59話_side_Rit_学究区_外縁
~"騎士の卵"マルグリット~
「――――あっ」
フォノンがこけた。
その拍子に彼女の腕の中のヴェルちゃんがころりんと転がり落ちて、前を行っていたミアベルが慌てて立ち止まる。
好機とばかりに圧を高めてくるゴーレムをぶっ飛ばしながら、あたしは歯噛みした。
フォノンの体力はもう限界だ。
素で運動能力に秀でたあたしやミアベルは元より、身体的にはこの中で最も貧弱であろうノエルも、魔法で能力を強化できるのだ。でも、魔法使いでないフォノンにはそれができない。メイドにしてはだいぶ体力があるほうに見えるけど、この緊張状態の中でここまでもったことが賞賛すべきだったのかもしれない。
転んだフォノンは息も絶え絶えで、それでも立ち上がろうとするものの、脚が震えて動けないみたいだった。
「ミアベル、前!!」
「え?ってわぁ!?」
更に悪いことに、こういう事態に慣れていないミアベルとノエルは目に見えて動揺した。その一瞬の隙はあまりにも大きく、雪崩の如く押し寄せたゴーレムの群れがあたし達四人を諸共に圧し潰さんとする。
その時、一陣の風が吹いた。
ゴーレムの群れの間を縫うようにして駆け抜けた何かが、凄まじい速度で刃を翻して、銀光鮮やかにゴーレムを切り刻んでいく。
ばらばらに解体したゴーレムの残骸を銀の液体ごと風圧で吹き飛ばしつつあたし達の眼前に現れたのは、
「クゼ君!?」
ミアベルの驚きの声に、彼――クゼ・オセローは緊張感なく「どうも」と会釈した。
癖ッ毛の頭髪と糸目が特徴的なひょろりとした男子学生で、隣国ガルムからの留学生でもある。ちなみにリヒティナリアではミドルネームを持たないものは平民であるとされるが、ガルムではその限りでなく、クゼは立派な貴族階級である。
むしろ、王太子であるカーマインの側近なのだから、そんじょそこらの貴族よりは余程高貴な身分だったりするのかもしれない。ガルムの身分制度とか全然知らないけど。
「ピンチのようなので、助太刀しますよ」
クゼはその両手に一風変わったショートソードを持っていて、撓りすらしそうな薄手の刀身を有するそれらは凡そ尋常の刀剣ではなさそうだった。たった今ゴーレムを切り刻んだ凄まじい切断力を思えば、おそらくは魔法による強化を前提としてそれに最適化された特殊な武装なのだろう。彼は逆手に持ったショートソードをくるりと回してからパチン!と鞘に収めて言う。
彼の周囲には緩やかに空気のうねりが残留していて、先程の高速移動の正体であろう風魔法の痕跡を感じさせた。
絶体絶命の危機に現れた予期せぬ援軍に、ミアベルやノエルは素直に喜んでいるが、あたしは若干鼻白んでいた。クゼという男は糸目のせいもあっていまいち感情の読めない人物であり、いつもカーマインに振り回されている時は情けない顔をしているのだが、腹の底では何を考えているかわからないような男だ。
有り体に言って胡散臭い。
勿論、危機を助けてくれることには感謝しているけど。
それにしても、少々タイミングが出来過ぎていやしないだろうか。
「もしかしてアンタ、またミアベルのストーカーしてたんじゃないでしょうね?」
「や、やだなぁミス・ベリエ。誤解ですよ」
どうだか、とあたしは思う。
というのもクゼには立派な前科が腐るほどあるからだ。何故かは知らないけどミアベルはあのカーマインに気に入られているようで、彼がミアベルに会いに来るときはいつも先触れとしてクゼが現れるのだ。
カーマインの命令でしかたなくやってるのはわかるけど、やっぱり女の子であるミアベルの周囲を男子が嗅ぎ回っているのは正直良い気分じゃない。
余談だが、カーマイン自身はあくまでも偶然にミアベルに遭遇したのだと言う体を崩さないが、その無理があり過ぎる設定を信じているのはそっちの方面に奇跡的に鈍いミアベル本人くらいのものだろう。まあ、ミアベルにさえそう思わせれば他はどうでもいいのかもしれないが。
あたしの視線にたじろぐ――その動作がまたわざとらしくて胡散臭いのだ――クゼを救ったのは当のミアベルであった。
「違うよリタ。クゼ君はずっとわたし達を守ってくれてたんだよ」
「え?」
