755話_side_Leonhild_学究区_サロン
~"第二王子"レオンヒルト~
僕からの救援要請を受けたアルは『準備するから少し待て』という謎の言葉を残して通話を終え、それから数十分後にこのサロンへとやってきた。使用人に案内されて部屋へと通されたアルはいつも通りの態度でフレンネル嬢やアトリー嬢に挨拶をしているが、見たところ、何か特別な準備をしてきているようには思えない。
尤も、僕は彼がそもそもなにをするつもりなのかもサッパリなのだが。
「それで、アル。早速で悪いけどなにか考えがあるのかい?」
最早プライドなど溝に捨てるしかない。僕にはアルだけが頼りであった。なにせもう予選が始まるのだから、僕達のチームワークの改善は急務である。一刻の猶予もないのだ。
すると女性陣からの視線も受けつつ、アルは自信ありげな笑みを見せた。
「安心しろよ、俺に秘策ありだ。というわけで――」
おほん、とアルは咳払いを一つ。
そして彼は僕達のテーブルから少し離れた位置に立ち、こう告げた。
「第一回『アシュタルテちゃんわかり手選手権』を開催します! ぃよっ!」
宣言と共にアルは拍手をするが、ちょっと何を言っているかわからない。
僕とフレンネル嬢はきょとんとして、アトリー嬢だけは律儀にアルと一緒に拍手をしていた。
「さあ今年もこの季節がやってまいりました。毎年恒例のアシュタルテちゃんわかり手選手権大会のお時間です。記念すべき第一回はこちらの三名に戦っていただきます!」
一人だけ謎ハイテンションのアルは片手をマイクに見立てて喋りながら、アトリー嬢の傍らに立つ。
「まずはこの方、アシュタルテちゃんに黙って勝手に弟子を自称していた若干ヤバめの女こと『弟子を名乗る不審者』ミアベル・アトリー選手!」
「え、あ、はい。頑張ります……?」
それからフレンネル嬢のほうにスライドし、
「続いてこの方、憧れを拗らせまくった結果手の施しようがなくなったかなりヤバめの女こと『激重感情の末期患者』イオ・キサラギ・フレンネル選手!」
「どういう意味ですか?」
「そういう意味だぜ」
最後に僕の横に来て、
「最後はこの方。特に言うことはない『自称婚約者』レオンヒルト・カイン・リヒティナリア選手!」
「ちょっと待って情報が多すぎて処理しきれない」
「今から俺がアシュタルテちゃんに関するクイズを出題します。問題は全部で三問、すべて三択形式となっています。最も正答数の多い選手が優勝となり、栄誉ある『アシュタルテちゃんわかり手』の称号が贈られます!」
「おい無視するな」
「ちなみに本選手権はアシュタルテちゃんご本人の全面協力のもとお送りしております」
「えぇ……?」
もしかして暇なのかプリム……。
どうやらアルが言っていた『準備』の正体がこれらしい。僕からの連絡を受けてからプリムに協力を仰いで問題を用意し、ここに来たという流れだろう。
と呆れているとどこからかそのご本人の声が聞こえてきた。
『一応言っておくが、私は暇だったわけではない。単純に、貴様らに予選敗退などされるとこちらとしても困るので、致し方なく協力してやるだけだ』
「とか何とか言いつつノリノリで協力してくれたアシュタルテちゃんまじツンデレ」
『黙れアルヴィン黙れ』
声の元はアルが片手に持っている『PiG』だった。まさかのプリム本人が通話越しにこの茶番を見守っているらしい。やっぱり暇なんじゃないかどう考えても。
という僕の呆れが伝わったのかは知らないが、プリムはぶっきら棒に『終わったら呼べ』とだけ言って通話を終えたようだ。流石に茶番に付き合うほど暇じゃないアピールですねわかります。
「ではここで、各選手に意気込みのほどを聞いてみましょう」
そう言ってアルは大袈裟な動きでインタビューの真似事をしながらアトリー嬢に水を向けた。アトリー嬢は座ったまま背筋を伸ばして答える。
「はい! アシュタルテさんの一番弟子(予定)として、絶対に負けられません!」
「なるほど、頑張ってください。ではお隣のお嬢様」
「はい。やるからには当然優勝を目指しますわ」
「やる気は充分ですね! でお前はなんかある?」
「僕の時だけ雑になるのやめろ。……まあ、それなりにわかるんじゃないかな」
というかアトリー嬢もフレンネル嬢も意外とノリがいいな。
