補完[わりとどうでもいいある日のこと]
・タイトル通りの話です。
~"転生令嬢"プリムローズ~
突然だが、この学院には『時計塔』と呼ばれる施設が存在している。
巨大な円形の敷地をしているエンディミオン魔法学院のほぼほぼ中心地に所在する、まあ読んで字の如くの施設である。時計塔はこの学院内では最も標高と全高の高い施設であり、学院内のどこからでもその文字盤が見えるように設計されているのだ。
学院中央区に存在している施設は大抵そうなのだが、基本的に内部は立ち入り禁止で、特別な行事の際にだけ開放されるようになっている。時計塔もその例に漏れないわけで、ただしここに限ってはそもそも内部に立ち入って何かをする施設ではない気はする。
なんで私がそんなことを説明し始めたのかというと、今まさにその時計塔に居るからだ。
私、この学院に訪れた時からずっと思っていたのだが、この時計塔に登りたくて仕方がなかったのだ。
内部立ち入り禁止って言ったじゃんって?
うん。だから外壁を登る分には別に良いよねっていう。
平たく言えば時計塔そのものに興味があるわけではなくて、学院で最も高い場所である時計塔の上からの景色が見たいのだ。転神すれば飛べるし、その状態で学院を俯瞰したことはあれど、それって基本夜間なので景色を楽しめるわけもなし。
いや、流石の私も内部がだめなら外部を登ればいいじゃんとか詭弁極まりないのはわかってるよ?だからこれまで実行に移さなかったのだし、正直実行に移すこともないと思っていたのだ。
けれど、最近思い出したことがあって。
実はそんな私とまったく同じ詭弁を振りかざして時計塔に登攀している人間が、既に居たのである。常習犯的なヤツが。
というわけで、私はその『彼女』の背後にこっそり忍び寄ってみる。私から見えるのは学院指定のメイドのお仕着せの後ろ姿と、そこに流れる野暮ったい三つ編みのおさげ。
その向こうに見えるは青い空と王都の景観のコントラストであり、この学院以上の巨大施設である王宮の姿も一望できる絶好のロケーションだ。
「良い眺めだな」
「ぬわぁ!?」
外縁に腰掛けていた彼女――ドロシーは、私の声に肩を跳ねさせて大慌てで振り向いた。
「ちょ、驚かせないでよ!落ちたらどうすんのさっ!」
「死ぬ?」
「なんで疑問形なのさ……」
いやだって、私は落ちても死なないし。
ちなみに現在位置は時計塔の文字盤より更に上。目算だがおよそ地上80メートルと言ったところか。一応ドロシーも立ち入り禁止を意識して、地上から見上げられても見えない場所に座っていたようだが、ぶっちゃけ高過ぎて殆ど見えんと思う。
「てかさぁ、いきなり現れんのやめてくれる?」
「驚かせて悪かった。今は反省している」
「キミって意外と腹立つ性格してるよね」
それほどでもない。
いやぁほんとに悪かったとは思うんだよ。でもそんなことよりドロシーに絡みたい欲求のほうが強いので。
なにせ、彼女は私が原作で一番好きなキャラと言っても過言ではない。厳密にはスピンオフ作品だけども。
原作こと『夜明けのレガリア』について私が知っていること、というか覚えていることはそんなに多くはない。わかる範囲で説明すると、まず全ての大本である原作無印が『夜明けのレガリア』で、前世で私が中高生の頃に連載していた。これは完結まで読んだので、細部はともかくとして大筋の流れや主要キャラくらいは覚えている。
