746話_side_Primrose_生徒会執行部_部室
~"転生令嬢"プリムローズ~
放課後になり、私がいつものように執行部の部室を訪れると、全然人が居なかった。
まあ基本的にこの時間は皆パトロールに繰り出しているから、珍しいことではない。普段なら私も荷物だけおいて出動するところなのだが、今日は相方のブリギットから遅れる旨の連絡を受けているので、彼女が到着するまでは部室で時間を潰すつもりだった。
元々少ない事務仕事はとうの昔に片付けてしまっているので、まあ適当に図書館で見繕ってきた本でも読んでいることにしよう。
ちなみに部室に居るのは私と、他にはユーフォリアちゃんだけだ。私が入室した時にはもう二人ほど居たのだが、私を見た瞬間にそそくさと部屋を出ていってしまった。まあこれって所謂いつものことで、一般執行部員の皆さんは間違っても部室でアシュタルテと二人きりの状況になどなりたくないだろうから、私が居る状況で部室内の人数が少なくなるほどに加速度的に誰も居なくなるわけだ。
今のところはユーフォリアちゃんが居るから完全に二人きりになることはないだろうが、それ逆に言うとユーフォリアちゃんが席を外した瞬間に絶望が訪れるからね。
というわけで、ユーフォリアちゃんと二人きりなわけだが。
なんか、少し前にもこんなことありましたね。
ユーフォリアちゃんは自分のデスクについて、何やら思案気な顔をしてペンをくるくるしていた。仕事に悩んでいるというよりも、なにか他ごとを考え込んでいる様子だ。邪魔するのも悪いので、例によって私は隅っこで大人しく本を開いておく。
「…………?」
本を開いて五分も経っていなかったと思う。視界の端で何かが動いた気がして、私は横目で見てみる。
何か、というか私以外に動くものなんてユーフォリアちゃんしか居ないわけだが、案の定、彼女が何やら行動する気配を見せていた。
奇妙なことに、ユーフォリアちゃんは私達以外誰も居ない室内を、入念にチェックするように見回して、それから席を立ち、いそいそとこちらに歩いてくるではないか。
前もやってたけど、儀式か何かなのそれ。
「あのっ」
アッハイ。
私のデスクの隣までやってきたユーフォリアちゃんは、例によってこの場に居ないイオちゃんに対して律儀に断りを入れてから、彼女の椅子を借りて座る。
今回は『何か用か』などとは訊かず、こちらから話を振ってみる。
「どぉしたの? またタナカくんが変なことしてるの?」
前回の相談内容を参照して言うと、ユーフォリアちゃんは少しおかしそうに笑った。
「いいえ、今回はタナカ君ではありません」
「じゃあクロトくんか」
「えっと、そういう用件ではなくてですね」
なんだ、男連中が馬鹿をやった話ではなかったらしい。
「今回は相談ではないんです」
「そしたらなんじゃも?」
「ちょっと、感動を誰かに共有したくて仕方なくて」
ほほう? そんな前置きをされると期待が高まってしまうな。
私は読みさしの本を鞄に仕舞うと、ユーフォリアちゃんへと向き直った。
彼女は「実はですね」と口火を切った。
「リタが、料理の練習を始めたんです!」
なるほど。それはつまり、
「もしかしなくても、彼氏のためってこと?」
「ですです」
「いーじゃん」
「でしょう!?」
かれぴのために料理を練習し始めるなんて、実にいじらしくて素晴らしいではないか。
これはイイネせざるを得ない。
しかもそれがあのマルグリットちゃんってところがポイント高し。言っちゃあ悪いけどどう見ても食べる専門みたいな子だし、貴族令嬢なんだから必ずしも料理スキルを身に着ける必要はないのに、やっぱり恋は偉大やでぇ。
「ご存じの通り、って言ったらあれですけど、ほらルーク君ってラーメンばかり食べてるじゃないですか」
「そーね」
我が同好会が誇る期待の変人やぞ。
ていうかジークリンデ先輩っていう勝るとも劣らないラーメンキチが身近に居るせいで異常性が際立ってないだけで、ルークくんのキチっぷりも大概おかしいよね。マジで四六時中ラーメン食ってるイメージあるわ。
若い今だからこそ出来る偏りまくった食生活って感じ。
「流石に身体に悪いからなんとかしたいってリタは考えたみたいで、それで彼にお弁当を作ってあげることにしたんですよ」
ちなみにルークくんは昼食も大抵ラーメンを食べているようなので、流石に食い過ぎなのはマジでそう。
ルークくんって身体も鍛えてるし胃腸も頑丈だろうから、今のところは三食ラーメンでも全然平気だろうけど、その食生活は早めに改善しないと将来的に色々と弊害が出てくることだろう。
まあ、同好会で話してる感じ、ルークくん本人もそんなことわかってはいるようだが。わかっていても、年頃だし、咎めるベルさんも近くには居ないし、好きなものを好きなだけ食べられる環境となると、まあ無理からぬことではある。
とはいえマルグリットちゃんが心配になるのもわかるし、というか彼女が全面的に正しい。ルークくんはおかしい。
「どう思いますか!?」
