600話_side_Mary_回想
・百話ごと恒例の回想回。
・今回はメアリさん。
~"いじめられっこ"メアリ~
最近、自らを省みる時間が増えた。
正確には、独りで物思いにふける時間が増えたというべきか。だってつるむ相手も居なければ、喋る相手も居ないのだから、独りで居ると埒もない思考だけが延々と頭の中を巡るのだ。
最初は、どうしてこうなったんだっけ?
次は、これからどうすればいいのだろう?
そして今は、そもそも私は何がしたかったのだろうか?
私は幼い頃から目立ちたがりの少女だった。生まれ故郷であるロンベルク伯爵領は典型的な田舎領地で、面積の大部分が畑で出来ているような場所だ。周辺の他領も大体似たり寄ったりで、幼少から付き合いのあった令嬢たち――他の貴族家の子供や、領内の有力者の子供である――もまた、私を含めて田舎令嬢の集まりであった。
つまり私は、田舎のボス猿だったわけだ。
その地方においてロンベルク伯爵家は有力ではあったが飛びぬけているわけではない。家格でいえば私と同等というか、然したる差もない者も居た。その中で私がリーダーシップを発揮していたのは、勿論私がそうであるべく望んでいたからだ。
田舎者は田舎者なりに王都の流行を取り入れて、田舎者の中では最先端を走ろうと努力をしていた。周りに私ほどこだわりのある者は居なかったから、自然と私が先頭を走ることになったのだ。そう、まあ、当時は周囲の者達がいかに流行に疎く、遅れているかと内心で嘲笑っていたものだが、今となって思うのは、周囲が遅れていたというよりは私が一人で勝手にいい気になっていただけというが正しかったのだろう。
私は、誰よりも優れた自分で居たかった。
自分が先頭に立っていなければ我慢ならなかった。
一目置かれたかったし、チヤホヤされたかった。
それが私の原動力だと思っていたし、長らくそれを疑っていなかったけど。
今になって、そうではなかったのだと気付いた。
エンディミオンに入学する年になって、私は念願の王都にやってきた。そして、人生を変える出会いをしたのだ。
クレインワース侯爵家のエカテリーナ様である。
田舎から出てきた私は王都の令嬢たちの垢ぬけた姿に驚愕し、動揺した。しかしそこで折れも曲がりもしなかった。だって彼女らが私よりも洗練されていてキラキラ輝いているのは、単に環境の違いだ。私の生まれ故郷が田舎で、彼女らは私よりも王都が近くにあったというだけのことだ。流行の最先端であり発信地でもある王都に辿り着いたのが遅いか早いかという違いだけで、人間の優劣には関係がない。
条件がイーブンになっただけ。だから私は王都でも先頭を走るべく邁進し始めたことだろう。
エカテリーナ様に出会わなければ。
初めてだった。私はこの人には敵わないと、この人の下でいいと素直に思ったのだ。
エカテリーナ様は私の理想形だった。そこに私は理想像を見たのだ。
彼女は高貴な生まれで、美しい容姿もあって、優れた能力を有していた。だから彼女に憧れたのではない。だけど彼女は誰よりも努力していたからだ。
影の努力は秘匿するもの。エカテリーナ様はその体現者だった。彼女の弛まぬ努力が私にはわかった。何故って、私も同じだったからだ。私が田舎の先頭で居るために遮二無二頑張ってきた努力と同じものを、エカテリーナ様に感じた。
そこで負けたと思ったからこそ、私は彼女に憧れたし、彼女とともに居たいと思ったのである。
その時、私は既に自分が一番でないと気が済まないという思いではなくなっていたし、たぶん、最初からそうではなかったのだ。
エカテリーナ様の中で、私という存在が特別なものであればそれでよかった。見どころのあるヤツでも、使えるヤツでも、気の利くヤツでもなんでもいいのだ。彼女が私を見てくれればそれで満足だった。
私を見てほしい。
つまり、私の原動力はそれだった。
誰もに注目されたいのではなくて、誰にも注目されないのが嫌だったのだ。
その他大勢の一人になりたくなかった。背景に埋没したくなかった。エカテリーナ様にとって唯一の人材と認識されていたのならば、それでよかったのだ。
誰かに、私を見てほしい。
誰かって、誰だよ?
