68話_side_Jsh_大学区_技研
~"技研職員"ヨシュア~
「おおいシューベル?居るか?」
いつかと同じようなセリフを言いつつ研究室のロックを解除して入室すると、目当ての人物が奥に座っているのが見えた。
今回の失敗を踏まえて改良されたシリンダーの中に鎮座するインゴットを眺めながら、シューベルは椅子に腰掛けてコーヒー片手に思案していた。
「お前さぁ、当然のように来客無視すんのやめろよな」
「ん?ああ、ヨシュアか」
「ああヨシュアか、じゃねえっての」
尤も今に始まったことではないので、俺も殆ど諦めてはいるが。
マッドな天才であるシューベルの研究内容は多岐に渡り、彼専用のラボも相応に設備の充実した広い部屋を与えられている。技研の職員の中には同僚と共同で研究を行っていたり、大学府の学生を助手として雇っている者も少なくない。が、シューベルの場合はそもそも研究内容が余人に理解できないことが多いので、基本的にはワンマンである。
「そうは言っても、この部屋にアポなしで訪ねてくるのはキミくらいだからねぇ」
「ナチュラルに俺なら無視しても構わないみたいな空気出すのやめてくれねぇか」
備え付けの給湯室で勝手にコーヒーを淹れ、俺もシューベルの近くに立って啜る。
一昨日の事件で負傷したシューベルは、片腕をギプスで固定して吊っている。俺は幸いにも掠り傷と打撲程度で済んだので、節々は痛むが日常生活に支障はない。
シューベルが神妙に眺めているシリンダーのインゴットは回収した『SBメタル』だ。
怪我の功名と言うか、お嬢ちゃん連中のお陰でメイン個体を無事回収できたお陰で、『SBメタル』の実用化の目途は立った。今回の件で、実用化に対する審議の目は否応なく厳しくなるだろうが、それでも当初の日程よりも早くなるだろう。
尤も、現在のシューベルは処分を受けて謹慎中の身なので、研究が再開するのはもう少し先になる。こうしてラボに居るものの、設備を稼働させる許可は出ていない。ついでに減俸も喰らっているが、そもそも研究の為だけに生きているようなシューベルは普段から給金を腐らせ気味だし、減ったところで痛くも痒くもないという顔だ。
謹慎期間にしたってどの道、腕の骨折が回復するまでは碌に研究も捗らないだろうから、療養期間と考えればつまるところ形式的な処分に過ぎないのである。
それもこれも、『SBメタル』を無事に回収出来たからというのが大きい。
何故って、今回の事件は技研や学院の上層部に対する、『SBメタル』の有用性を示すこれ以上ないデモンストレーションになってしまったからだ。開発途中のプロテクトが掛かった状態ですらあれほどの脅威を示した『SBメタル』である。上層部は是が非でも実用化にこぎつけたいだろう。
そして、『SBメタル』を完成させられるのは当然シューベルだけなのだから、今コイツに厳しい処分を下して研究を取り上げるわけにはいかないのだ。生半可な研究内容だったらむしろ美味しいとこ取りを狙って成果を掠め取りに来る輩が湧くものであるが、流石にシューベルに対してそんな真似をする勇気のある者は居ない。コイツの研究内容を掠め取ったところで、手に負えなくなって自殺する羽目になるのが目に見えている。
実のところを言うと、シューベルは不祥事と同じだけ功績も大きい男なので、今回みたいな功罪折半の内々の処分と言うのは珍しいことでもないのだが。
「片手じゃあ不便だろうに。いい機会だから助手でも雇ったらどうだ」
「あははぁ。僕の代わりにキミを出迎える人員を雇おうか」
「それは助手というよりただの秘書だな」
「実際、下手なの雇っても邪魔なだけだしねぇ……」
ズズ…、とコーヒーを啜ったシューベルは「あ」と声を上げた。
「彼女なら欲しいなぁ。ほら、白い子」
「アシュタルテの嬢ちゃんな」
確かにあのお嬢ちゃんはシューベルの会話についていけてたようだが、まあ彼女を助手にというのは難しかろう。本人が望むかどうか以前に、侯爵家の息女が研究者を志すことを周囲が許すとは思えない。
お嬢ちゃん本人は死ぬほど嫌そうに「死んでも御免だ」と吐き捨てる光景がありありと目に浮かぶわけだが。
