747話_side_田中_帰り道
~"モブ転生者"タナカ~
学生戦力としての活動を終えた帰り道。『黒い森』から学生寮方面へと向かう道を俺はクロトとルークと三人で歩いていた。この三人なのは特に深い意味はなく、単に同じ班の所属でかつ帰る先が同じだからというだけである。
というわけで適当に雑談などをしながら歩くのが常のことなのだが、今日はその中でルークがこんなことを訊いてきた。
「そういえば、結局先輩達は『戦技舞闘会』には出場しないのか?」
そうだな、と俺は頷く。
基本的に俺やクロトのように、家格の低い家の出身でしかも上に複数人の兄が居るとなると、家を継ぐことになる可能性は非常に低い。実家が家業として何かをしているというわけでもなければ、将来の身の振り方は自分で決めなければならない。
この辺、貴族は逆に面倒くさくて、じゃあ好きな仕事をしようってわけにはいかない場合が多い。実家の面目を潰さないためには、ある程度聞こえの良い職に就く必要があるのだ。なので男子の場合は大抵は王宮騎士団を志すことになるし、女子の場合はさっさとそれなりの相手のもとに嫁ぐか、そうでなければ王宮で侍女見習いなどをすることになるわけだ。
騎士という職業は危険と隣り合わせだが、そのぶん収入も安定するし、なにより世間体が良い。当人にとっても、実家にとってもだ。俺とクロトも例にもれずその方向に進むつもりだが、そういう学生にとって舞闘会というイベントは見逃せないものである。
もし勝てずともとりあえず出場しておけば最低限の面目は保てるし、優秀な戦績を残すことが出来れば将来の展望が広がる可能性がある。観戦のために来場する騎士団関係者の目に留まるかもしれないからだ。当たり前だが、自ら騎士団の門を叩いて一兵卒から始めるのと、関係者に取り立ててもらって幹部候補から始めるのとではスタートにもゴールにも雲泥の差が生まれる。
要するに、基本的には舞闘会とは出場し得なのである。
実際、俺もクロトも一年次、二年次と連続して出場だけはしていたのだが、ところが今年は出場を見送ることにした。クロトが何故そうしたのかは知らないが、俺としてはそれどころではなかったというのが大きい。
即ち、原作展開においてベリエさんが命を失う時が迫っているので、その対策で頭がいっぱいだったのだ。舞闘会に出ればそれはそれで自分を鍛える良い機会になるのはわかっていたが、どうしても一点集中など出来そうにないので、それならば最初から出ないほうがマシだと思った。何故って、今年のレギュレーションはチーム戦なので、俺が注意散漫で下手を打てば、チームメイトに迷惑をかけてしまうからだ。例年通りの一対一の試合であればとりあえず出るだけ出たと思うんだけど。
尤も、アシュタルテさん経由で紹介してもらったハートアートさんの言うことには、原作においてベリエさんが命を落とすのはもう少し先の話であり、少なくとも舞闘会の間は心配する必要はないらしいが。それは魔物の侵攻に付随して発生する事態なので、こちらのアクション如何によって時期が変動する可能性は殆どないのだと。
ルークの問い掛けに即答した俺とは違って、クロトはなにやら反応が鈍い。
どうしたのかと俺とルークの視線が集中するも、しばらく悩んでいた様子のクロトは何故かルークではなく俺のほうに顔を向けた。
「なあ、俺が今更出たいって言ったら、怒るか?」
俺は目を丸くした。
本当に今更というか、なんならエントリーの期間は明日までなんだが。逆に言えば、今ならば滑り込みで参加をすることが出来るということでもある。
クロトが俺に言ったのは、俺をチームメンバーとして起用したいからというだけだろう。俺も、もし自分が出場するならばクロトとチームを組むしかないと考えていたので、当然その発想になるのは理解出来る。
「別に怒りはしないけど、なんでまた今になってそんなこと言い出したんだ?」
当然と言えば当然の俺の疑問に、ルークも興味深そうにクロトの返答を待った。
するとクロトはまたしばらく渋るような様子を見せてから、重そうな口を開く。
「いや、そのー……マジな話、ユフィちゃんに告ろうと思って」
「え!? クロト先輩ってそうなのか!?」
クロトのカミングアウトに俺以上にルークが驚きをあらわにする。
俺は一応クロトの本命の相手がベリエさんなのであろうことは察していたので、そこまでの驚きはない。ただ、クロトという男は浮ついたビジュアル通りの振る舞いに定評がある人物であり、有体に言えばナンパでチャラい。だから女子学生に声を掛けることなんて日常茶飯事で、ベリエさんにもしょっちゅう粉を掛けては素っ気なくあしらわれたりしているのだ。
なのでルークから見ればクロトの本命がベリエさんだとは思えなかっただろうし、しかもベリエさんってことはルーク的には将来的に義姉となる人物なので、そりゃあ驚きもするか。
「告ればいいだろう。今更怖気づくような可愛い性格してないだろうがお前」
「怖気づいてるっていうよりは、なんていうかこう」
煮え切らない口ぶりでしばらくムニャムニャしたあと、クロトは自信なさげに言う。
「俺がいきなり告っても、絶対本気だと思われなくね……?」
「「うん」」
俺とルークは頷いた。異論を差し挟む余地一切なし!
