 ジョエルにヒナノを会わせる?

 ルミエラは胃に不快感を覚える。


「従者を婚約者同士の昼食会に同席させるなんてありえませんわ」

「そうか、じゃあ君の婚約者として、相手のことを知るために従者をお茶にでも誘うか」


 しつこい。

 ルミエラに興味なんてないくせに。そもそもヒナノに一番興味を持ってほしくない相手がヒナノに興味を持つなんて。そんなの耐えられない。


「ヒナノには今後一切近づかないでください」

「それは無理だね。だって君の従者だし。婚約者の君に会うには、どうしたって君の従者にも会うことになるよ」

「……そうですか」


 ルミエラは、俯き両手の拳を強く握り込んだ。爪が皮膚に食い込んだが、痛みを感じることすらなかった。

 なにか……今すぐ何か手を打たないと。


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