749話_side_Sol_学生ロビー_ラウンジ
~"武神"ソル~
もうすぐ現れるだろう、というレーナんの言葉の通り、程なくして私達のもとへと一人の男子学生がやってきて声をかけてきた。
「やあレーナ。相変わらず馬鹿なことをしているようだね」
矢鱈と目立つビジュアルの人だ。別に悪い意味ではなく。
波打つ金髪は背の中ほどに届くまでに伸ばされていて、貴族においては男性でも髪を伸ばしている人は珍しくないらしいが、ここまで豪奢なのは中々見ないと思う。
非常に整った面立ちをしていて、金髪ロングヘアのインパクトにまるで埋没しない華やかさがあった。
背が高く、細身だが華奢さとは無縁の体格をしていて、姿勢もよい。
なるほどこれは、と納得せざるを得ないビジュアルだ。つまり、十人中十人が認める美少女であるレーナんの婚約者として、隣に立ってもまったく見劣りしないだけのものはある。
尤も、レーナんの事前の言葉による先入観と、現れた彼の見下したような第一声によって、私の印象は良いものとは決して言えない。見た目はよいが、それだけという感じだ。
「気安く呼ばないでもらえますか、ルーセル」
「異なことを言うね。婚約者なのだから気安いのは当然じゃないか」
「そうであったこともあります。今は赤の他人ですわ」
明らかに歓迎していないレーナんの態度にも、同じテーブルに居る私の存在にも一切構うことなく、ルーセルさんはごく自然に椅子を引いて、勝手に席についてしまった。なお、このテーブルは四人席である。
レーナんは彼をルーセルと呼んだが、それは家名であり、確かルーセル侯爵家という王国貴族であったはずだ。私達と同じく三年生の男子で、こちらに留学して間もない私でもこれまでの短い学院生活で何度も姿を見かけたことがあるし、目立つビジュアルのおかげで印象にも残っていた。
まさかレーナんの元婚約者だとは思わなかったけど。
ところでルーセルさんがごく自然にレーナんと話し始めてしまったわけだが、私はどうすればいいのだろう。一応、名乗るくらいはするべきだと思うのだが、完全にタイミングを逃した。
すると、ルーセルさんが私のほうをじろりと見た。
「時に、キミはいつまでそこに居るつもりかな?」
「え?」
「僕がレーナと会話をしているのだから、外野は気を利かせて席を外すのが当然だろう。まったく、そんなこともわからないのかい? よほど察しが悪いと見える。これだから田舎者は困るな」
ああ、それが正解だったのか。どうやら私はまたしても空気読みに失敗してしまったらしい。
私のほうが先に居たとか、私がレーナんと話していたのだとか、そんなのはお貴族様には関係ないのだ。ルーセルさんの物言いは偉そうだけど、侯爵家ってことは実際偉いわけだから。あとここで言う『田舎者』は、リヒティナリアの貴族が隣国ガルムの人間を見下す際によく使う文言である。類義語に『野蛮人』とか『脳筋』とかがある。
ただ、席を外せと言われても、この状況でレーナんを置いていくのも違う気がするよね。レーナんもルーセルさんと話したがってるならまだしも、どう見ても迷惑そうだし。
私が決めあぐねていると、レーナんが不機嫌そうにルーセルさんを見遣って口を開く。
「気が利かないのは貴方ですわ、ルーセル。彼女はわたくしのお友達です。友人同士の語らいに割り込んだばかりか、その無礼な物言いはどういう了見かしら」
「友達? まさかレーナ、キミはこれを友人と呼んでいるのかい? ああレーナ、悪いことは言わない、友人は選びたまえよ。こんな辺境の野蛮人であるばかりか貴い身分ですらない者を友と呼ぶなんて、己の品位を貶める行為に他ならない」
「では貴方は好きなだけ貴いご友人とお話なさってください。下品なわたくしにはどうぞお構いなく」
「ふふ、まあ言ってきくような素直なキミじゃないことなんてわかっているよレーナ。キミは昔から意地っ張りな子だったからね。今もそう。でも僕はキミのそんなところも嫌いじゃないんだ」
なんかすごいなこの人。会話してるようで全然相手の話を聞く気がない。
ザ・我が道を行くって感じだ。
で結局私は消えればいいのか、それともここに居ればいいのか。中途半端に固まった私を他所に、二人の会話のようなものは続く。
