409話_side_Leki_某所
~"懐刀"レキ~
ロイエンタールにて調査を行っている私達が滞在先に使っている宿の一室。
ある日のこと、室内には五人の人間が居た。
私、レキ・ストラト・ラヴィエと、同僚とも言えるソシエ・ロア・イストリ。現在はそれぞれ『ストラトス』『ロア』という偽名を名乗って身分を隠し、討伐者に扮している。尤も、偽名といえどもミドルネームそのままだし、扮するもなにも正規のライセンスを取得しているので正真正銘の討伐者には違いないのだが。
そして我らが主であるイオ・キサラギ・フレンネル様。同じく彼女は『シィナ』という名前で活動している。彼女の偽名は伝承における風神の名前にちなんでいるらしい。
私達は三人で一部屋を使って共同生活をしており、本来であれば従者である私やソシエがイオ様と同じ部屋で寝起きすることなどあってはならないのだが、潜伏と調査活動中ということで例外的な処置である。なおこの部屋は四人部屋なので、少女ばかり三人が生活したところで手狭感は少しもない。
そこに今、更に二人の来客の姿がある。
一人は私にとって慣れ親しんだ顔というか、休暇に入る前は毎日目にしていた顏である。その赤い髪をした痩身の女性は、私の実家であるラヴィエ子爵家に仕えるメイドのヴェラだ。ウチのメイドというのは職業従者というよりは、本職の隠密が隠れ蓑としてメイドをしていると表現したほうが正しいような人間が多い。ヴェラもその口で、今はメイドではなく隠密として活動している都合上、その装いは適度に没個性な、雑踏に紛れやすい素朴な印象であった。
ヴェラは立場的には私達と同じ、実質的にはフレンネル伯爵家の配下であると言えるので、彼女を来客と表現するのは少々語弊があるかもしれない。
しかしながら、もう一人。この場に居る最後の一人はまごうかたなき外部の人間であり、正しくお客様である。
私にとっては初対面の顔見知り。
学院メイドのドロシーこと、リスティ・ハイゼンさん。
バッヘル男爵領ではイオ様とパーティーを組んで活動していた彼女が、友人を訪ねるという体でこの部屋を訪れているのだ。
目的は情報交換であり、彼女の雇い主であるアシュタルテ様と、こちらのイオ様の間で情報を共有するためのメッセンジャーとして動いてくれているのだ。基本的にリスティさんの応対はイオ様が直接行うので、私達の出る幕はなく、本来の立場通りにただ黙して控えるのみである。
それにしても、とイオ様と言葉を交わすリスティさんの姿を見遣る。
私の心中に去来するのは、少々の呆れと多大な感嘆である。
女は化粧で化けるとはよく言うものだが、リスティさんはそれにしても変わり過ぎだった。別段、厚化粧や特別な処置を施して人相を変えているというわけではないのだ。しかしながら、学院で見知ったドロシーさんと同一人物であるとは、知っていても若干信じきれないくらいだ。
なんと言えばいいのか、雰囲気の仮面を付け替えているとでも表現すべきか。
とにかく、ドロシーさんだった時とはまるで印象が違うのだ。
常に眠たげで、それでいてニヒルな笑みが良く似合う、若干厭世的な雰囲気を纏っていたドロシーさんに対して。
常に凛然として、生真面目そうな性格が滲み出た表情で、それでいて僅かに背伸びしたような健気な可憐さを隠し切れていないリスティさん。
いやいや別人過ぎる。
正反対の性格をした双子の姉妹でしたと言われたほうが納得出来る。
なにが凄いかって、違和感がないことなのだ。演じている感が少しもない。私が最初に会った時はドロシーさんだったから、そちらが本当の彼女な気がしているだけで、最初に会った時がリスティさんだったら、それはそれでそちらが本当の彼女だと思うようになったことだろう。
よく見ればドロシーさんとリスティさんが同じ顔をしていることはわかるが、逆に言えばよく見なければわからない。そうして彼女を観察させてもらってようやく気付くことだが、本当になにもかもが計算された装いなのだ。立ち方、歩き方、口調に始まり、髪を梳く何気ない所作に至るまでが、リスティというキャラを創り上げるための動きである。
アシュタルテ様の二面性も相当凄かったが、なんだろうこの方々は自分の中に複数の人格を格納してたりするのだろうか。
私も見習わなくてはと心では思うが、必要な演技だとわかっていてもイオ様相手に気安い態度を取ることが出来ない私如きが、彼女等のような極致に達するには一体どれだけの研鑽が必要なことか。そういう意味では、この方面ではまだソシエのほうが見込みがありそうだ。
「――では、私はこれで失礼します」
