745話_side_Marguerite_講義棟_ロッカールーム
~"騎士の卵"マルグリット~
突然現れたコーバシィ改めアズにゃんは謎に胸を張って告げた。
「意地汚い口で誰にでも噛みつく狂犬マルグリット・ル・ベリエにもわかるように説明してあげるわ!」
「ちょっと待て。あんた喧嘩売ってんのか」
「いいえ! 私のお店には喧嘩ではなく事実を陳列しているわ!」
「それは…………まあそうか」
言い方はムカつくけど別に間違ってはいないな。あたしがガサツで喧嘩っ早いのは確かに事実だ。
あたし的には絶対コイツが犯人だろうと思ったんだけど、どうやらミアベルの意見は違うらしい。で、何故違うのかを今から説明してくれるらしい。アズにゃんが。
「いいかしら? 本物の気品というのは、行動の節々から現れるものなの」
「うん?」
「だから、私のように高貴で上品な人間は、やっぱり何をするにも隠しきれない品の良さがにじみ出てしまうのよね!」
自信満々なアズにゃんの持論にあたしは胡乱気な目を向けざるを得ないが、ミアベルはにこやかに「そうだねぇ」と頷いている。
いや、一般論としてはコイツの言うことは理解出来る。コイツの行動に品があるかというのは甚だ疑問であるが。
「それは他人に嫌がらせをするにしても一緒。私くらいに気品マシマシだと、嫌がらせの内容にもそれが現れちゃうってこと」
「あんたさぁ、ミアベルの背中に貼り紙するとかいうすっげぇくだらない嫌がらせしてなかった?」
「過去のことは忘れたわ!」
随分と都合のいい記憶力だなおい。毎日幸せそうで何よりである。
ともかく、一応言いたいことはわかった。要するに自称『気品マシマシ』なアズにゃんなので、こんな汚物をぶちまけるような品のない嫌がらせなどしないという理屈なのだろう。
「そしてそれは当然当然、逆も言えることなのよ」
「逆?」
「見なさい、この有様を!」
アズにゃんが片手で示したのは目の前のロッカーだ。つまり生ごみという汚物に塗れたミアベルのロッカーであり、敢えて見ろと言われるまでもなくこちとらクソほど見てるんだが?
野次馬たちの視線も集めながら、アズにゃん劇場は続く。
「こんな下劣極まりない、醜悪な所業を思いついて実行に移すことなんて、普通の品性を持っていたらとてもとてもできないことよ!」
「まあ、普通はやらんわな」
「そう! つまりつまりこれをやった犯人は、このロッカーにぶちまけられたものと同じように、汚く汚らわしく品性下劣で醜悪極まる醜く肥え太った豚の如き人間に違いないわ!!」
おお、とあたしは普通に感心した。
その理屈で言うとアズにゃんの提唱した『行動に品性が現れる』という説も正しく思える。だって、こんな嫌がらせをするやつなんて性根まで腐ったクソ野郎に決まっているのだから。
ちなみに、アズにゃんの言葉がロッカールームに響き渡るとともに、集まった野次馬たちの後ろのほうからなにやら喧騒が聞こえてきていた。悲鳴と怒号が綯交ぜになったような叫びと、それを必死に押しとどめようとするような制止の声であったように思う。
たぶんあれだな。
憐れなミアベルを嘲笑うために野次馬に混じってほくそ笑んでいたどこかの首謀者さんに、突然のアズにゃんがクリティカルヒットしてしまったのだろう。