次にスピンオフ作品の『夜明けのレガリア Moon Seeker』、通称『レガリアMS』は今目の前に居るドロシーことリスティ・アーヴィングが主人公の漫画である。これは大筋のストーリーこそあれど基本的には短エピソードを重ねていくオムニバス形式の漫画で、元暗殺者のドロシーが学院メイドに扮して色々な騒動に巻き込まれたり解決したりするお話である。
こうやって書くとわりとほのぼの系のストーリーラインを想像すると思うけど、主人公の生い立ちが完全無欠のダークサイドであることからなんとなく察して欲しいのだが、作風はどちらかというとダークな雰囲気だった。夢と希望のヒロイックサーガであった原作無印の裏側を描く、という謳い文句で連載開始したと記憶しているので、看板に偽りなしということだ。
それほど長期連載した作品ではなくて、原作の連載中~終盤くらいの時期に開始して、原作完結と殆ど間を置かずしてこちらも完結したと思う。私が前世でしっかり読み切った関連作品はこの二つだけで、他にも『レガリアGS』とかもあった気がするし、レガリアの名を冠さない関連作品もあったけど、内容はほぼ知らない。
んで、私はドロシーと言うキャラクターがとても好きだったのだ。
見た目可愛いのに中身は達観していて、常にシニカルな態度を崩さず、それでいて暗殺者として培った冷酷さと生来の善良さの間で葛藤し続ける人間臭さも、とにかくカッコイイと思っていた。
ほら、私がそれらの漫画を読んでた時期って中高生の頃で、思春期真っ只中なわけで。スクールカースト的な意味で前世の人生で最も過酷な時期でもあったし、まあ思春期特有のアレな病気も相俟って、ドロシー先輩マジリスペクトっす!って感じ。
もちろん原作無印の主人公であるミアベルも好きだったけど、彼女はなんというか清すぎるというか。ミアベルに抱くのは憧憬で、ドロシーに抱くのは尊敬……ってとこかな。
「ドロシーは、こんな場所で何をしているんだ?」
「景色を眺めてるだけだよ。いいだろ別に、趣味なんだよ」
誰も悪いとは言ってないじゃん。
「成程、良い趣味だな」
「ふん。枯れてて悪かったね」
皮肉のつもりじゃないんだけどなあ。
ちなみにドロシーの趣味に関しては漫画でも描写があった。それを思い出したから私はここに登ってみたわけで。
確か、ドロシーはもともとは景色を眺めるのが目的だったわけではなくて、空に近いところが好きで登るようになったんだよね。
「そういうキミはなにしに来たのさ?まさかボクに会いに来たわけじゃないよね」
「目的は貴様と同じだよ」
本音を言えば半分くらいはドロシーに会えるかもと期待していたのは否めないが、まあ彼女がここに居ることを私が知っているのはおかしいので黙っておこう。
ではもう半分はと言うと、アレを見たかったのだ。
私が指をさすと、ドロシーは不思議そうな顔をした。
「王宮?」
「うむ。ここからならば王宮を一望できると思ってな。予想通りだった」
遠く王都の景観を隔てた先に鎮座する白い影は、リヒティナリア王国が誇る魔法建造技術の粋を集めた王宮『ブラン・アハルト』である。
白基調の配色と精緻なレリーフ調の外観が合わさってスケール感がおかしくなるような巨大な建造物だ。その外観を正しく言葉で説明するのは非常に難しいが、アーチ構造と複数の尖塔が象徴的なシルエットで、似たものを例に挙げれば、サグラダ・ファミリアとかを死ぬほど大規模にしたものを想像すればわりと近い。
「ふぅん……」
なんだか意味深な呟きを零し、ドロシーは意外そうに言った。
「キミでも、やっぱり王宮には憧れるものか」
「うむ。中身にはまったく興味がないが」
「え?」
「ん?」
なにその顔。そんなにおかしなこと言った?
