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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
二章_Gが大量に発生する話

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36話_side_Fo_学生区



 ~"新人メイド"フォノン~



 学院図書館からの帰り道、アタシは軽くなった鞄を抱えて寮への道のりを歩いていた。

 お嬢様が読み終わった本を図書館に返却してくるのはアタシの数少ない職務の一つである。侯爵家のお屋敷に居た頃からアタシの仕事って基本的に雑用みたいなものだったけど、思うに、アタシの上にクラ姉が居る限りそれは変わらないんじゃないかって思う。

 クラ姉はとにかくご主人が好き過ぎるので、ご主人に直接関わる職務は全部自分でやろうとするから。


 三日に一回の、アタシがご主人の入浴のお世話をする際。アタシがご主人に身体を洗ってもらってることがクラ姉の耳に入ったら、たぶんアタシは死ぬと思う。もちろん、アタシもご主人のお世話してるよ?でもそれ以上に、何故かご主人がアタシの世話をしたがるのだ。

 クラリスはこういうことをさせてくれんからな、ってご主人は言うけどそりゃあそうでしょうよ。

 どこの世界に主に身体を洗ってもらう従者が居るのかと。アタシだけど。


 残念ながら、主命であると言われればアタシに逆らう術はないのである。

 ご主人がめっちゃ楽しそうだから断るに断れないってのもあるけど。


 ご主人はきっとクラ姉の愛情が重すぎてストレスが溜まっているのだ。

 だから、それを解消させてあげるのがアタシの役割に違いない。そういうことにしておこう。




 つらつらと思考を遊ばせながら、行きと同じ道を、行きより軽い足取りで進む。

 軽くなったのは鞄だ。本って結構重いし、ご主人はかなりの読書家なので、一度に借りる本の量も一冊や二冊ではない。ちらっと表題を確認してみた限り、魔物や黒い森に関する専門書の類が多いみたいだった。学院の講義でも習う内容だろうに、まったく勤勉な人だと感心する。

 最近は夜な夜な出掛けて魔法の練習に打ち込んでいるみたいだし、ちょっと勤勉過ぎて心配になるレベルだ。


 たまに思うのだけど、ご主人って何を楽しみに生きているのだろうか?

 こうして学生寮で一緒に生活し始めてわかったのだけど、ご主人には趣味らしい趣味がない。折角の学院生活なのにご友人を作る気配もないし、お昼だってクラ姉の調理したお弁当を一人(+給仕のクラ姉)で食べていると聞く。講義に出ている時間以外の余暇は基本的に勉強してるか読書してるし、たまに外出するようになったかと思えば魔法の練習に行ったのだと言う。


