46話_side_Cz_回想
~"お目付け役"クゼ~
故国に帰りたい。切に。
私ことクゼ・オセローは疲れ果てていた。
事の発端は、故国ガルムの王太子であらせられるカーマイン・ラハ・ガルム殿下の留学が決まったことであった。行き先は隣国で友好国のリヒティナリア王国。その王都に所在する王立エンディミオン魔法学院である。ガルム含めた周辺国まで含めてもおよそ最高峰と言われる魔法使いの教育機関にして、至近に『黒い森』を擁する対魔物戦闘の研究機関でもある。
留学の理由は、半分は殿下に高度な教育を受けていただくため。もう半分は政治的な要請だ。
ガルムからのリヒティナリアへの留学生というのは珍しいものでなく、殿下に限らず多くの人間がそれぞれの目的をもって彼の王国へと赴いている。今年のエンディミオンへの入学生にしても、殿下と私以外にも数人故国の人間が居る。上級生にも居るのをあわせればそれなりの人数だ。無論、そういった者達の目的はこの学院で知識とノウハウを体得して、持ち帰り故国の発展に貢献することだ。
そこを行くと、私の場合は少々事情が異なる。
私はもともと、幼少の砌より同じ年齢の殿下の御傍に仕える立場の、いわゆる専属従者というものだった。
武を尊ぶガルムにおいては王族とは誰よりも強い存在を示す。そのためガルムの従者には護衛という概念は存在しない。主のほうが従者より強いのが当然だからだ。むしろ、弱い従者に護られるなどというのは不名誉極まりない。
なので、専属である私の役目とは、カーマイン殿下を煩わせる雑事の一切を引き受けること。かのお方が恙無く異国の学院生活を送ることが出来るように陰に日向にサポートすることだ。
……というのが表向きの役割。
それとは別に、私には陛下より賜った大切なお役目があるのだ。
それはズバリ、殿下のお目付け役である。
陛下がなにを心配されているのかと言うと、それはもうガルムとリヒティナリアの文化の違いである。
武を尊ぶガルムにおいては名誉とされることの多くが、このリヒティナリアにおいては眉を顰められる行為であり、酷い場合は犯罪ですらある。要は、殿下が故国と同じノリでやらかしてしまわないように、くれぐれも注意するように、と言い含められているのである。
我が主は少々頑ななところがあるが、決して愚かではない。
異国の文化の違いも理解しておられるし、自らの留学に秘められた意味も理解しておられる。
生来の喧嘩っ早さだけはいかんともし難いかもしれないが、その点は私がフォローすればよい。殿下がすぐに武力に訴えようとするのはそういう国で育ったからであり、殿下ご自身は特別気が長いほうではないが、短気というわけでもない。私が忠言すればきちんと耳を傾けてくださるだけの度量をお持ちだ。
とまあ、そんなわけで私は殿下の留学にお供することに対して、わりと気軽に考えていたのだ。
むしろ私としては留学期間のみとはいえ、流行の先端であるリヒティナリアの王都で過ごせることに喜びすら覚えていたくらいだ。
ところが、どしょっぱなで躓いた。
これからは学生という身分になる私であるが、故国ではそれなりに重要な役職に就いて既に就労しているのだ。当然、異国に留学する身となれば、すべての業務を代わりの者に引き継ぐ必要がある。まさか、エンディミオンの学生寮でリモートワークするわけにはいくまい。
端的に起きたことを語ると、不幸な偶然が重なりに重なって、その引き継ぎ業務が凄まじく滞ったのだ。
担当者の急病、事務処理の手違い、身内の不幸、突然の自然災害etc.