「愛だねぇ」
「愛ですよねっ!!」
鼻息も荒く身を乗り出すユーフォリアちゃん。この子がこんなにテンション高いの初めて見たけど、たぶんそれだけ妹の恋路が上手くいっているのが嬉しくてたまらないのだろう。
「少し前からメイドに習ってこっそり練習し始めてたみたいで、たぶん知られるのが恥ずかしかったんでしょうけど、そんなところも可愛くて」
「ちなみに、訊いていいのかわからないけど、腕前のほどは?」
「まだ始めて間もないのでこれからだと思いますが、筋は悪くないみたいですよ。なにより、真面目に打ち込んでるのですぐに上達するだろう、と」
マルグリットちゃんに料理を教えているメイド曰く、ってことね。
いやはや愛だね。
これも訊いていいのかわからないけど、ついでだからと私は口を開く。
「ちなみに、ユーフォリアちゃんはお料理できるのかしら」
「いや~……私は殆ど。最低限って感じです」
気恥ずかしそうに頬を染める彼女に、私は微笑ましい気持ちになる。
彼女の言う『最低限』とは、どうやら最低限食べられるものは用意出来るという意味らしいが、貴族令嬢の常識から考えれば充分に出来るほうである。貴族的な価値観で言えば料理をしないことは別に悪ではないし、恥ずかしいことでもない。逆に、そんな使用人がするような真似をするほうがはしたない、という考えも貴族社会では未だに根強いのだ。
ユーフォリアちゃんはしばらくテンション高めに妹自慢を続けていたのだが、一段落したところで「ほぅ」と小さく溜息を吐いた。
思わず零れたという風情の、小さいが、色々なものが籠ったような吐息であった。
「どうかした?」
「いえ…………すこし、なんというか」
彼女は言葉を探すように視線を彷徨わせ、ややあって俯き気味に言った。
「ほんの少し前まで『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って後ろをついてくる子だったのに、気付いたら、私が思っていたよりもずっと大きくなってたんだなぁ……って」
「さびしい?」
「それもあります。でも――」
ユーフォリアちゃんは、淡い笑みを浮かべた。
慈しみと、愛に満ちた表情であった。
「安心のほうが大きいです。もう――――大丈夫なんだなぁ、って」
心の底からそう思っているのが伝わるような。
万感、という言葉はこういうことなのだと。
酸いも甘いも綯交ぜに、とにかく大きな感情で満ち足りた顔で。
まるで、もう思い残すことはない、とでも言わんばかりの。
なので、私は思わず、
「あちょー!」
「あた」
椅子から身を乗り出してユーフォリアちゃんの額にチョップを叩き込んでしまった。
私の類稀なる小さな手から繰り出された一撃は、『ぺち』と非常に痛そうな音を響かせる。
きょとんとして目を白黒させるユーフォリアちゃんの鼻先に指を突きつけ、私は告げた。
「満足するのは早過ぎるでしょう」
「え。私そんな顔してました?」
「してた。今にも死にそうだったわ」
「え、えぇ……?」
もしかすると彼女は、どこかで察しているのかもしれない。
原作展開という『あるべき流れ』の中で、これから彼女へ襲い来る過酷な未来のことを。
ベリエ男爵家の特異な魔法資質を考えれば、なんらかの形で『可能性』を垣間見ているとしてもまったく不思議ではないのだから。
だから私は言わせてもらおう。
そんなものはクソくらえであると。
「いいこと、ユーフォリアちゃん」
「は、はい」
「妹ちゃんが幸せを掴んだのは言祝ぐべきことでしょう。でもそれで貴女が満足するのは違うわ」
私はユーフォリアちゃんの鼻先に突きつけていた指を、そのまま下へとスライドし、彼女の心のあたりを押した。
「次は、貴女の番」
「!」
「そうでしょ?」
ユーフォリアちゃんが今、マルグリットちゃんに感じている安心や喜びを、マルグリットちゃんにも感じさせてあげるべきだ。彼女が妹を案じているのと同じくらい、きっと妹も彼女を案じているのだから。
近い未来を見据えて、今ある幸せで自分を納得させて満足を得る必要などない。
そしてこれは一番大事なことだが。
私は『全世界妹魂連盟』の名誉会長として言わねばならない。
「姉であることに終わりなんてない」
「……!」
「だから、頑張れ。お姉ちゃん」
血縁上の妹が居たことのない私が言うのもおかしな話かもしれないが、なにもこれって姉妹に限った話ではない。
良くも悪くも、他人にはなれないのだから。
ユーフォリアちゃんにとってマルグリットちゃんが特別であるように、その逆もそうなのだ。これは私なりの激励であり、決意表明だった。
まだ、貴女の道は終わらないし、終わらせない。
ユーフォリアちゃんはふわりと力の抜けた笑みを見せた。
「なんか、結局相談みたいになっちゃいましたね」
「私は一向に構わん! なんなら私のことは年下のお姉ちゃんだと思ってくれていいからね!」
妹なんてなんぼ居てもいいからね。
特にユーフォリアちゃんのような良い子であれば尚更ヨシ!