アズにゃんの態度に負け惜しみっぽさが全然なく、むしろ素直に思ったところを告げているだけにしか聞こえないあたりも火力が高い。
ここで激昂してしまったら『私がやりました』と喧伝するようなものだから、そりゃあ周りも必死に止めるわな。
「アズにゃん、ダメだよそんなこと言ったら」
「ミーたん?」
と、ここでアズにゃんを窘めたのは意外にもミアベル改めミーたんであった。
というか結局スルーしちゃったけど、その呼び方なんなの。
「なにがダメなのかしら? 私は事実を陳列しているだけなのだけど?」
「だからだよ。そんな人と一緒にしたら、豚さんに失礼でしょ?」
「! 確かに、私としたことが豚さんにはなんの罪もないわ……!」
「そう。だからこれをやった人は豚じゃなくて、生ごみ。生きてるゴミだよ」
にっこりと微笑むミーたんに、あたしはちょっとひいた。
あたしみたいにわかりやすくキレ散らかさないだけで、ミーたん相当キレてる説。いやそりゃそうか。こんなんされたら誰でもキレるか。
ちなみに、ミーたんの言葉がロッカールームに響き渡るとともに、集まった野次馬たちの後ろのほうからなにやら喧騒が聞こえてきていた。人が倒れるような音と、悲鳴とどよめき、焦って無事を確認するような声であったように思う。
たぶんあれだな。
取り巻きの必死の制止でなんとか冷静さを取り戻した矢先のどこかの首謀者さんに、突然のミーたんがクリティカルヒットしてしまったのだろう。
怒りが突き抜けてキレると同時に物理的に頭の血管とかもブチ切れてぶっ倒れあそばされたに違いない。誰か知らないけど、流石に生ゴミ扱いされたのは人生初の屈辱だろうしなぁ。
というかミーたんさん。あのプリムローズさんを勝手に師匠などと呼び慕っているだけあって、だんだんと言い回しというか煽り方があの人に似てきてる気がする。あたしと知り合った頃のミアベルであれば絶対に言わなかったであろう台詞が笑顔で出てくるんだもんな。これを成長と喜んでいいのかは微妙なところである。
アズにゃん乱入のおかげで思いがけず犯人に反撃出来たっぽいのは正直スカッとしたけど、それはそれとして汚物まみれのロッカーをどうにかしなくてはならない、という目下の問題は解決していない。
伯爵令嬢のアズにゃんであれば人を使って掃除させることも簡単だろうが、もしかして手伝ってくれるのだろうか。仮に彼女がそのつもりでも、他人に迷惑をかけることを厭うミアベルが易々と頼る選択をするとも思えないわけだが。
「ミーたん、困ってるのよね?」
「えっと、まあ」
なにかを期待するように、じぃーっとミーたんを見つめ続けるアズにゃん。
ミーたんは誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべていたが、しばらくして根負けした様子で口を開いた。
「アズにゃん、助けてくれる……?」
「!――――ええ! 貴女がそこまで頼むのなら、しかたなく! そうしかたなく、この私が手を貸してあげてもいいわ!」
「ありがとうね」
「貴女に感謝されると気分がいいわ! もっともっと感謝しなさいっ!」
なんか、なんとなくこの二人の関係がわかってきたような気がする。
なんというか、姉妹というか、姉に構ってほしい妹と、なんだかんだで妹を甘やかしちゃう姉みたいな……?
