754話_side_Leonhild_学究区_サロン
~"第二王子"レオンヒルト~
これは結構まずい状況ではなかろうか……と僕はわりと危機感を覚え始めていた。
今週に入って『戦技舞闘会』の予選が始まるということで、予選のトーナメント表が発表されたわけだが、この内容はまあ大体想定通りといったところだ。
所謂『見る人が見ればわかる』というやつで、実力のあるチームはそれぞれ複数の予選ブロックに上手いこと振り分けられていて、本戦まで進まないと当たらないように出来ているようだ。これはリヒティナリアの国民性というかお家芸である暗黙の了解というやつで、この学院の性質を考えれば致し方ないことである。
要するに、外部から多くの観戦者を招いて実施される本戦が、盛り上がるようにするための仕込みというやつだ。強いチームはどうせ勝ち上がってどこかで戦うことになるのだから、それを先に持ってくるか後に持ってくるかという違いだけであって、公平性を欠くというほどのものではないだろう。
なので、基本的には予選通過は予定調和的なところがあって、僕が注目しているチームと当たるのは本戦に入ってからだ。文字通り、そこからが本番ということである。勿論、試合とはいえ実戦には違いないのだから、何が起きるかはわからないし油断していると足元をすくわれる可能性だってあるだろう。
ただ、今僕が覚えている危機感は、それ以前の問題である。
具体的には、そもそも予選通過も怪しいぞこれは、という類の危機感だ。
「――と、いうわけで今日集まってもらったのは他でもないんだけど」
早急に手を打つ必要があるということで、僕は放課後のサロンにチームメンバーであるフレンネル嬢とアトリー嬢を招いていた。ここは僕が姉君と茶会をする際にも利用している高級サロンで、邪魔の入らない作戦会議にもってこいの環境である。尤も、流石に姉君と使っている場所よりは数段グレードの下がる部屋にはなるが。
「僕達のチームには一つ、致命的な問題があるのだけど、何かわかるかい?」
まずは問題点を共有しなければ話にならないので、僕は同じテーブルに着いたフレンネル嬢とアトリー嬢に話を振った。まずアトリー嬢のほうに視線を向けると、彼女は恐縮しきった様子で首を短く窄めながら自信なさそうに言う。
「貧乏な平民が混じってることでせうか……?」
僕は無言で首を横に振った。
違うんだ。そうじゃない。だがまったく無関係とも言えないのが難儀なところである。
というわけで次にフレンネル嬢に視線を向けると、彼女は心得た様子で口を開く。
「チームワークですわね」
そう。それである。
僕達のチームには連携が圧倒的に不足している。
そしてその主な原因というのがアトリー嬢の存在であった。予め言っておくと、彼女を責めるつもりはないし、これは当然彼女一人の問題ではなく、僕達全員が改善に取り組むべき問題である。
僕とフレンネル嬢だけであれば以前から付き合いがあるし、お互いの考え方もそれなりに理解があるだろう。実際に先の『オンスロート』では肩を並べて戦場に立っていたわけだし、フレンネル嬢との連携であればそれなりのものを仕上げられると僕は考えていた。
しかし、アトリー嬢はそうはいかない。
そもそも彼女の場合は身分からして一般の平民階級であり、本来であれば王族や四大貴族である僕達と会話することすらままならないはずの階級差があるのだ。無論、今は同じ学院の同級生という対等な立場であるのだが、いくら僕やフレンネル嬢がそう考えていたとて、アトリー嬢のほうに軽々しく『気軽にやれ』とは言えないし、言われたほうも困るだけだろう。
つまり、僕達とアトリー嬢の間にある見えない壁。
これこそが僕達のチームの連携を不完全なものと為さしめている最大の要因である。
「ご、ごめんなさい……」
聡明なアトリー嬢は勿論そんなことは自覚していて、非常に申し訳なさそうな態度をしているが、重ねて言うが彼女が悪いわけではないのだ。
だがしかし、これを解決する方法は結局、アトリー嬢の意識を変えてもらうしかないというのも事実。
こういう問題が起きるであろうことは平民であるアトリー嬢をチームに勧誘した時点でわかっていたはずだろうと言われればその通りなのだが、これは僕の見通しの甘さというか、当初はこれがそこまで大きな問題であるとは考えていなかったのだ。
何故って、僕達は全員が確かな実力を有していて、その気になれば個人でも充分に戦えるし、味方の行動に呼応して合わせるという意味での連携であれば現状でも充分に可能であるからだ。例えば、アトリー嬢が僕達に対する遠慮を拭えないというのであれば、僕とフレンネル嬢が主体となって戦術を組み立て、アトリー嬢には援護に徹してもらうという手が取れる。
だけど、最早それではダメなのだ。
というのも――、
「僕達が目下の目標として掲げているのはカーマインのチームに勝利することなんだけど」
最終的に優勝を目指しているのは言うまでもないことだが、そのためには必ずカーマインを倒さなくてはならないし、僕の心情的にもアイツにだけは絶対に負けたくない。
で、カーマインのチームに参加しているのはプリムとルークの二人である。この環境においてカーマインが選び得る最良の布陣であると言えるだろう。これについてはチーム戦である以上、メンバーの実力差でアイツに勝っても嬉しくないので、アイツに先に選ぶ権利をくれてやった形である。
それはいい。それはよいのだが、
「向こうのチームワークが、想定よりも遥かに良さそうなんだよね」
まさかの。
僕の誤算というのはこれに尽きる。あの脳筋コミュ障のカーマインが即席の味方と真面な連携など取れるわけがないと高を括っていたので、連繋の練度という意味ではこちらもそこまで重要視していなかったのだ。要は、チームでの連繋が即席かつ最低限のものになるのは互いに同じ条件だと考えていたわけだ。
ところが、である。
「まさか、カーマイン達が一緒にラーメンを食べに行くほど仲が良いなんて……」
僕が呟くと、途端に鋭い破裂音が部屋に響いた。
ギョッとして音のほうを見ると、フレンネル嬢がテーブルの上に両手を突いていた。
え、この人今もしかして机叩きました?