「いや、王宮で勤めたいとか、王族と懇ろになりたいとか、そういう話じゃなくて?」
「んなわけない」
私を誰だと思ってんだ。アシュタルテやぞ。
あの王宮に対する私の興味って言うのは、眺めるだけで事足りるというか、むしろそれだけが目的なのだ。
何故ならば、
「私は『巨大建造物』が好きなのだ」
「…………なんて?」
「巨大な建造物が好きなのだ」
前世風に言うならば、メガストラクチャー萌え。
人智の及ばない建造物で、人間と対比してスケール感がぶっこわれるくらいに巨大であればあるほど嬉しい。ちなみに前世で私がプラント設計に携わる会社に入社したのも、半分くらいはこの性癖が理由であるのは言うまでもない。
「良い趣味だな……って言いたいところだけど、ごめん。意味わかんない」
「そうか」
まあ、この世界の人間が正しく『メガストラクチャー』の魅力を理解するのは難しかろう。
映像作品っていう概念がないから、私が萌えに目覚めたきっかけであるSFっていう概念そのものが存在しない。私の場合は前世の父親がSF大好きな人で、幼少期から父の趣味に付き合ってそういう作品ばかり見ていた影響が大きかったのだろう。
お陰様で少女向けのアニメとかには全然興味が無くて、専らロボットアニメとかSF映画とかに熱心な子供だったなぁ。それで唯一少女漫画畑の作品に興味を持ったものがレガリアなのだから推して知るべしである。
余談だが、私が一番好きなメガストラクチャーは圧倒的に軌道エレベータである。様々なSF作品やアニメに登場する未来的建造物であるが、地表と宇宙を物理的に繋ぐというスケール感がたまんないよねマジで。
やっぱりSFで言うと宇宙が定番だけど、同じくらい海の建造物にもロマンがあるよね。メガフロートとかさ。現実にある石油プラットフォームの画像とか眺めるの好きだったなぁ。
「なんでその、あー、巨大建造物?が好きなの?」
「一言で表現すれば、ロマンだな」
「ろまん」
非常に悩ましい顔で考え込んだドロシーは、遠く見える白の王宮から私の言う『ロマン』を見出そうと苦心しているようだった。
ややあって、彼女は「ああ」と手を打った。
「巨大な建造物を眺めて自分を慰めているんだな。チビだから」
「誰がドチビコンプレックスだ!」
「違うの?」
「違うわ!」
どんな悲しい生物だよソレ。まったく失礼しちゃうわ!
失礼なドロシーはわかったようなわからないような顔で王宮を眺める。
「王宮って国家の威信が掛かってるとはいえ、あれだけデカくする意味はあるのかって思うよ」
「そりゃあ、デカいことに意味があるんだろう」
「うーん……まあ、教国も大概だったしなぁ」
教国と言えば、この世界最大の宗教組織である『教会』の総本山である。このドロシーの出身国でもあり、彼女は元々は教会の実働部隊である『黎明機関』に所属する暗殺者であった。
なんで宗教組織が暗殺者飼ってるんだとかいうツッコミはするだけ無駄だろう。つまりはそういうことである、というだけ。
それはともかく、私はドロシーの呟きを拾う。
「教国にもああいうのがあるのか?」
「あるよ。聖庁『イゥン・アタム大聖堂』っていうのが、まあこの国で言うところの王宮さ。名前くらいは知ってるだろ?」
「うむ。そうか、聖庁はそんなにデカいのか」
「他にボクが知ってる限りだと、帝国の帝都にある黒鉄宮『グラン・エクスシア』だね。アレはマジで超デカい」
「王宮や聖庁よりもか?」
「その二つを足したよりデカい」
おおマジか。それは気になるぞ。
是非ともこの目で見てみたいが、残念ながら帝国が敵性国家である限りは叶わぬ夢であろう。いや、もちろん大手を振って観光とはいかないだろうが、こっそり見に行くくらいならワンチャンあるか……?いやいや、まずは魔王をどうにかするのが先だけどさ。
ちなみにドロシーはかつての暗殺者時代に近隣諸国を巡っていた経験があるので、その時に実際に見たことがあるのだとか。
「いつか案内してあげようか?ああ勿論、相応のお代は頂くけどね」
「ドロシーのガイドで観光か。それはいいな……本当に」
「?……プリムローズ?」
「いや、」
なんでもない、と返しつつ。
私は思う。
実現したら、本当に楽しいだろうなぁ……。
いつかそんな日が、来るといいな。