「んで? 手伝ってくれるのは素直に助かるけど、あんたコレ、どうにかできるの?」
こうして話している間にも、昼休みの残り時間は刻一刻と減っている。そもそも昼食を食べてから午後の講義室に向かう途中で寄っただけなので、時間を掛けるつもりでもなかったのだ。
メイドでも呼んで掃除をさせるのか、と問うたあたしにアズにゃんは小馬鹿にしたような笑みを見せた。
「ふふん。貴女の尺度で私を測れるなどと思わないことね。こんなの、人を使うまでもない。指先一つでちちんのぷいぷいなんだから!」
見てろ、とでも言わんばかりの大袈裟なジェスチャーで片手を挙げたアズにゃんは、パチンと指が鳴りそうな仕草をした。変な言い回しだが、音が出なかったのだから仕方がない。
指パッチンには失敗したようだが、魔法のほうは正しく発動していた。
鮮やかな赤紫色の魔力が花弁のように舞い散ったかと思うと、それらはミアベルのロッカーに殺到し、ふわりふわりと生ごみの上に落ちていった。
そこからの変化はまさに劇的で、魔力の花弁が落ちた場所から驚く間もなく緑色の芽が出て、茎が伸び、葉が茂り、蕾を付け、そして花が開く。
色とりどりの無数の花が、あっという間にミアベルのロッカーをファンシーにデコレーションしてしまった。
「ふふん、どう?」
「え、普通にすごくて反応に困るんだけど」
「どぅあったら普通に褒めなさいよマルグリット・ル・ベリエ!」
巻き舌やめろ。
思わず茶化してしまったが、マジで普通にすごいと思う。アズにゃんはそれなりに珍しい樹属性の魔法使いらしく、生ごみを媒介――苗床にして植物を育てる魔法を唱えたのだ。
あれほどべちゃべちゃのぐちゃぐちゃだった生ごみは、色鮮やかな花を咲かせるためにすべての栄養と水分を根こそぎ搾り取られたようで、すべてが乾いた土くれのような物体に変わっている。一方で、金属にはなんら影響を及ぼさない魔法なのでミアベルのロッカーそのものはまったく傷付くことなく残っている。なんなら元より綺麗になったくらいかもしれない。
なにより感動的なのは、部屋に充満していたすさまじい悪臭が一斉に駆逐されたことだ。
圧倒的にフローラル。
程よく強い花の香が、鼻の奥にこべりついていた悪臭を洗い流してくれたかのような爽快感がある。
しかも咲き乱れる花は物理的なコストを使っているものの、それ自体は魔力の産物なので一定時間で自然と魔力に還って霧散するらしい。
これならあとは土くれを掃除すればいいだけなので、箒と塵取りがあればすぐに片付くだろう。
「わぁ……ほんとにすごいよアズにゃん!」
「そうでしょうそうでしょう。私、花を咲かせるのだけは得意なの」
ミーたんからの手放しの称賛にアズにゃんは鼻高々といった態度だ。
周囲で見ていた野次馬たちも、これには素直に感心せざるを得ないようで、文句をつける余地もない。
「ついこの前もね! エカテリーナ様から直々にお褒めの言葉を頂いたのよ!」
「そうなんだね! すごいね!」
「ええ! 貴女って本当にお花畑ね、と仰られたわ!」
「そ、そうなんだね。すごいねー」
それたぶん褒めてないぞ。
でも流石にこんなに嬉しそうに言われると、野暮な指摘をするのも憚られる。
なんかアズにゃんが喋れば喋るほどに知能指数が下がっていくというか、だんだん幼児退行しているような錯覚を禁じ得ない。ミアベルなんかもう、完全に女児を相手にするテンションだ。
「じゃ、私行くから!」
「あ、うん。ほんとにありがとう。今度お礼するね」
「いいのよ! 困ったことがあったらなんでも言いなさい! 頭脳派の私がすぐに解決してあげるんだからっ」
最後まで喧しいまま、アズにゃんことコーバシィは類稀なるドヤ顔で野次馬を割って去っていった。なお野次馬の外で待っていたらしい彼女の取り巻きの女子達は律儀にこちらに会釈をしてからコーバシィを追っていった。まるで『ウチの子がまたしてもご迷惑をおかけしました』とでも言わんばかりの洗練された所作であった。
野次馬たちも三々五々に散っていき、あとにはあたしとミアベルだけが残った。
余談だがぶっ倒れあそばされた首謀者さんは担ぎ出されて医務室に搬送されたようだ。
「なあミアベル」
「うん」
「なんか、アイツに懐かれるようなことしたんか?」
「心当たりがなくてぇ……気付いたらこうなってたといいますか」
なにそれこわい。
「最初はね、なんか『姉妹になれ!』とか言って迫ってきたから、流石にそれはちょっとって断ったんだ」
「既におかしいが、それで?」
「そしたら、せめて呼び方だけでもってなって」
アズにゃんミーたんと呼び合う仲になりました、と。
……ごめん説明してもらってなんだけど、まったく意味わかんねえわ。




