58話_side_Mar_学究区_道中
~"執行部長"マリア~
――嘘ばっかり。
思わず呟いた言葉は、幸いベリエさんには聞こえなかったみたいだ。
あの男性が私をバケモノ呼ばわりしたのは、彼が動転していたこととは無関係だ。だって、誰がどう見ても私のアヴァターは不穏なのだから。
禍々しく、凶悪で、醜悪で、薄気味悪く、不吉。
そんなことは言われるまでもなく良くわかっている。誰より私がわかっているから。だと言うのに、誰も彼もがご丁寧にわざわざ言ってくれるのだ。
バケモノ。恐ろしい。気持ち悪い。……離れろ、来るな、消えろ、とかって。
ベリエさんが掛けてくれた言葉が、私を気遣ったが故の優しさであることはわかっている。
でも同時に、私の異能が伝えてくるのだ。
それは嘘だと。
ベリエさんは優しくて、高潔な人だと知っている。妹想いで、慈愛に満ちている。私のような面倒くさいヤツにも穏やかに笑顔で接してくれる。
だから、彼女のような人と話すのは苦手だ。
話せば話すほど、私は自分が嫌いになるから。
打たれ弱い私を傷付けることが無いように、彼女が優しさで包んだ温かい言葉を、私の異能はいつも無遠慮に暴き立てる。彼女が善意でぼかしてくれた内容を、私の異能は嘘吐きだ不誠実だと喚き立てる。
彼女の嘘が優しさだとわかっているのに、それを信じ切れない自分が嫌いだ。
だって、例え嘘がわかったところで、その善悪を判断するのは私なのだから、私が気にしなければいいはずなのだ。でも私の異能は生まれつきだから、私は嘘に騙されるという感覚がわからない。
善意の嘘をどうやって処理すればいいのかが皆目見当もつかない。
そうして結局、一々些細に傷付いて見せる自分自身が死ぬほど嫌いだ。
私はなんて浅ましいのだろうと思う。
私は嘘を吐かれるのが嫌いだ。強制的に心を乱されるから。
善意で優しい嘘を吐かれるくらいなら、素直に罵倒してもらったほうが余程気が楽だ。
だというのに、罵倒されればそれはそれで一丁前に傷付くのだ。
嘘を吐かれるくらいなら、素直な言葉をぶつけられたほうが良い。なんて考えそのものがベリエさんのような優しい人の気遣いを踏み躙る醜悪な思考だ。
そして、私は度し難いことに望むのだ。
どうせなら、素直な好意が欲しいのだと。
嘘を吐かないで欲しい。
隠さないで欲しい。
誤魔化さないで欲しい。
傷付けないで欲しい。
私を、好きと言って欲しい。
ここに来るまでも、ゴーレムから幾人もの人々を助けた。
子供も、大人も。
学生も。使用人も。
男も女も、誰も彼も。
私のアヴァターを恐怖し嫌悪する。
私の異能が出る幕すらもなく、言葉などなくても明らかなほどに、私は忌避される。
わかってる。その辺のゴーレムより余程怖いんだって。
執行部の皆だって、いつも冗談交じりに言うもん。部長のアヴァターは魔物より恐ろしい、って。
私がその言葉で、どれほど傷付いているか知りもしないで。
ほら嫌な奴。私って嫌な奴。
知りもしないで、って当たり前だ。だって私は何も言わないのに。それで察して欲しいなんて虫が良すぎる話じゃあないか。
でも、会話って怖いんだ。
私は私を好きと言って欲しいのに、私を好きと言われるのが一番怖い。
何故って、それが嘘だったときが一番痛いから。
私のこの鬱屈した思いは『彼女』と出会ってより一層強くなった。
だってだって、ズルいじゃないか。
同じなのに。同じ転神の使い手で、同じようにアヴァターを纏っているのに。何故私だけがこんなにも疎まれなくてはならないの?