あと僕が勝手にプリムの婚約者を自称している痛いやつみたいな紹介のされ方をした気がするが、訂正すればそれはそれでフレンネル嬢が夜叉と化して僕が死にそうなので、ここは賢明なスルーといこう。
概ね意味不明だけど、アルはこれが僕達に必要だと考えてやっているのだろうし。
なんだかんだで僕達がやる気になっているのを見て取ったアルは満足げに頷き、高らかに問題文を述べた。
「では第一問。次にあげる三つの中で、アシュタルテちゃんが最も好きなものはどれでしょう」
一番 ラーメン
二番 マシュマロ
三番 アイゼンクリーガ
明らかに一つおかしな選択肢があるけど、これは普通にマシュマロじゃないかな。最近のプリムは同好会を作るほどにラーメンに熱を上げている様子だけど、この場合は『最も好きなのは?』だから、流石にマシュマロだろう。
ちらりと横を見ると、隣のフレンネル嬢は泰然としていて、既に答えがわかっている様子だ。その更に向こうのアトリー嬢は少し困った顔で控えめに挙手をした。
「あのー……あいぜんくりーが、とはなんでせう?」
「王国魔法廠が開発した最新鋭のゴーレム兵器のことだぜ」
「先の『オンスロート』の際に実戦投入されておりましたでしょう? あれのことです」
アルの解説とフレンネル嬢の補足でアトリー嬢も理解出来たらしく、彼女は表情を明るくして「あー! なるほど、はいはい」と頷いていた。
使用人がさりげなく置いていったフリップボードに、僕達は回答をそれぞれきゅっきゅと記入する。
「ということで回答、一斉にどん! アトリーちゃんとフレンネルちゃんは『三番』で、レオだけ『二番』だな」
「「「え?」」」
え? という顔で僕が女性陣を見ると、女性陣も同じ顔で僕を見ていた。
え? どういうこと。
「正解は『三番』なので、レオ以外正解ね」
「え? そうなのかい?」
「えーと、殿下、アシュタルテさんはラーメンもマシュマロも好きだと思いますけど、一番好きなのはゴーレムだと思います」
「彼女は硬くて大きくてトゲトゲしたものに目がないのです」
そ、そうなのか。
ゴーレムが好きという男子ならば珍しくもないが、女子でそういう趣味の人は初めて遭遇したな。勿論、趣味は人それぞれだし、それが悪いというつもりもない。単にプリムに対する僕の理解度が足りていなかったということなので、これは素直に反省して次の問題に活かすとしよう。
「それでは第二問。アシュタルテちゃんの『PiG』ですが、現在の待ち受け画面は次のうちどれでしょう」
一番 クラリスのワンショット画像
二番 クラリスとフォノンのツーショット画像
三番 クラリスとフォノンと自分のスリーショット画像
ううむ、これは中々難しいな。そもそもプリムが誰かの写真を待ち受けにしているということ自体が若干予想外ではある。僕のイメージだとプリムは無地の背景とかをそのまま使ってそうなので。
ただ、三択がこれである以上、プリムがそういう嗜好であるという前提で考えるならば、可能性が高そうなのは三番か。プリムが自身の専属メイドであるクラリスを重用しているのは僕も知っているが、とはいえ流石にメイド単体の写真を待ち受けにすることはないだろう。だって使用人なのだし。
ちらりと横を見ると、隣のフレンネル嬢は泰然としていて、例によって既に答えがわかっている様子だ。その更に向こうのアトリー嬢はというと、今度は彼女も自信ありげな顔をしている。
僕達はフリップボードにきゅっきゅと答えを書き込んだ。
「回答一斉にどん! アトリーちゃんとフレンネルちゃんは『二番』、レオだけが『三番』だな」
「え? もしかしてまた僕だけ間違っているのかい?」
「正解は二番だから、そうだな」
そうなのか……。
ちなみに僕の端末の待ち受け画像はそれこそ初期設定の無地の壁紙のままだが、前に一度アルの悪戯で『ポテトヒルト』の画像にされていたことがある。気付かずに何気なく見てしまった瞬間は心臓が止まるかと思った。
「あ、ちなみにこれ、最下位の人には罰ゲームがあるから。そこんとこヨロシク」
「いや、既に僕の負けが確定したタイミングでそれを言うのはどうなんだい?」
「先に言ってれば結果は変わってたのか?」
それはまあ、変わらなかったと思うが。というかたぶん、僕以外が負けそうなら罰ゲームのことは言い出さずに、そのまま無かったことにしたんじゃなかろうか、アルのことだから。