 前に『なんでそんなに勉強するんですか?』って訊いてみたら『時間には限りがあるからだ』って返ってきたっけ。

 普通に考えれば学院で学べる時間のことを言ってるんだろうけど、なんかそれ以上の意味があるような気がするんだよなぁ。



「ふんふふ~ん」



 軽くなった鞄をぶんぶん振りたいのを我慢して、クラ姉の教え通りにお淑やかな足取りで歩む。

 鼻歌を歌うくらいは許してくれるだろう。いい天気だし。

 講義棟を始めとした学院施設が立ち並ぶ学究区を抜け、学生寮を始めとした生活施設が立ち並ぶ学生区へと。



「ふふ~、ふ……ん?」



 アタシはふと立ち止まる。

 学生区の道をとぼとぼと歩く一人の学生の姿があった。ご主人と同じ制服を着たその少女は、最近クラ姉が餌付けに勤しんでいるという人物ではなかっただろうか。

 確か、名前はミアベル・アトリーといったか。

 今は講義の時間中だと思うのだが、休み時間なのかもしれない。



「まあ、いっか」



 アタシ自身はなんの関わりもない人物なので、不思議には思ったものの、アタシはほっといて寮に戻ることにした。






 寮に戻ったアタシは、しかし直後に再び学生区の道を歩いていた。

 例によってお遣いである。

 今度はクラ姉のお遣いで、食材の買い出しに来たのだ。食材の目利きはアタシがクラ姉から及第点を貰っている数少ない分野なのである。


 また鼻歌を歌いながら歩いていると、また学生の姿を見かけた。

 さっきの彼女ではなくて、今度は運動着を着た眼鏡の少女だった。

 彼女は何かを探すようにきょろきょろと視線を巡らせながら、なにやら焦っている様子だった。


 先程のアトリーさんの姿を思い出し、少しきな臭さを感じたアタシは、話し掛けてみることにした。



「どうしたんですか?」



 アタシが後ろから声を掛けると、眼鏡の少女はびっくりした様子で振り返った。

 メイド服姿のアタシに何故か一瞬怯んだ様子で、でもすぐに早口で問い掛けてきた。



「あの、この辺で一年生の女子を見ませんでしたか?」


「ん」



 アタシは目の前の少女を指差す。いやまあ、そういうことを訊いてるんじゃないのはわかるけど。



「えっと、ストロベリーブロンドの、活発そうな、」


「アトリーさんなら見かけましたよ。活発そうな雰囲気ではなかったですけど」



 アタシが言うと、少女はまた驚いた様子で一瞬硬直し、我に返って勢い込んで口を開く。



「あの、どこで見かけたんですか!?どっちに行きましたか!?」



 先程アトリーさんを見かけた場所を伝え、たぶん平民用の学生寮に向かったんじゃないかなぁと予想も添えておく。

 一時でも惜しいと言わんばかりに眼鏡の少女はぺこりと一礼して、一目散に寮のほうへと駆けて行った。

 文学少女っぽい見た目なのに、意外と脚が速い。



「……なんだかなぁ」



 まったく見ず知らずの相手だったらまだしも、アトリーさんはクラ姉のお気に入りである。

 放っておくのも後味が悪い気がして、アタシは少し迷ったものの、結局眼鏡の少女の後を追ってみることにした。









 少し離れたところで、無事に合流できたらしい二人の少女がわちゃわちゃやってた。

 アタシは野次馬根性でついて行ってしれっと彼女らの話を聞いていたのだが、どうやら話題の焦点はアトリーさんの運動着だ。先程見掛けたアトリーさんは制服姿だったけど、今は眼鏡の少女――ノエルさんって言うらしい。アトリーさんがそう呼んでた――と同じ運動着姿になっている。あれから寮に戻って着替えてきたみたいだ。

 問題は、そのアトリーさんの運動着がなんか茶色いことだ。



「私の服貸すから……!」


「ダメだって、それでノエルのまでやられちゃったら困るよ」



 先程からこの押し問答である。


 事の発端は、講義のため運動着に着替えようとアトリーさんが更衣室に向かったときのことだ。更衣室には学生それぞれに専用のロッカーが用意されていて、この学院の講義は移動教室が基本なので運動着を持って歩かなくても済むように事前にロッカーに仕舞っておくことがあるみたいだけど、そうして置いておいた運動着が何者かに傷付けられていたらしい。

 アトリーさんが現物を持っていたので見せてもらったが、なんとも悪意に満ちた傷付け方だった。ぱっと見わかり難い位置に切れ込みが入れてあって、気付かずに着てしまうとかなり恥ずかしい思いをすることになっただろう。



「ロッカーって、鍵はついてないんですか?」


「ついてるし、掛けてるよ」



 なのに、わざわざ鍵をこじ開けてまでやられたらしい。所詮はただの更衣室のロッカーなので、鍵の強度も知れたものだとは思うけど、仮にも貴族が使うものでもあるのだから、ちょっとやそっとで壊れる程度の安物でもあるまい。

 ただ、やろうと思えば壊せるのも確かだろう。魔法なんか使えば余計に簡単なはずだ。学院の備品を破壊するなんて、余程の悪意が無ければやらないだろうが。

 ちなみにアトリーさんは最初は貴重品が入ってるわけでもないからと鍵は使わなかったそうだ。んで、前にも一回それで中身に悪戯をされた事があって、それ以後は鍵を掛けるようになって、それから今日までこんなことはなかったらしい。


 鍵が壊されていたものの、アトリーさんが中身を確認すると荒らされたような形跡はなかったらしい。ただ、念のため着替える前に運動着を広げて隅々まで確認したら、細工に気付いたのだ。

 これは着られたものじゃない、とアトリーさんは急いで寮に戻り、替えの運動着に着替えてきたのだが、それが今彼女が着ている茶色い運動着だ。あからさまに汚れが落とし切れていないそれに、アタシは思わず「これは酷い」と呟いてしまった。



「それも誰かにやられたんですか?」


「んーん。これはわたしが転んじゃっただけ」



 気まずげに笑うアトリーさんと、それを微妙な顔で見るノエルさんを見比べて、アタシはなんとなく察する。

 たぶん、やっぱりアトリーさんのそれは誰かに脚を引っ掛けられるなり押されるなりして、泥濘かなにかに転ばされたのだろう。んで、たぶんアトリーさんはそういういじめにあってるのをノエルさんには隠しておきたかったのだ。

