補完[アシュタルテ家の優雅な人々-3(end)]
~"転生令嬢"プリムローズ~
私はその後、お母様と下のお兄様と一緒にお茶を楽しんだのだった。
……え?
いくらなんでもやっつけ過ぎるって?
そう言われても特筆すべきところが本当になかったのだから仕方がない。
具体的には、『お兄様☆オンステージ』って感じ。
最初から最後までこれでもかというくらいのワンマンショーであった。下のお兄様が魔法学院においていかに有意義な日々を過ごしているのかという、まあ有り体に言えば自慢話が続いたのである。
内容の九割が俺tueeで占められていたし、よくもまああれほどまでに次から次へと淀みなく周囲を見下し、自らを称える言葉が出てくるものである。学院の講義内容がいかに遅れているか、同級生たちがいかに稚拙であるか、お兄様がいかに精強かつ賢明であるか、等々。恐ろしいのは、このお兄様は話を盛らないということだ。若干大袈裟な言い方をすることくらいはあるけど、全てもれなく自分自身の実力で為したことしか語らないので、そこは尊敬できる。そこだけは。
お兄様を気持ちよく喋らせておくというのは今回の茶会の主旨としては正しいし、お母様も『私の息子が素晴らしいのは当然ですわ!』みたいな雰囲気で聞いていたし、誰も損してないようだし別にいいけどさ。ちなみに私にとっては実の兄なわけだけど、前世含めた精神年齢的にはどうしても弟の武勇伝を聞いているような気分になってしまうので、私は私でわりとほっこりしながら聞いてました。嘘です。後半はげんなりしてました。
で、お兄様が語りに飽きてきた辺りで自然とお開きとなったわけだけど、さっさと立ち去ったお兄様の後を追って部屋を出ようとした私に、お母様が思い出したように告げたのだ。
「そう言えばプリム。夕食後にあの人が執務室に来るように、と」
あっはい。
正直嫌な予感しかしない『あの人』とは、他でもない私のお父様のことである。
普段のお父様は呼んでもないのに私の顔を見に来たりする親馬鹿の振りをしているのだけど、そうでなくてお父様のほうから私を呼び出したということは、おそらく『振り』ではない用件があるのだろう。
絶対に碌でもないことだろうな、と思えるのは経験則である。
お父様は今日はお仕事で外出しているので、帰ってくるのは夜になるだろう。つまりお父様が帰ってきたら顔を見せに来なさいということだね。
気は進まないなぁー…。
進まないけど、私に拒否権などないのは明らかなのである。
というわけで夜。私は一人屋敷の廊下を歩いてお父様の執務室を目指す。ちなみに今回はクラリスちゃんは私の私室にてお留守番である。連れてきてもお父様の執務室には入れてもらえないからね。寒い廊下で待たせとくのもアレだし。
無駄に広くて長い、二重の意味で寒々しい廊下を、一人歩む。
お父様の執務室や屋敷の書庫なんかがあるこちらの区画は少しだけセキュリティレベルが高くて、普通の使用人なんかは呼ばれない限りは立ち入りできないことになっている。なので道中、基本は誰とも出会うことはないのだが、例外はある。
例えば、前から歩いてきたこの人とか。
「おやお嬢様。こんばんは」
「ええ」
この屋敷の使用人統括である、執事長のオーレンスだ。
先代、つまり私の祖父の代から仕えている古強者のベテラン執事で、もう前世で言うところの定年越えの年齢のはずだが、相変わらず微塵も老いを感じさせない紳士然とした立ち居振る舞いである。
尤も、丁寧に撫でつけられた頭髪も、綺麗に整えられた口髭も、色素が抜けて真っ白ではあるが。
前方から歩いてきたということは、まさに私の目的地であるお父様の執務室を訪れていたのだろう。オーレンスは私がお父様に呼び出されていることは知っているようで、特にこちらに用向きを訊いてくる素振りはない。
オーレンスのほうの用事はたぶん、
「いつもの報告かしら」
「然様でございます」
ウチのお父様は使用人の働きぶりなどには微塵も興味を示さない人なので、半ばオーレンスが勝手に報告しているだけ感はあるのだが。それだけオーレンスを信用しているのだと言えば聞こえはいいが、要するに面倒くさがって丸投げしているだけである。
お父様は『舐めプ』の典型であり、『できるのにやらない』を体現したような人物だ。
