37話_side_Pr_第一練術場
~"転生令嬢"プリムローズ~
もう勘弁してよフォノンちゃぁん。
私の心境を一言で表現すればそんな感じ。
一向に練術場に姿を見せなかった主人公ちゃんがそんなことになってたのも驚きだが、そこに何故かフォノンちゃんが関わっちゃってる事のほうが驚きが大きかった。
なんなの、主人公ちゃんにはアシュタルテのメイドを誑かす特殊能力でも備わっているの?私が思わずそんな突拍子もない疑念を抱いたとしても、今回ばかりは無理からぬことではなかろうか。
ともあれ、フォノンちゃんもこれで少しは行動を考えてくれると良いのだけど。
別に、いたずらされた運動着を直して欲しいとか、その程度のことだったら造作もないし、快く請け負うのだけど。ただ、無自覚にああいうことをされては困るのだ。アシュタルテのメイドという立場で軽率なことをされると、場合によっては非常に面倒くさいことになる。
今回は平民の主人公ちゃんが相手だったからよかったものの、これが相手も貴族だったりしたら。
即座に問題に発展することはないかもしれないが、とにかく、無自覚で居てもらっては困るのだ。
私の魔法とか地位とかを利用したいなら利用してもらって大いに結構だが、ちゃんと体裁は整えて欲しい。考えなしに他家の子女に無礼を働いたりすれば、私とて立場上庇いきれる限度がある。
無礼云々ではなく単なる交友関係の場合も、クラリスちゃんのように上手くやってくれるならば何も言わないが。フォノンちゃんはその辺の考えが足りない。私が、というかアシュタルテが迷惑を被る分にはどうでもいいが、他でもないフォノンちゃん自身の身を護るために、是非とも慎重になって欲しいのだ。
と、そんなことを、結局講義に遅刻して現れた主人公ちゃんの姿を眺めながら思うのだった。
今回の講義は魔法の実践の最初の最初、ということで、内容は単に学生個々人の資質を測るだけだ。
やりかたは至って単純で、専用の魔法道具に順番に触れるだけ。
複数用意された魔法道具の場所にそれぞれ教員が立っていて、呼ばれた学生から資質の測定を行っていく形だ。
一年生全員で三百名近く居るので、複数個所に魔法道具が用意されてるとはいえ、自分の名が呼ばれるまではそれなりに待たされそうだ。
そんなわけで大抵の学生は待ちぼうけであり、点呼も無かったので、遅れてやってきた主人公ちゃんが見咎められることもなかったのは幸いだったのだろう。
魔法資質を測定する道具は水晶玉のような形状をしていて、台の上に鎮座しているそれに学生が片手を置けば、勝手に資質を測ってくれる。結果は数値で出てくるわけではなくて、なんともメルヘンな話だが、資質の強さに応じた花が咲くのだ。
学生が水晶玉に手を置くと、魔力が光となって湧き出して、頭上に魔力の花を咲かせる。
大抵は人間大の大きさの花が咲くのだが、形状は様々。巨大な一輪の場合もあれば、花束のような形状を取ることもある。一般的には、資質の強さと花の規模が比例すると言われ、資質が強いほど大きな花がたくさん咲くのだとか。
わざわざ学生全員を集めて自由に見られるように測定を行うのは、後のクラス分けの際に文句を言う学生が必ず出てくるからだ。
曰く、アイツが自分よりも資質が上のクラスに居るのは何かの間違いだ!あるいは相対的に、自分の資質がこんなに低いわけがない!っていう。
ここで見えるようにやれば後から文句のつけようもないでしょう、ということだな。
私は他人の結果には全然興味が無いので、自分の名前が呼ばれるまでは練術場のすみっこのベンチに座って大人しく待っていることにした。
結果に一喜一憂する同級生の悲喜交々の声をなんとなしに聞いていると、私が座っているベンチに、一人分の距離を空けて誰かが座った。
「あの……」
声を掛けられたので横目で確認すると、黒髪眼鏡の勤勉なノエルちゃんだった。
一応言っておくと、うろ覚えに定評のある私でも流石にノエルちゃんが原作の主要キャラであることはもう思い出している。と言っても主人公ちゃんと一緒に居る姿を目撃してようやく思い出した体たらくなので全く褒められたものじゃないが。
最初の頃全然気付かなかったのは、黒髪の主要キャラが居たなあとは思っていて、そう思っていたらイオちゃんと再会したものだから、ああなんだイオちゃんのことだったのかスッキリしたわ――って勝手にセルフでミスリードしてただけなのである。
