750話_side_Luke_一方その頃
~"英雄の末裔"ルーク~
学生戦力としての活動を終えた『黒い森』からの帰り道。
ギリギリすぎるタイミングで『戦技舞闘会』への参加を決めたクロト先輩とタナカ先輩に、チームの女子枠として俺が推そうと考えたのはレーナである。
アンネリースから聞いたところによるとレーナも現在チームメンバーを募集中らしいので、ちょうどいいのではなかろうか。レーナならば実力は申し分ない。たぶんいつもの変なこだわりが出て未だにチームを組めていないのだろうが、流石のレーナもそろそろ焦っている時期だろうから、こちらから誘えば乗ってくると思う。
なお、アンネリースというのはレーナのことを慕っている一年生の女子で、俺のところには『お姉様とチームを組む気はありませんか?』という打診に現れた。生憎と俺は既にエントリーを済ませているので望みには答えられなかったが、その際に簡単に事情を聞いていたのである。
というわけで俺は先輩達に提案をしたのだが、
「いや、マクダレーナちゃんはちょっと難しいと思うぜ」
と、クロト先輩から言われてしまった。
タナカ先輩も難しい顔をしている。
どうやら俺の知らない事情があるらしい、と察するに余りある反応であった。
「なんで?」
「ルーセルに睨まれてるからだよ」
「ルーセル?」
知らない名前が出てきて首を傾げていると、タナカ先輩が呆れ顔で説明してくれた。
「流石に侯爵家くらいは覚えておいたほうがいいと思うが……ルーセルとはルーセル侯爵家のこと、ここではエドヴァルド・ヘンドリック・ルーセルという三年生の男子のことだ」
「へー……で、その人がどうしたって?」
「ルーセルはカマセーヌさんとチームを組もうとする男子が現れないように周囲を牽制しているんだ」
「牽制なんて優しいもんじゃねえぜ、あれは」
タナカ先輩の説明に被せるようにクロト先輩が言う。俺はその口振りと表情から穏やかではないものを感じて問い掛ける。
「どういう意味だ?」
「実際に、マクダレーナちゃんと組もうとしたやつ等が、ルーセルの一味から制裁を受けてるんだよ」
「マジか」
「大マジだぜ。だからそれ以降、マクダレーナちゃんを誘おうとするやつは居なくなったわけだ。要するに見せしめだな」
「そのルーセル先輩? はなんでそんなことしてるんだ?」
「そりゃあ、自分がマクダレーナちゃんと組みたいからだろ」
「もしくは、単純にカマセーヌさんの邪魔をして嫌がらせをしたいか、だな」
組みたいなら組めばいいじゃん、と俺は思ってしまうが。周りを睨むことに精を出していないで、さっさと自分からレーナを誘えばいいのだ。
尤も、もしかしたらそうして誘った結果としてレーナに断られて、腹いせに嫌がらせを始めたという説もあり得そうだが。
というか、レーナのやつそんなことになってたのか。つまり、なんか面倒くさいヤツに粘着されてるってことだよな。どうせレーナのことだから、いつもの変な意地を張って自分で自分を追い詰めた結果、引くに引けなくなってるだけだろうと軽く考えていたことを俺は反省した。
と、そこでクロト先輩が俺に訊いてきた。
「てか逆に訊きたいんだけどよ、結局ルーセルってマクダレーナちゃんの婚約者なのか?」
「へ? そうなのか?」
「いや俺が訊いてんだけど……知らないってことね」
初耳オブ初耳である。
考えてみればレーナって伯爵令嬢なわけで、婚約者が居てもおかしくないというかむしろ普通まであるのだが、少なくともこれまで『剣の誓い』で一緒にやってきた身からすると、レーナにそんな気配は全然なかったし、勿論聞いたこともない。
そもそもを言えば、なんでアイツ討伐者なんてやってるんだろう?
