補完[アシュタルテ家の優雅な人々-2]
~"転生令嬢"プリムローズ~
上のお兄様との予想外のエンカウントはあったものの、予定の時間に遅れることなく目的地に辿り着く。
お母様がお茶会の会場として指定したのは屋敷の庭園を臨むサンルームだった。天気が良い今日は絶好のロケーションだろう。雪など降ればそれはそれで良い景色だし、私はそれも嫌いではないけど。
「お母様、プリムがまいりました」
クラリスちゃんを連れて部屋の中程へと進むと、窓際のラウンドテーブルにお母様の姿があった。
お母様は典型的な北欧美人といった風貌の女性で、とってもグラマー。控えめに言ってむちむちである。三児の母であり、長男は成人しているとは思えないほどの若々しい美貌――はぶっちゃけ若作りなのだけど、逆に言えば若作りでちゃんと若く見える程度には元の容姿レベルが高い。
自惚れながら結構な美少女である私や、稀代の女たらしであるお兄様の母親なのだから、不細工なわけがないといえばそれまでだけども。
「いらっしゃい。プリム」
そう言ってお母様は私に微笑みかけてくれる。
本人的にはにっこりと笑っているつもりなのかもしれないが、いかんせん吊り目で目力の強い面立ちとメイクのせいで、どう見ても悪役がほくそ笑んでいるようにしか見えないのは内緒だ。
「ちゃんと遅れずに来ましたわね」
「とうぜんです」
お母様は厳格なタイプではないし、時間に厳しいわけでもないけど、他人に待たされるのは大嫌いな人だ。彼女が指定した時間に遅れたりすると、全力全開で拗ねてしまうので注意が必要である。
なお、字面は可愛いが、この人が拗ねると八つ当たりで主にメイドが滅茶苦茶酷い目に遭うので、わりと笑い事ではない。
なので、私はこの場に居なくてはならないはずの人物を探して視線を巡らせる。
「……お兄様は?」
本日の主賓というか、明日にも王都へ発ってしまう下のお兄様との交流を目的としてお母様が企画したお茶会なので、彼が居なくては話にならない。サンルームの中にはテーブルに着いて待っていたお母様と、給仕のために控えているメイド達、それから私とクラリスちゃんの姿しかない。クラリスちゃんを連れて来たのは私の給仕をしてもらうためである。
私が下のお兄様の所在を問うと、お母様は物憂げに頬に手を当てた。
「おおかた、どこぞで油を売っているのでしょう」
「……お誘いはしているのですよね?」
「無論です。母に抜かりはありませんことよ?」
お母様は自信満々にそう言うが、お母様だけが伝えた気になっていて、実は相手に伝わっていなかったということはままある。その癖すっぽかされたと勝手に拗ねるのだから、なんともめんどくさい人なのだ。私の実母だけども。
お母様の後ろに離れて控えていたメイドに私がこっそり視線を向けると、年嵩のメイドは目だけで頷いて見せた。今回はちゃんと伝えて了解を得ているらしい。
ということは単純に下のお兄様が遅れているか、約束自体を忘れているかだ。
悲しいことに、私以外の家族はお母様が拗ねてメイドに八つ当たりしようが調度品をぶち壊そうが気にもしないので、お母様の機嫌を損ねないようになんて気遣いをしてはくれない。特に下のお兄様は清々しいくらいに自分本位な唯我独尊ボーイなので、事前に約束していようがなんだろうが『俺の気が向いた時間が約束の時間だ!』とか素で言いかねない。ていうか言う。
「では、プリムがお兄様を呼んでまいります」
お兄様がやってくるまで私がこの場でお母様の機嫌を取ってもいいが、正直めんどくさいし、結局お兄様が現れない可能性も半分くらいはある。なので、私が自分で呼んでくるのが一番確実だろう。
使用人に呼びに行かせても、あのお兄様が使用人の言うことなど聞くはずがないし。
あと、一応言っておくと私の一人称は好きでこうなっているわけではない。完全無欠にお母様の趣味である。例によってお母様の望み通りにしないと拗ねちゃってめんどくさいので。なお舌足らずなのはわざとじゃないので大目に見て欲しい。
「早く戻ってくるのですよ?」
「どりょくします」
というわけで、私はクラリスちゃんを引き連れてまたもや寒い廊下に繰り出す羽目になったのであった。