領地経営や帝国対策などのやらざるを得ない事項には比較的真面目に(嫌々)取り組むが、屋敷の管理などに関してはどうでもよいという態度で一貫しているのだ。たぶん使用人が全滅して自分で対応せざるを得なくなるまで自発的には動かない気がする。
オーレンスは疲れた様子でコキリと肩を鳴らして見せる。
「ここのところ勤務時間が増えておりましてなぁ。いやはや老骨には堪えますな」
「そうなの?」
「なにぶん、慢性的な人手不足であるからして」
オーレンスの若干恨みがましい口調は、まるで『お前らが考えなしに使用人を酷使するからだよ!』とでも言わんばかりだ。
まあ、ぐうの音も出ないけれども。アシュタルテ家の優雅な人々ときたら、言いがかりで使用人を解雇するわ、暴力に晒して故障を量産するわ、理不尽で追い込んで辞職を誘発するわ、まさにやりたい放題だからね。
一番酷いのは下のお兄様。暴力と理不尽の権化。
その次がお母様。通称メイドキラー(物理)。
んで他人を見限るのが超速いお父様が続き、一番マシなのは上のお兄様というのは意外……でもないか。
素知らぬ顔をしているが、私にも心当たりはクソほどある。
「特にここ数年は、誰かさんのお陰様で人材の流出が夥しく」
へぇーそーなのかー(棒)。
誰かさんとやらが誰なのかは私にはまったくわからないが、たぶんロクデナシだろう。
と、冗談はさておき。
「ごく潰しでも、いないよりはマシだったかしら?」
「そうは申しませんが」
オーレンスは思案気に顎をさする。
「どうせ駆除をするなら、他の者が辞める前にしたかった……というのが本音ですな」
「ふーん」
「まあ、ただの愚痴です。お気になさらず」
敢えて言うことでもないが、かつて上のお兄様が量産した『ごく潰し』のメイド擬きどもは、間違っても『人材』ではない。オーレンスが先程言った人材の流出とは、それらのメイド擬きに嫌気がさして辞めていった古参の使用人たちの話である。
勿論辞めていった彼ら彼女らにも生活があるわけで、既になにかしらの別の仕事に就いているだろうから、害虫駆除したから戻っておいでーとはいかないわけだ。
結局私があのメイド擬きを駆除するためにオーレンスと共謀したのって、あれらがクラリスちゃんを脅かしたからっていう理由でしかない。つまりは気まぐれだ。お兄様がたまたまクラリスちゃんを連れてきて、クラリスちゃんがいじめられている現場を私がたまたま目撃し、前世を思い出した私がたまたま助けてあげたい気分になっただけのこと。どれか一個でも欠けていれば、未だに屋敷にメイド擬きが溢れていたのかもしれない。
私自身は使用人をモノ扱いしないし、好き好んで酷使したりもしないけど、別に家族がそれをしていても止めるつもりもなかったのだ。
積極的か消極的かという違いだけで、私も所詮はアシュタルテで、あの両親の娘で、あの兄たちの妹だということだ。
あの件は元々お兄様の尻拭いだったから、私が文句を言われる筋合いなどない。同時に私は善意や義心で動いたわけでもないので、お礼を言われる筋合いもやっぱりない。
文句だったら上のお兄様にどうぞ。
お礼を強いて伝えるならば、
「まあ……クラリスにかんしゃしなさいな」
「違いありませんな」
彼女が居なければ私が動くことも無かったのだから、あの件に功労者が存在するとすればクラリスちゃんだけだろう。彼女が拉致同然で連れて来られたアウェーの環境でも腐ることなく、性根が腐った輩からの謂われなき弾圧に耐え続け、健気に頑張り続けたからこその結果である。
オーレンスも異論ない様子でウムウムと頷いている。
「さて、旦那様をあまりお待たせするものでもありませんな」
白々しくそう言うと、オーレンスは道を譲ってくれた。別に進路をふさがれていたわけではないけど、自分から話し掛けておいて良く言うものだ、と私は白けた視線を向けた。
すると彼は飄々と肩を竦めた。
「なに、この老骨にはお嬢様とお話させていただくことが何よりの楽しみでしてな」
「もっとマシなしゅみを見つけることをすすめるわ」
「はっはっは、この歳になるとそれも難しうて。ではこれにて失礼いたします」
立ち去るオーレンスの背中を少しだけ見送って、私も再び足を踏み出した。