なんだかんだで、色々な意味でシューベルとは相性が良さそうな少女だったとは思う。
「んで?謹慎中のシューベルさんは、俺の呼び鈴をガン無視してなにをそんなに悩んでたんだ?」
「悩むというほどではないけどね」
シューベルは『SBメタル』を眺めながら呟く。
「少しばかり不思議でね」
「なにが?」
「確保したメイン個体が、取り込んでいた雷撃装置を使ったろう」
ああ、と俺は頷く。
そもそも、『SBメタル』がラボから脱走したのも、シリンダー内部の天井に備え付けられていた雷撃装置を侵食・掌握し力尽くで結界を破壊したからだ。それを体内に隠し持っていたメイン個体が、最後の抵抗で発射した雷撃が原因で、あわや死人が出る事態になるところだった。
あのアトリーというお嬢ちゃんの魔力暴走に巻き込まれて俺とシューベルは吹っ飛ばされ、気付いた時には事態は終わっていたわけであるが、聞けば撃たれたお嬢ちゃんは救援が間に合ってギリギリ一命をとりとめたとか。あの状態からなんの後遺症もなく回復したと言うのは正直疑わしい話だが、まあ素直に良かったと思っておこう。藪をつついて蛇が出てきたら困るし。
「そう言えば、普通にぶっ放してたが、『SBメタル』は殺人できないはずじゃなかったか?」
「そうだね。だから彼女……アトリーさんだっけ?を狙ったんだろう」
結果的にあっちのお嬢ちゃんが割って入ったからああなっただけということか。
雷撃装置は純粋な物理兵装ではなく、魔力を用いた破壊力を有する半術理兵装だ。となれば確かに、莫大な魔力を保有するアトリーの嬢ちゃんには相性が悪かろう。それだけ彼女の体内の魔力密度が高いと言うことだから、おそらく雷撃も表面を削る程度が限界で弾かれるのがオチだ。それでも表面上の物理ダメージが入らないわけではないので頭部なんかを狙えば殺傷可能だろうが、『SBメタル』は敢えて腹部を狙ったことからも、殺害禁止のプロテクトはきちんと作用していたのだろう。
余談だが、殺傷禁止のプロテクトは飽くまでも事故防止のための機能だ。『SBメタル』の本来想定される用途は黒い森での魔物勢力相手の防衛戦力なので、例えば乱戦になった時とかにゴーレムの攻撃範囲に人間が入ってしまった際に強制的に攻撃をストップさせるためのものである。今回の件でプロテクトをどこまで厳しくするのかは一考の余地があると露呈したが、正直その塩梅は難しい。現状では『明らかに致死』と判断できる攻撃は繰り出せないようになっているが、ベリエの嬢ちゃんが死に掛けたような事態は防げないし、それ以外にもアシュタルテの嬢ちゃんを踏み潰そうとしたりするシーンもあった。『SBメタル』は攻撃対象の耐久性を予測する際に物理と術理を区別しない。これはつまり対象の物理的な耐久値に加えて魔法的な耐久値まで考慮に入れるということだ。何故そうなっているのかと言うと、主眼に置いた敵性体が魔法生物である魔物だからだ。その結果、アシュタルテやアトリーの嬢ちゃんのような高魔力保持者に対しては物理的に致命の攻撃を繰り出してしまうのだ。
これについてはどちらかと言うと、プロテクトの条項ではなく『SBメタル』の知性に対する教育で解決すべき問題である。単純に、人間と魔物の違いを正しく教育すればそれだけで防げる事態なのだから。
「不思議なのは、何故あの場で雷撃装置を使ったのか、だよ」
「そりゃあ……いや、言われてみれば妙だな」
拘束から逃れるためだろ、と当然のことを言おうとして思い止まる。
そもそもを言えば、ラボで手に入れた雷撃装置を後生大事に体内に隠し持っていたことも違和感がある。取り込んだ結果体内に存在するのはわかる。だが躯体を構成する一部品としてでなく、明らかに武装として隠し持っていたのだ。『SBメタル』の知性は非常に未熟だ。開発者であるシューベルが殆ど教育を施さないうちに脱走したのだから当然のことだ。アレにあったのは存在意義である、魔力を糧に戦力を揃えて魔物を排撃するという使命のみ。故に学院で人を襲って魔力を奪い、戦力を整え、夜に侵攻してくる魔物に備えようと動いていたはずだ。