そんなこんなで、結局全ての引継ぎが完了したのはエンディミオンの新年度が始まって一月以上も経った頃であった。殿下はというと私の準備をお待ちくださるわけもなく、他の留学生とともにさっさと異国へと旅立ってしまわれた。
留学する者達のなかから臨時で私の代わりを用意しようかという話もあったのだが、それは殿下ご本人に却下された。殿下は「クゼ以外の従者など要らん」と嬉しいことを仰ってくださるが、それは私が気心知れた仲であり特別に使いやすいからというだけの理由であるのは確認するまでもない。
余談だが、エンディミオン魔法学院に入学する貴族王族の学生には、日常生活の補助のために同性の従者を二名まで同伴できるというルールがある。殿下の留学にも当然専属の者が二名同伴するが、彼らと私では明確に役割と立場が異なる。武を尊ぶガルムに生まれたからとて誰もが武技に長ずるわけもなく、所謂職業従者の大部分はそういう者だ。ガルムでは武力と発言力はほぼイコールの関係性なので、要は武力を持たない(ガルム基準で、だが)職業従者に発言権は無いに等しく、学院に同伴する彼らは殿下に意見することを許されていない立場なのである。
苦言など在り得ないし、諫言ですら躊躇するだろう。
つまるところ、私が居なければ殿下を諫める者が誰も居ないのである。
お前が来るまでは精々羽を伸ばすとしよう、などと笑いながら旅立った殿下の姿に、私は不安を禁じ得なかった。
どうか。私が追い付いた時に、とんでもないことになっていませんように。
引き継ぎ業務の傍ら、私は切実に祈った。
そして遅れに遅れてようやくエンディミオンの門戸を叩いた私は、久方ぶりの殿下と異国にて再会したのであるが。
殿下ご本人と、他の者から経過を聞くに、どうやら三つほど予想外の事態があった。
一つ目の予想外。殿下が入学初日に王国の第二王子に喧嘩を売っていたこと。
私はそれを聞いた時、特に驚きはしなかった。
ああやっぱりやらかしたか……くらいにしか思わなかった。
では何が予想外だったのかと言うと、この王国の麗しの第二王子殿下が、カーマイン殿下が喧嘩を売るに値するほどの人物であるということだ。別にウチの殿下は狂犬ではないし、むしろご自身の魔法という技能に強いプライドをお持ちなので、ひけらかすことを嫌う節がある。つまりはガルム的な価値観で言えば、魔法戦を挑むということは『お前の実力を認めているぞ』と宣言しているのと同じなのである。
しかも、聞くところによると互角であったというのだから更に驚きだ。
第二王子殿下がうちの殿下と同じく『二つ名』持ち――つまりは優れた魔法使いであると国際的に認められている人物であるのは既知のことであったが、魔法使いとしての技量が優れているからと言って戦闘者としても優れているかと言われれば必ずしもそうではない。リヒティナリアでは魔法の技量は戦闘の技量として扱われがちだが、ガルムでは明確に違うのだ。魔法ができても弱いヤツは弱いし、それよりも魔法ができなくても強いヤツのほうが尊重される風土なのである。
だが、そんなものは序の口だった。
二つ目の予想外。殿下が宗旨替えしていたこと。
なんのことかというと当然魔法のことなのだが、故国で過ごしていた頃は圧倒的に実践派の魔法使いであったはずの殿下が、なんと学院図書館に自ら赴き、魔法の専門的な理論を学ぶようになっていたのだ。無論、そもそもそれが目的で留学しているのだから学んでもらわねば困るのだが、正直に言うと私はそれこそが最も難題だと覚悟していたのだ。
それほどまでに、私の知るカーマイン殿下という人は大人しく机上で学ぶことを厭うておられた。
当然私はどういうお心変わりなのか問うた。
殿下にははぐらかされてしまったが、他の者からの情報を総合すると、おぼろげながら宗旨替えの理由が見えた。そこには一人の女子学生が関わってくる。
プリムローズ・フラム・アシュタルテ侯爵令嬢。
このリヒティナリア王国の貴族であり、王家の盟友である『四大貴族』と称される旧い家門の出身者。要は国レベルで上から数えたほうが早いくらいの高位の家のご令嬢だ。同年代とはとても思えない、なんというか大変可憐な容姿の女性で、しかしその見た目に反して苛烈なまでの才覚を有する尋常ならざる魔法使いだとか。
なんでも、カーマイン殿下はこのご令嬢に喧嘩を吹っ掛けようとして、軽くあしらわれたらしい。殿下の腕前を良く知る私からすれば信じられないことだが、多くの学生が目撃しているため信憑性は高く、なによりも殿下の態度が雄弁に真実を物語っている。
つまるところ、殿下は魔法という技能において生まれて初めて壁にぶち当たったのだ。
アシュタルテ嬢という強大な壁を超えるために、自らを高める決意をされたのである。
最後に三つ目の予想外。
これが最強に予想外だった。
前の二つは結局魔法戦のことなので、殿下の平常運転のなかでの予想外だ。三つ目は違う。