エカテリーナ様の派閥に属してから出会った人物に、コリンナという少女が居た。
コリンナ・アトワイズ・ミュラー伯爵令嬢。
ミュラー伯爵家はその領地の規模や貴族としての格においてロンベルク家とよく似ていた。つまり領地の田舎っぷりまで含めてという意味だ。
所在する地方は王都を挟んでほぼ正反対という感じなので、もしエンディミオンに入学していなければ互いに出会うことはない相手だったことだろう。よく似た境遇のシンパシーもあってか、私とコリンナはすぐに意気投合した。性格的にも相性がよかったようで、エカテリーナ様の派閥内においてよく行動を共にしていた。
積極的といえば聞こえはいいが、やや短絡的である私に対して、コリンナは慎重派といえば聞こえはいいが、やや臆病で考えすぎるきらいがあった。互いの長所と短所がかみ合って、私達は実によいコンビであったのだ。
私はエカテリーナ様の派閥の中でもそこそこ有力な位置に居たから、そこにコリンナが連れ立って、私達二人の下に何人かの女子が集ってグループと化した。私が夜会でやらかして失脚するまでは、ずっとこの面子で過ごしていたといってもよい。
コリンナとともに過ごした日々は楽しかった。
あまり褒められたことではないのはわかっているが、彼女と一緒に派閥の他の令嬢たちを率いて、アシュタルテ侯爵令嬢を始めとした派閥に盾突く者達に嫌がらせを敢行する日々は、私のこれまでの人生で一番充実していたといっても過言ではなかった。
ああでもないこうでもないとろくでもない考えを巡らせて、次は何を仕掛けよう、そしたら今度はこうしようと喋っているだけで楽しかった。
コリンナはすぐに臆病さが顔を出して尻込みしてしまうので、私が強引に引っ張って色々とやった。そうすると案外大したことなくて、コリンナは安堵したように笑うのだ。
私は、その瞬間が好きだった。
そこにエカテリーナ様は関係なかった。
アシュタルテ侯爵令嬢にちょっかいを出し始めたきっかけは確かにエカテリーナ様であったが、すぐにそれは私達自身の楽しみとなった。自分達の行いがエカテリーナ様の想定の範疇を逸脱し始めていることに気付きながらも、私達は止まらなかった。
だって、楽しかったのだ。
嫌がらせとかいう行為自体が楽しかったことは否定しない。背徳感とスリルがあって、癖になる行為だった。
でもそれ以上に、コリンナが一緒だったから楽しかったのだ。どんなことでも独りではつまらない。逆にどんなことでも一緒ならば楽しい。私の場合はそれが、他者への嫌がらせというどうしようもない方向だっただけで。
実際に行動していた当時は、私はあくまでもエカテリーナ様のために行動していたのだと思っていた。気分が高揚するのも、楽しくて仕方がないのも、憧れの彼女の力になれている実感があるからこそだと。
夜会の一件を経て、強制的に領地に連れ戻され、半ば引きこもりのような生活を送りつつ、ぐるぐると考えを巡らせていて、呆れたことに私はそこでようやく気付いたのである。
そうではなかった。
あんなに楽しかったのはエカテリーナ様のためだったからではない。それがまったくないとは言わないが、理由としては少なかった。
単純に、コリンナが一緒だったからだ。
そんな相手のことを、世間では何と言うのか。
私だって知っている。
いや、知っている気になっていただけで、本当の意味では、その時初めて知ったのだ。
友達と一緒だから、楽しい。
そんな簡単過ぎることに。
きっと、幼い頃の私はやり方を間違えた。自分を見てほしかった私は、見てもらうためにはそれだけ自分が特別である必要があると考えた。だから必死に自分を磨いて先頭を走った。
その行為が、私から『親しみ』という感情を遠ざけた。
エカテリーナ様は私にとって特別で、憧れだった。
私は彼女の特別になりたかった。彼女に私を見てほしかったのだ。
それは彼女が私にとっての理想そのものだったから。
――本当に?
コリンナとともに過ごしていた時間は、私の思い描く理想の姿と言えただろうか。
考えるまでもない。
そんなわけがない。
徒党を組んで他人を貶め、嫌がらせをするのが私の理想だったのか。私の理想の体現者であるエカテリーナ様がそんなダサい真似をするだろうか。
否である。
エカテリーナ様は、嫌がらせをするならもっと堂々と正面からやる人だ。私達みたいな姑息な真似はしない。
でも私は、そんな姑息な真似が楽しかったのだ。
そんな日々が楽しくて仕方がなかったのだ。
その当時は自分でも気づいていなかったけれども、今ならわかる。
あの日々があんなにも楽しかったのは、そこに私がずっと本当に欲しかったものがあったからだ。
私の原動力。
私を見てほしい。
誰もに私を見てほしいわけじゃなくて、誰にも見られないことが嫌だった。
私は、私を見てくれる誰かが欲しかったのだ。
それは幼少期に故郷で交流があった少女達であり、王都で出会ったエカテリーナ様でもあった。
きっと最初で間違えて、間違えたまま突き進んでしまったからこそ気付かなかった。
私はずっと、最初から、友達が欲しかっただけなのだ。
