467話_side_Luke_熱戦-2
~"英雄の末裔"ルーク~
親父は俺に言った。
生き残れ、と。
そして生き残らせろ、と。
その上で、やるべきことをしろ、と。
だから俺は、いや俺達は決めていた。この戦場で、自分達がすべきことを、自分達にしか出来ないことをしようと。
待ちわびた時は、意外と早く訪れる。
「――――――来た」
不意に、そう呟いたのはセラだった。
つい最近出来た同い年の妹。新しい家族だ。彼女の事情は母さんからある程度聞いているが、そこまで詳しくは知らない。話せないこともあるのだろうし、俺が知っているべきは家族として、兄として必要なだけでいいと思うからだ。
セラはかなり特殊な魔法資質を持っているらしくて、ウチの養子になったのもそれが関係しているらしい。特殊な魔法というのが、他人から魔法を借りたり、逆に貸したり出来るという、他に例を見ないものであるというのは知っている。その対象にはかなり厳しい制限があって、借りるほうはセラと親密な関係性の相手だけ、貸すほうは現状ランディーだけ、という話だ。
まあ、俺はその点、人よりも耐性があるほうだと自負している。なにがって、なんていうか、常識をぶち壊すみたいな魔法運用をするヤツに、ってことだが。主にアンジュもといスレイとかレーナとか、ミアベルとか、更に言えば最近のリタとか。俺の周りにはわりとそういうヤツが居るので。
というわけでセラの魔法はそういうものであると納得するとして、重要なのは、そういう魔法を持っている彼女は、魔法を貸し借り出来る相手とは、なんかどっかで繋がっていて、その存在を第六感的な超感覚で察することが出来るっていう点だ。
セラの呟きは、そうして察知出来る人物のうちの一人であるスメラギがこの戦場に現れたことを意味する合図だった。
そのスメラギというのは俺達と同年代の女子らしいんだが、俺はまったく知らない相手だ。話を聞くに、セラとランディーにとっては人生の恩人。ミアベルにとっては友達になりたい相手。だけど立場的には親父を倒したフェンリスとかいう魔物の協力者であり、つまり魔物側の勢力に属している敵であるという、複雑過ぎる存在。
そして今、スメラギの目的はミアベルを倒すことらしく、ミアベルもまた彼女を迎え撃つつもりでいる。何故スメラギがミアベルを狙うのかはわからないし、ミアベルもミアベルで、友達になりたいっていいながらも正面から叩きのめす気満々なのは意味わからないが。あれか、喧嘩したら友情が芽生える的なの狙ってるのか。
「ルーク君、いいかな?」
セラの声を受けたミアベルが伺うようにこちらを見てくる。
今このパーティーを率いているのは俺だ。よって俺は方針を示さなくてはならない。そしてそれは最初から決めていた。
「いいぜ」
俺はミアベルを止めない。
彼女がスメラギと戦うことを、パーティーリーダーとして了承する。
勿論、言うまでもないがミアベルを一人で行かせるつもりなんて毛頭ない。
「セラ! 案内してくれ。リタ、ミアベル前衛頼む!」
「うん!」「おっけ」「了解っ!」
俺の声にそれぞれから気持ちの良い返事があった。
さっきのミアベルの伺いは再確認であって、パーティーの方針自体は開戦前に全員で決めた。
セラがスメラギの存在を感知したら、俺達全員で向かう、と。
親父は俺に言ったのだ。
この戦場でやるべきことをしろと。
俺はその意味を正しく理解しているつもりだ。
何故って、こうして『オンスロート』が発生し、強大な魔物である『サラマンデル種』を率いる大型種が攻め寄せて来てしまった以上、親父達はその対処をしなければならない。
故に俺達しか居ないのだ。俺達は役目を託されたのだ。
ミリティア。
リゼル。
魔物に攫われた彼女等を助け出すために動くことが出来るのは、俺達だけだ。それは実力とか立場とかの話ではなく、動機の話である。いくらミリティアが伯爵令嬢とはいえ、ロイエンタールの街が蹂躙される危機との天秤に掛けることは出来ない。誰もが街を守るために魔物を迎え撃つ戦場において、それを押してでもミリティア達を助けに行くという動機を持つことが許されるとすれば、それは彼女達の直接の友人である俺達だけなのだ。