なんとなく釈然としない僕を見て、アルは仕方なさそうに言った。
「わぁってるって。最後の問題は特別サービスで、正解したら三ポイントやるよ。これならレオにもまだ優勝のチャンスがあるな?」
「お約束だね。でもフレンネル嬢とアトリー嬢はそれでいいのかい?」
「「いいですよ」」
……なんか、これはこれで非常に情けない気がしなくもない。
いやそもそも、そんなにマジになるような催し物でもないはずなのだが。
ともあれ、最後の問題にお約束が適用されたことにより、女性陣が誤答かつ僕が正答ならば逆転勝利が可能となったわけだ。
「それでは最終問題です。それぞれの端末をご覧ください」
「「「?」」」
アルの言葉と同時に、僕の『PiG』が震えて新着を知らせたので、ポケットから取り出して確認する。隣のフレンネル嬢も同じ動きをしていて、アトリー嬢だけは自前の端末を持っていないようなので、アルが自分の端末を貸してあげていた。
どうやら、アルから何かのデータが送られてきたようだが、見てみるとそれは画像であった。
確認のために開いてみて、何気なく見てしまった僕は心臓が止まるかと思った。
こ、これは……!
「皆さんが今御覧になっているのは、アシュタルテちゃん画伯が手掛けた最新作となっております。では問題! 画伯の絵は、次のうちのどれを描いたものでしょうか」
一番 犬
二番 虎
三番 象
さあお考え下さい、と告げるアルに、僕はとりあえず挙手をして質問する。
「ちなみにこれ、引っかけとかではないよね?」
「ん? どういう意味だ?」
するとフレンネル嬢も追従して口を開く。
「三択の中に正答が存在しない、ということはありませんわね?」
「あー、まあ言いたくなる気持ちはわからんでもないが、残念ながら正答は…………あります!」
なんということだ。僕は頭を抱えた。
アルが提示した選択肢は『犬』か『虎』か『象』である。つまりプリムはその中のどれかの絵を描いていて、その結果出来上がったのが端末に表示されているコレということだ。
問題は、選択肢がすべて四足歩行の獣だというのに、プリムのイラストはどこからどう見ても『二足歩行で歩く何か』であるということだ。
いや犬も虎も象も後ろ足で立って歩いたりしないだろ。
辛うじて判別出来る『顔』のような部分から直接『腕』らしきものが生えているのは最早プリムの個性だと割り切ることにして、この謎の生き物には犬のような耳があるわけでもなく、虎のような模様があるわけでもなく、象のような鼻があるわけでもない。
ど、どうすればいいのだ、これは……!!
ここまでは正答続きだった女性陣も、流石にこれは苦慮しているだろうと思って横を見ると、
「むむむむむ……!」
フレンネル嬢が双眸を真っ赤にして端末を睨みつけている。
こ、怖い。
まさしく謎の生き物の正体を『巫眼』まで使って見破ろうとしているのだ。必死過ぎるだろとツッコミたくもなるし、流石の魔眼でもこれの正体はわからないだろうなぁ、と呆れもする。
更に奥のアトリー嬢は、なんと既にフリップボードに回答を記入していた。まったく悩んだ様子のない彼女に、さては考えるだけ無駄だと諦めたのだなと僕は察する。
そう、考えてわかるものではないのだから、勘で答えるのが結局一番賢いのだ。
というわけで僕も適当にボードに番号を書いた。
「泣いても笑ってもこれが最後です! では三者の回答が出揃ったようなので、一斉に見てみましょう!」
フリップボードに書かれていた回答は、僕が『一番』の犬、フレンネル嬢が『二番』の虎、そしてアトリー嬢が『三番』の象であった。
「おぉーっと! ここで初めて女性陣の回答が割れたぁ! ということは、この問題で優勝者が決まります! 発表しましょう、栄えある『アシュタルテちゃんわかり手』の称号を手にしたのは、この方です!!」
アルが合図をすると、後ろでひっそり待機していた使用人たちが前に出てきて、手作りっぽい楽器でファンファーレを鳴らしながら紙吹雪をばら撒き始めた。
その対象となっているのはアトリー嬢だ。
色々とツッコミたいことが怒涛のように押し寄せていたが、そんなことよりなにより言うべきは、
「「象ッ!!?」」
僕とフレンネル嬢の声が重なる。
え、これ象なの? この二足歩行の謎のなにかの正体は象なのか!?