「それで、どうだいレーナ。チームメイトは見つかりそうかい? もうすぐエントリーの期限が来てしまうね? 流石の意地っ張りも、そろそろ諦める頃じゃないかな」
「貴方には関係のないことです」
「そんなことはないさ。何故なら僕はキミに手を差し伸べるためにここに居るのだからね。もしキミがどうしてもと頼むなら、この僕がチームを組んであげてもよいと言っているのさ」
あまりにも当然のような仕草で、言葉通りに手を差し伸べるルーセルさんをレーナんは非常に胡乱気な目で見ていた。
そりゃあそんな顔にもなるよね。だってレーナんの予想が正しければ彼女がチームを組むのを妨害していたのは他でもないルーセルさんだ。それで困ったレーナんに救いの手を差し伸べに来たってマッチポンプ以外の何者でもない。
そして我が道を行くルーセルさんはそんな私達の視線など一切気にしていない。
「こう見えて僕も腕にはそれなりに自信があってね。ああ勿論レーナ、キミの実力には遠く及ばないことなど承知の上さ。だけど少なくとも、キミの邪魔はしないと約束するよ。残るもう一人のメンバーは僕が用意してあげてもいいし、そこの田舎者を加えてもいい。まあ、僕とキミの二人が揃っていれば三人目なんて居ても居なくても一緒だからね」
わぁ。この人、一切悪びれることなく『キミの邪魔はしない』とか言ってる。
「結構ですのでお引き取りくださいまし」
「よく考えてほしいんだレーナ。一時のプライドを満たすために大きな後悔をする羽目になるよ。僕達ももう三年生だ。最後の『戦技舞闘会』を参加すらできずに終わらせてしまっていいのかな」
「わかりやすく言いましょう。おととい来やがれ」
「今更僕に頼るのが恥ずかしいというキミの気持ちもよくわかる。だけどもう身に染みてわかっただろう。こんなところに座っていて一人でも誰かがキミに声を掛けたかい? 誰もキミとチームを組んでくれたりはしないんだ、そう、この僕以外にはね」
「もっとわかりやすく言いましょうか。失せろ」
これなに? 会話? それとも喧嘩?
お互いにまったく妥協する気がないというか、最初から相手の言葉を考慮する気がないというか。
少なくとも最初のほうは、レーナんは冷静だった。でもルーセルさんがあまりにも話を聞かないせいでレーナんも徐々に苛立ってきた様子で、だんだんと言葉が強くなってくる。
しばらくそんな遣り取りを続けて、そろそろレーナんの拳が出そうというところまで来て、腐っても元婚約者ということなのか、ルーセルさんはレーナんがキレないギリギリのところで席を立った。
「どうやらお呼びでないようだから、僕はもう行くとしよう。ではレーナ、時間はもう殆ど残されていないけど、気が変わったらいつでも連絡してくれたまえ。僕はいつでもキミを受け入れる準備がある。この舞闘会でも、それ以外のことでも、ね」
最後まで一方的に言いたいことだけ言って、ルーセルさんは去って行った。
ちなみに彼は最初に苦言を呈した時以外、私のほうを一切見なかった。本当にレーナんにしか興味がないらしい。
歩き去ったルーセルさんがラウンジからのみならず学生ロビーから立ち去るのに充分な時間が経ってから、ようやくレーナんは口を開いた。
「で、感想は?」
「すごい喋るね」
なんというか、私もう圧倒されてたよ。
腹立たしいとか苛立つとか以前に、未知の存在過ぎてリアクションが出来ない。
レーナんはヒートアップした頭を冷やすように、冷めた紅茶に口を付ける。
「ふぅ…………昔から、ああなのです」
「ああ、っていうと?」
「自信も自意識も過剰。常に自分が選ばれる立場でないと気が済まない」
「だからやたらと『キミが望むなら~』とか言ってたんだね」
ある意味レーナんと似た者同士なんじゃ、と私は思ったけど口に出さなかった。
これは空気読み。私だってそのくらいの空気は読めるのだ。
つまるところ、ルーセルさんはレーナんの口から『チームを組んでほしい』と懇願させたくて、彼女が窮地に陥るように妨害をしていたということだ。いや、ルーセルさんが邪魔をしているというのはあくまでもレーナんがそう言っているだけで、私が現場を見たわけではないのだけど。