「失礼。わたくしとしたことがつい破廉恥な台パンなど披露してしまいました」
「キミの口からそのワードが出てきたことに僕は今年一番驚いてるよ」
先程、僕はフレンネル嬢が相手であればそれなりに理解があると言ったけど、前言撤回する必要があるかもしれない。というか、僕も驚いたけどそれ以上にアトリー嬢が気の毒なくらいにビビり散らかしているから是非とも破廉恥な台パンは自重してあげてほしい。
いや、破廉恥な台パンってなんだよ(真顔)。
フレンネル嬢の珍妙不可思議な生態はさて置いて、問題はカーマイン達のチーム仲が良いということは、彼等はより高度な連携を実現出来るであろうということだ。個々人の実力という意味では僕達が彼等に劣っているとは思わないが、それぞれの実力が伯仲しているならば有機的な連携を取ることが出来るチームのほうが優れているのは論ずるまでもないことだろう。
だからこそ、僕達はチームワークを強化しなければならない。
現状では、戦う前からカーマインに負けているようなものである。
「わたしのせい、ですよね……ごめんなさい」
「貴女は何も悪くありません、ミアベルさん。むしろ問題なのは――」
ますます小さくなるアトリー嬢を宥めながら、フレンネル嬢は僕のほうに意味ありげな視線を向けてくる。
僕が悪いのだと言いたいのだろう。言いたい気持ちはわかる。
この問題に一番大きな責任を有しているのは、間違いなく僕であるからだ。何故ならば僕はこのチームのリーダーであり、唯一の男性であり、地位的にも最上位の立場にあるからだ。僕が動かなければアトリー嬢のほうから距離を詰めるというのは難しいはずだ。
とはいえ、だ。わかっているからって上手いこと出来るかと言えば、それならこんな状況になっていないわけで。
これに関してはカーマインが僕よりも上手くやっているというよりは、単純にチームメンバーの性質の違いだろうと思う。
なにせ、アイツのチームメンバーは陽キャのコミュ強であるルークと、本質的に母性に溢れた人物であるプリムだ。カーマインがどれだけ脳筋でコミュ障でつっけんどんだろうが、彼等は気を悪くするどころか、ルークは笑って肩を組みに行くだろうし、プリムは憎まれ口を叩きながらも世話を焼こうとするのは目に見えている。
王族であるカーマインに対してもそれなりに気安く行けるだけの地位を両者ともに持っているのも大きいだろう。
つまり、あっちのチームはクソガキカーマインを余裕綽々であやせるパパとママの布陣であるために、それが上手いこと噛み合って連繋が取れるということだ。
こちらはそういうわけにはいかない。
あちらに負けないチームワークを構築するためには、とにかくアトリー嬢から僕達に対する遠慮を取り去らなければならない。
僕もフレンネル嬢も、アトリー嬢が自分達に対して遠慮なく気安い態度で接してきたからとてそれを喜びこそすれ咎めるつもりなどない。そして、もしそれを咎める者が現れたのであれば、僕達はアトリー嬢の側に立って彼女を守る用意がある。
難しいのは、アトリー嬢にそれを信じてもらわねばならないということ。僕達が彼女の味方であると信じてもらうことだ。これは簡単なことではない。そもそも他人を信じるのは難しいことだし、この件においては一方的にリスクを負うのはアトリー嬢だけになってしまうのだから。
迂遠な言い回しをやめれば、つまり僕達はアトリー嬢に心を開いてほしいのだ。
単純に、僕達の人となりが彼女に正しく伝われば、きっと僕達が彼女の味方であることがわかってもらえる。何故ならば、僕達がアトリー嬢を守ろうと決めているのは事実以外の何者でもないからだ。
そこで問題。
具体的にはどうすればいいのか。
僕はどうやったらアトリー嬢と仲良くなれるのだろうか。
まさかまさか、以前カーマインの恋路をからかっていた僕が、同じ相手に同じような悩みを抱える羽目になるとは思わなかった。鋭利なブーメランが返ってきて脳天に突き刺さった気分である。
生憎と、僕がこれまでに培ってきたコミュニケーションはアトリー嬢には通用しない。だって彼女は素直な平民なのだから、僕がいつもの調子で言葉を掛けたら正直に受け取ってますます恐縮してしまうのは目に見えている。軽く受け流すどころか笑顔で殴り返してくるフレンネル嬢やどこかの誰かとは違うのだ。
困った。
とても困った。
切り出しあぐねている僕を見てフレンネル嬢が呆れたような溜息を吐いてくるが、言っておくけどキミも僕を小馬鹿に出来るほど上手に立ち回っているわけではないからね。
僕ほどではないにしても、アトリー嬢との間に壁があるのはフレンネル嬢だって同じなのだ。単に、同性であるから少しだけ距離が近しいだけであって。
仕方ない。
このまま三者でお見合いを続けていても埒が明かないので、僕は最終手段に出る。
徐に懐から取り出したるは『PiG』である。
呼び出す相手はもちろん、こういうときのアルヴィンだ。
『――どしたレオ。今って確か、』
「アル、助けてくれ!」
『あっはい。まあそうなる気はしてたが』




