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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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補完[救い-7]




 ある日の夜。

 ロイエンタールの下層にある場末のバーを訪れたヒューゴが店内を覗くと、馴染みの面子は誰もおらず、それどころか一人の客すら居ないカウンターで店主の男が寂しくグラスを拭っている光景に出くわす。

 入り口の扉に取り付けられたベルが鳴ったことでヒューゴの来店に気付いた店主は、歓迎しているのかよくわからない微妙な顔を見せた。それなりにここを訪れたことがあり店主とも顔馴染みのヒューゴは、それが彼なりの営業スマイルなのだと知っている。ただ単に、過去にやったクスリの後遺症で顔面の筋肉が上手く動かせないだけらしい。本人曰く。



「ヒューゴの坊主か。ちょいと久し振りじゃねえか?」


「まあ、ちょっとね」



 荒くれが集まる場末の酒場らしい、粗暴な口ぶりで迎える店主に、ヒューゴは適当に言葉を返しつつ改めて店内を見回す。

 ヒューゴが『アニキ』と呼んで慕っているアウトロー系討伐者の男性を中心としたグループが普段から根城にしているのがこのバーだ。店主の男も元々グループの一員である。少し前に討伐者ギルドで起きた一件によって所属クランである『パンドラ』を追われたアニキ一行は、ある意味でホームグラウンドである下層の街に戻ってきて、このバーの近辺を主な活動範囲としているのだ。



「アイツなら居ねえぞ」


「見りゃわかるって」



 店主がアイツと言ったのはそのアニキのことだ。ヒューゴが彼を慕っているのは仲間内では知れたことなので、店主はヒューゴが彼に会うために来たのだと考えたようだし、実際その予想は当たっている。

 勿論、いくらアニキがこの店に入り浸っているからといって、本当に常に居るわけはない。普通に考えて居ない時間のほうが多いだろう。だからタイミングが合わずに会えない可能性をヒューゴも想定していたが、一つ想定外だったのは、アニキの他の面子も誰一人として居なかったことだ。ここに来れば流石に誰かしらは居るだろうと高をくくっていたのだが、大ハズレである。

 いい時間だし、顔馴染みの一人か二人くらいはここで飲んだくれているだろうと思ったのだが。

 ヒューゴが取り合えず店主の前のカウンター席に座ると、店主は拭っていたグラスを置いて「何飲む?」と訊いてくる。



「いや、いいよ」


「あんだよ、飲まねえのか」


「すぐに出るつもりなんだ」



 ヒューゴは長居する気はなかった。

 ここには、お別れを言いに来ただけなのだ。

 厳密には、そうと決めていたわけではないが、こうして来てみて決心が固まったというところだ。

 ヒューゴの態度から何かを察した様子の店主が訊いてくるので、ヒューゴは簡単に近況を語って聞かせる。


 先日、黒い森で『はぐれサラマンデル種』が出現した際、その戦後にヒューゴは罪を犯した。共闘した他クラン所属のシトロンという女性討伐者を、背後から溶岩流に突き落として殺害しようとしたのだ。結果的にシトロンは助かり、ヒューゴの犯行は未遂で終わったわけであるが、だからとてヒューゴの罪がなくなりはしないので、当然の運びとして断罪されることとなった。

 ただ、そこで少々考える必要があった。

 ヒューゴが所属している『パンドラ』と、被害者のシトロンが所属している『赤原同盟(レッドプレーリーアライアンス)』は現在、極度の緊張状態が続いている。それは『赤原同盟』のクランリーダーである女帝アウグスタを筆頭に、女性優遇を訴えるかのクランの構成員が男性討伐者を目の敵にして排斥運動を行っているからだ。そこにヒューゴの一件は、まさしく火に油を注ぐ行為に等しい。

 不幸中の幸いと言っていいのか、当事者となったシトロンの所属するパーティーは女帝の方針に否定的な穏健派であったので、事を大きくしたくない思惑が加害者、被害者、ついでに第三者である『剣の誓い』――即ちその場に居合わせた当事者全員の間で一致し、最終的にヒューゴの所業と処遇は公にならずに秘密裏に処理される運びとなる。

 無論、そこにヒューゴ自身の意志は微塵もかかわっておらず、彼は所属クランから下される沙汰をただ待つのみであった。


 となると当然、これは吹聴など出来ない内容なので、ヒューゴは所々誤魔化しつつ店主の男に説明する。

 まあ要するに、ヒューゴが少々やらかして、厄介なことになったということだけ伝わればいいのだ。



「――つうわけで、『パンドラ』の子クランに左遷だよ」


「ほーん。アイツ等みてえに除名されたわけじゃあねえのか」


「いや、『パンドラ』ではなくなるから、実質除名じゃね?」



 ヒューゴの行先である子クランは、王国の西部で活動しているらしい。当たり前だが受け入れる側にも秘密裏に事情は伝わっていて、ヒューゴは向こうで更生のために働くこととなる。