その辺を歩いていた使用人を捕まえて下のお兄様の所在を訊くと、どうやら屋外で魔法の練習をしているようだった。
下のお兄様は王都の魔法学院に通う現役の学生であるからして、休暇中の課題かなにかかもしれないが、ただの趣味の可能性も否めない。上のお兄様はあんまり魔法が得意ではなくて、どちらかというと文官肌の人間だ。対して下のお兄様は魔法を使うのも身体を動かすのも大好きな武官肌の人間である。なので趣味で魔法の練習や研究に没頭していることも珍しくないし、だとすればお母様とのお茶の約束よりも余程ウェイトが大きいだろう。
呼びに出たのは正解だったようだ。
屋敷の裏手に出てみると、探すまでもなくその所在は明らかだった。
使用人や屋敷の警備の人間なんかを集めて、お兄様が自慢の魔法を披露している真っ只中だったからである。この寒空の下でよくやるものだと思う。人垣の中心に居るお兄様は金色の短髪で、細身だが筋肉質な、所謂細マッチョ系の男子である。
お母様がキツめの容貌のブロンド美女、お父様が甘い容貌の銀髪ダンディで、アシュタルテの血筋は基本的には銀髪の家系らしい。そこへ行くとお父様の容姿を受け継いだのが上のお兄様で、下のお兄様にはお母様の特徴が色濃く受け継がれているように思う。なお私は両親の遺伝子の折衷案みたいな感じ。
お兄様が遠くに置かれた案山子みたいな的に向けて右手を翳すと、白い魔力が迸り、瞬く間に形成された氷の槍が飛翔して的を刺し貫いた。
周囲のギャラリーが『おお……』とどよめく。
ううむ、私もこの世界に生まれ変わって初めて魔法を見たときは同じような反応したなぁ。彼らは別に初めて魔法を見たわけではないのかもしれないけど、まあ自身とか家族が魔法使いでもない限りは、特に平民階級の人々は魔法を見る機会なんて然程無いだろう。私個人としては魔法なんて便利な力使ってなんぼだと思うけど、この国の一般的な魔法使いって出し惜しみが好きだから。
この世界の魔法ってのはちょっとだけ変わっていて、呪文を唱えたりしないし、杖を振ったりもしない。大抵は魔法使い本人の脳内で完結する技能なのである。簡単に説明すると、魔法使いは脳内に『魔法モデル』と呼ばれるものを構築し、そこに魔力というエネルギーを流すことで魔法を顕在化させるのだ。その行為を『魔法を使う』とか『魔力を編む』とかって表現するわけだ。
魔法モデルとはなんぞやって言われると説明は難しいが、早い話が一種の回路であり、魔法陣だ。魔法とは元々意味論的な振る舞いをするので、難しいことは抜きにして、脳内に描いた魔法陣に魔力を流すとその魔法陣が有する意味の現象となる、と思えば大差ない。
日本人的に言うならば『炎』という漢字の型を作って、そこに魔力という流体を流し込めば実際の炎が発生する――みたいな。この場合、『炎』の型が魔法モデルだ。魔力そのものはただのエネルギーだけど、型そのものに炎という意味があるので、現れる結果は炎となる。
勿論、世間一般に言われるような魔法や、今まさにお兄様が使った魔法とはそこまで簡素なものではない。実際には夥しい数の意味をあらわすモデルが複雑怪奇に組み合わさって魔法を作っているのである。
以上、転生者のやっつけ魔法教室でした。
「素晴らしいお手前!」
「流石は坊ちゃまで御座います!!」
ギャラリーが口々に告げる称賛の声に、お兄様も満更ではなさそうに頷いている。
お兄様の機嫌を取るためにとりあえず褒め称えておくってのは当然あるだろうけど、それを抜きにしてもお兄様の魔法は実際優れたものだと思う。原作のボスキャラであったプリムローズの魔法的な才覚が反則レベルなのは私自身が身をもって実感しているところであるが、その兄だけあってお兄様も凡百の魔法使いではないということか。
尤も、上のお兄様の例があるように、魔法の才覚というのは必ずしも生まれとか血筋では決まらないものだが、優秀な魔法使いの血筋にはやはり優秀な魔法使いが生まれやすいのは傾向としてあるようだ。
「うむ、実は今の魔法には俺様独自の改良が加えてあってな」
ご機嫌に解説し始めるお兄様は平常運転中である。
なにが凄いって一人称がナチュラルに俺様なところだ。常から言っているわけではないが、下のお兄様は主に『自分アゲ』の際に一人称が傲慢になるのだ!