イオ様との会話を終えたリスティさんが席を立ち、綺麗な礼をする。書面の報告書としてイオ様と交換した手紙を腰のポーチに仕舞い、立ち去ろうとする彼女にイオ様が声を掛けた。
「スレイ様にもよろしくお伝えください」
にっこりと微笑んだイオ様に、リスティさんも柔らかい微笑を浮かべて「もちろんです」と返した。
送迎を買って出たソシエと共にリスティさんの背中が見えなくなると、ヴェラがホッと小さな息を吐いた。リスティさんから受け取った手紙に目を通し始めたイオ様の邪魔をしないように少し離れ、私とヴェラは言葉を交わす。
「随分と緊張していましたね」
「お恥ずかしい」
私が言うと、ヴェラは苦笑いを見せた。彼女もプロだから必要以上の緊張を表に出すようなことはしなかったが、普段の彼女を知っている私にはわからないはずもなかった。
そのプロの彼女をなにがそこまで強張らせたのかと、考えれば理由は一つしかない。私がそれを告げるよりも早く、ヴェラのほうから答えを教えてくれた。
「まさか『月光』と顔を合わせる羽目になるとは予想だにしていませんでしたので」
「貴女にとっては不運なタイミングでしたね」
そもそも何故ヴェラがここに居るのかというと、彼女は彼女でイオ様と彼女の父君であるフレンネル伯爵閣下との間を繋ぐメッセンジャーであるからだ。つまり閣下からイオ様に宛てたメッセージを届けに参上したそのタイミングで、偶然にもリスティさんが訪ねてきてしまったというだけのことだ。ちなみに、最後にイオ様とリスティさんが交換した双方の報告書であるが、リスティさんの手に渡ったそれには閣下からアシュタルテ様に宛てた手紙が含まれているので、それを持参したヴェラはある意味でナイスタイミングであったとも言えるのだが。
それはそれとして、私はヴェラの緊張っぷりに少々疑問を覚える。
「学院で彼女に会った時には、そこまで緊張などしていなかったでしょう? 何故今回に限って」
「なんと申し上げればいいのか……そうですね、学院に居た頃の彼女はある意味で『月光』ではなかったのです」
月光、というのはリスティさんを表すコードネームみたいなものだ。彼女が現役の暗殺者をやっていた頃の通り名とかだったはずだ。
「学院メイドとなって、裏家業は半ば引退していたとも言える彼女が、ここにきて突然現役復帰したようなものなのです」
「……だからとて、そこまで印象が変わるものですか?」
引退していようが現役で動いていようが、同じリスティさんではないか。
と私は思ったのだが、ヴェラの様子を見るにどうやらそういうものでもないらしい。
「『月光』の名にはそれだけのインパクトがあるのですよ」
「今もなお、ということですか」
「ええ。王国の地ですらそうなのですから、彼女のホームだった教国などでは、今でも『月光』の名を聞いただけで裸足で逃げ出す者も少なくないでしょうね」
そこまで凄い人だったのか、と私は内心で驚きを禁じ得ない。
私にとっての彼女は、学院で貴族のボンボンを相手に小遣い稼ぎをしている人という認識でしかない。無論、優秀であるということは疑っていないが。まあ、おそらくは実際にリスティさんが現役だった頃の姿を知っているか否かで認識が分かれるのだろう。
ちなみに、具体的にはどのくらい凄かったのかとヴェラに訊いてみると、彼女は呆れと畏怖が混じったような顔で言う。
「依頼達成率99%……というのが『月光』の売り文句でして」
「99、ですか」
彼女の生業が暗殺者であったことを鑑みれば、つまり彼女に狙われて生き残る術は基本的にないということだ。
これが事実だとすれば、それは裸足で逃げ出す者も居るだろう。
「100ではないということは、失敗したこともあるのでしょうか」
私の問い掛けに、ヴェラは「いいえ」と首を振った。
「ない、というか正確には『わからない』ですね」
「というと?」
「少なくとも、『月光』が依頼をしくじったという話が出回ったことは――ごく稀にありましたが、それが事実だったことはありません。さりとて、『月光』と呼ばれる暗殺者の全容を知っている者は誰も居ません」
私は首を傾げる。
「全容がわからないのであれば、知られている範囲で判断すれば100%でよいのでは?」
「私もそう思いますが、その論に対して強硬に反対意見を唱えている人物が一人だけ居まして」
まあご本人なんですけどね、とヴェラは肩を竦めた。
「絶対なんて無い、と宣いながらも、絶対にしくじらないのだから呆れた人ですよ」
その後、次の仕事に向かったヴェラが立ち去り、入れ替わりにリスティさんを見送ったソシエが戻ってきた。
