483話_side_Primrose_『ホワイトファング』クランハウス
~"転生令嬢"プリムローズ~
前線砦を思わせる外観のギルド支部まで戻ってくると、遠距離砲撃用の砲台を所狭しと並べていた内外郭の一部が大きく欠損しているのが目に付いた。見れば、他にも大小それなりの損傷個所が見受けられる。
「攻撃を受けたのか?」
私が外郭を見上げて訝しげに呟くと、傍らのスレイから返答があった。
「直接魔物が攻め寄せたわけではないわ。あちらさんからお返しの遠距離砲撃があったみたいね」
「それをさせないための前線部隊だと思っていたが」
「まあね。ただ、聞くところによるとどこもかしこもだいぶガタガタだったみたいよ」
ふうん。まあ今回で言うならば長射程の攻撃手段を有している『サラマンデル種』が敵方に多数存在していたわけで、ギルドの固定砲台を鬱陶しく思って反撃をしてきてもおかしくはない。私もこんな規模の戦闘に関わるのは初めてのことなので、そういうものなのだと言われたら納得するだけだった。
ところで、何故森の奥地でベルフェルテと交戦していたはずのスレイがそんな情報を知っているのかというと、実は、このスレイが本物のスレイではないからだ。
白々しいって? それな。
私がプリムローズとして行動するならば、スレイの影武者を仕立てなくてはならない。スレイの知り合いがこの場に少なければ、普通に戦いで死んだことにしてフェードアウトさせるんだけど。まあスレイ・ハイゼンという虚像にはまだ使い道がありそうなので、さっぱり捨ててしまうのは勿体ないという事情もあるにはある。
というわけで誰を影武者に仕立て上げるかって、そりゃもうドロシーしか居ない。彼女ならば変装変化もお手の物だし、これまでずっと一緒に行動していたから対外的なスレイの振る舞い方も熟知している。今朝方、私が『PiG』で連絡を取った際にドロシーにしたお願いがこれである。いきなり無茶振りをしたわけではなくて、元々オプションの一つとして準備はしていたことだ。連絡を受けたドロシーはまずリスティとして支部を訪れ、黒い森の中で待っていた私の元に合流し、そこでスレイに扮して、こうして共に戻ってきたというわけ。
本来であれば黒い森への出入りは結界魔法と転移門、そしてライセンスカードで管理されているのだが、流石にこの有事にそんなことを悠長に確認したりはしないので、森に入ったリスティがスレイになって出てきてもバレないし、森に入った履歴のないプリムローズがいきなり湧いて出ても平気。尤も、転移門を使用すれば履歴が残ってしまう可能性はあるので、それを避けて境界域内をわざわざ歩いて戻ってきたのだった。
なお現在私が共に居る面子は先程ルークくん達に遭遇した際のメンバーである。ハイメロートは未だ魔剣の姿のまま、カモフラージュのためにスレイが後腰に佩いている。
ついでに余談だが、現在ドロシーは幻影魔法を使うことでスレイに扮しているわけだが、本来、幻影魔法には自らと背格好の近しい者に化けるのが望ましいという縛りがある。簡単に言えば、例えば私くらいにチビの女が幻影を纏い、スレイくらいに長身の女の振りをしたとすると、体格が違い過ぎて動作にすごく違和感が出てしまうのだ。そりゃあそうよね、手足の長さも頭の高さも目線の位置も変わるのだから。それこそ私のように転神とか前世とか特殊な事情で、体格の違う身体をそれぞれ動かすための脳内モデルを持っているならば話は別だが、当然普通に生きている人間は一つの身体を動かすモデルしか持っていないので。
その点、ドロシーの体格は女性としての平均程度か、少し小柄なくらいだ。彼女の体格でスレイのガワを纏って演じるというのは、可もなく不可もなく。多少の違和感は否めないだろうが、演技力次第で見せないようには出来るかもしれない。
ただし、今回については完璧を求める必要があるので、念には念を入れて万全の手段を取った。