スメラギの元にはフェンリス達も居る可能性が高い。直接的にミリティア達を連れ去った奴等だ。彼女等の行方を訊ねるならばコイツ等に直接問い質すのが最も話が早い。
あの親父を下した相手だ。未熟な俺達では束になっても一蹴されるのがオチかもしれない。だけどだからといって手をこまねいている理由にはならない。俺達の目的はミリティア達を助けることであってフェンリスを倒すことではない。そこをはき違えてはいけない。
あまりにも危険だ。だけど、だとすれば一番危険な立場に置かれているのは当然、攫われたミリティア達であるはずだ。
無謀だと言われるかもしれない。だけどこの戦場においては誰だって命懸けだ。親父やクレメンスだって命懸けで『サラマンデルロード』を抑えてるし、レーナなんて数的不利を補うためにたった独りで中央の戦線を支えている。他のクランメンバーだって、必死になっていない奴なんて一人も居ない。
この戦いが終わった時、帰らない者が居るだろう。
きっと、もう二度と会えない者が居るだろう。
だけどもし叶うならば、また皆で笑い合って戦勝を祝いたい。全員の共通する願いだ。
そしたらその場にはミリティア達だって居なくちゃダメだろ。だから俺達が行くのだ。親父やレーナ達が魔物を退けてくれることを信じて。同じように、彼等は俺達がミリティア達を無事に連れ帰ってくることを信じたのだ。
全ては、願う未来のために。
「セラフィーナさん、スメラギちゃんはっ? 近いかな!?」
「ううんと、森の、結構奥だ……これ、わたしが気付いてることに気付いてて、たぶん、待ってる」
セラの指し示す方向にパーティーで移動しつつ、彼女の言葉を聞く。
つまり相手さんは準備万端待ち構えてるってことで、そしてそこに行くには分厚い魔物勢力の只中をぶち抜いて行かねばならないということだ。幸い、敵の主力は親父達やレーナのほうに集中しているので、俺達だけでも行けなくはないだろう。普通は無理だが、生憎と俺のパーティーは突破力だけなら抜群だ。
パーティーの索敵も担当しているセラが後ろから声を上げる。
「前方、『ロック種』三! 『ホーン種』五! あと他小さいのいっぱい!!」
幾多の魔物種が混然一体として押し寄せてくる光景は中々見られないものだ。魔物の存在密度が低い小さな森や、大きな森でも浅層である外縁近くではまず見られない。魔物というのは同族でも同種以外は攻撃対象にするから、基本的には縄張りを守るものだ。
ただ、今のような状況や、あるいは森の奥地で魔物の密度が高くなってくるとそれなりに起こり得ることではある。魔物同士は相打ちをするが、近くに人間が居ればまずはそちらを狙うので、敵の敵は味方理論で結果的に共同戦線を張ることがあるからだ。
『ロック種』というのはこの森ではわりと強力なほうの魔物で、ずんぐりとした岩の巨人みたいな外見をしている。まんまゴーレムだ。コイツは環境に適応する魔物で、緑の多い森なら動く木立になるし、水気が多い森なら苔むした姿になる。火山地帯であるこの森においては、内部に高温の炎を満載した歩く溶岩みたいになる厄介な奴である。
俺はここでまず、リーダーとしての判断を迫られる。要は森の奥に進むために、ここでロック種を相手にするかということだ。奴等は堅固で強靭だが鈍重だ。少し迂回すれば置き去りにして進むのは難しくない。
判断は一瞬で決まった。
「倒すだろ、やっぱ!」
放置すれば退路が塞がれるかもしれないし、それに俺達が無視した脅威は他の討伐者に牙を剥く。それは本意じゃない。
なにより、俺達にはこれを打倒して進むだけの力があるはずだ。
「デバフいきますっ――『雨気招来』!」
誰よりも早く先手を担うのはノエルだ。
杖型の魔法具を翳した彼女が魔法を唱え、迫る魔物達の上空に雨を呼ぶ。この魔法はどちらかというと単体で用いるものではなく、他の魔法と組み合わせて真価を発揮する類のものではあるが、しかし炎属性の魔物が多いここの森においては単体でも強力なデバフとして作用する。特に、サラマンデル種やロック種(炎タイプ)のような温度変化に弱い魔物には効果覿面である。
歩く巨岩であるロック種の動きが目に見えて鈍くなり、そして体表が脆弱化する。
「行くぜ!!」