私のアヴァターも彼女のようだったら。
アンジュ様のように美しいアヴァターだったら、きっとこんなに傷付くこともなかったのに。
……なんて、結局、やっぱり私自身が一番わかっているのだ。
アヴァターの姿はその者の本質。
私のアヴァターが醜悪なのは、私という女が醜悪な存在だから。
アンジュ様のアヴァターが美しいのは、アンジュ様が美しい存在だから。
きっと誰よりそれがわかっているから、憧れずには居られないのだろう。
あの光の御許では、私のような影なる存在が許されないのだと知りつつも、例え掻き消えるとしても近くに居たいのだ。
「――では、この男性は我々が預かるよ」
「気絶してるけど、大した外傷はなさそうだな……襲われたショックかな?」
「あ、それたぶん俺がぶん殴ったせいっスわ。すんません」
助けた男性を近場に展開していた警備の人間に預け、ついでに情報交換をする。
動転して暴れる男性を大人しくさせるためとはいえ、手段が乱暴だとジレ君が怒られるのを聞いて、私は申し訳なくなる。たぶん、彼は心無いことを言われた私のために怒ってくれたのだと理解しているから。
例によってコミュ障の私の代わりに、ベリエさんが代表で喋ってくれている。
ちなみに転神は解除している。アヴァターを展開していられる時間というのは個々人の差が顕著なのだが、私のアヴァターはあまり燃費が良いとは言えない。とはいえまだまだ余裕はあるのだが、展開し続ければ少しずつ消耗していくので、戦闘時以外は解除しておくのが賢明だ。
……無駄に怖がられたくはないし。
「では、私達は執行部として引き続き、ゴーレムの殲滅と要救助者の捜索に当たります」
「ああ。よろしく頼む。助けた人はここに連れてきてくれるか、知らせてくれればこちらから出向くことも出来るので」
警備の彼らは簡易の陣地を構築して、避難してきた人たちの受け入れと、護衛を行っている。要は避難所である。
彼らによるとゴーレムは明らかな指向性を持って移動しているようで、徐々に商業区画からは居なくなりつつあるのだとか。おそらくは何者かが他所でゴーレムを誘引してくれているのだろうというのが予測だ。
逆に、学究区のほうに向かうとゴーレムの分布密度が濃くなる。
「そういえば先程、学究区の方角に男性が二人で向かって行くのが見えたんだ」
「ああ。止めたんだが、聞く耳持たずって感じだったな」
「ゴーレム倒しに来た魔法使いじゃないんスか?」
「いやぁ……見た目だけで実力は判断できんが、どうみても研究畑の人間だぞありゃあ」
遠目に見た限りだが、特徴的な白衣のローブを着ていたのでおそらくは技研の職員だろうということだった。ゴーレムが最初に湧き出した地区が大学区方面だったということもあり、どうにもキナ臭さを感じる。
ベリエさんとジレ君も同意見だったようで、とりあえずはその二人を追ってみることに決まった。
どの道、商業地区のゴーレムは駆逐されつつあるので、事態を終息させるにはゴーレムの巣窟となりつつある学究区に向かわざるを得ないわけだし。
というわけで一路学究区を目指した私達なのだが、進めば進むほどに異様な光景を目にすることになる。
「うっわぁ……ンだこりゃ?」
「氷像、ですね……」
そう。学究区に入って進めば進むほどに多様なゴーレムを見かける機会が増えていくのだが、異様なのはそのどれもが完全に凍結して静止していることだ。
まるで芸術家が手掛けた彫刻のように、華を模した優美な氷像の中にゴーレムが閉じ込められているのだ。
あまりにも数が多いので、周辺の気温がしんと冷え込んでいる。
人が避難して活気の消えた広い道に、無数の氷華が乱立する光景は非現実的で、不謹慎にも幻想的ですらあった。
「コレ、誰かが凍らせたんだよな」
「自然現象でないことは確かですね」
そうして暫し走り続けていると、不意に前方に人影を認めた。
学生服を着た小柄な影が、前方の道の端に立っている。道の脇は確か数メートルほどのちょっとした断崖であり、その人影は転落防止の柵ごしに断崖の下を眺めているようだった。こちらからは背中しか見えないので、それが真っ白な長髪を背に流した女の子であることしかわからない。
ジレ君が声を掛けようとした瞬間、その少女が向かっていた断崖の下から、木立がぞるりと持ち上がった。
「どぅわ!まじか!?」
「ゴーレム……!」
崖の下から現れたのは、巨大なゴーレムの頭部だった。大き過ぎて頭の上に木立がそのまま乗っかっているのだ。
間違いなく今日見た中で最も巨大なゴーレムは、砂礫を撒き散らしながら億劫そうに立ち上がり、四足で力強く地面を踏みしめた。
まるで、林を背負った巨大な亀のような姿だった。
動いただけで砂混じりの突風が吹き荒れて、私達はその場で顏を庇ってやり過ごす。
殆ど砂煙に隠れて見えないが、先程まで少女が居た場所を目掛けて、ゴーレムが巨大な脚を持ち上げた。
踏み潰すつもりだ。
「やべえぞ!?」
ジレ君が叫ぶが、どうにもできない。
飛び込むには距離が遠すぎるし、援護するには視界が悪すぎる。私は咄嗟に転神しようとするが、間に合わない。見ていることしかできない中で、ゴーレムが巨大な脚を振り下ろす。