オーレンスって良くも悪くも仕事人間で、侯爵家の人間に対しても余計な感情を見せずに淡々と優秀に熟すからこその執事長なのだけど、私に対してだけはあんな調子だ。
たぶん、というか間違いなく、メイド擬きの駆除のために共謀したことがきっかけだろう。私にとっても彼が友好的であることは大いに助かるので、別に否やはないのだけど。
「しつれいします」
お父様の執務室に入ると、本人は執務机に座ってなにやら紙面を眺めていた。察するに先程オーレンスが置いていった報告書か何かだろう。いつかにオーレンスが愚痴っていた覚えがあるが、使用人に興味が無さ過ぎるお父様は、オーレンスから口頭で報告を聞くことさえ面倒なので、要点だけを紙面で提出させているのだとか。
まあ結局補足のためにオーレンス本人が参上する必要性はなくならないが、効率化という意味では別に良いのではなかろうか。効率化の母は怠惰であるからして。いや違うか。
「よく来たねプリム。そちらに座りなさい」
一瞥を寄越したお父様に勧められるがまま、応接用らしきソファにちょこんと座る。
私のお父様は豊かに波打つ銀色の長髪が特徴的なイケメンおじさんだ。お母様のように若作りをせずとも、実年齢よりは若く見られることが多く、それでいて大人の渋みをしっかりと兼ね備えた、謂わば『良い歳の取り方したなぁ!』って感じの中年である。
その面立ちは柔和という表現がぴったりで、常から穏やかな微笑を崩さない優しげな雰囲気。
ただし、その双眸だけが欠片も笑っていない。
なんというか、常に瞳の奥に冷たいモノが光っているような印象。
上のお兄様は間違いなくお父様の血を引いているのだなと納得できるような。
「お前を呼んだ用件だけどね」
あ、喋るんですね。てっきり報告書を読み終わるまで待てってことだとばかり。
気を抜き掛けていた私はぴしっと背筋を伸ばす。
「そろそろ、プリムもお役目についても良い頃だと思ってね」
予想はしていたことなので、私は「はい」と相槌を打つ。
アシュタルテ侯爵領は王国の最北端。潜在的な敵性国家である帝国との国境を守護する役目を司る旧い貴族である。なお、どう考えても友好的ではない帝国さんが顕在的な敵性国家でないのは、この世界の情勢的に国家間の戦争などやっている場合ではないからに過ぎない。
あくまでも大々的には、だけど。
なので、隙あらばこっそりと水面下で侵攻しようとしてくる熱心な帝国軍を排撃すること。それがアシュタルテ侯爵家のお役目というわけだ。
一応言っておくと、別に水面下で侵攻しているのは帝国側に限った話ではなく、勿論こちらも同じことをしている。
「知っての通り、お前の兄たちが揃って王都へ出てしまっているからね」
「手がたりない、ということでしょうか」
「というよりは、都合がいいというほうが正しいかな」
本来、戦略的に言えば大将である侯爵家の人間自らが動く必要なんてないし、当たり前だが治安維持のために組織された専門の人員が領内には居るのだから、専門家に任せておけば良いのだ。
だけど、お父様や下のお兄様は自身が前線に出向くどころか戦闘にも参加するし、戦闘能力に乏しいお母様や上のお兄様は諜報の現場に赴いて、やはり自ら活動しているのだ。これに関してはアシュタルテ侯爵家の外道の血筋が本能的にそういう血生臭い活動が好きすぎるっていう嗜好の問題もあるのだが、他家から嫁いできたお母様も例外ではないように、どちらかというとアシュタルテ領を任された貴族としての責任の問題なのだ。
外道で無礼極まるアシュタルテ侯爵家が、他の貴族から蛇蝎の如く嫌われながらも、王家からの信を得て強い権勢を保っている理由とは、つまりそれに見合った働きをしているからだ。
帝国の侵攻を防ぐという国防上重要な役割を担っているから、貴族社会の潮流がアシュタルテ憎しに凝り固まろうとも、感情論でアシュタルテを排除するわけにはいかないのである。
尤も、アシュタルテ侯爵家の人間にしてみれば他の貴族からの評価とか、貴族社会での評判とかクソほど興味がないのだが、とは言え噛み付かれるのは煩わしい。親愛なる帝国の諸君と乳繰り合うのは頼まれなくとも好き好んでやるのだから、そのついでに国内の有象無象が黙るのならば言うことなし、くらいの考えでしかないのだ。