 正直、この処遇はヒューゴにとっては意外であった。

 普通にアニキ達と同じく追放されるのだろうと考えていた。あるいは、最悪黒い森で『処理』されることも考えた。黒い森に連れていって、縛って魔物の前に転がしておけば、事故に見せかける必要すらなく簡単に処分が出来る。討伐者界隈の自己責任論を隠れ蓑に、犯罪者まがいの黒いクランやパーティーでは常套手段的に行われていることであった。

 ところが現在のパーティーリーダーであるガイウスが謹慎中のヒューゴのところに直接やってきて説明するには、どうやらヒューゴには真っ当な更生の道が用意されているらしいのだ。それはガイウスが何らかの働き掛けをしてくれたからこそなのだろう、と察するくらいはヒューゴにも出来た。



「だが意外だな。お前のことだからそうなったら討伐者なんて辞めちまって、ここでアイツ等と馬鹿やる日々に戻るほうを選びそうなもんだと、俺は思ってたがね」


「それも考えたけど」



 なんだかんだで今もアニキのことは慕っているし、他の連中への仲間意識もある。西部の子クランに移ったら、容易には戻って来られないことは想像出来る。もしかすると、この街に戻ってくることは二度とないかもしれない。そもそも討伐者をやっている理由だって、学も財も身分もない自分が、暴力だけで稼げる真っ当な仕事だからというだけでしかないので、然程思い入れもない。

 なのでヒューゴは今日それを決めようと思った。

 こうして馴染みのバーを訪れてアニキや他の連中と会ってみて、別れが惜しいようだったらクランをバックレてここに残ろう、と。

 まあたぶんそうなるのだろうな、と半ば思いながらもやってきたヒューゴであったが、結果はまさかの会えず仕舞いである。店主には会えたが、彼はアニキのグループの一員とはいえ新参のヒューゴにとっては最初から既にバーの店主というイメージが強かったので、別れが惜しくなるほどの交流もない。せめて一緒に討伐者をやっていた馴染みの誰かに会えて話せていれば違ったかもしれないが、タイミング悪く誰にも会えないという状況が、ヒューゴに決心させたのだ。


 アニキ達とは、ここでお別れだ。

 そうと決まれば、湿っぽい別れなんてこちらも向こうも願い下げだろうから、店主に適当な伝言だけ頼んでさっさと立ち去ることにする。既に住んでいた部屋は引き払い、荷物もまとめてある。それを持って西へ向かうか、バックレるかの違いでしかなかった。

 席を立ったヒューゴに、店主が小さな酒瓶をくれた。



「餞別だ。やっすいヤツだがな」


「あ、ああ。なんか、今までありがとう」


「よせよせ、気持ち悪い」



 確かにガラじゃないな、とヒューゴは苦笑した。

 見納めになる店内を最後にもう一度眺めて、それからヒューゴはふと気になって訊いてみた。



「そういえば、結局アニキ達はなんで居ないんだ?」


「あー? あー、『狩り』だよ。なんか面白い獲物を見付けたとかなんとか」


「狩り?」



 ヒューゴが狩りと聞いて真っ先に思い浮かべるのは黒い森での魔物狩りなわけだが、そういう話でないのはわかる。

 店主の話を聞いてみると、どうやらその『狩り』の獲物は人間であるらしい。



「下層に落ちてきた訳ありとか、上層に住んでる不用心なヤツとか、そういうのを拉致してきて楽しむのさ」


「それって、女?」


「大抵はな」



 ヒューゴがアニキ達とつるみ始めたのは彼等が『パンドラ』所属の討伐者になってからだったので、それ以前の話は聞いた程度にしか知らない。店主の口振りから察するに、討伐者になる前のアニキ達は元々そういう活動をして生計を立てていたようだ。そういう、というのはつまり、人攫いやなんだっていう、犯罪行為である。時系列的には、アニキ達はその当時は今のヒューゴと同じくらいの若者だったはずで、主導していたのはアニキにそういうことを教え込んだ者達、つまりアニキのアニキ達であったようだが。

 で、今回『パンドラ』を追放されて下層に戻ってきたアニキ達は、今度は自分達が主導になってかつての活動を再開したわけだ。彼等はクランを追放されたが討伐者資格を失ったわけではない。だから討伐者として活動することは出来るはずなのだが、巨大クランである『パンドラ』に居た頃に比べれば収入は雲泥レベルで落ちるだろうし、そうなればこちらで犯罪行為に走ったほうが実入りが良いのだろう。