お忘れの人も多いかもしれないが、実はドロシーは転神が使える。んで、彼女のアヴァターは人型で、しかも都合がいいことに私と同じく、本来の身体よりもやや成熟した外見となる。
思わず隣のスレイを見る。具体的には乳のあたりを。
「…………」
「ん? なぁにボス」
「いや……」
一応マイルドに表現してみたが、飾らずに言えばドロシーのアヴァターはムチエロドスケベぼでーなので、なんなら普通に顔さえ変えれば素でスレイの振りが出来そうなくらいの戦闘力がある。あと彼女のアヴァター装束は私のそれすら余裕で凌駕するセンシティブさであり、詳しく描写すると色々なところから怒られるので説明出来ないのが残念だ。
一説によると、スピンオフ漫画の中でドロシーが頑なに転神を使いたがらないキャラとして描かれているのは、漫画で描くと編集者から怒られるので作者が封印しているかららしい。ドロシーは作中でクライマックスに一度だけ転神しているが、一度だけなら切り札的なネタで済ませることも出来るが、何度もやられると漫画のジャンルが変わっちゃうでしょっていう。
え? デザインを大人しいのに変えればいいだけだろって? それが出来るんなら編集者がとっくにそうさせてる定期。
まあ、あとはアヴァターの状態で化けておけば体力や魔力の出力的な意味でもスレイと遜色ない行動をすることが出来る。ドロシーのアヴァターには維持限界があるのでタイムリミットは存在するが、別に四六時中化けておいてもらう必要もないし。
私達はそのままギルド支部を通り抜け、一度『ホワイトファング』のクランハウスに戻る。ギルドから程近い地区の住民は既に避難しているのか、街並みは閑散として静かだったが、所々で討伐者らしき者達を相手に出店で商売をしている逞しい者も居る。この巨大なロイエンタールの街の住人全てを避難させるというのは様々な理由で現実的ではないので、とりあえずはギルドから一定距離以内だけに指示を出し、街の外縁のほうに一時的に住民を避難させているようだ。その辺はギルド支部から連絡を受けた公僕の仕事である。
クランハウスに戻ると、でっぷり太ったおっさん紳士の諜報員が私の帰りを待っていた。
ブラックピッグである。
とりあえずは戦闘の経過について彼から報告を受ける。これはブラピ達が調査したことというよりは、大部分が討伐者ギルドで発表している公式情報だ。そこにブラピ達が重要だと判断したことに関しては独自に調査した詳報を添えてくる感じだ。
大きなトピックとしては、三つ。
まずは昨夜の戦闘終盤に立て続けに発生した奇妙な同士討ち現象。討伐者同士の潰し合いである。昨今の情勢を考えれば『赤原同盟』と『パンドラ』の討伐者が喧嘩するのはさもありなんという印象だが、それに限らず同クラン内かつ同性同士ですら諍いが発生していたらしい。流石に不自然なので魔物勢力側からの何らかの干渉を疑われているが、しかしその痕跡も全くないので現状お手上げというか棚上げだそうだ。
これは別にいい。原因はベルフェルテであるとわかっている。奴がエーテルちゅーちゅーするために討伐者達の怒りとか妬みとか怯えとかを煽った結果だろう。そしてこれはベルフェルテを打倒する以外には原理的に対処不可能なので、それこそお手上げだ。
次に謎の時間経過とそれに伴うブラックアウト。丁度零時ごろ、日を跨ぐ直前あたりに謎の現象――時間が加速しているとしか思えない現象が発生し、そこから体感十分程度で夜が明けてしまったと、戦闘に参加した討伐者が口を揃えて証言している。また討伐者ギルドでも同様の現象を観測していて、どうやらその瞬間には壁に掛けられた時計の時刻表示は異常な動きを見せていたという。
これは主人公ちゃんの魔力暴走が原因だろう。おそらく、未来を司る彼女の時間魔法が、彼女に親しい人達の死という光景を幻視させたのだ。それは限定的な未来予知であり、同時に確定しない事象でもあったはずだ。だがその死という条件が彼女のトラウマにクリーンヒットし、まあベルフェルテとかの茶々もあわさって、メンタルの均衡を崩して主人公ちゃんはああなってしまったと。
