34話_side_Mar_会議棟_廊下
~"執行部長"マリア~
戦闘から一夜明け、翌日の放課後に行われた関係者のデブリーフィングは相応に荒れた。
なにせ、数年に一度、もしかしたら数十年に一度あるかというレベルの緊急事態だったのだ。
光学迷彩の特殊能力を有した大型の魔物種。
厳密には、視覚だけでなく気配や魔力すらも騙し通す高度な迷彩能力だ。
公式記録ではおよそ十六年前に確認されたきりの魔物。
当時の暫定名称であった『ヒドゥン』というのが今回正式な識別名として決定された。
それが六体同時と言う、小規模な群れで襲来したのだ。
以前に確認された記録ではいずれも単体での出現だったとされ、群れで現れたのは今回が初だ。当時は魔物の侵攻を検知する警戒網も今ほど整っては居らず、相対的にヒドゥン種の脅威もそこまで突出したものではないと認識されていたようだ。皮肉なことに、この十数年で目覚ましく技術が進歩し、効率的な魔物警戒網を構築しそれを軸に戦術を組み立てていたが故に、それを騙す能力を有するヒドゥン種の存在がクリティカルな脅威となった形だ。
思うに、昨夜の侵攻はそもそもあのヒドゥン種が糸を引いたものであり、最初に確認された別の大型種は囮でしかなかった。囮を使って学院側の主力である常駐騎士団を誘引し、その隙に手薄な学生戦力を捕食しようと謀ったものと考えられる。
実際、その計略はほぼ上手くいっていた。
結果的に死者ゼロ名で事態を終息できたのは、奇跡のようなものだった。
もし、『彼女』の存在が無ければ、先のデブリはもっともっと大荒れだったはずだ。
少なくとも、ベリエさんの妹さんは帰らぬ人となっていただろうし、『彼女』があそこでヒドゥン種の出鼻を挫いてくれたからその後の私の迎撃も順調に進んだのであって、あの介入がなければもっと悲惨な、目も当てられない泥沼に陥っていたことだろう。
「ところで部長」
デブリを終えて。
執行部代表として参加した私とギリアムくんは、執行部の部室に戻るために並んで歩いていた。
彼がいつもの癖で眼鏡をカチャリとやって、おもむろに話し掛けてきた。
考え込んでいた私は思わず肩を跳ねさせてから、彼の言葉に答える。
「はい……?」
「件の、ミス・アンジュについての調査はどうしますか?」
言うまでもないことだが、彼女は特大のイレギュラーだ。
昨日の時点では味方だったし、彼女のおかげで救われた部分は大きいけど、得体の知れない存在には違いない。
あれほどの戦闘能力を誇る、しかも転神の技能者。背後関係を明らかにしておきたいという組織運営上の理由を抜きにしても、あの戦闘能力は喉から手が出るほどに欲しい。
魔物に対抗するための戦力は、多ければ多いほど嬉しいのだから。
昨日の今日で調査できることには限界があるが、とりあえずの足掛かりとして、現在学院に出入りしている人間の中で『アンジュ』という名前を持つ人物をリストアップしてもらった。
該当は三件。
一人は学院に雇われているメイド。
一人は現在二年生のとある令嬢。
一人は座学の講師である老齢の女性だった。
そのいずれもが昨夜アンジュ様が確認された時間帯には別の場所に居た証明が取れているし、いずれも転神の技能はおろか魔物との戦闘経験もない女性だ。尤も、転神に関しては使えるのに隠しているという可能性は否定できないが。
これらの情報は一応先のデブリでも報告が上がったし、当然の結論として『アンジュ』と言うのは偽名であるというのが共通認識であった。
彼女についての調査は続けるし、執行部以外でもそれぞれの手管で調査は進めるのだろうが、では執行部としての次のアクションはどうしようかというギリアムくんの問いだろう。
私は「ええと、」と考えながら、ちょっと首を傾げる。
――おかしいなぁ?