 アニキ達がそういった行為に手を染めていたこと自体は、ヒューゴも普通に察していたことだし今更驚きもしない。ヒューゴ自身とてアニキに拾われて討伐者になる前は、生きていくためになりふり構わず色々なことをやってきたのだ。

 この下層の街ではありふれたことである。



「ここに連れて来て、一通り楽しんだ後、売り飛ばすわけだな。一粒で二度美味しい」


「へー。人って売れるんだな」


「そりゃもう。顏や身体がよかったり付加価値があればそのままでも売れる。そうじゃなければバラしてパーツ単位でなら売れる。まあ……たまに楽しみ過ぎて、ついついバラしちまうこともあるんだがよ」


「売れるってことは、買うヤツが居るんだよな? 人なんて買って何に使うんだ?」


「そいつは、詮索しないほうがいいってやつだ」


「ふーん」



 ということはヒューゴがこのままここで待っていれば、アニキ達が戦果を持って帰ってきて、阿鼻叫喚の宴を始めるということだ。

 きっとヒューゴが知っている討伐者時代のそれとは比べ物にならないくらいに凄惨な光景が繰り広げられるのだろう。

 この下層の街では人が一人居なくなって、助けを求める絶叫が響き渡ろうと、誰も関わろうとしない。そういう場所だ。国内最大の黒い森が齎す魔界資源の利潤を貪って、大きく大きくなり過ぎたロイエンタールの影の部分。大きくなり過ぎた街は上辺を覆って煌びやかな発展を続けているが、覆われて蓋をされた下層の肥溜めには管理の手が届いていない……というよりも、ある程度は許容して共存しているといったほうが正しいか。



「折角だ、お前も混ざっていけばいい」



 店主の提案に、しかしヒューゴは首を横に振った。



「やめとく。色々な意味で、離れ難くなりそうだ」


「そーかい」



 興味や未練がないと言えば嘘になるが、ヒューゴは自らの決心を支持することにした。


 バーを出た彼は餞別の小さな酒瓶を片手に自身の荷物を取りに戻り、その足で街を出た。

 そしてその後、遠い西部の地に根を下ろし、この街に戻ってくることは二度となかった。





 ◇◇◇





 身体を揺らす振動に気付いてラクスが目を開けると、どうやらドルチェに背負われて移動しているようだった。ドルチェの体格と破損した両腕の義体ではラクスの身体を直接背に負って動くことは難しいので、捨てられていた椅子を改造して作った簡素な背負子を使ってラクスの身体を乗せているだけだ。



「シスタードルチェ……?」


「ん? 起きたのだ?」



 ドルチェとは背中合わせになっているラクスには進行方向の景色は見えず、歩くペースに合わせて後方に流れていく下層の景色が見えるのみだ。おそらく先程まで身を潜めていた隠れ家からは然程も離れていない、浄水区の一角を進んでいるようだった。

 本来の眼とは別個に義体の眼を有しているドルチェであればまだしも、普通の眼しか持っていないラクスの視界には、灯りのない下層の景色は、この闇夜の中で殆ど判別出来ない。精々がごく近い範囲が見える程度だ。



「拠点を変えるのですか?」


「うん。あそこちょっとじめじめし過ぎなのだ」



 ラクスの質問にドルチェはそんな返事を寄越したが、それが本当の理由ではないことはラクスとて気付いている。

 十中八九、追手の気配を察知したからだろう。その事実を告げないのはドルチェが気を遣っているからなのかもしれないが、ラクスは敢えて問い質そうとも思わなかった。

 結局、自分に出来ることは何もないので、もうドルチェの好きなようにさせてあげようと思い直したのだ。お荷物を抱えて逃げ切れるような甘い相手でないことはわかっている。この包囲の狭め方とルート封鎖を見る限り、相手方は間違いなく黎明機関の内情を知る人間が指揮を執っている。修道士クロスであればもしかすると機密度の高いルートなども知っていたのかもしれないが、所詮彼の兵隊でしかなかった自分達が知り得る程度の情報では、この追手を出し抜くことなど出来はしない。

 厭らしいのは、積極的に確保に動いて来ないことだ。性急に動けば封鎖網に隙が出来ることを相手は熟知していて、そして時間を掛けるほどにこちらが弱ることも理解している。ゆっくりでも確実に包囲を狭めていけば最後にはこちらの首が締まることを確信しているのだ。ちなみに、この場合の包囲とは物理的なものではなく、情報的なものである。