レーナがクランに加わったのは確か、俺が十歳とかそのくらいだったと思う。ガキだったからその辺の事情とか気にもせず、単純に年の近い仲間が加わったのが嬉しくなって仲良くなってそのまま今に至るという感じだ。
「少なくとも、レーナの口から婚約者の話は聞いたことないなぁ」
「ということは、ルーセルが勝手に言っているだけか」
「どういうこと?」
「ルーセルはカマセーヌさんのことを『自分の婚約者だから手を出すな』という風に主張しているんだが、その婚約は既に解消されているという話もあって、部外者からはどちらが本当かわからない状況なんだ」
そのルーセル先輩よりも格下の学生は脅せば済む話だが、同格ないし格上の学生がレーナと組もうとするのは止められないから、そちらは婚約者であるという大義名分で牽制してるってことか。
んで、婚姻ならば外部にもわかるけど、婚約となると当事者同士しか知らない場合もあるから、ルーセル先輩がそう主張すれば否定出来るのはもう一人の当事者であるレーナだけなのだ。
ただし、まったく事実無根の主張をしたところで流石に周囲も『それはおかしいだろ』って気付くので、ルーセル先輩の主張に説得力があるのは、実際にルーセル侯爵家とカマセーヌ伯爵家に交流があり、子供同士が婚約関係であったとしてもなんら不思議ではないという下地が存在するからなのだ。
「とりあえず、カマセーヌさんに話を聞いてみるか。明日にでも」
そう切り出したのはタナカ先輩だ。
俺とクロト先輩の視線を受けて、タナカ先輩は言葉を続ける。
「ルークとしては、カマセーヌさんが困ったことになっているならなんとかしたい。俺達としては、カマセーヌさんとチームを組めるのなら組みたい。どちらにせよ本人に話を聞いてみないことには、だろ?」
「俺はそうだけど、先輩達はレーナと組むのは諦めて他の人探したほうがいいんじゃねぇか? 時間ないんだし」
俺が言うと、クロト先輩があっけらかんと笑った。
「他にって言ってもそんな都合のいいやつそもそも居ないだろうし、だったらマクダレーナちゃんと組める可能性に賭けてみるほうがいい気がするよな。……ってのは建前で、聞いちまったから気になっちまうってのが本音だけどな」
「だな。カマセーヌさんとルーセルの問題なら部外者の俺達が口を挟むことじゃないが、ルークが彼女を助けたいっていうなら、そのルークを俺達が手伝うのはおかしくないだろ?」
俺達が役に立つかは微妙だけどな、とオチを付けるタナカ先輩は、なんというか相変わらず人が好いというか。勿論、同じように笑っているクロト先輩もだ。
色々と理由を付けてはいるが、要するに俺が思いのほか深刻な顔をしていたから放っておけなくなっただけなのだろう。
俺達は明日の放課後、レーナが陣取っているらしい学生ロビーを訪れてみることを決めて、この日は解散したのだった。
◇◇◇
そして翌日。放課後、三年生の学生ロビーにて。
「――――そろそろ、事情を教えてくれると嬉しいのだけど」
焦れたような顔でそう告げたのは、ミリティアである。
なんで彼女がここに居るのかというと、俺がここに来る途中で歩いているミリティアとノエルを見かけて、少々強引に連れてきてしまったからだ。
ほら、婚約関係がどうとか貴族間のパワーバランスがどうとか、そういう話題に一番強いのって俺達の中ではミリティアだし、ノエルやレックスはどんな話題でも冷静に助言をくれるから頼りになるし、そのミリティアとノエルがちょうどいいところに居たので思わず引っ張ってしまったのだ。
ミリティア達にしてみれば事情も分からず連れてこられたことになるわけだが、ミリティアは怒っているというよりは困惑している様子で、ノエルに至ってはいつもどおりにニコニコしている。
ロビーに併設されているラウンジはレーナが陣取っているところだけではなく複数存在しているので、俺達はとりあえずレーナの様子を窺えて、それでいて気取られない程度に離れた適当なラウンジに席を取った。
合流したクロト先輩達への紹介もそこそこに、俺はミリティア達に事情を説明した。
俺が彼女に主に期待しているのは、レーナとルーセル先輩の婚約関係の情報だ。
「なんでそれを私に訊くのよ」
と呆れ気味な苦笑を見せるミリティアの言葉はご尤もなのだが、深く考えることなく条件反射で頼ってしまったからとしか言いようがない。
ミリティアならなんか知ってるだろ、的な。
すると横で聞いていたタナカ先輩が「ちょっといいか」と口を挟んだ。
「一応確認だが、ハートアートさん。『例の件』とは関係ないよな?」
「ええ。私の知る限りは」
謎の遣り取りを経て、タナカ先輩は納得したらしく「ならいい」と場を譲った。
俺は視線でミリティアに今の遣り取りの意図を問うが、彼女は「こっちの話よ」とだけ告げて、詳しく教えてくれる気はなさそうだ。俺としては、そもそもミリティアとタナカ先輩が知り合いなことに驚いたし、それこそどういう関係なのかまったくわからないのだが。
気を取り直した様子でミリティアが口を開く。
「先に言っておくけど、あなた達が女性社会のあれやこれに疎いように、私達も男性社会の中で行われていることには詳しくないのよ。だからルーセル先輩の所業については全然知らなかったわ」
「うん。それはいいけど、じゃあレーナの事情ならわかるか?」