「それで、どうするのレーナん」
「どう、とは?」
「あの人に頼る気はないんでしょう? だったらチームを組んでくれる人を探さないと」
ルーセルさんの話は大部分が理解不能だったが、一つだけ正しい。それはこの場所で座っていても何も進展はしないということだ。
もうエントリーの締め切りまで一時間を切っている。私は既に他の人と組んでエントリーしてしまっているので、レーナんのチームに加わることは出来ないのが口惜しい。
私はレーナんを促しながら席を立ったが、レーナんは動こうとしなかった。
「流石にもう無理でしょう。貴女の気持ちは嬉しく思いますが」
なんというか、全然レーナんらしくない姿に私は漠然と悟る。
たぶんレーナんが頑なに待ちの姿勢を崩さなかったのは、ルーセルさんの行動を予想していたからではないか。そしてこの消沈したような様子を見る限り、先程のルーセルさんとの遣り取りはレーナんの望みに沿うものではなかった。
これは私の勝手な想像だけど、もしかしたらレーナんは彼に期待していたのではないだろうか。
本当にもう少しだけ、ルーセルさんが歩み寄る姿勢を見せていれば、意地を張らずに彼とチームを組む可能性もあったのではないか。
でもそうはならなかった。
だから、私の行動は決まっている。
「レーナん。今のキミは間違ってる」
「はい?」
「舐められたまま終わるのなんてレーナんの流儀じゃないでしょう。売られた喧嘩は買わないと。百倍返しだ!」
そう、ルーセルさんは明確にレーナんを舐めている。舐め腐っている。
彼が妨害したせいでチームが組めなかったのは、まあいいだろう、それについてはレーナんもわかっていて付き合ってやった節があるから、当人同士の問題だ。
だけど、ルーセルさんは自分が助けてやらないとレーナんが『戦技舞闘会』に出場出来ないと思っている。立ち去る彼の勝ち誇った表情を見ただろうか。もう勝った気で居るのだ。
逆に、この状況からレーナんが彼に勝つ方法とは、
「あの人の手を借りずに、ちゃんとチームを組んで、舞闘会に出場して、結果を残すんだよ」
勿論目指すは優勝である。私の立場的にはガルム殿下のチームを応援するべきなのだが、それはそれ、これはこれだ。真剣勝負なのだから。
そしてルーセルさんに言ってやるのだ。
「『お前と組まなかったおかげで優勝できたよ、ありがとう!』ってね」
私が拳を振るって力説すると、レーナんはしばらく目を丸くしていたが、それからふっと表情を緩めた。
「いいですわね、それ。ルーセルが吠え面をかく姿は実に見てみたいわ」
「でしょう? やっちゃおうよ!」
「それに、わたくしを慕ってくれる可愛い後輩に、情けない姿は見せられませんもの」
立ち上がった彼女の目に溌溂とした光が戻る。
だんだんとレーナんらしくなってきた。私は嬉しくなる。
となれば後は肝心の、いかにしてチームメンバーを探すかということだが、正直これはもう気合と根性で探すしかない。私の交友関係は決して広いとは言えないが、先のアリーナの一件でガルムからの留学生には多少顔が利くようになっている。こうなったら知り合いに片っ端から声を掛けてでも――、
「あれ、レーナん。『PiG』鳴ってない?」
「本当ですわね……ちょっと失礼」
一分一秒でも時間が惜しいところなので、悠長に通話をしている余裕はないのだが、だからといって無視も出来ない相手からの着信だったのだろう。
レーナんは震える端末をブレザーから取り出すと、私に断りを入れてから受話する。
「はい、レーナです。珍しいですわね、ダンクーガ君のほうからわたくしに連絡なんて――――え? あはい、そう。――――はい?」
「?」
レーナんの対応から察するに通話の相手はルーク君のようだ。先日のアリーナの一件で私も知り合いになった一年生の男の子である。レーナんにとっては同じクランの仲間なので、私的な交流があっても不思議ではない。
のだが、そのわりには通話の途中からレーナんの様子がおかしい。
具体的には、ものすごい勢いで瞬きしてる。
高速でおめめをしぱしぱしながら短い通話を終え、レーナんは端末をしまった。
そして徐に言う。
「解決しました」
「えっ」