いや正直、犬にも虎にも見えないからどれが正解でも同じ反応になった感は否めないが、それでも象だけはないだろうと思っていた。何故って、他の二つに比べて明らかに特徴が表しやすい動物であるからだ。具体的には長い鼻と、大きい耳があるから。いやいや、それを言ったら虎の模様とかもそうなんだけど、子供でも描きやすいっていう意味でね。
「え? お二人はなんでそんなに驚いてるんです? ちゃんと象じゃないですか」
「ど、どこがだい……?」
「ほら、ちゃんと牙が生えてるでしょう」
「え? それって腕ではなかったのですか……?」
「いやですよイオさんったらぁ、顔から手が生えてるわけないですよ。これは牙です!」
嘘だろ……。
百歩譲って、腕のようにしか見えないそれが牙であるとしよう。普通は牙に関節は存在しないはずなのだが、そこも目を瞑ろう。だけどじゃあ象の後ろ足はどこにいってしまったんだ。それともプリムの世界では象は顔から二足が生えた動物であるのか。謎は深まるばかりだ。
「これは象、これは象、これは象……」
「よせフレンネル嬢、無茶をするな!」
「とめないでください! これは象なのですっ、今日からこれが象なのですぅー!」
ああ、ショックのあまりフレンネル嬢が壊れてしまった。
「ちなみにアトリー嬢」
「はい?」
「ちょっとそのフリップに象を描いてみてくれるかい?」
「え、わかりました……?」
きゅっきゅと悩む様子もなくペンを走らせたアトリー嬢は、ものの数秒でデフォルメされた象の絵を描いてみせた。
普通に上手な件。
そうだよこれこれ! これが象なんだよ。
いやおかしいじゃないか!
なんでこの子はちゃんとした象がわかっているのにプリムのクリーチャーの正体を見破ることが出来たんだ。いけない、頭がおかしくなりそうだ。
「さて、じゃあまさかの正答なしで最下位に輝いた残念王子には、罰ゲームでーす」
「ああ……そういえばそうだったね」
なんかもうどうにでもなれという気分なので、僕は一周回って穏やかな心でアルの言葉を待った。するとアルはアトリー嬢に貸していた『PiG』を回収すると、少しだけ操作をして僕のほうに差し出してきたではないか。
とりあえず受け取ってみると、画面にはプリムの名前が表示されていて、スピーカーモードで通話が繋がっているようだった。
そして声が響く。
『一問も正解できなかったザコ王子が居るってほんとですかぁ? 王家として恥ずかしくないんですかぁ? ざぁーこざーこぉ! レオのれーてんおーじぃ!』
あ、キレそう。
というか血管の数本くらい切れたかもしれない。
普段よりも三段くらい声のトーンが高いプリムの罵倒に、僕の穏やかな心は跡形もなく吹き飛び、凄まじい屈辱に歯を食いしばる。
しかしながら、何も反論など出来ない。何故ならば僕が零点なのは純然たる事実であるからだ。他の面子も似たり寄ったりの結果であればまだしも、女性陣はともにそれなり以上に正答しているのだから、僕が相対的にザコであるのは否定出来ないのだ。甘んじて受けるしかない。
そのプリムのあんまりな言い様に、アトリー嬢とフレンネル嬢が顔色を変えて猛然と立ち上がった。
「「ご褒美じゃないですかっ!!?」」
間。
「「えっ!?」」
わあ凄い。驚いたように顔を見合わせる動きまで完璧にシンクロしてる。
絶対仲良くなれるよキミ達。
一方の僕はというと、
「『えぇ…………?』」
と図らずもドン引きがプリムとシンクロしてしまうのであった。