実を言うと、私は学院で『アンジュ』を探せば、彼女が見つかると言うことを疑っていなかったのだ。
魔法使いと言うのは皆、それぞれに固有の属性を有している。
氷の属性をもった魔法使いは氷の魔法が得意だし、炎の属性ならば炎の魔法が得意だ。
逆に言えば、魔力と言う無色のエネルギーを、魔法使いと言う有色のレンズを通すことで、レンズの色に応じた魔法になるのだ。だから自分の属性から遠い魔法を使うのは相応に難しいわけで、自分の属性に沿った魔法を極めるのが一番賢い。
例に挙げた氷とか炎とか、大抵の魔法使いの属性はそういう原始的で単純なモノ。
だけれどごくまれに、特異な属性を有する魔法使いも居るらしい、というのは巷で眉唾物の噂話程度に囁かれていることだ。既存のあらゆる属性に該当しない特異な属性は、既存のどんな属性よりも強力な魔法を齎すことから、上位属性などと称される。
所謂、魔法使いのおとぎ話以外の何者でもないそれを、しかし私は紛れもない事実であると知っている。
何故なら、私がそうだからだ。
氷属性の魔法使いが氷魔法を得意とするように、特異な属性を持つ魔法使いは特異な魔法を使うことが出来る。私の場合は転神のアヴァターが充分すぎる程に特異極まるのだけど、実は転神しなくても普段から一つ、特別なことが出来るのだ。普通は魔法使いの属性がその体質に影響を及ぼしたりはしないけど、それもまた上位属性故の特殊性ということなのだろう。
誰にも言っていないことだけど。
私は、生まれた時から、他人の『嘘』が見抜ける体質だったのだ。
無意識にそういう魔法を使っているのだと思うのだけど、私は他人の言葉を聞いた時にそれが嘘であれば即座にわかる。どんなに何気なくとも、演技が上手でも、それが真実でないならば私にはわかるのだ。
人は誰でも嘘を吐く。嘘を一度も吐いたことがない人間など居ない。
そう言われればその通りだろう。なるほどと納得するかもしれない。
だけど私に言わせれば、誰もが思う以上に、この世の中は嘘だらけだ。
貴族社会という場が特別なのはあるだろうけど、誰もが嘘を吐くどころか、嘘しか喋らない人だってざらに居る。幼い時分からそういう人達に多く触れて育った私は、いつのまにやら立派な人間不信に陥っていた。
いくら貴族でも、そんな嘘吐きばかりではないと、誠実な人だって居るはずだと思うでしょう?
それは確かにその通り。
だけれど私の特異な能力は融通が利かない。
それが謙遜や気遣いからくるものでも、真実と違えば嘘である。嘘を見抜く私の力は、善意と悪意を区別しない。
例えばの話。
私が他人に会って、それは年上の男性だった。私は緊張してしまい、上手に喋れない。だから私はそのことを詫びる。緊張してしまってごめんなさい。すると相手の男性は言う。大丈夫、気にしていないよ。
ほら嘘吐いた。
その言葉を告げた時、男性が何を考えていたのかまでは教えてくれないのだ。
気にしていない、は嘘。だから男性は私の緊張具合を気にしている。
だけどそれが、『面倒くさいガキだな』と嘲っているのか、『可愛らしいお嬢さんだな』と微笑ましく思っているのか、どちらの可能性もあり得る。普通の人はそんなことはそれこそ気にしない。男性の『気にしていないよ』を言葉通りに受け取って終わりだ。
私の能力は、そこで強制的に伝えてくる。
この男は嘘吐きだ。
私の対人コミュニケーションは、大抵はその先入観から始まるのである。
なまじ嘘がわかるから、言葉の裏を考えてしまう。
そんな私が、他人から話し掛けられることそのものを恐れるようになるのに、時間は掛からなかった。
もちろん、今はそれほど深刻ではない。
私も成長して、まったく悪意のない嘘も存在するのだと理解していたし、むしろ世の大半はそういうもので出来ていると学習していた。
それに、と隣を見る。
ギリアム・ホーキンス。
平民出身の学生で、執行部では副部長を務める彼のことが、私は気に入っている。
何故なら彼は不要な嘘を吐かないから。
彼は公爵令嬢である私に対しても、結構ずけずけと苦言を呈してくる。私がどんくさければそう言うし、めんどくさければそう言う。言わないことで誤魔化すことはあっても、嘘で誤魔化すことをしない。心にもないおべんちゃらは一切言わないし、無駄な謙遜もしない。
気を遣って優しい嘘を吐かれるよりも、私は素直に罵倒してくれる人のほうがよっぽど好きだ。
……罵倒されるのが好きというわけではない。もちろん。
ちなみに私がギリアムくんに言われて一番嬉しかった言葉は『胸が自己主張し過ぎです』だ。
なにがどうなってその言葉を吐かれるに至ったかはご想像にお任せするけれども。
少なくとも、公爵令嬢に向かってそんな言葉を吐く男の子は、彼以外に居ないと思う。
だいぶ話が逸れたけど、アンジュ様の件に戻ろう。
というわけで嘘がわかる私は、昨夜アンジュ様に会った際に真っ先に名前を尋ねたのだ。
偽名が返ってくる可能性は高いと踏んでいたけど、それが偽名であれば私は名乗られた瞬間にわかるのだ。
ところが、である。
アンジュ様があっさりと名前を教えてくれた時、私の忌々しいウソ発見器はまるで反応しなかった。
まさかの、本名である。
なので、私はアンジュ様に対する警戒レベルを一旦引き下げた。意図はともかくとして本名を名乗った以上、彼女は私達に正体を知られることを厭わないと考えているか、あるいは考えなしかのどちらかだ。
ならば、と続けて訊いてみた。
貴女は我々の味方となるのか、と。
アンジュ様は迷う様子もなく『もちろん』と答え、そしてそれは嘘ではなかった。
きっと私以外には誰にも理解できない根拠だろうけど、私はその瞬間に彼女に対するスタンスを決めたのだ。
アンジュ様は味方だ。信頼できる。
そしておそらく、彼女はちょっと考えの甘い、底抜けの良い人だ。そんな確信が持てる程度には私は自分の能力を忌々しく思っていたし、疑っていなかった。
故に私はなんの不安もなくヒドゥン種の撃退分担を彼女に依頼したし、彼女がそれを受け、完璧に遂行してくれたことも何も不思議に思わなかった。
だからこそ、学院内で確認された三人の『アンジュ』の中にアンジュ様が居なかったことは不思議で仕方がないのだ。
仮にアンジュが本名で、普段は偽名で生活をしているとしたら?