つまるところがお父様の提案は、私がアシュタルテとして生きる以上は避けて通れぬ道であり、故に予想はついていたということだ。
お兄様たちが居なくて都合が良いというのは、単にこれまでお兄様たちが、この場合は下のお兄様が担っていた役割をそのまま私にやらせればちょうどいいじゃん、ってことだろう。
「どうかな?やってみるかい?」
「はい」
「可愛いプリムにはまだちょっと早いかもしれないし、無理はしないで良いんだよ?」
うわぁ優しいさすがお父様。
……目が笑ってないんだよなぁ。
私の年齢はまだ十歳になったばかりだし、詳しくは知らないがお兄様たちがお役目に付いたのはもうちょっと上の年齢だったと思うのだけど。お父様がこのタイミングで私に話を持ってきたということは、お父様は今が適正なタイミングだと考えているわけだ。
なんかなぁ。昔っからそんな気配あったけど、どうもお父様って私の中身が年齢相応の思考じゃないことに気付いてる節あるよなぁ。まあ、実の親なのだから気付いて然るべきかもしれないけど、少なくともお母様はそんな素振りないし。
んで、それに気付いているくせに表面上は娘を溺愛する親馬鹿おじさんのスタンスを崩さないんだから、なんというか腹が黒い。流石に前世の記憶があるなんて突拍子も無い事実には辿り着くはずもないが、ではどういうことかと解明しようとする気もなさそう。
娘の中身がなんか変なものだと気付いているのに、気にした素振りもなく娘扱いし、尚且つ冷徹に能力だけを判断して運用しようとするっていう、我が父ながら本当に人間の血が流れているのか疑わしい。
私は内心だけで溜息を吐き、腹を括る。
本音を言えば今暫く子供ライフを楽しんでいたいところだけど、ここでお父様の言葉に乗っかって『プリムにはまだ早いですぅ』とか言おうものなら、その瞬間にお父様が私を見限るであろうことくらいはわかる。
お役目を果たさない者などアシュタルテに非ず、じゃけん他の家に嫁がせましょーねーとばかりに政略結婚の駒にするために飼殺される未来しか見えない。少なくとも私の発言権は永遠に消えるだろう。
実の娘に冷徹すぎるとも思えるが、お父様は本当に平然とそうするだろう。
「いいえお父様。私もきょうみがありますので」
「そうか。うん。プリムならそう言ってくれると思ってたよ」
にこやかに微笑むお父様のその言葉は嘘ではなくて、私が了承すると踏んでいたからこそ提案したのだとわかっている。ただ、その予想が外れて私が断ったらそれはそれで、『じゃあいいや』って先述の対応に方針転換するだけであって。
私が了承しようが拒否しようが、義務を果たそうが人形になろうが、それによってお父様の情愛は変化しないのである。
親としての情がありながら、それとは関係なく平然と娘を道具に出来るからこそ外道と呼ばれるアシュタルテなのだ。
「最初は簡単なのを見繕っておいたからね」
そう言って、お父様は魔法で書類を飛ばしてくる。
受け取って流し読みすると、なにやら帝国との繋がりがありそうなゴロツキの調査報告書のようだ。
「詳細はわからないけど、まあ大した相手じゃあないから、入門編にはぴったりだ」
いや充分詳細だと娘は思いますよ?
これだけわかってるってことは、わざと領内に招き入れて泳がせている可能性まである。仮にそうだったとしてもお父様のやることだからまったく驚かないが。
「最初はウチの戦力を使っていいからね。でも、ゆくゆくは自分で用意するんだよ?」
「わかりました」
「うん。それじゃあ、用件はそれだけだ」
やり方とか期限とかを一切伝えてこないってことは、全部まるっと込みで、私に対する試験のようなものなのだろう。
要は、自分で考えてやってみせろってことだ。
初めてのおつかい(難易度スーパーハード)って感じだな!
まあ原作のプリムローズも通った道だろうし、なんとかなるやろ。てかそう思わないとやってられない。私はもらった資料を大事に抱えて、ソファから立ち上がる。
そして執務室を出ようとする私に、お父様が軽い調子で声を掛けてきた。
「期待してるよ。死なないように頑張ってね」
「…………はぁい」
こんなにも嬉しくない激励は初めてですお父様。
・本作が面白いと思ったら、評価をお願いします。
・そうすると作者のモチベが上がって、もっと面白くなります。