「まあ、なにが変わったのかは一目瞭然だったと思うが――」
言いつつ、お兄様はギャラリーをじろりと睥睨した。
周囲で称賛していた人達の間に緊張が走るのが見て取れる。お兄様は、人垣の後ろのほうで拍手をしていた男性の使用人に目を付けると、「おい貴様」と傲岸に呼び付けた。
「何が凄かったのか言ってみろ」
「え!?」
問われた使用人はしどろもどろになり、焦った様子で言葉を探す。
いやお兄様、仮に魔法を知っている者からすれば見てわかるレベルの劇的な改良だったとしても、それを魔法使いでもない使用人に理解しろと言うのは酷だと妹は思うのだが。
「言えんのか?まさか貴様、理解もせずに褒めていたのか?」
「い、いえ、そんなつもりは……」
ご満悦だったお兄様の顔が目に見えて不機嫌になる。確かに、内容もわからずにとりあえず拍手していただけってのが気に食わないのは無理もないけど、ならせめてギャラリーは魔法がわかる人だけにしようよ。どうせお兄様が魔法を自慢したいがためだけに無理やり頭数集めさせたからこうなったんでしょ?
「貴様……」
わからないのならその身に教えてやろう、とでも言わんばかりにお兄様が右手を翳す。先程の魔法が人体に直撃したら、まあ重傷か、当たり所次第では普通に死ねるだろう。その手を向けられた使用人くんは真っ青になってその場に平伏するが、時すでに遅し。というか、お兄様に目を付けられた時点で手遅れだったのだろう。気の毒に。
ちなみに、わからないならわからないなりに正解があって、お兄様の傍若無人っぷりに慣れたベテランの使用人とかなら迷わずそうしたであろうテンプレ対応があるのだ。要はお兄様を褒め称えて良い気分にさせておけばいいので、『貴方様の類稀に優れた魔法は、卑小なわたくしめなどには理解の及ぶものでは御座いません。とてもとても、へえへえ』とか言って揉み手すりすりしておけばいいのだ。ついでに言えば、『そんな愚かなわたくしめにも、貴方様が偉大な魔法使いであられることだけは明らかに御座います。へえへえ』とか言っておけば訳もわからず拍手していた理由になるのでもーまんたい。
放っておいても周囲の慣れた使用人たちがなんとかして、まあ憐れな彼が殺される前には止めるだろうけど、残念ながら私はあの場に割り込まざるを得ない。
何故なら私には時間がないから。お母様が拗ねちゃう的な意味で。
なのでお兄様の私刑を傍観している暇はないのである。
巻き添えはごめんだとばかりに距離をとっている人垣のところまでてくてくと近付き、一番後ろに居た使用人の背中をつんつんとつつく。
「ん?――――ってどわぁ!?」
振り返ってまず最初にクラリスちゃんの姿に気付き、何故と怪訝そうな顔をする。そしてクラリスちゃんに視線で下を示されてから視線を下げてようやく私の存在に気付き、ビックリ仰天して文字通りに飛び上がる。これもまたテンプレである。
「お、お嬢――」
「どいて」
「はいぃ!」
綺麗に二つに分かれた人垣の間を抜け、私はお兄様に声を掛ける。
「お兄様」
「うん?――ああ、プリムか。何か用か?」
何か用か?じゃねーよ。絶対お母様との約束忘れてるだろこの人。
平伏して震える憐れな使用人くんからあっさりと視線を切ったお兄様は、私に向き直るとナチュラルに見下してくる。言うまでもなく、身長的な意味でなく心情的な意味である。ちなこれ素。
「残念だったなプリム。もう少し早く来ていれば俺の魔法をその目で見られたものを」
「いいえお兄様。ちゃんとはいけんいたしました」
「おお!ならばプリム、当然俺の魔法の凄いところに気付いただろう?」
俺の妹なのだから!と宣うお兄様の矛先がこちらに。
ええ、まあ、そうでしょうね。自己顕示欲のモンスターだからねしょうがないね。
正直に答えるのであれば『わかるかそんなもん!』である。お兄様が使った魔法モデルをこの目で見られればまだしも、説明した通りそれはお兄様の脳内にしか存在しないわけで。あるいはお兄様が改良する以前の魔法を見ていて、比較ができればまだしも、改良後の結果しか見ていない私にはそもそも変化した点がわからない。