いやほら、原作って漫画だからさ。トーンの番号とか線の太さとかで髪色の違いは表現されてたけど、基本的に皆白黒だから原作のノエルちゃんが黒髪っていう印象があんまなかったんだよね。イオちゃんは『黒髪令嬢』ってプッシュされてたから覚えてたけど。
まあ、言い訳である。
ノエルちゃんは私のほうをちらりと横目で一瞥して、私と目が合うとすぐに視線を前に向ける。
「ミアベルの服……ありがとうございました」
「…………」
私が対応を決めかねて沈黙していると、どう受け取ったのかノエルちゃんが言葉を続ける。
「フォノンさんからは、何も聞いてません。でも、あの、アシュタルテ様が直してくれたんだなって、わかるので」
そこまで察しているなら知らん顔しといてくれてもいいのに。
あれはフォノンちゃんが勝手にやったこと。だから私は知らないし、関わってもいない。ということにしておくのが平和なので。あの短時間で跡形もなく修復してしまえば魔法を使ったのだとバレバレだろうし、となれば私がやったのは明らかだ。明らかなので、良識あるノエルちゃんはお礼を言わずには居られなかったらしい。
人が好いから、というだけの理由ではなく、お互いの立場と力量差を理解しているが故に。
ちゃんと、周囲の視線を気にしてくれるノエルちゃんの気遣いが有難い。
「うちの従者が出しゃばったようで、済まなかったな」
「いえっ、そんな」
そもそも、主人公ちゃん達の立場からすれば、フォノンちゃんが介入してきたせいでアシュタルテに無駄な借りを作ってしまったと後悔していてもおかしくはないのだ。大半の平民階級の学生は侯爵家などとは関わりたくもあるまい。
明言はせずに恐縮して見せるこのノエルちゃんの思慮深さの、半分で良いからフォノンちゃんに備わっていればなぁ。
フォノンちゃんの今後に期待である。
「驚きました。あんなに綺麗に直るなんて……」
「フン。私を誰だと思っている」
私の魔法使いとしての属性は『時間』。
中でも私の魔法は、停滞と遡行に長けている。つまりは、『元に戻す』という行為は得意中の得意なのだ。
例え転神していなくとも、あの程度は造作もない。
というか、
「驚いたのはこちらのセリフだ。衣服の損傷をガムテープでふさぐ奴があるか」
「あ、あはは……そこは、ミアベルなので」
そうだよね。主人公ちゃんだもんね。しょうがないよね。
それはそうと、折角ノエルちゃんが話し掛けてくれたので、気になっていたことを訊いてみる。
「ときに、クライエイン」
「はい?」
「そもそも、何故アトリーがそのような目に遭っているのだ?」
クラリスちゃんの件から、それが気になっていたのだ。
原作では彼女をいじめていた筆頭が私自身であるのは(私の中では)周知の事実。
その私がいじめ行為を行っていないのだから、いじめが起きるのはおかしい――などと言うほどアホではないつもりだけど、違和感はある。主人公ちゃんがいじめられる理由とは、わかりやすい嫉妬の類だろう。
貧乏な平民階級の分際で、という貴族からの嫉妬。
だが、私の頼りない原作知識によると、主人公ちゃんへのいじめが表面化してくるのは、まさに今日のこの魔法資質の測定が契機だったはずなのだ。
簡単に説明すれば、主人公ちゃんが誰よりも優れた資質を示してしまったことへの嫉妬が一つ。
それから、その資質に興味を持った人物の中に、皆の憧れの王子殿下が居たことが一つ。
そして主人公ちゃんに興味を持った王子殿下が、その類稀な可憐さにノックアウトされたのが決定打、といったところか。
更衣室のロッカーをこじ開けて、運動着にあのような陰湿な細工をする、などと並みの執念で出来ることじゃない。
現時点で主人公ちゃんがそれほどまでのヘイトを集めている理由がわからないのだ。
無論、理由さえあれば恋と嫉妬に狂った女どもならばやりかねないとも思っているが。
「たぶん、原因は殿下だと思います」
「ゼロ円スマイル?」
おっと口が滑った。
私の暴言にノエルちゃんは口元をヒクつかせたが、努めて無表情のまま、
「いえ、カーマイン殿下、です」
「なんだ脳筋のほうか」
ノエルちゃんは苦し気に胃の辺りを押さえた。
ていうかゼロ円スマイルで普通に通じた件。この国の通貨単位はもちろん円ではないけど、たぶんニュアンスで通じたってことはノエルちゃんも少なからず同じような印象を持ってたんだろうなぁ。