殿下が恋をした。
前二つの殺伐とした内容から一気に年頃の青少年らしくなってしまったが、私としてはこちらのほうが余程怖い。
なにせ、カーマイン殿下は女嫌いである。まあ厳密には女性そのものを嫌悪しているわけではなくて、ご自身に言い寄る女性の多さに辟易としておられるようだ。そんな殿下がもし異性に惚れる可能性があるとすれば、それは殿下を真正面から打ち負かすほどの女傑が現れた時しかないとすら思っていた。
ところが、どうやらそういうわけでもないらしい。
お相手はミアベル・アトリーという少女。
驚くべきことに、平民階級の学生である。
なるほど確かに外見は非常に可愛らしい少女であると私も思ったものだが、それだけで殿下が惚れるわけがないとも思った。何故ならば、故国にて王太子である殿下に言い寄る女子は基本的に選りすぐりの美女ばかりなのだ。それを見慣れていて、しかも辟易している殿下にとって容姿の美しさは然程重要ではないだろう。
こればかりは他の者も理由にとんと見当がつかぬとのことで、殿下とアトリー嬢の馴れ初めは不明のままである。
さて、話は冒頭に戻る。
私が留学早々疲れ果てている原因こそが、このアトリー嬢である。いや彼女はなにも悪くないのだが、率直に言ってしまえば、初めての恋に浮かれる殿下の相手をするのがもの凄く非常に疲れるのだ。
いや、浮かれると言うか、自身の感情に翻弄されていると表現したほうが正しいか。
常に女性に傅かれる側であった殿下は、女性へのアプローチの方法がわからないのだ。
だからとにかく会いに行って、会話をして、少しずつ距離を縮めて――……と、幼少から殿下を知る私としてはなんとも微笑ましい気分になってしまう奮闘振りなのであるが。
であるが、問題は。
「クゼ。アトリーに会いに行くぞ」
放課後になり、当然のようにそう告げる殿下。
殿下の専属従者である私は当然同道し、そして殿下とアトリー嬢の逢瀬を邪魔しない絶妙な距離にて控え、更には邪魔が入ることが無いように周辺を警戒するのである。
それはいい。いや決してよくはないが、まだ相対的にマシだ。
問題はその前。
「どうした。早く案内せよ」
「……少々お待ちを」
会いに行くぞ、と告げながらも殿下が動かれる様子はない。
何故ならアトリー嬢がどこに居るのかわからないから。講義中ならばともかく、放課後ともなれば皆目見当もつかない。
ではどうするのか。
言うまでもない。私が調べるのだ。
せめてもっと早いうちに『今日の放課後はアトリーに会いたい』とかもっと言えば前日にでもお伝え頂ければ事前に場を整えるのに、殿下はその辺がめんどうくさい。
殿下はこれまでに培われた価値観のせいか、異性にうつつを抜かすのは不名誉なことであるとお考えだ。所謂典型的ガルム男児の考え方だ。だからこの私に対してさえ、あたかも気まぐれで思い付いたから会いに行くのだ、という体を崩さない。
要するに、事前に打診するなんて会いたがってるみたいでかっこ悪いじゃん、というアレなプライドである。みたいもなにもその通りなのだが。
故に、この期に及んでアトリー嬢への想いを周囲に気取られることを酷く警戒しておられる。
たとえそれが既にどうしようもなく手遅れだとしても。
おそらく殿下としてはまだ隠し通せているつもりなのだろう。良くも悪くも王族の価値観なので、自身の行動が恋愛的な意味で周囲からどう見えているのか無頓着なのだ。
ことが殿下の微笑ましいプライドの話だけであればまだしも、殿下があまり大っぴらにアトリー嬢に会いに行くと、それは即ち彼女の身を危険に晒す行為だ。殿下にはご想像もつかないことであろうが、平民階級の少女が異国のとはいえ王族の寵愛を受けているという状況を、周囲の王国貴族が面白く思うはずがないのだから。
というわけで今日も私は秘密裏にアトリー嬢の居場所を調べる羽目になるのだ。
理不尽だろうがくだらなかろうが主の命令には違いない。
幸いにしてアトリー嬢の行動範囲はそれほど広くはない。最低限の協力者として同郷の留学生たちは情報提供してくれるので、必死こいて駆けずり回ればなんだかんだで見つけられてしまうのが虚しい。
ただ、一人の女子を探して駆けずり回りながら、私は思うのだ。
果たして自分は何のためにこの国に来たのだろうか、と。
そしてアトリー嬢に無事会えてご満悦の殿下を遠くから見守る。大抵殿下はアトリー嬢に会えるだけで満足してしまわれるので、軽くいくつか言葉を交わし、それで終わりだ。
恋愛感情が幼年学校レベルなのはこの際置いておくとして、私が小一時間駆けずり回って探し出したのだから、せめてもう少し機会を有効活用していただきたいものだ。お願いだから。
満足げな殿下の後ろをとぼとぼと歩きながら、思わず独り言ちるのだ。
「私、帰って良いかな……」
おもに故国に。
・2021/6 細部の描写を修正。




