438話_side_Primrose_『ホワイトファング』クランハウス
~"転生令嬢"プリムローズ~
「――――こいつは驚いたな」
ひゅう、と口笛を鳴らしたヴァイオラの視線の先に居るのは、お風呂で全身まるっと洗われて小綺麗になってしまったルシア(仮)である。不衛生極まりない浮浪児のような風体ではわからなかったが、こうして身なりを整えてみれば、ケイさんが彼女を『緑后』――つまりベルフェルテと呼んだのも成程という感じだ。
金色の長髪に、清廉な蒼い瞳。澄み切った白い肌に、幼いながらも類稀なる美貌。ちょうど、あのベルフェルテというけったいな魔物女の容姿を幼くしていけば、こうなるだろうと納得出来る程度には似通っている。明白な相違点があるとすれば、蒼い瞳を縁取る色が、魔物の黒であるか人間の白であるかということくらいだ。
「く、屈辱じゃ……! この妾が、あのような……!」
小さな身体を戦慄かせるルシア(仮)は、どうやら全身まるっと洗われたのが不本意であったようだ。
先程の『クーベルネさん乱心事件』の後、私達は事態を適当に収拾してクランハウスへと戻ってきた。露天商の男性にはルシア(仮)が盗んだ果物の代金を私が立て替えて弁償し、ついでにクーベルネさんが勘違いで成敗したことへの慰謝料(治療費込み)を私が立て替えて支払い、なんとか納得して許してもらった。なんで私が払っているのかよくわからないのだが、そうしないと収拾がつかなかったので仕方がない。露天商さんの言葉ではないが今日は厄日だとでも思って諦めよう。
強制連行してきたルシア(仮)を私とケイさんの二人掛かりで風呂に入れて洗浄している間に、ヴァイオラとリュウくんにはクーベルネさんを然るべきところに送ってもらった。本来であれば彼女の所属クランである『赤原同盟』に連絡して保護してもらうべきなのだろうが、現在あのクランって誰がどこまで信用出来るのか全然定かではないので、困った時の『剣の誓い』に押し付けたのである。ほら、この前のおじさんの件もあるし、とりあえずクリューガー子爵に任せとけばいいかなって。例によってベルさんは二つ返事で引き受けてくれたみたいなんだけど、そろそろ彼女に頼り過ぎていて負債が逆転しつつある気がしないでもない。
というわけでクーベルネさんはここにはおらず、彼女を送り届けたヴァイオラ達が戻ってくるのと、私達がルシア(仮)を洗い終えるのが殆ど同時くらいだった。
「なぁに? 綺麗にしてあげたんだから感謝しなさいよ」
「ふーんっだ! 妾は頼んでおらぬー。そち等が勝手にやったことじゃー。当て付けのように乳揺らしおってこのウシチチ女が」
その呼び方で定着させようとするのやめてくれないかしら。ケイさんも私の胸を凝視しないで欲しい。同時に自分の胸をぺたぺたしながら儚い溜息とか吐かれると、なんか申し訳なくなってくるから。
大丈夫これアヴァターだから。偽乳だから。
「ぐぬぬ……! 妾とて、本来の身体であれば早々引けは取らぬというに」
「どこに対抗心燃やしてんのよ」
正直意味もわからないし、さっさと話を進めてしまおう。
「それで、結局貴女は何者なのかしら?」
「はぁ? さっき名乗ったであろ。まさかそち、もう忘れたのかえ? 乳を育てる前に脳みそに栄養を送ったほうがよいのではないか?」
「え? なにいきなり喧嘩売ってんの? 買うけど?」
「ああ嫌じゃ嫌じゃ人が心配してやっておるというに。頭がすっからかんだからすぐにイライラするんじゃろうな。こんな幼子相手に凄んで恥ずかしくないのかのぅ」
肩を竦める幼女。なんだコイツ腹立つな。鼻でも摘まんでやろうかしら。
私の苛立ちを感じ取ったのか、ケイさんが慌てて間に入る。
「ええと、まず貴女はルシアさん……でいいんですよね? ベルフェルテとは別人?」
「いかにも。頭が弱いウシチチ女のためにもう一度名乗ってやるが、妾こそが『光の巫女』、原初の聖女にして救世主、ルシア・ウルリッヒ・エーテルライトである」
「でも『緑后』なんですよね?」
「んむ」
『光の巫女』聖女ルシアといえば、世界規模で歴史上最も偉大な女性として讃えられることも少なくない人物だ。三百年前に『宵の魔王』を討伐した勇者パーティーの一員にして、記録が残っている限りでは同パーティーの紅一点と言われている。性別不明の勇者本人が女性でない限りは、ということであるが、一応通説としては勇者は男性であったという認識のほうが優勢なので。
聖女ルシアと魔公ベルフェルテの関係性については、先に交戦した修道士クロスの供述と、彼の麾下であったシスターへの事情聴取からある程度は把握出来ている。あくまでも教会側が主張する内容ということでしかないが。