報告書に目を通し終えたイオ様の元に、私とソシエが集まる。
「いかがでしたか?」
イオ様が御父君である伯爵閣下から与えられた使命は、『教団』の幹部である『闇の巫女』の存在を突き止め、これを討伐することである。私とソシエの役割はその補佐であり、また最終的な目標は異にしながらも相互にメリットが見込めるアシュタルテ様陣営とは協力関係にある。
そして目下、調査の対象となっているのは勿論、スメラギと名乗る少女の正体であった。
「父上にお願いして過去の記録をあたっていただきましたが、手掛かりが見つかったようです」
現時点で『闇の巫女』の正体と目されているサヤ・スメラギ・フレンネルに娘が居るとすれば、という切り口からの調査を閣下に依頼したということだ。なおバッヘル領でイオ様が件のスメラギという少女に遭遇した際、共に居た人型の魔物であるフェンリスは『闇の巫女』のことを確かにサヤと呼んだらしい。
「結論から言えば、サヤ・スメラギ・フレンネルには娘が居ました」
サヤがフレンネル家として生きていたのは今より二百年程も昔の話だという。当時の詳細な記録も失われた部分が多く、しかもサヤ当人が何らかの罪を犯した罪人であったということで、汚点となる情報は入念に削除されており、調査は難航したそうだ。
最終的には、分家の一つである『ヤヨイ家』が独自に保有していた資料の中に、関連の情報が見つかったようだ。
「正規の記録ではなく、個人的な手記であったようです。私書であったが故に処分を免れたのでしょう」
これは余談であるが、実はフレンネル伯爵家の四つの分家筋は、互いに仲があまりよろしくない。決して険悪とか敵対的というわけではないのだが、言うなれば競争関係と表現するのが近い。要するに、本家である『スメラギ家』の直系が件のサヤを最後に途絶えており、それ以来分家のいずれかが立ち替わりフレンネル当主の座を継承してきた都合上、分家同士の力関係は頻繁に入れ替わったりするし、どの家も少なからず当主の座を狙って画策しているのである。
現在は閣下の生家である『キサラギ家』が強い発言力を持っていて、次点で奥様の生家である『ミナツキ家』が続く、というわけだ。
まず閣下の裁量で調査を行うことが出来る『キサラギ家』と『ミナツキ家』の蔵書等をあたり、それで目ぼしい成果がなかったので残りの分家に協力を仰いで調査を依頼し、その結果として『ヤヨイ家』から関連情報が見つかったという経緯であった。
「手記の記述によると、サヤ・スメラギには一人娘が居て、名をミヤ・スメラギといったそうです」
「じゃあ、シィナ達が交戦したっていう女の子が、そのミヤ?」
ソシエの呟きに、イオ様は「可能性はあります」とだけ答えた。
「サヤが肉体を捨て、魂だけの存在となって現在まで存続しているのだとすれば、娘であるミヤもまた、同様の手段によって現存していたとしてもおかしくはありません」
おかしくはない、と言いながらもイオ様の表情はどこか、腑に落ちない思いを抱えているかのようだった。
気懸りなことがあるのかと問い掛けると、彼女は少し考えた後、口を開く。
「個人的な手記の記述。時系列も定かではなく、信憑性の程度も知れています。しかし、その記述には無視できない一文があったそうなのです」
「無視できない」「一文?」
私とソシエの相槌に頷いて見せ、イオ様は言う。
「ミヤ・スメラギは、公式に死亡が確認されているのです」
なにを今更仰るのか、と一瞬思いかけた私だが、すぐに思い至る。
サヤ・スメラギが『闇の巫女』であり、卓越した死霊術士であったとしても、死霊術とは死を克服するものではない。歴とした魔法体系の一つに過ぎないのだ。学院潜入時に『闇の巫女』がしてみせたように、人の死を魔法に加工することは出来ても、それは即ち生きた人間を『死を媒介にした魔法』へと加工しているに過ぎない。
死霊術を駆使しても死者は蘇らない。それが現代の常識である。
サヤが現在に存続しているのは、死を超越したからではなく、死ぬ前に肉体を捨てて永らえただけだ。死んでから、同じ真似をすることは出来ない。何故ならば死者は思考しないし、思考なしに魔法は使えず、死霊術は魔法の一種であるからだ。
「だとすれば、今回のスメラギはミヤではない?」
「だとしたら、結局誰なのかって話になっちゃうよ?」
うんうんと頭を悩ませる私達を見かねたように、イオ様がぽんと手を打った。
「なんにせよ、前進には違いありません。更なる続報に期待しつつ、わたくし達はわたくし達の仕事をいたしましょう」