「それについても詳しくはないけど、マクダレーナさんが過去にルーセル家のエドヴァルド様と婚約関係にあったのは事実のはずよ。ただ、確か、ちょっと曖昧だけどその婚約はかなり前に破棄されているはず」
記憶をたどるように眉根を寄せてミリティアが話す。
俺がわりとその場のノリで頼っちまったのに、ちゃんと情報が出てくるあたりミリティアは流石である。てか昨日の先輩達もそうだけど、ミリティア達もいきなり呼ばれて文句の一つもなく協力してくれるあたり、俺の周りにはいいやつが多すぎるな。
「かなり前っていうと、どのくらい?」
「マクダレーナさんが討伐者になる前よ」
「てことは少なくとも五年以上前か……」
「ティアさん、婚約が解消じゃなくて破棄って言ったのは、なにか事情があるのかな?」
俺が気付かずスルーした部分も聞き逃さなかったノエルが疑問の声を上げた。
ちなみに一般的な認識だと、双方が合意の上で納得して婚約関係を解く場合は『解消』であり、どちらかが一方的な理由でなかったことにした場合は『破棄』だ。
破棄した側、された側、どちらに問題がある場合も考えられる。例えば、婚約者同士に明確な力関係があって、強いほうが単に我儘で弱いほうを捨てるという場合もあれば、婚約相手がなんらかの罪を犯した疑いがあるとかで、リスクを避けるために関係を切らざるを得ないという場合もある。これだって、相手が応じれば解消だが、応じなければ破棄だ。
「婚約関係はルーセル家が一方的に終わらせたものだったはず、なんだけど……ごめんなさい、理由まではわからない」
「ってことはなにか、ルーセルのやつは自分から一方的に婚約破棄しといて、今になってマクダレーナちゃんに粘着してるってことか?」
黙って聞いていたクロト先輩が思わずといった様子で呆れ声を上げたが、俺も同じような気持ちである。
ミリティアはそんな俺達を諫めるように、
「客観的に見ればそうなるのかもしれないけど、間違いなく当事者しか知り得ない事情があるはずだから。それに私が知っている程度の情報がどこまで本当のことなのかもわからないし」
「結局はレーナに話を聞くしかねえってことか」
とりあえず、先輩達にはここで待っていてもらって、俺一人で行ってみるのがよさそうだ。というのも、この状況でレーナに接触した場合に、ルーセル先輩がどういう反応を示すのかがわからないのだ。見たところ、今はレーナ一人の様子だがルーセル先輩が俺達のように近場で様子を窺っている可能性は高い――というか、十中八九居るだろう。本人か、手下かはわからないが誰かがレーナの動向を見ているはずだ。
レーナとチームを組もうとしただけの者に制裁と称したリンチを加えるなど、どう考えても行き過ぎである。率直に言って異常な執着のようなものを感じ取らざるを得ない。なので、とりあえず俺がレーナに話し掛ける分にはそもそも知り合いなのでルーセル先輩を必要以上に刺激せずに済みそうだ。『PiG』でレーナに掛けてみてもいいのだが、むしろ逆に、敢えてレーナに直接接触してみることでルーセル先輩の反応を見たい部分もある。
そもそも、彼の目的が判然としなくて不気味なのだ。
俺がその旨を皆に説明しようとすると、それより先に外から声が掛かった。
「貴様ら、こんなところで雁首揃えて何をしているんだ」
不審と呆れがミックスされたようなその声音は、知ったものだ。
レーナの動向を窺っていた俺達が弾かれたように声のほうへと振り向くと、そこには声音とそっくりな表情をしたプリムが立っていた。
彼女は片腕に『生徒会執行部』の腕章をしていて、傍らには同じくマリア先輩が居心地悪そうに立っている。察するに執行部の定期パトロール中なのだろう。なおマリア先輩が居心地悪そうなのは俺達が一斉に振り向いたから視線の集中に怯んだだけだと思われる。
格別にちっこいプリムが両腕を組んで尊大そうに立っているのに対して、その小さすぎる背中にマリア先輩が一生懸命隠れて視線から逃れようとしているのがあまりにも平常運転すぎる。
「よ、よおプリム。奇遇だな?」
「なにが奇遇だ。普通に不審だぞ貴様ら。私でなくても声を掛ける」
なあ、とプリムがマリア先輩に同意を求めると、先輩はこくこくこくこくこくと五回くらい頷いた。
つまりそのくらい俺達は傍から見て不審だったらしい。まあ、三年生のクロト先輩とタナカ先輩はともかく、一年生の俺達がわざわざ三年生ロビーに居るのがそもそもおかしいし、それが集まって密談のようなことをしているのもおかしい。
不審と言われればその通りだった。
しかしながら、俺はふと考えた。
もしかしなくてもこれは好機なのでは?
ルーセル先輩がなにを企んでいるとしても、対抗札としてこれ以上ない取り合わせだ。アシュタルテ侯爵家のプリムに、ヴァンシュタイン公爵家のマリア先輩、しかも二人は執行部の人間でもある。
よし、と俺は二人を巻き込むことに決めた。
「なあプリム。それにマリア先輩、今暇か?」
「これが暇に見えるのか貴様」
絶賛仕事中だ、と言いつつもプリムは俺達に順繰りに視線を巡らせた。
俺、クロト先輩、タナカ先輩、ノエル、それからミリティアと見て、最後に遠くのレーナのほうへと視線を投げつつ僅かに瞳を細める。
それからプリムは仕方なさそうに言った。
「ふん…………話くらいは聞いてやる」