つまるところ、素材として取り込んだものを武器として使用するなんて言う知恵はそもそもないはずなのだ。そうでなければ、もっと悲惨な事態になっていたことは疑いようがない。武器を使うという発想がゴーレム側になかったからこそ、愚直な体当たりを繰り返す奴等を容易に殲滅できたという側面もあるのだ。
「もっと言えば」
と、シューベルは感情の読めない声音で続ける。
「そもそも、何故、『SBメタル』はラボを脱走できたんだい?」
「何故って、お前が不用意な位置に雷撃装置置いといたからだろうが」
「違うよ。それを使えば結界を破れる、という発想はどこから出てきたのか、っていう話さ」
確かに『SBメタル』を閉じ込めておいた旧シリンダーの直上には雷撃装置が備え付けられていて、その間を隔てるものはないからシリンダーの内から触れようと思えば触れられる。そもそもこの雷撃装置とは攻撃用の兵装ではあるものの、当然実験に使用するために設置されていたものだ。細かい出力調整が可能なので微弱な刺激から強力な一撃まで自由自在で非常に使い勝手が良いのだが、それはさておき。
「『SBメタル』にとって雷撃装置は『自分を破壊するもの』以外の何物でもなかったはずさ。アレが生まれてこの方その使用法しかしていなかったのだから当然と言える。紋章術の結界は雷撃の余波を遮断する目的もあって設置されているのだから、当然普段装置を使っていても結界は小動もしない。勿論、雷撃の出力を上げて一点照射すれば過負荷で落とせることを僕は知っているけれど、そもそも備え付けの雷撃装置の射角は制限されているから結界に効力的に照射することが出来ない」
さて、と一息。
「『SBメタル』は、どうして雷撃装置で結界を破壊できると気付いたんだろうね。それ以前に、どうしたら『自分を破壊するもの』を身の内に取り込もうなんて発想になるのか、僕には不思議で仕方ない」
そう言われると、不自然なことが多い。
だが、その最初の不自然さを脇に置いておけば、シューベルの疑問である『何故最終局面で拘束された『SBメタル』が雷撃装置を使ったのか』ということには朧げながら答えが見える。
つまり『SBメタル』にとって雷撃装置と言うのはそういうものだったのだ。
ラボを脱出することが出来たので、『SBメタル』は学習したのである。雷撃装置を使えば拘束から脱することが出来る、と。だからこそヴァンシュタインのお嬢ちゃんに拘束されたあの時、己の肉体の内に隠し持っていた雷撃装置をもう一度使用することで拘束を脱しようとしたのだ。
アトリーのお嬢ちゃんを狙ったのは、先述の通り直撃しても殺害してしまう心配がないから、というのが一つ。もう一つは言うまでもなく、彼女を行動不能にすれば莫大な魔力を収奪できるから、というだけのことだろう。雷撃を攻撃に使用するという発想はなくても、それが直撃した対象にどういう影響を与え得るのかはとうに理解していたはずなので。
「となると、また最初の疑問に戻ってくるわけか」
「実のところ、僕の中で答えは出ている」
シューベルは冷めたコーヒーを飲み干しながら、なんでもないように言う。
「誰かが『SBメタル』を唆したからさ。天井の装置を使えばここから出られる。そしたら使命を果たせるぞ、ってね」
「それはお前……」
「ああ。だから勿論、焦点はその余計なことをしてくれたお節介は『誰か』ということだよねぇ」
淡々と告げるシューベルの口ぶりと、話の流れがきな臭くなってきたことに俺は顔を顰めた。
シューベルはこちらを見ることもなく言葉を続けた。
「ところで、知っての通り僕には助手も共同研究者も居ない。だからこのラボへの入室許可を持っている人間というのは、実は驚くほど少ないんだ。ここまで言えば、まあ、僕が言わんとすることは伝わったと思うけど」
「………………」
「ヨシュア。何故こんなことをしたんだい?」
その問いかけを最後にシューベルは黙り、俺も言葉を返さなかったので、ラボ内に沈黙が満ちる。
機能維持のために常に稼働している設備の駆動音が低く唸りを上げているだけだった。
俺は手に持ったコーヒーを飲み干すと、片手でガシガシと頭を掻いた。
「あー……流石にバレるか」
「僕は何故と訊いたんだけど」