その可能性はあるし、それが見抜けるかどうかは半々だ。
私のウソ発見器はなにも世界の真理にアクセスして嘘を暴いているわけではないのだ。これはあくまでも、発言した本人の主観から見て、発言内容が嘘であることを見破る力だと、私は考えている。
経験則から言って、無意識の嘘でも見抜くことが出来るが、逆に明らかな嘘でも本人が暗示や催眠、狂信によって真実だと思い込んでいる場合は見抜けないことがある。
要は、書類的な意味でどちらが本名で、どちらが偽名なのかは関係ないのだ。
そこに偽る意図さえあったならば、どちらを名乗られようと私は反応するだろう。
もしかしたら、愛称という可能性も無くはない。
正式名称と愛称、二つの名前を持っていてどちらも本名なので、どちらを名乗っても嘘にはならない。その場合、初対面の相手に愛称を名乗るのかという疑問はあるけれど。
「部長?」
些か思案に耽り過ぎたようだ。
ギリアムくんが訝しげにしているので、私は口を開く。
「あのあの、アンジュ様の調査は、しなくていいです」
「いいんですか?」
「はい。たぶんまた、お会いすることになるので……そのときに、私がいろいろ、訊いてみます」
昨夜発生した、複数のヒドゥン種による侵攻という未曽有の危機。
そこにあまりにもタイミング良く現れたアンジュ様の存在に、その背後関係に疑いを持つ者は決して少なくない。私もその可能性自体は否定できないと思っている。
だけど私だけは知っているのだ。
アンジュ様は私達の味方で、期限を指定しない私の質問にそう答えたと言うことは、現時点で将来的にも彼女の中では私達と敵対する予定もつもりも危惧も微塵も存在しないということに他ならないのである。
「了解です」
私しか根拠を持たない結論に、ギリアムくんは言葉少なに返す。
彼の素晴らしいところは、その了解が嘘でないということだ。
だから、私の見解に納得していない部分はあるけど、立場上仕方ないから従うとか、そういう含むところがないのだ。逆に、少しでも含むところがあれば彼はそれを良しとせずにちゃんと反論する。
そういう人間だから、私は気に入っているのだ。
アンジュ様の調査に関しては彼自身、たぶん時間を掛けるだけ無駄だと判断しているのだろう。執行部の本来の仕事ではないわけだし。
ちなみに、部長の私が本来するべき仕事の半分くらいをギリアムくんに肩代わりしてもらっている身としては、本来の仕事云々と訳知り顔で語るのは非常に気まずいのだけど。
なにせ私って超絶コミュ障なので。他者と折衝したり指示したりの業務とか基本的に無理なのだ。
「……あのあの、ギリアムくん」
「なにか?」
「いつも、有難うございます」
唐突過ぎたせいかギリアムくんは一瞬きょとんとしたけど、すぐに眼鏡をカチャリとやった。
「僕自身のためにやっていることですので、お礼を言われる筋合いはありませんよ」
「では、私自身のために、お礼を言わせてください」
揚げ足を取ってやると、彼は口元をへの字に曲げたが、それ以上の反応はしなかった。
「あのあの、いつもしてもらってばかり、なので私も、ギリアムくんになにかしてあげたい、です」
「気持ちだけで結構です」
わりと頑張ったのに、素気無く断られてしまった。
彼の素晴らしくないところは、その拒否が嘘ではないというところだ。
恐縮しているとか照れてるとかだったらすぐにわかるし可愛げもあるが、十中八九、色んな意味で面倒くさいから本気で要らないと思っているのだろう。
ちょっと面白くないので、強硬に主張してみる。
「なにか、してあげます!」
ふんす、と彼に詰め寄ると、彼はもの凄く面倒くさそうな顔になった。
言葉にしなければ私のウソ発見器は反応しないけれど、喋るまでもなく内心を隠す気もない反応に、流石にもうちょっと表情を繕えよと思ってしまう。
「では、すぐにできることが一つあります」
「!――なんですかっ?」
「近いので離れてください」
「あっはい」
私は、しゅんとしてギリアムくんから距離を取った。
要望通りにしたのに、何故かギリアムくんは溜息を吐いた。げせぬ。
2021/5 属性についての描写を修正。上位属性の扱いが作中でふわふわしてるので、ちょっと考えます。