クランハウスの応接間にて、勝手知ったる尊大な態度でソファに座ったルシアの対面にケイさんが座る。ルシアは何故かケイさんへは若干態度が柔らかいようなので、彼女に訊き役を任せたほうがスムーズに進みそうだ。座ったケイさんの斜め後ろ辺りにはリュウくんが立ち、私はルシアの後ろの壁際で目を光らせておくことにする。
キッチンが似合う赤コートことヴァイオラがお茶の準備に動き、それを見て取ったルシアがコーヒーにミルクとシュガーの注文まで付け始める。なんて態度のデカい幼女なんだと私は呆れを禁じ得ない。謙虚な私にはとても真似出来ないな(真顔)。
「三百年前の戦いで、妾はベルフェルテめと交戦し、勝利した。しかし奴が死に際に行使した魔法により、形態を乗っ取られたのじゃ」
「それ実質負けてない?」
「負けてないっ! 何故なら妾はこうして現存しておるからの! 奴の魔法が完全であれば妾の自我は消滅していて然るべきじゃった。しかし妾に敗れた奴には完全な魔法を行使するだけの余力はなかった。故に妾の自我は消えず、形態を乗っ取ったベルフェルテめとの奇妙な共存状態となってしもうたのじゃ」
ルシアはあくまでも自分が勝利した結果であると拘るが、やっぱりそれ実質負けてんじゃねえかと思う。
共存関係と表現してはいるものの、その実態はベルフェルテに身体をほぼほぼ乗っ取られ、そこにルシアの自我だけが辛うじて残っているような状態だったそうだ。一つの身体の中に相反する自我が鬩ぎ合っているというよりは、ベルフェルテが9割、ルシアが1割程度にブレンドされた自我が新たに形成されたと表現するほうが正しい。
便宜的だが、その混ざった自我を『緑后』と呼んでおくのがわかりやすいかな。
「大峰の地で彗華、そちと会った時には妾達はまだ混じっておった」
「つまりあの後、『緑后』はベルフェルテとルシアさんに分離した……?」
「そうゆうことである」
となるとあちらのベルフェルテがむちむちぷりんで、こちらのルシアがちんちくりんなのは、おそらく混じっていた頃の比率が影響しているのだろう。
ミルク入れ過ぎでほぼカフェオレと化しているコーヒーを美味そうに啜っているルシアに、私は問う。
「ちんけな果物泥棒なんてしてたくらいだから、今の貴女には大した力はないということ?」
「やかましい! しょーがないのじゃ! 魔力の大部分をむこうに持ってかれてしもうた。いかに技があっても、これでは何もできんっ」
このルシアが本物の聖女だとすれば、少なくとも勇者パーティーの一員として戦える程度の能力を有していなければおかしいが、確かに、例え能力は有していたとしても燃料たる魔力が無ければ使えはしない。
大部分の魔力を失った残りカスとしてベルフェルテにポイ捨てされた可哀そうなルシアは、浮浪児さながらの真似をしながら今日までなんとか生き抜いてきたということだった。
ルシアはマグカップを両手で持ったまま、対面のケイさんに向かって当然の如く言い放った。
「というわけで彗華よ、そちの身体を寄越せ」
「えっ」
ケイさんが驚きの声を上げ、リュウくんが顔を険しくして片腕で刀の柄に手を掛ける。勿論、私もヴァイオラも即応出来るように少なからず身構えていた。ちなみにルシアが話す言葉は、ベルフェルテと混じっていた頃の名残なのか、所謂『魔物語』と呼ばれる上位言語なので、リュウくんに対しても言語の壁はない。
ルシアはそんな私達の反応を飄々と眺めるだけだ。余裕を見せているというよりは、自らの非力を悟って抵抗を端から諦めているという雰囲気。要するに開き直っている。
「ええと、何故私の身体を?」
「必要だからじゃ。そもそも大峰でそちを見初めたのは、妾の転生先としての適性がある女子を探しておったからよ」
「……教会の修道士が言うには、聖女の身体を持て余したベルフェルテが、代わりの身体を求めているという話でしたが。ベルフェルテが今も聖女の――貴女の本来の身体を使っていて、貴女が別の身体にというのは、話が逆になっていませんか?」
「そんなのはどちらでもよいのじゃ。聖女の身体だから魔物との親和性が云々なんてことはそもそもない。肉は肉じゃ。単に、妾と奴の魂が混ざり合って同居しておったのが問題だった。その点で妾と奴の思惑は一致しておった。奴は妾という不純物を排除するために、妾は肉体を取り戻すために、とにかく魂を分けるためのもう一つの器が必要だったのじゃ」
故に、ベルフェルテとルシアが混ざった自我である『緑后』は長い時間を掛けて多くの国を渡り歩き、魂を分けるための器を探し求めていたということか。それで最終的に見定めた相手がケイさんであった、と。
そこに呆れ気味のツッコミを入れたのはヴァイオラだ。
「つうかよ、アンタ仮にも『聖女』なんて呼ばれる人だったら、自分が助かるために無関係の人間の身体を乗っ取るような真似をして良いのかよ?」