「何故って、そりゃあお前が邪魔だったからさ。同期にお前って言う天才が居る限り、俺の研究が日の目を見ることなんてありゃしない。だからまあ、派手に不祥事起こしてお前には消えてもらって、あわよくばその研究は頂こうっていう魂胆だったんだが」
うまくいかねぇもんだな、と俺は溜息を吐いた。
シューベルは俺の言葉を吟味するように少しだけ思案すると、ややあって心底からくだらなさそうな口ぶりで言った。
「キミ、センスないなぁ」
「うるせぇ。これでもアドリブで頑張ったほうだろ」
「その辺でやってるB級オペラの脚本でも、もうちょっとまともだと思うよ」
見たこともない癖に知ったようなことを言いやがって。
まあ、否定はできないけれども。
「しかも、研究が日の目を見ないって、そりゃあ内容のせいだろうに。今はなんの研究をしてるんだっけ?」
「柔軟剤だ」
俺が自信満々に答えると、シューベルはあからさまに白い目を向けた。
「なんだその目は。たかが柔軟剤と思って侮るなよ。なんと今開発中の新作はな、洗濯の時に洗剤と一緒に使えて、衣服が柔らかくなるばかりか汚れまで落とすホワイトニングの効能まで」
「あーはいはいすごいすごい。その前はなにを研究してたっけ?」
「整髪料だ」
俺が自信満々に答えると、シューベルは「聞いた僕が馬鹿だったようだね」と返した。
とまあそんなわけで、俺が同期のシューベルにまったく対抗心を燃やさないで居られる理由は、単に研究分野がまるで異なるため比較のされようがないからだ。基本的に俺は平民が日常生活に使えるような、魔法使いでなくても使える魔法みたいな用品の開発に従事しているわけだ。
ちなみに俺の発明品は知名度はお察しだが、それなりに実用化されて流通していたりする。
笑えない冗談はさておき。
「実際問題、俺じゃなければ誰が『SBメタル』の脱走を手伝えるんだ?」
「だから不思議に思っているんじゃないか」
「あっそ」
ラボのドアロックを解除できるのは俺を含めたシューベルからの許可を得た人間だけだ。このロックにしてもポピュラーな物理錠や魔法錠ではなく、シューベル謹製の『生体認証』なる謎装置だ。
タブレットの上に手を翳して水晶のレンズを見詰めると個人を識別出来るという代物で、個人識別に指紋と光彩パターンを使用しているのは俺にも理解出来るが、それをセキュリティに応用しようと思った発想はまったく理解出来ない。言うまでもなくこのラボ以外では見たこともないし流通もしていない装置であり、そんなロックを誰が無理やり解除できるのかということだ。シューベルによると幻影魔法で俺やシューベルの外見をそっくりに模倣しても『生体認証』は騙せないらしく、実際実験してみてもその通りだった。
シューベルにしか造れない認証装置を複製して取り替えることは出来ないので、何者かがドアロックを破壊して侵入したという説はない。あの日俺達が昼食から戻った際、ラボのロックはちゃんと機能していたのだ。
なお『SBメタル』はラボの換気のための通気口を破壊して脱走していた。そこはどう頑張っても人間が通れる大きさではない。
「ロックの解除を許可した相手はキミの他に二人居るが、その二人はそもそもあの日この技研に居なかったからね」
「謎は深まるばかりだな」
俺がやってない以上、容疑者が居ないわけだ。
先程シューベルは冗談で俺に疑いを向けてきたが、それを言うならばそもそも俺があの日シューベルを昼食に連れ出したのだから、その隙にラボに侵入することは物理的に不可能なのである。
ただ、通気口などから人間がラボ内に侵入するのは絶対不可能というわけではない。例えば、ヴァンシュタインの嬢ちゃんのような特殊なアヴァターを有する魔法使いならば可能だろう。だが、その場合はもう一つの問題が立ちはだかる。そもそも、『SBメタル』の性質を知る人間でなければ、侵入したところで『SBメタル』の脱走を幇助することなど出来るわけがないのだ。
「んで、お前はどう思ってるんだ?」
俺が投げやりに問い掛けると、シューベルは至極真面目な調子で、こう言った。
「未来の僕が、あの日あの時間に戻って、『SBメタル』を解放した…………なんてのはどうだい?」
・2021/9 細部の描写を修正。