 そういえば、クラ姉がアトリーさんを餌付けしてるのも、そもそもは彼女がいじめにあって昼食を碌に食べれていないからだったはずだし。



「一応、頑張って洗ったんだけど、やっぱ汚いよねぇ」


「もとが白ですからね。他の人と並んだら一目瞭然だと思いますよ」


「だよねぇ」



 アトリーさんが一人で立っている分にはそれほど目立たないかもしれないが、同じ運動着を着ているノエルさんと並んでしまうと、どうあがいてもアトリーさんの運動着は汚い。



「まだ、こっちのほうがマシかなぁ」



 そう言ってアトリーさんが広げたのは、件の切れ込み細工をされた運動着だ。

 信じられないことに、応急処置でガムテープが張ってある。縫い合わせる時間が無かったのはわかるし、裏からテープを当てているのでぱっと見はわからないが……、



「でもそれ、着てるうちに剥がれちゃったらぱんつ丸見えですよ」


「そこはほら、気合で」



 どうにかなるわけがない。

 そういうわけでノエルさんは自分の運動着を貸すと主張しているのだが、アトリーさんは固辞している。それこそ、借りた運動着を泥まみれにするわけにはいかないと考えているのだろう。

 それを抜きにしても、健康的な発育をしたアトリーさんに、小柄で華奢なノエルさんの運動着は明らかにサイズが小さい。着られないことは無いだろうけど、ちょっとばかし男子学生の視線を集めるビジュアルになりそうである。


 そうこう言っているうちに、講義の開始時刻は一刻一刻と近付いている。



「もう、事情を話してティアさんのを借りよう?ティアさんのならサイズだって」


「それだけはダメ」


「なんで……!」



 アトリーさんは誤魔化す様に笑って言葉を濁す。

 彼女らの事情は知らないけど、アタシもそれはやめておくほうが良いと思う。



「貴族のは、運動着にも家紋が入ってるから、借りるのはマズいですよ」



 ご主人の運動着を洗っているアタシが言うのだから間違いない。

 どうやら、アトリーさんの憂いはそのティアさん――ハートアート伯爵令嬢だろう――にいじめのことを知られたくないという一点らしい。それさえなければ普通に汚れた運動着で講義受ければいいじゃんくらいに考えていそう。

 見た感じアトリーさん本人よりもノエルさんのほうが傷付いているように見えるし、だからアトリーさんは隠しておきたかったんだろうというのはアタシでもわかる。


 クラ姉が気に入るような相手だから、きっと良い子なんだろうとは思ってたけど、ほんとに友達想いの出来た人だ。

 友達が傷付くのを厭うて、その分自分が傷付くことを厭わない。言うは易し、行うは難しとはこのことだ。

 だからこそ、




 しまったなぁ……。




 アタシは思った。

 興味本位の野次馬根性で首を突っ込んでいい内容じゃあなかった。

 だって、アトリーさんのその高潔な覚悟を踏み躙ったのはアタシだ。事情は知らなかったし、ノエルさんはアタシが居なくても状況に気付いたとは思うのだけど、アタシが軽薄な行いをしたのは確かだ。

 アタシの間違いは野次馬根性で事情を聞いてしまったこと。

 聞いてしまった以上、最早知らぬ振りは出来ない。


 怒られるだろうなぁ……、と思いつつも、アタシは口を開いた。



「あの、アタシがなんとかしてみます」










「――――で。安請け合いして私の元に来たわけか」



 ご主人である。

 尊大に腕を組んだちっこいご主人に下から見下されて、アタシは縮こまった。


 練術場で講義の開始を待っていたご主人に、外から必死にビームを送って気付いてもらったのだ。アタシがアトリーさんから預かってきた運動着、切れ込み細工のそれを見せて事情を説明すると、もの凄く深い溜息を吐かれた。



「断る。何故私がヤツのために一肌脱がねばならんのだ」


「あぅ……」



 ですよね。

 どうせ魔法で一瞬なんでしょ?だったらちょっとくらい融通してくれても、とアタシの身勝手な部分が騒ぎ出すが、本来ならばこんなことを主に進言した時点で解雇されてもおかしくないのだ。