「よいに決まっておる。何故ならば彗華は生きていても然したる役には立たんが、妾は世界を救うぞ?」
当たり前のように言い放たれた言葉に、リュウくんが「貴様……!」と低く唸る。
「そち等がどんな御伽噺を聞いて育ったのかは知らぬが、そもそも勇者一行というのはな『どんな犠牲を払ってでも魔王を討伐せよ』という使命を背負わされた人でなしの一団よ。そして事実そうやって世界を救ったであろ。そち等が今のうのうと生きていられるのは誰のおかげだと思っておるのじゃ」
「この場でそれを議論する気は更々ないけど、貴女にケイさんの身体を差し出せば、責任もって今度こそベルフェルテを討伐してくれるわけ?」
私が口を挟むと、ルシアは背後の私を見もせずに呆れ口調のまま言葉を返した。
「そのために、泥水啜って盗人に身をやつしてまで、ここに来たのじゃ」
「えっ、ルシアさんは最初から私に会うために来たのですか?」
「りょーほうじゃ。ベルフェルテとそち、両方を追ったらここに辿り着いた」
ルシアの言葉を聞き、ケイさんは思い詰めた表情で俯いてしまう。リュウくんも彼女を気遣わし気に見ていて、悩める若者達の考えていることはわかりやすい。即ちルシアの言葉に正当性があるか、あるいは彼女の言葉に従うことでベルフェルテの脅威を払い、多くの人間を救うことが出来るのではないか、という葛藤が渦巻いているのだろう。
まあわかる。仮にルシアの言がすべて真実であったならば、私でも一考はするだろう。だが生憎と擦れた私はケイさん達ほどに純粋ではいられないわけで。
「それで、貴女が信用に足る相手であると、どうやって私達に信じさせてくれるのかしら?」
「逆に訊くけどー、これだけのことを妾が知っておることをどう説明するのじゃ。妾が聖女本人でなければこうはならんじゃろ」
「貴女が嘘を言っているかどうかはどうでもいいのよ。もっと言えば貴女が聖女本人であったところで、それはなんら信用する理由にはならない」
「なんでじゃ!? 聖女じゃぞ! 英雄なんじゃぞっ!!」
「偉業を成しても人でなしは人でなしでしょ。自分で言ったんじゃん」
「…………ウシチチ、そち嫌な奴じゃの。性格悪いって言われとらんか?」
仏頂面になったルシアの言葉に、私は鼻で笑ってやった。
誰にものを言っているのか。こちとら悪意の濃縮還元ゲスロリ様だぞ。
まあ、この聖女を名乗る幼女がなんとなく胡散臭く思えてしまう理由は一応ちゃんとあって、語る気があるのかないのかは知らないが、現時点では不明になっている大事な点が多過ぎるのだ。
例えば、そもそも混じってしまった魂を分離するためにケイさんという器を求めたのに、何故それなくしてルシア達は分かれているのか、とか。
それを問うとルシアは『嫌なことを訊かれた』とでも言わんばかりの顔になった。
「わかんないのじゃ……」
「なんで」
「わからんもんはわからーん! 妾が妾としての自我を取り戻したのは奴と分離してからじゃもん! 分かれる前までの記憶は共有しておったはずじゃが、支配的だったのは奴のほうじゃから、不都合な記憶を意図的に妾に渡さんようにしたのであろ」
「ほら見ろ信用できない」
「ぐぬぬ……」
もっと言えばベルフェルテがルシアを生かしておく意味も解らない。分離した時にそれだけの力の差が出来ているならば、その場において宿敵である聖女ルシアをベルフェルテが放置しておくわけがないと思うのだが。
だとすれば、この場に居るルシアという少女は、ベルフェルテが恣意的に用意した存在である可能性がある。あくまでも可能性だが、信用出来ない理由としては充分であろう。
「ふんっ! ま、まあよい。妾とて素直に身体を明け渡してもらえるとは思っておらぬしっ」
「『英雄なんじゃぞー!』とか叫んでた幼女の台詞とは思えないわね」
私の嫌味をシカトして、ルシアは強引に話を進める。
「妾のことが信じられぬのはこの際よいが、しかしベルフェルテを野放しにはできぬ」
「そうね」
「妾の邪魔をするというのならばウシチチよ、そちが責任をもってベルフェルテの野望を挫くのじゃ!」
別にルシアに言われずとも、ルシアが現れずとも、こちらは端からそのつもりである。
それはそれとして、
「勿論、貴女も手伝ってくれるのよね?」
「今の妾じゃ死ぬほど頑張ってもザコ魔物にすら勝てんぞ」
「そのよく喋るお口があるでしょう。ベルフェルテについて知っていることを教えてくれればいいの」
「……手伝うけどぉ。教えるけどもぉ。そち、ちょっと面の皮厚くない?」
ルシアにしてみれば、信用出来ないと言い放ったその口で助言を求めるのはどういう了見だ、といったところか。
いや使えるものは使うっしょ常識的に考えて。