それはともかく。
「王太子殿下がどうしたと言うのだ?」
「最近、カーマイン殿下がたまに、ミアベルにお声を掛けられるんです」
「は?」
ノエルちゃんが語って曰く、頻度は数えるほどでしかないが、たまたま姿を見かけた際なんかにカーマイン殿下がミアベルに声を掛けるのだとか。と言っても笑顔を見せるわけでもなく、世間話をするでもなく、本当にただ挨拶をして一言二言交わすだけらしいのだが。
「殿下はああいうお人柄なので……」
「ああ……」
そもそもあの殿下はリヒティナリア王国の貴族そのものを見下している感がある。そんでもって女嫌いとまではいかなくとも、ミーハーな連中に嫌気がさしている節がある。よって殿下のほうから女子に声を掛けることなど基本的に皆無で、それ故に周りの女子連中も互いを牽制することなく遠くからアイドルを追っかける気分で眺めて満足していたのだろうが。
そこに、主人公ちゃんである。
あのカーマイン殿下が、自らお声を掛ける唯一の女子生徒、などという噂が立てば当然、
「あの脳筋は、本当に碌なことをしないな」
ついでに、あの親睦会以来殿下が私に絡んでこなかった理由も判明した。
勿論、私のほうから全力全開で回避していたのは言うまでもないが、それ以前に殿下の私への興味が消え失せている気がしてならなかったのだが。
なんのことはない。ヤツは主人公ちゃんに夢中なだけだったのだ!
「それはアトリーもいい迷惑だな」
「……でも、ミアベルは『殿下に悪気はないから』って」
「悪気がないのではなく、何も考えていないだけだ」
何故なら脳みそが筋肉だから。
私がこうもカーマイン殿下を悪しざまに言うのは、決して親睦会の時のあれこれとそこから付随して発生した心労を根に持っているからではない。ないったらない。
「やっぱり、アシュタルテ様は違いますね」
「うん?」
少しホッとしたようなノエルちゃんの声。
「この話を聞いても、ミアベルに……平民のくせに~とかって仰らないから」
「ああ」
そりゃもう。
むしろ、なんていうか、同情しかない。
と言うのも、今の彼女が置かれた状況が全く以て他人事とは思えないというか、私自身もの凄く身に覚えがあるので。
前世の高校時代、似たような経験をしたことがある。
女子からの人気が高い男子が私にアプローチを掛けてくると、何故か周囲の女子からの攻撃が私に来るのだ。彼に好かれるなんて生意気!とか少し顔が良いからって調子に乗るな!とかどうせ身体で誘惑したんでしょ!とか意味が解らないけど、そうだったのだ。
何故そこまで拗れたかって言うと、私がそのアプローチを拒絶したからだ。
だって、好きでもない相手に言い寄られて、ごめんなさいって断ることの何がいけないのか。
最悪だったのは、その相手が諦めずに執拗に話し掛けてきたことだ。
別にその男子も悪い人ではなかったし、今思えば私の断り方もやんわり過ぎたのがいけなかったのだろう。それが周囲から見れば男心を弄んでいるように見えたとしても、納得は出来ないが理解は出来る。
つまりは、主人公ちゃんと同じく、相手に悪気はなかったのだし、っていう状況。
だけど私は、間違っても主人公ちゃんのように大らかには居られなかった。
悪気はないとわかっていても、疎ましく思ってたし、話し掛けて欲しくもなかった。
その男子に対して『お前のせいで』って思ってた。
だから、
「むしろ、尊敬に値するよ」
「え?」
思わずといった風にこちらを見たノエルちゃんの視線から逃れるように、私はベンチから腰を上げた。
原作ではプリムローズとミアベルは同時に隣同士で魔法資質の測定を行っていた。それでミアベルの圧倒的資質に完敗して恥をかかされたところから深い深い因縁が始まるわけなのだが、今、教員が主人公ちゃんの名前を呼んだのが聞こえた。
となれば、私の出番もすぐだろう。
案の定、歩き出すのと同時くらいに私の名前も呼ばれた。
まあ、適当にやって適当に戻ってこよう。
私は主人公ちゃんの資質がバケモノじみていることは知っているし、それに思うところもない。
比較されて恥をかくようなプライドの持ち合わせもないのだ。
ああそうだ。
「どうせなら、ちょっと遊んでみるか」
2021/5 ノエルに対する認識の説明を追加。補完2のラストを受けて、プリムローズがカーマインを避けていた描写を追加。