こればかりは自業自得と言うしかないですねぇ。
そこでクロト君は考えた。近々開催される『戦技舞闘会』を利用しようと。具体的には優勝した学生に与えられると実しやかに言われている『優先権』だ。舞闘会の後日に開催されるイベントである『創星祭』の舞踏会にて、パートナーとなる相手を優先的に指名出来るという例のアレだ。
つまり、そこまでしてベリエさんを指名すれば、流石に本気で真剣であることを疑う者は居ないだろう、っていう。
クロトの思惑を聞いて、俺は爆笑した。
「はっはっは! マジかクロトお前、ブルーノに偉そうに語ってたこと全部ブーメランになってるじゃないか!」
「うぐぐ……!」
俺は覚えているぞ。このクロトとかいうヤツが同級生のブルーノに対して恋愛強者っぽく上から目線で色々と言っていたのを。まあブルーノ本人に言ったわけではなく、裏で俺と雑談する中でってことだが。
奥手なブルーノが想い人のドロッセルさんを舞踏会に誘うために、舞闘会で優勝出来たらという条件を自身に課していたことについてクロトは呆れたような様子を見せていたが、ところが今こうしてまったく同じことをやろうとしている。
即ち、事情は違えど想いを告げるために理由が必要なので、舞闘会の優勝を目指すという。
そりゃあ確かに言い出しづらいわな、と俺が納得していると、クロトは「それもあるけど」と言葉を続けた。
「単純に、お前には言いづらいだろ。普通に考えて」
「は? なんで?」
クロトの言わんとするところが本気でわからなくて俺が首を傾げると、クロトはむしろ困惑した顔になった。
「なんで、って……お前もユフィちゃん狙いだろ? それこそ一年生の頃から」
「…………ああ、なるほど!」
「いや、なんでお前が驚いてんだ」
そりゃあ、その発想がまったくなかったからだが。
知っての通り、俺は前世の記憶を持って生まれてきた人間であり、今世の世界が前世で見た漫画の『夜明けのレガリア』に酷似していると気付いている。だから漫画の登場人物でもあったベリエさんが近いうちに命を落とすこと知っていたし、それを食い止めることをずっと目指してきた。
俺のその姿がベリエさんに懸想しているようにクロトには見えていたのだろう。
「違う違う。俺は別に彼女に惚れてるとかじゃないよ」
「違うのか? いやでも、お前めっちゃユフィちゃんのこと見てるじゃん」
「それは単に俺がスケベなだけだ」
これだけは自信を持って言える(キリッ)。
実際、俺がベリエさんを見がちなのは事実だし、なんならそれで本人に不審がられているとアシュタルテさんに警告を受けたりもした。だが俺が彼女を見がちなのは前述の通り、彼女の身を案じているからというのが大部分だ。
そして俺はベリエさんに限らず女性を目で追いがちだし、あれやそれやを見がちである。マルグリットの尻やヴァンシュタインの乳に視線が吸い寄せられるのは、これはもう男としての本能なのだ。
ということを力説してみたのだが、生憎とクロトもルークもいまいち賛同してくれない。
「ルークお前、どこ見る? 俺は顔」
「俺も顔かなぁ」
「ふっ、陽キャのイケメンにはわからないだろうな。この領域の話は」
まあ俺が変態なのは今更のことなので置いておくとして、
「そういうことだから、俺に遠慮する必要はまったくないし、俺はお前を全力で応援するぞ」
「お、おお。サンキュ」
「しかしそうなると、残り一人のメンバーをどうするのかが問題だな」
なにせエントリー期間の終了は明日である。
エントリーが終わると、そこから数日掛けて学院側が不備の確認や対戦表の作成などをして、来週からはもう予選が開始されることになる。
今回のレギュレーションは必ず男女混合のチームを組む必要があるので、俺とクロトが決まっている以上はもう一人は絶対に女子でなければならない。しかし、改めて言うまでもないが、そもそも舞闘会に出場する気のある女子はとうにエントリーを済ませているし、現時点でエントリーしていない女子はそもそも出る気がない者達だろうから、誘ったところで頷いてくれる可能性は低い。
「手当たり次第に聞いてみれば誰かはいけるだろうけど」
思案気にクロトが言うが、まあ難しいのはわかる。
女子に顔が広いクロトであれば、協力してくれる人物の一人や二人は簡単に見つけられると思うが、果たしてそれでよいのかということだ。というのも、当然俺達の目標は優勝なのだから、数合わせで適当な女子をチームに加えたところで意味がない。俺とクロトの二人だけで勝ち進めるならそれでもいいが、そんなわけもない。
チームメンバーには最低限の実力を求めたいところだが、そういう女子は引く手数多なので基本的には既に他の男子チームに誘われてエントリーを済ませているに違いないのだ。
「やっぱ無理かぁ。こんなタイミングでそんな都合のいいヤツいねえよなぁ」
クロトが無念そうに声を上げる。
こんなタイミングになったのは彼が言い出しあぐねていたからだが、俺への配慮がその一因としてあったならば、多少なりとも俺にも責任があるのでなんとかしてやりたい。
が、自慢じゃないが俺の交友関係はクロトの比じゃないくらいに狭いので、クロトに心当たりがないのに俺にあるわけがない。
とそこで、ルークが不意に言った。
「いるぞ」
「「え?」」
「めちゃめちゃ腕が立って、現在チムメン募集中の、三年生の女子」
俺とクロトは顔を見合わせる。
え、マジで居るの? そんな都合の良すぎる存在。