自らが巻き上げた砂煙を突風で切り裂きながら地面へと落とされた大質量が、変わらぬ位置に立ち尽くしていた白髪の少女を襲う。
少女は何故か慌てた様子もなく、のんびりと右腕を頭上に翳していた。
まるで、落ちてくる脚を受け止めるような。
その少女のたおやかな小さな手が、落ちてきたゴーレムの巨大極まる脚に触れた瞬間。
「は――――――?」
ピシィ、と空気が凍る音が聞こえた。比喩ではなく、文字通りの意味でだ。
巨大なゴーレムは、踏み潰さんとした小さな少女の手が触れた部分を起点に、一瞬にして凍り付いていた。
触れた部分からすべてのエネルギーを、運動量も熱量も奪いつくされたように、慣性すら無視して完全に静止した氷像と成り果てた。そしてゴーレムの体表を奔るように氷が波打ち、瞬く間に超巨大な氷の華を咲かせたのである。
嫌でも理解する。
ここに至るまでの道中で、夥しい数の氷像を量産していたのは彼女だ。
私達が少女のほうへと駆け寄ると、彼女は凍らせたゴーレムを見上げて平然と呟いていた。
「ふむ……多少の知性はあるようだな。勝てぬとみて群れて巨大化したまでは良いが……まあ、ゴーレムの浅知恵ではそれが限界ということか」
近寄ってみると、本当に小柄な少女だった。
制服を着ているのでエンディミオンの学生であることはわかるけど、小柄な私と比較しても尚小さい。というか、小柄とか華奢とかそういう次元じゃなくて、どうみても幼年学校くらいの年齢にしか見えない。
そのあまりに特徴的な姿から私の脳裏に彼女の正体の予想が過るのと同時、ジレ君が素っ頓狂な叫びをあげた。
「アンタは……反復横跳びに異常な気合が入ってたちびっこ!」
「だれがちびっこか!!なんだその説明的なセリフ!?」
素晴らしい反応速度で振り向いた彼女は、それまでのどことなく得体の知れない空気をかなぐり捨てて、外見通りにまるっきり子供みたいな声を上げた。
長髪に隠れていた制服の家紋が明らかになり、やはり、と私は予想の正しさを悟る。
彼女――プリムローズ・フラム・アシュタルテ侯爵令嬢は、条件反射でツッコミを入れてから、ようやく私達の姿を認識したようだった。
「ん?貴様はあのときのチャラい先輩ではないか」
「うぃーっす」
自らのキャラに忠実過ぎるジレ君の適当過ぎる挨拶をさらっとスルーして、アシュタルテさんの瑠璃色の瞳が順番にベリエさんと私を見る。
「そっちはベリエ男爵令嬢に、――ヴァンシュタイン公爵令嬢か…………執行部サマの遅いお出ましというわけか」
「……?」
なんだろう。
今、私に視線を向けたときに一瞬だけ、平坦だった彼女の瞳が揺れた気がした。
尤も、いきなり公爵家が湧いて出れば驚くのも無理はないとは思うけど。
「あのあの……向こうのゴーレムは、ぜんぶ貴女が凍らせたのですかぁ?」
私が話し掛けると、ベリエさんとジレ君が驚いた顔をした。
多分に自業自得だけれど、失礼な。私だってごくまれに自分から話し掛けることもあるのだ。
「その通りだ」
「マジか!すげえなちびっこ!」
「ちびっこ言うな!」
「反復横跳びはショボいのに、魔法はすげえんだな!」
「やかましい!喧嘩売ってるのか貴様ァ!」
恐れ知らずのジレ君のおかげか、アシュタルテさんは噂で聞くよりもだいぶ親しみやすい感じだった。
とはいえ、間違っても遊んでいる場合ではないのでベリエさんが実力行使でジレ君を黙らせる。
具体的には、良く喋る喉に手刀を叩き込んで。
へぎゅう!?ともの凄い声を上げて悶絶するジレ君を無慈悲にスルーして、アシュタルテさんは私達に向き直った。
「ちょうど良かった。人命救助は貴女がたの仕事だろう。アレを引き取ってくれ」
「アレ?」
彼女がぞんざいに指差した方向へと視線をやると、こちらに近付いてくる人影が。
数は三。
先頭の一人はアシュタルテ侯爵家のお仕着せを纏った若いメイドだ。その後ろに従うように、技研の白いローブを纏った二人の男性。考えるまでもなく先程警備から情報提供があった人物だと思う。
察するに、アシュタルテさんがゴーレムを駆逐するまでどこかに隠れていたのだろう。
メイドはそのまま静かにアシュタルテさんの背後に控える。二人の男性の内、片方はくすんだ金髪の不健康そうな人で、私達の存在をまるで無視してまるで玩具でも見るように楽しげに氷漬けのゴーレムを観察している。
それからもう一人、なんとなく既視感のある茶色っぽいブロンドの男性は、耳元に銀のピアスを光らせた少々軽薄そうな風貌。白衣を着てなかったら研究者には見えないだろうこと請け合い。彼は相方を諫めようとする素振りを見せ、その途中でこちらに視線を向けて瞳を丸くした。
「ああ?クロトじゃねえか」
「は?」
いきなり名前を呼ばれたジレ君は悶絶の余韻を残しながらも涙目で立ち上がり、声のほうに視線を向けて驚きを露にする。
「兄貴!?」
あ。お兄さんなのか。
見た目がチャラいのは血筋なんだ、と失礼にも納得してしまった。
・2021/8 細部の描写を修正。