「寝てていいのだ。着いたら起こすし」


「こんなに揺らされたら、寝られやしません」


「ラクスは贅沢なのだー」



 尤も、実際ドルチェに背負われてここに至るまで目を覚まさなかったのだから、説得力などありはしない。

 ドルチェがどこを目指して歩いているのかはわからないが、逃げ切れないだろうとラクスは思う。追手に捕まるのはそう遠くない。

 もしそうなったら、ラクスはそこが己の命の使いどころであると考えていたのだ。追手の目的が自分達を殺害することであればどうしようもないが、これまでの経過を見る限りは生け捕りにしようとする意図が窺える。もし追手の目的がなんらかの情報等であれば、それを訊き出すのはドルチェではなく自分のほうが適当であると考えるはずだ。

 情報と引き換えに、せめてドルチェの助命だけを願う。

 残りカスのようなこの身の有意義な使い道があるとすれば、最早それだけであろうと。



「おっとと」



 と、ドルチェが若干躓くような動きをして、背負子に乗ったラクスの身体が大きく揺れた。

 ほら見ろ寝られたものではない、と口に出そうとしたラクスは、妙な違和感に気付く。

 確かにドルチェの身体は傷付いているし、本調子には程遠いだろう。脚の義体だって破損しているし、歩行に難が出るのも仕方がないことだ。

 しかし、だからとて、なんで今回に限ってこんなにも揺れるのか。これまで同じように移動していた際には、もっと危なげない足取りであった。それこそ、脚を破損しているのに器用なものだと感心すらしたくらいだった。


 また、もう一度、何もない平坦な道で躓き掛けたドルチェに、ラクスは嫌な予感を覚えずには居られなかった。

 息を潜めて背中越しのドルチェの様子を探ってみて、違和感の正体に気付く。



「もしかして、貴女…………眼が見えていないの……?」


「見えるのだ」



 硬い声音で即答が返ってきた。

 ドルチェは嘘を言っているわけではない。本当に視界がないのであれば、躓く程度では済まないしそもそも歩けていないだろう。しかし、ラクスの問い掛けもまた間違ってはいなかった。

 故に、ラクスは質問を若干変えて訊き直す。



どの眼(・・・)が見えなくなったの?」



 ドルチェは肉眼の二つに加えて、頭部の全周に配置した八つの義体の眼を有している。一見してサークレット状の装身具に見えるそれに、飾りのジュエルのように並んだ赤い球体が義体眼であった。

 そして、ドルチェは何でもないように答えた。



右眼(・・)は見えるのだ(・・・・・・)



 は、とラクスの息が止まる。

 それはつまり、肉眼の右眼以外はもう見えていないということだ。



「貴女、いつから……?」


「だんだんなのだ。昨日まではもっと見えたのだ」



 ラクスは愕然とした。ドルチェが徐々に視界を失いつつあることに全く気付かなかったからだ。気付かせないようにドルチェが振舞っていたという事実に、愕然とせざるを得なかったのだ。

 流石に肉眼の焦点があっていなければ自分だって気付くはずだ、とラクスは咄嗟に考えそうになり、そして別の事実に気付いた。

 はたして、自分はいつからドルチェの目を真面に見ていなかったのか、と。


 いいや、目だけではない。


 ラクスは急に怖くなった。背中合わせになったドルチェの身体が、一体どんな状態だったかと、思い出そうとしても思い出せない。脳裏に浮かぶのは、襤褸切れを纏って薄汚れた姿だけだ。

 なんで今まで疑問に思わなかったのか。

 なんで、ドルチェはずっとそのような格好に甘んじていたのか。

 なんで、敢えて薄汚れた襤褸を纏い続けていたのか。


 一体彼女は、その襤褸の下になにを隠そうとしていたのか。


 自力で動けないこの身が恨めしい。ドルチェとの間に挟まった背負子の感触が煩わしい。

 四肢以外は生身のラクスの身体が、しかし背中越しの体温を少しも感じ取れないのは、はたして背負子のせいだけなのか。



「貴女……もしかして、」


「んー?」



 もしかして、ドルチェは既に死にかけているのではないか。

 とは、ラクスは遂に口に出すことが出来なかった。

 なんとなく察してしまったからかもしれない。それを問うたら、ドルチェが肯定してしまうであろうことを。



「……へんなの!」



 黙り込んだラクスを、ドルチェはそう言って笑った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒューゴ君の消息を描きつつ、緊張感を上げてきますね〜。 アニキ達は特殊リサイクル業者に戻ったんですね。 路上等にポップしたアイテムの回収業。 別の業者とかち合って、あっさり現世から弾き…
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