「さっきから、こっそり手強そうなゴーレム倒してくれてたの、きっとクゼ君でしょ?」
確信めいたミアベルの言葉に、クゼはなんとも気まずそうに視線を逸らした。
だって、それってつまりずっと付いてきてたってことじゃないの。
にしても、胡散臭い上に全然荒事なんてできそうにない見た目のくせして、流石は武の国ガルムの人間だ。先の鮮やかな太刀筋を見ただけで理解できる。悔しいけど、あたしなどよりも余程腕が立つのだろう。ていうかコイツがこっそり援護してくれてるの、あたしは全然気付かなかった。それがまたなんとも悔しい。
尤も、クゼは主のお気に入りであるミアベルが怪我しないように援護するっていう、側近としての仕事をしていただけなのかもしれないけど。
クゼが作ってくれた少ない猶予の中で、ノエルがフォノンの背を撫ぜて介抱するのを見つつ、あたしはクゼに問う。
「ところで、もしかして殿下も近くに居るの?」
「…………いえ。残念ながら」
「…………」
更に気まずそうな顔になったクゼの返答を聞き、あたしは思いっきり眉根を寄せた。
「なんなのあの殿下ヤル気あんのッ!?」
「お言葉御尤もですが、まあまあ、落ち着いて」
「これが落ち着いてられるかっての!なんなの武力しか能がない癖にどうして肝心な時に来ないのよいつも呼んでもないのに鬱陶しいくらい現れる癖にィ!ミアベルにいいとこ見せるチャンスだろがぁ!!アンタもどうせなら持ってきなさいよォ!!!!」
「ちょちょちょ、ミス・ベリエ流石に不敬ですよ!確かに殿下は脳みそまで筋肉であらせられますが、殿下のは特別製の『考える筋肉』なので悪しからず!!」
「お前が一番不敬だコラぁ!!」
などとアホな遣り取りをしながらも当然周囲の警戒は怠っていなかったあたし達は、再び集結しつつあるゴーレムの攻勢の気配を感じ取り、すっぱり意識を切り替えた。
「フォノン、どう?走れそう?」
「ごめんなさい、脚を、つぅっ、痛めてしまったみたいで……」
痛みを堪えながらフォノンが返した言葉に、あたしは顔を顰める。
いや、どの道彼女の体力は限界だろう。それにノエルも相当厳しそうだ。魔法による身体強化はあくまでも能力の底上げなので、基礎体力の影響を大きく受けるのだ。あたしやミアベルはまだ余裕があるけど……というわけ。
あたし達が移動し続けていたとはいえ、この期に及んで援軍がクゼしか来ないというのも不穏だ。
それだけ、他の場所で広範な被害が出ていて人手が足りていないということだろうから。
言ってる傍から、ゴーレムの再度の攻勢が始まった。
と、迎撃のために構えたあたし達の後ろから、場違いなくらいに可愛らしい声が響く。
「みゃーべる、ぴんち?」
は、とクゼが驚いた顔で振り向いて見遣るのはヴェルちゃんだ。
ころりんと転がり落ちて、そのままお行儀よくお座りしていたヴェルちゃんが、不意にそう呟いたのだ。
舌足らずに呼ばれたミアベルは、苦笑気味に答える。
「あはは……正直結構ピンチ、だよねぇ」
「ん」
小さく頷いて、ヴェルちゃんが立ち上がった。
ぷるぷるぷる、と可愛らしく身体を揺すってから、てくてくとあたし達の前に歩み出る。
「みゃーべるたちすき。だから、べるがたすける」
その瞬間、可愛らしい子犬の姿をしていたヴェルちゃんの体躯が光とともに膨れ上がる。
魔力と存在感が急激に増大し、子犬だった姿が一気に成犬へと。
特筆すべきはその大きさと毛並みだ。さっきまではあたしの腕に収まるサイズだったのが、あたしが背に跨っても全然平気そうな巨体に。しかもその毛並みが、もともと橙と赤が入り混じった炎の如き色彩が、気のせいでなければ本当に燃えているように揺らめているのだ。
唖然とするあたし達の前で、ヴェルちゃんは雄々しい口腔に燃え盛る炎を溜めて、可愛らしい咆哮とともに解き放つ。
「わおおーんっ!」
途端、あたしが感じたのは凄まじい熱量と閃光だった。
ヴェルちゃんが放った横薙ぎの砲撃魔法が、迫りくるゴーレム群の前衛を根こそぎ焼き払ったのだ。吹き荒れる突風と瞳を焼く閃光のせいで目を開けていられない。咄嗟に身を伏せて吹き飛ばされないように堪える。
てか、熱が凄くて、息が――!