結果的には主人公ちゃんが時間を早めたおかげで夜明けが早まり、森が閉じたことで魔物勢力は撤退したわけで、彼女が幻視した未来もそれなりに回避出来たのではなかろうか。知らんけど。
また、この現象が外部からはどう見えていたのかというと、時間が加速している期間はまったくの音信不通状態になっていたらしい。要するに、私が寮室に設置している論理結界と同じような働きをしたのだ。中に居た私達からすれば数分の出来事であったが、外の者達からしてみれば数時間もの間戦況がわからないという状況になっていたので、今頃ギルドは情報のすり合わせでてんやわんやだろう。
ちなみに、だが。
今回の主人公ちゃんの暴走に関してはベルフェルテとテオスさんが大体悪いということで押し通すつもりの私であるが、実のところ、たぶん一番の戦犯は私である。というのも、私と主人公ちゃんは相互に影響を及ぼし得る存在なので、おそらく私がベルフェルテとの戦闘で一段階上の領域にアクセスした――テオスさん的に言えば『摂理の扉を開いた』のが主人公ちゃんにも影響してしまった可能性が非常に高いのだ。
ん? てことは結局悪いのテオスさんじゃね? 解は出た。
最後は有力者達の状況であるが、一番大きいのは『赤原の女帝』ことメルクーシン女史の負傷だろう。この辺りは情報が規制されていたり錯綜していたりで正確なことが掴めているとは言い難いのだが、ブラピ達が調べた限りでは内通者によって女帝が重傷を負ったが、なんとか一命は取り留めたということらしい。夜明けが早まって魔物が早期撤退しなければ応急処置どころではなかっただろうから、間接的に主人公ちゃんが女帝を救ったとも言える。
黒竜卿のほうは特に何事もなく、あいかわらず胡散臭いムーブで平常運転中だ。あちらはむしろ同士討ちで大混乱したクランの収拾と再編成が急務と言えるだろう。
あとは『剣の誓い』であるが、こちらも主要メンバーに死者が出たという話は聞かない。ルークくん達も元気そうだったし。
ただ『サラマンデルロード』と直接戦っていた英雄伯閣下と相棒のクリューガー子爵はそれなりに重傷らしい。これもまた悩みどころだ。というのも、今日の日暮れになれば魔物の再侵攻があるだろうから、その時に誰がロードと戦うのかって話がある。色々な事情を鑑みて、引き続きルークパパに相手してもらうのが一番望ましいところであるが。
「ところでブラピ、『宵の霊薬』の件は何かわかったか?」
そういえば、と私が問い掛けるとブラックピッグは豊かな顎肉を震わせて答える。
「まあ、凡そ予想通りという感じですなぁ」
「となると、伯爵家は参戦しない?」
「でしょうな。現時点で応援に駆け付けていない時点で、答え合わせをしておるようなものですが」
違いない、と私は頷く。
さて、私が討伐者に扮して活動していたそもそもの理由が、上のお兄様から仰せつかったお仕事――つまり『宵の霊薬』なるけったいなアイテムの製法及び現物の入手というものであったのだが、実はこれ、案件的には既に私の手を離れている。
というのも、つい先日そのお兄様から『PiG』で連絡があり、本件についてこのように告げられたのだ。
『極めて慎重な判断を要する案件となった』
勿論お兄様は通話などでは具体的なことは何一つとして仰らなかったが、言葉の裏を察せられない私ではないし、そう信用してくださっているからこその端的な連絡だったのであろう。
まあ、ぶっちゃけ政治的な話だ。十中八九、『宵の霊薬』の存在が明るみに出たのだろう。それも面倒くさいことに『教会』の知るところとなったに違いない。お兄様が、というかその背後に居る王政府が『宵の霊薬』の製法を入手したかったのは、かの薬品が『黎油』と同質のアイテムである可能性があるからだ。『宵の霊薬』の製法を掴むことで『黎油』を作り出すことが出来るのではないかと目論んだのだ。『黎油』とは黒い森を焼き払うことが出来る現状唯一のアイテムであり、その供給は製造国である教国が一手に握っているのが現状だ。