だから、私の欲しかったものはそこにあったのだ。
コリンナ。私のお友達。
お友達、だった。
父親によって領地に連れ戻され、引きこもりと化していた私がこうして学院に戻ってこられた理由の殆どは、コリンナのおかげだった。
エカテリーナ様への憧憬、このままではいけないという思い。父親の言葉。どれも理由の一端ではあれど、一端以上のものではなかった。だけれど私が学院に戻ることを決意出来たのは、コリンナが待っていてくれたからだ。
だって彼女は休暇中もたくさんメッセージをくれた。ほぼ勝手に自滅して居なくなったに等しい私に、励ましの言葉をたくさんくれたのだ。『PiG』のチャットアプリ越しだったし、私の心はボロボロで通話する気力もなければメッセージを無視してしまうことも多かったのに、見捨てることなく献身的に言葉を送り続けてくれた。
コリンナの応援があったからこそ、私は決めたのだ。
せめて、彼女に会うために学院に戻ろうと。
少々のアクシデントはあったが、なんとか無事に学院へと戻ってきた私を迎えて、コリンナは安堵した顔で言った。
『本当によかった』
と。
そして、
『貴女が戻ってきてくれて、本当にうれしい』
そう言って、私の知らない顔で嗤ったのである。
その日から、コリンナ達による執拗な嫌がらせが始まった。
標的は、私だった。
長期休暇が明けて、なんとか学院に復帰した私を待っていたのはコリンナからの熱烈な歓迎だったというわけだ。
文字通りの意味ではなく、私達らしい意味で、だが。
前期の頃に徒党を組んでいた派閥の令嬢たちを引き連れて、前期の頃に私が他者にやっていた所業の、今度は自分がターゲットになった。
何故、と。
どうして、と。
彼女に問いかける気にもならなかった。
そんなのは問うまでもなく、彼女の顔面に張り付いた表情を見れば明らかだったから。
コリンナの顔には私を見下した悪意的な笑みが張り付いていて、私がよく知る消極的で慎重な彼女はどこにも居なかった。
そもそも、演技だったのだ。
自分が楽しむために、私という都合のいいスケープゴートを都合よく動かすための都合のいい振る舞いでしかなかったのである。
あの日々が楽しかったのは、コリンナが私の友達だと思っていたから。
友達は私のことを見てくれるから。
確かにコリンナは私のことを見てくれていたのだろう。でもそれは友達だからではなく、都合のいい道化だったからだ。
裏切られたと思った。
私が感じていた友情がまったくの虚構だったことにショックを受けたし、結果的に私一人が馬鹿を見て、私を利用していたコリンナが野放しになっていることに理不尽も感じた。
どれだけ理性が残酷な事実を告げていても、認められない感情はあった。
私は言った。
休暇中にたくさんくれた、あのメッセージはなんだったのか。
あれも全部、私を騙すための嘘だったのか。
私という玩具を手元に呼び戻すために、ただそれだけのために、あんなに献身的にメッセージを送り続けていたのか。
コリンナは言った。
『ああ……あれね?』
ぞろぞろと引き連れた、見慣れた顔の令嬢たちを指し示して。
『貴女のために、皆で協力して考えたのよ? 嬉しかったでしょ? わたくし達も楽しかったわ』
『たのし、かった……?』
『ええ。ほら、貴女ってなかなか返信くれなかったじゃない? だからわたくし達、賭けをしていたの。一人ずつメッセージを考えて、貴女に無視された子は負け。貴女の反応を引き出せたら、勝ち』
たぶん、私の心を完全に砕いたのはその遣り取りだった。
皆で協力して、私に送るメッセージを考えていた。
ああなんて美談だろう。これでコリンナの顔に張り付いていたのが侮蔑の嘲笑でなかったのなら、私は素直に友情を信じられた。
光景が目に浮かぶようだった。
きっとコリンナ達は休暇を満喫しつつ、皆でスイーツでもつつきながら、片手間の遊びで私へメッセージを送っていたに違いない。
ボロボロの私がそのメッセージを心の拠り所にしていることなんて知る由もなく、ただの余興の一環として。
チャットの向こうに居るのがコリンナだと思っていた私は、勝手に感銘を受けて励まされていた私は、まさしく道化ではないか。
でも、私にはもう、怒る気力が残っていなかった。
怒りよりも悲しみが大き過ぎた。
そしてその悲しみすらも、圧倒的な虚しさの前には無力だった。
だってそうじゃないか。
私は間違ったままここまで来て、そのまま騙されて終わったのだ。
私のこれまでの人生は一体なんのためにあったのか。
私はもう、何を信じて生きればいいのかわからない。
誰かに見てほしかった。
ただそれだけだったはずなのに、その結果がこれならば。
私はもう、誰にも見てほしくなかった。
友達だと思っていたコリンナも。
憧れの人だったエカテリーナ様も。
なにかと絡んでくるコーデリアも。
頭がおかしくなっていた私を助けてくれたシュヴァルツも。
なんか最近ちょっとストーカーっぽいダンクーガも。
誰も私に構わないでほしい。
私は背景になりたい。
そうなれば、誰も私に注目しないから。