「待って待って!ヴェルちゃんすとーっぷ!!」
「う?」
たまらず待ったを掛けたミアベルの声に応じて、ヴェルちゃんが攻撃を中断した。
見れば、射線上のゴーレムが一体残らず蒸発してるのはともかく、気のせいか先程までよりだいぶ見通しが良い景色になっている気がする。
一噛みで人間なんて殺せてしまいそうなサイズになっても、子犬の時と同じような所作で首を傾げるものだから、なんというか余計恐ろしい。こう、幼い子供が刃物を玩具だと思って振り回してるのを見付けちゃった時の緊張感に似ている、と言えばなんとなく伝わるだろうか。
ともかく、ミアベルが止めて正解だった。
あんな馬鹿火力でぶちかまされたら、余波でどこまで被害が出るのかわかったものではないし、なにより近くに居るあたし達がもたない。
「ヴェルちゃん、もうちょぉーっと手加減してもらえないかな?」
「てかげんしたよ?」
なんてこった。あれで控えめな威力だったらしい。
もしかしてヴェルちゃんが本気出してたら近くに居たあたし達丸焼けになってたんじゃ……。
少し考え、あたしは提案した。
「ねえヴェルちゃん。ノエルとフォノンを乗せて移動できる?」
「ん」
体毛が燃え盛っているようにも見えるヴェルちゃんは、その実そう見えるだけで触れても特に問題ないようだ。体躯からすれば少女二人が乗った程度へっちゃらだろう。
「じゃあ、二人を乗せて安全な場所まで運んであげて」
「あんぜんどこ?」
「あーっと、あれだ。ゴーレムが居ないとこよ」
「ん!」
元気よく頷くヴェルちゃんに微笑ましさを感じるとともにそこはかとなく不安になるのは何故だろう。
それから、あたしはノエル達へと説明する。
「あたしとミアベル……ついでにクゼはこのまま練術場方面に移動する。なるだけ戦闘は避けて逃げに徹するから、ノエル達は助けを呼んで」
結局ゴーレムの元を絶たない限りはミアベルが狙われ続けるので、あたし達は誰かが事態を解決してくれるまで交戦し続けるか、逃げ続けるしかない。となると最優先は、負傷しているフォノンをとにかく安全圏へと避難させることだ。
フォノンは元より、ノエルも自身がこのままだと足手纏いになると察しているようで、誰からも異論はなかった。
「ミアベル、リタ、気を付けてね。オセローさんも!」
「ノエルもね。フォノンをよろしく」
「ヴェルちゃんも、フォノンさんは怪我してるから、無理させないようにね?」
「ん。べる、とくい。おつかいわんこだから」
良くわからないが自信ありげなヴェルちゃんを見送って、この場にはあたしとミアベル、そしてクゼが残された。
ヴェルちゃんが蹴散らしたゴーレムの後続が早くも迫りつつある。本当に底なしの物量だ。
「さーって!もうひと頑張りしますかぁ!」
などと言いつつ身体を解すミアベルはまだまだ元気そうだ。
ミアベルは特別身体を鍛えてるわけでもなければ体力に秀でているわけでもないけど、なんせ魔法資質と保有魔力量がバケモノ染みてるからなぁ。身体強化を使うまでもなく、有り余った魔力が肉体を活性化させる分だけで常人の何倍もの運動量をこなせることだろう。