仲間に向けて号令を掛けつつ、俺は使い慣れた魔法を唱える。
自身の肉体を雷と化して戦闘機動を可能とする遷移結界『昇蒼転雷』だ。二つ名通りの蒼雷と化し、自らの肉体と大剣を磁力のレールに乗せて投射する。行きがけの駄賃でホーン種他いくつかの雑魚魔物を両断しつつ、俺は三体居るうちの中央のロック種の片脚をぶった切って駆け抜けた。
距離が近かった隣のもう一体を巻き込んで擱座するソイツに間髪入れず踊りかかるのは、俺の後ろに続いていたリタである。愛用のレイピアを振り被って跳躍した彼女の、その鋭い双眸が淡く虹色に輝いたように見えた。
ちょっとガラが悪いと言われることもある三白眼気味なリタであるが、俺は彼女の強い視線がわりと好きである。
俺の先制攻撃によって周囲を巻き込んで体勢を崩したロック種は、あからさまに威力を溜めるリタを迎撃することが出来ない。
「『虹霓烈華』――――!!」
百花繚乱を押し込めたような鮮烈な輝き。リタのレイピアが虹色の極光を纏う。
「ぅオラァ!!」
やっぱりちょっとガラの悪い咆哮と共に、リタが大上段から振り下ろした虹色の剣閃が、擱座したロック種の顔面を割りつつ地面までぶち抜き着弾する。それだけにはとどまらず、着弾地点から巨大な花が開くように、破壊的な虹色の暴力がシンメトリカルに放射する。
リタがこういう特殊な魔法に目覚めていることは俺も知っていたし、日頃の鍛錬ではちょっと見せてもらったりもしていたが、こうして魔物相手に本気でぶちかますのを見たのは初めてだし、ぶっちゃけ思ってたよりも相当ド派手に強くてビビった。
ただ、リタが少々強過ぎたせいか、ぶち抜かれたロック種は一撃で甚大なダメージを負っていて、そうなると厄介な特性が発動する。
「ぅわ、やば――」
リタが飛び退く間もなく、砕けたロック種が内部から爆散して高温の火焔と黒煙を撒き散らす。あの魔物は胴体にダメージを与えすぎると周囲を巻き込んで自爆する習性がある傍迷惑な奴なのだ。本体がそもそも巨大なので、自爆の攻撃範囲も結構広くて危険である。
一瞬ヒヤッとしたが、黒煙の尾を引いて転がり出てきたリタは多少煤けた程度で大きな傷はなさそうだった。必需品とも言える耐火装備のおかげでもあるが、それ以上に大きいのは、
「ごめんノエル! コート剥がされたっ!」
「大丈夫。『泡殻形成』、えいっ!」
即座にノエルが水属性の防御魔法を掛け直し、リタの身体が一瞬だけ青い輝きを纏う。『雨気招来』が炎属性の魔物に特攻を発揮するように、魔物の多くが炎属性の攻撃を用いてくるこの場においては、水属性の防御魔法は通常以上の効率を発揮する。予めノエルがパーティー全員に掛けておいた防御魔法のおかげで、リタはロック種の自爆をほぼ無傷で耐えることが出来たのだ。
というか正直意外過ぎたんだが、ノエルが強い。いつも通りにサポート役に徹している彼女なのだが、だからこそなのか、マジで意味わからないレベルでパーティーメンバーのことをよく見てる。リーダーであり『連繋魔法』を維持してる俺よりも絶対皆のコンディション把握してるぞアイツ。今日までの活動ではノエルはレックスと一緒にロイドのパーティーに居たから、基本的に俺達と絡むことはなかったし、だからノエルの実力を身近で見てたのは俺達の中ではレックスくらいだったのだが、いやマジですげえ。今もリタの防御を一瞬で張り直したのもそうだが、サポート力が鬼だ。だって先読みして魔法唱えていないと絶対無理なタイミングだったぞ。たぶん誰が不意に攻撃を受けてもいいように、いつでも防御を割り込ませられるように最初から特定の魔法を唱えて待機させながら、他方で別の魔法を唱えて戦っているのだ。
マギアドライブの補助もなしにそんな真似をするのは、普通に学生レベルの魔法行使ではないので、いかにノエルが優秀でも流石に無理がある。たぶん、ロイドあたりが彼女の杖になんか仕掛けをしたんだろうな。だから杖がすごい、ではなくそれを使いこなすノエルがすごいのだ。
だが、防御こそノエルが張り直したものの、攻撃を真面に食らって態勢を崩していることには違いないリタの元に、周囲から小型の魔物が殺到する。
勿論、手をこまねいてそれを見ている俺達ではない。