つまり王政府は教国からの干渉を跳ね除けるために『黎油』に相当するアイテムを自国で製造したかった。しかし教国としては当然それは阻止したい。そういった事情があるため、私のような暗部の人間に秘密裏の依頼が出たりするし、逆に明るみに出た瞬間にその依頼がなかったことになったりするのだな。
そんなこんなで最近の私は『ノクタルなにそれ美味しいの?』という顔をしながら魔公の対応に注力していたわけであるが、ブラピ達には引き続き動向を探らせては居たのだ。普通に気になるし、お兄様からは実質『手を引け』と言われていても『知るな』とは言われていないので。
んで、探った結果明らかになってきたのが今の会話の内容だ。
どうやらブラッドフォード伯爵家がガッツリ絡んでいそうだぞ? っていう。
あっ(察し)である。下手に関わったらあかんやつや。この『オンスロート』に際しても本来真っ先に戦力を寄越して然るべきである領主の兵隊が今尚現れていないということは、つまり王政府から参戦を禁じられているということだ。どうだメチャクチャやばそうだろう。だって魔物勢力の一大侵攻と天秤に掛けてまで、戦力展開を禁じるって、一体なにやらかしたらそんなことになるのか。
ぶっちゃけ、この『オンスロート』を主導したのが伯爵家ですと言われても今の私は信じるぞ。
尤も、当然対外的には伯爵家が参戦しないそれらしい理由は用意されているので、ある程度裏を知っている私だからこそ至った結論ではあるが。
「はぁ……教会の連中が出張ってきた途端なにもかも台無しになるいつものパターンということだな」
「ですなぁ」
私にとって因縁深いどこぞのシスターに限らず、基本的に教会というのは鬼門なのである。どういう関わり方をしても全方面に面倒くさい。それを言ったらそもそも、私達のような稼業と宗教家が相容れないだけかもしれないが。
しみじみとそんな会話をしていると、古巣の話だからかどことなく居心地悪そうに聞いていたドロシーが口を開く。
「教会といえば、プリムローズ」
「うん?」
「一応キミのオーダー通りに『お手紙』は届けてきたけど……」
ちなみに今のドロシーはリスティの姿をしている。当初の想定ではドロシーが直接ウチの連中と関わることはないはずだったが、状況的にそうも言っていられないのでクランハウスに来てもらった。スレイを演じるならばウチの連中と関わらないわけにはいかないからね。とはいえ、諸般の事情により彼女がスレイを演じるのはあくまでも私と別人であるというアリバイ作りのためであり、積極的に活動してもらうつもりは今のところない。要は私がプリムローズをやっている間にどうしてもスレイが必要な事態が発生したら代わりに処理してねって程度である。
そんなドロシーが言っている『お手紙』というのは、『オンスロート』が起きる前に私が彼女にお願いしたことだ。
所謂、もしもの時の保険というやつ。
なんのためかというと、主に聖女を名乗る幼女ことルシアの対策である。今あの子がどこに居るのかは不明だ。当然のように姿を消しやがった。彼女が本物の聖女であれ、それを騙る魔公であれ、どちらにせよ放っておくわけにはいかない。というわけで餅屋を呼ぶことにしたのだ。
敵の敵は味方理論。正直この選択は非常にリスキーだが、さりとて味方陣営に置いておけば彼女ほど頼りになる人物も居ない。こと、対魔物という点においては。
「彼女は動くかな?」
ドロシーは半信半疑の様子だが、それはきっと彼女のことを話でしか知らないからだろう。
直接相対した私は確信を持って言える。
「動くとも」
「その心は?」
「あの信仰の怪物が『聖女』という情報を放置するはずがない。必ず真偽を確かめに来るだろうよ」
問題は、謎の理由でこちらにも斬りかかってくる諸刃の剣だということだが。