流石のお兄様も実の妹を私刑にしようとはしないだろうから、適当言っとけばええやろ、と結論する。私がわかろうがわかるまいが、結局はお兄様を気持ちよく喋らせておけばいいのだ。
「私にはむずかしいです……でも」
「なんだ?」
「お兄様がつくった氷のぞうけいが、すばらしいとは思いました」
正解などわからないので、とりあえずお兄様がこだわっていそうな箇所を挙げてみる。氷属性の魔法で遠距離攻撃を試みるとして、鋭利に形成した氷塊を飛ばすというのは至ってポピュラーな手法だ。鋭利な氷塊と言えば、ご存じの通り『つらら』のことであるが、先程お兄様が使った魔法は、文字通りの『氷の槍』を投射していた。
つまりはお兄様が意図的にそのように成形したということである。
「流石は俺の妹だ!目の付け所は悪くない!」
私の適当な発言は割かし的を射ていたようで、お兄様はわかりやすく上機嫌になる。チョロいと言ってはならない。機嫌の上下幅が大きく移り変わりも激しいので、少し選択を間違えるとすぐブチ切れるし、代わりに収まるのも早いのだ。
「では、あのぞうけいにひみつが?」
「ふっふっふ、いくらプリムとはいえ、手の内を教えてやるわけにはいかないな」
結局教えんのかい。
自分の手の内を秘匿するのは極めて正しいことではあるけど。じゃあそもそも自慢すんなと、たぶんお兄様以外の全員が思ってる。
なお、あの形状がお兄様の改良だったと言うのであれば、おそらくは空力的に優れた形状を作っていたのだろう。普通に鋭利な氷塊を投射するだけでは当然空気の抵抗を受けるし、形状によっては減速するどころか直進性すら損なうのは理解できるだろう。
そこに一手間かけて形状を整えることで、空気抵抗を減らし、直進性を高めたことで、あれほど離れた的を寸分違わず貫くことを可能としたのだ。
お兄様の為にも言っておくと、それって決して簡単なことではない。形状を作り出す手間も然ることながら、実際に効果的な空力形状を生み出すためには相当な数の試行を重ねたことだろう。しかもその魔法をあれだけの速度で展開したのだ。普通にすごいことだし、自慢したくなる気持ちもわかる。
「むぅ~……お兄様はいじわるです」
「ふん、そうむくれるな」
頬を膨らませた私の頭を、お兄様がぽんと撫でる。
まあこのくらい悔しがっておけば、お兄様の留飲も下がるだろう。なおこれは全くのポーズではなく、どう考えても有用な魔法なので、できれば魔法モデルを教えて欲しいのはガチである。
んまぁ、それはともかく。
「あ!そうだお兄様」
「む?」
「お母様とのおやくそくをお忘れですか?お母様、まっておられますよ」
「お?おお!そういえばそうだったな。もうそんな時間か」
そんな時間で御座います。
「まったく、単に学院へと戻るだけだと言うのに、母上は一々大袈裟でいかんな」
「それだけ、お兄様とのじかんを大切にしておられるのです」
「まあ、たまには孝行もよかろう」
などと言いながら、上機嫌な足取りでお兄様は屋敷へと向かって行った。
ふう。ミッションコンプ。私も悔しがった甲斐があるというものだ。これで私が遅れてしまってはただの間抜けなので、急いでお兄様の背中を追い掛けねば。
と、その前に。
「貴方たち、それをちゃんときょういくしておきなさい」
「は、はい」
へたり込んでいる憐れな使用人くんを見遣り、周囲の者にそう指示しておく。主に、お兄様を気持ちよく煽てる言い回しを教えておけという意味だ。毎回都合よく私が現れるわけではないのだから、自衛手段くらいは基礎教育に含めておいて欲しい。
今回はただタイミングが良かっただけで、私が自主的に守る相手はクラリスちゃんだけだ。
「よし。いそいで、もどる」
「はい」
暖かい室内に戻るべく、私はクラリスちゃんを連れて、てててっと足早に移動するのであった。