鞘に収めたショートソードの柄頭に腕を置いて佇んでいるクゼは、いつもの腹が読めない雰囲気で、至って平然としている。こちらも同じく身体を鍛えているようには見えないビジュアルをしているが、こちらはそう見えるように装っているだけで、実際はしっかりと鍛え込まれているのは動きを見ていればわかる。
「別に、言いたいことがあれば言ってくれていいけど」
あたしはミアベルの後ろについて歩きながら、憮然とクゼに言う。
なにって、あたしの采配についてだ。
成り行きで司令塔になってしまっているあたしだけど、本来あたしは下っ端もいいところの立場で、指揮の経験もなければ技術も知識もない。明らかにあたしよりも戦慣れしていて、立場上人を使うことにも慣れていそうなクゼにしてみれば、あたしの指揮なんて児戯みたいなものだろう。
ツッコミどころが山とあるはずだ。まったく顔に出さないだけで。
でも曲がりなりにも彼を戦力として数え、巻き込んでしまった以上、彼はあたしに文句を言う権利がある。
クゼも並んで歩きながら、涼しい顔のまま答えた。
「いえ。特には」
「あのさ、」
「私にとってはアトリー嬢が無事ならば、他はどうでも良いのですよ」
先を行くミアベルには聞こえないように、殆ど口を動かさず囁くように言う。
「故に、貴女もまた彼女を守ろうとしている以上、否やなしです」
「なら、それこそミアベルを真っ先に安全圏に逃がしたかったんじゃないの?」
「ご友人を置いて逃げだしたら、アトリー嬢は心に傷を残すでしょう?それは無事ではない」
彼は感情の読めない糸目で、なんでもないことのように言葉を続ける。
「私は本当なら出てくるつもりもなかった。影に徹するつもりでしたから。私という存在は本来ならば空気のように無視されるべきだ」
「なんで?」
「アトリー嬢が私に向ける関心のほんの1ミリでも、殿下に差し上げて欲しいからですよ」
平然と、自分を居ないものとして欲しいと言うクゼに、あたしは理解不能の眼差しを向ける。
「なので首は突っ込んでも口は挟みません。私の存在をアトリー嬢に意識させる行動は極力避ける方針ですので。それが私の職務であり、望みですから」
「忠臣ね……」
「私は殿下の恋路を応援申し上げる立場でありますれば」
貴女にとっては傍迷惑な話でしょうが、と言ったきりクゼは口を噤んだ。
なので、あたしも空気を読んでこれは言わないでおいてあげるべきだろうか。
「なぁにコソコソ喋ってるの?ほらリタ、ゴーレムが来ちゃうよ!クゼ君も急いでー!」
ぶんぶんと手を振ってこちらを急かすミアベルを見ればわかる。
たぶんミアベル、現状既にカーマインよりクゼに対するほうが全然好感度高いと思うよ、という残酷な真実を。そりゃあそうだよね。たまに現れるよくわかんない偉い人と、窮地に身を挺して助けに来てくれた同級生だったら、後者のほうが好感が持てるとあたしだって思う。
や、カーマインも同級生には違いないんだけどさ。
「ねえクゼ」
「気のせいです」
「まだなんも言ってないじゃん」
本当にヤツの恋路を応援するつもりならば、見せ場を作る絶好のこの機会に、首輪つけてでも引っ張ってくるべきだったんじゃないかな。
そうしなかった結果、影からあたし達をサポートしてたクゼの好感度だけが鰻登りの惨状にしか見えなくなってるし。
「なんか、色んな意味で不憫ねアンタ」
「痛み入ります……」
・2021/8 細部の描写を修正。