「スレイさん借ります! 『輝く縛鎖』っ!!」
セラが唱えた魔法が、非常に見覚えのある光属性のバインドとなって迸り、リタの周囲に割り込むようにして魔物を雁字搦めに縛っていく。
「借りるぜスメラギ! 『連弾・綺う星歌』ッ!!」
続けざまにランディーが放った連撃の射撃魔法が、重低音の衝撃を響かせて次々と着弾し、リタの周辺を掃除していく。ていうかスメラギって、この状況で魔法貸してくれてるのかよ。
ランディーは本来デミなので、魔力を認識することは出来ても操ることは出来ない。彼が魔法を使えるわけがないということだ。それを可能にしているのがセラの特殊な魔法であり、言わば彼等は二人で一つの魔法使いなのである。俺の勝手なイメージだけど、二人が秀でた部分を出し合って補い合っているのだ。要はセラは魔法の資質を提供し、ランディーがそれを行使する適性を提供している。デミなのに適性などあるわけないと思うかもしれないが、それってつまり魔法を唱える際のパフォーマンスのことだ。メンタルが揺らげば魔法の効率が低下するのは魔法使いの常識であるが、そこを行くとセラのメンタルは決して戦闘向きとは言えない。代わりに、反骨心の塊でありメンタル強者のランディーが魔法を唱えることで高パフォーマンスを発揮出来るというわけだ。
まあ、もしかするとランディーが隣に居ることそのものがセラのメンタルを強くしているのかもしれないが、どちらにせよ、である。
ランディーの攻撃が討ち漏らした魔物を掃討しつつ、俺は口元に笑みが浮かぶのを感じていた。
どいつもこいつも、本当に頼りになる。
俺自身、学院に入学する前の頃、今から半年前くらいはだいぶ自惚れているところがあった。二つ名も持ってるし、俺って結構イケるじゃんと思っていた。だけど世界は広いな。同い年でもこんだけすごい奴等が居るし、コイツ等以外にだってすげえ奴はゴロゴロ居るんだ。
驕りに気付かされた気分だけど、決して悪い感覚ではなかった。むしろ負けてはいられないと、前よりもずっと真摯に、色々な景色が見えるようになった気がする。
マジで、皆すげえ。
ほんとに。
だけど、一番やべえのは――
『――――Dignify』
聞き慣れた声音は、パーチで待っているメイドのそれではなく、その声を借りたマギアドライブのものだ。
使用者曰く『マギドラちゃん』。
そして、その声に続いて目に見えたのは結果だけ。
荒れ狂う無数の白刃。銀の閃光であった。
俺達が剣を振るっているその横で三体目のロック種を、ただ一人で音もなく、剣一本で事も無げに解体してしまったミアベルが、返す刃で残り物を浚えてしまったのだ。
いやはや、速度ってのは俺の専売特許だったはずなのに、これはもう看板を下ろすべきかもしれない。そのくらい、ミアベルの速さは次元が違う。というかたぶん、マジで文字通り次元が違うっていうか、単純な速度の話ではないのだろう。
魔力に還っていく魔物達の亡骸の只中で佇むミアベルの姿は、普段の彼女からはまるで想像出来ない威厳と貫禄に満ちていて――――
――その後頭部をリタがスパァン!と片手で叩いた。
「あいったぁ!?」
「ふん」
「え、なんでわたしたたかれたのぉ?」
「なんかカッコつけてるのがイラっときたから」
リタが狙ってやったのかはわからないが、眉尻を下げて情けない声を出すミアベルは、一瞬でいつもの雰囲気だった。
とりあえず目の前の魔物は殲滅したので、後衛の面子も近寄ってきて声を掛ける。
「ミアベルって、わりとそういうところあるよね。誰の影響かなぁ?」
「え!?」
「この前クランハウスの廊下でポーズの練習してたわよね」
「ええ!?」
「てか、なんか絶妙にダサいのがカッコイイと思ってる節あるよな」
「えええ!?」
ノエル、セラ、ランディーと口々に言われて律儀に驚いて見せるミアベルは、たぶん全部無意識でやってたんだろうなぁ。
ちなみに廊下の一件は俺も目撃していて、変なポーズを決めて窓ガラスに映った自分を満足気に眺めていてなんとも言えない気分にさせられた。
ダサいかどうかは、まあ……
「る、るーく君はわたしのこと、ださいとか言わないよね?」
「……俺はいいと思う」
「せめてこっち見て言おうよっ!?」