 それこそ、普段からクラ姉が言っているように『従者の分際で主を煩わせるとは何事か!』という話である。



「不満そうな顔だな」


「そんなことは……」


「貴様、なにか勘違いをしていないか?」



 ご主人はいつになく厳しい瞳でアタシを睨む。



「私の魔法は私の財産だ。例え指一本動かす程度の労力だったとしても、何故私が赤の他人に、自らの財産を施してやらねばならんのだ」


「で、でも……アタシの服とかは、やってくれるのに」


「それは貴様が私のメイドだからだ。貴様も私の財産だ。自らの財産を守るのは当然だ」



 アタシだって、正しいのはご主人であることなんてわかっている。

 自分が間違っていることはわかっていて、それでも他に方法が無かったから、間違ったことをお願いするために来たのだ。見通しが甘かったとは今まさに痛感しているところだ。



「クラ姉のお願いは聞いてくれたのに……」


「クラリスのは、私の手を煩わせない限りは黙認してやっているのだ」



 ご主人は顔を顰める。



「服を貸せ。直してやる」


「え?」


「だが、そのかわり貴様はクビだ。主に雑用を押し付けるメイドなど要らん」



 あまりにもそっけなく言われたその言葉に、アタシはやっと理解させられた。

 ご主人は線引きをせよと言っているのだ。公私を弁えよと言っているのだ。このお仕着せを着たアタシがご主人に助力を乞う、という行動の意味を考えよと言っているのだ。

 クラ姉は私人としての行動を黙認して欲しいと願い出て、だからご主人は許した。

 アタシは公人として身の程を弁えない真似をして、だからご主人は許さない。


 クラ姉がアトリーさんと交流を始めるきっかけとなった一件。

 あの時、クラ姉は勝手にアトリーさんに食事を与えてしまったことをご主人に土下座して詫びたのだ。アタシはそれは高過ぎる忠誠心の賜物だと思っていたのだけど、違うのだ。土下座するに足る出来事だったのだ。

 それを見ていたにも拘わらず、微塵も理解できていなかったアタシに、ご主人はこれほどまでに憤っているのだ。


 理解して、アタシは伏してアトリーさんの運動着を差し出した。



「……じゃあ、お願いします」


「聞いていなかったのか?それは、貴様のクビと引き換えだと言っているのだぞ?」



 わかっています、と頷く。



「私はわからん。何故、貴様がミアベル・アトリーのためにそこまでするのか」



 心底から困惑した様子で、ご主人が呟く。

 別に、アトリーさんだからというわけではないのだ。

 ただ、



「自分のしたことの責任は、取らないといけないと、思うから」



 それはアトリーさん達の事情に興味本位で首を突っ込んだことでもあり、勿論メイドの分際で主の手を煩わせようとしたことでもある。この件はアタシがただただ馬鹿だっただけ。アトリーさん達にはなんの落ち度もない。だから、せめて安請け合いをした責任は取らねばならない。

 例えそれで職場をクビになったとしても、馬鹿なアタシが高過ぎる授業料を払ったというだけのこと。


 ご主人は暫く黙り込んだものの、いきなり「ああもう!」と叫んだ。



「貸せ!」



 アタシが持っていた運動着を強引に奪い取り、洗濯後に水気を飛ばすみたいにパンっと広げた。

 トップスとボトムスの二回分。

 そして、それをアタシに差し出してきた。



「今回だけだぞ」


「え?うわっ、もう直ってる!?」



 切れ込みどころか、アトリーさんの応急処置の痕跡すらも綺麗さっぱり消えていた。

 驚くアタシにぐぐいっっと顔を近付け、ご主人が捲し立てる。



「おい貴様!理解したな?反省もしたな?」


「は、はい」


「ならば今回だけは許してやる。次はないと思え!」



 突然意見を翻したご主人の剣幕に、アタシは瞳を白黒させることしかできない。

 それから、ご主人はアタシに抱き着いてきて、胸に顔を埋めてもごもごと続ける。



「いいか。私は貴様が大事なのだ。こんなくだらんことで貴様を失いたくないのだ」


「お、お嬢サマ……」


「だから、頼むから。私に貴様を捨てさせるような真似をしないでくれ……」



 泣きそうな声だった。

 驚き過ぎて硬直するアタシから身体を離したご主人は、しかし既にいつもの仏頂面であった。



「わかったら早くミアベル・アトリーに服を届けろ。もう講義が始まるぞ」


「はっ、ハイっ!」



 言うだけ言って、ご主人はもう用はないとばかりに練術場へと戻るために歩き始める。

 大慌てで踵を返したアタシの耳に、風のいたずらか、ご主人の小さな呟きが聞こえてきた。



「私、甘いなぁ……」



 ため息交じりのその声音が、とんでもなく優しくて。

 アタシは、遅れてやってきた涙を拭いながらアトリーさんの元へと走った。



2021/5 細部の描写を修正。

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