33話_side_Eu_貴族学生寮_ユーフォリア私室
~"騎士の雛"ユーフォリア~
私には妹が居る。
二つ年下のマルグリット・ル・ベリエ。私はいつもリタと呼んでいる。
可愛くて可愛くて、ちょっとだけ生意気な妹。
幼い頃からいつも私の後をちょこちょこ付いてきて、私のやることは何でも真似したがる。
お姉ちゃんと一緒に騎士になる!というのが幼い頃の口癖で、そのたびに私は、騎士には礼節も必要よ、と諭したものだ。あの子と来たら少しばかりやんちゃに育ってしまったせいか、お淑やかな言葉遣いと言うのがどうにも苦手みたい。
今年、新入生としてエンディミオンに入学してきたリタは、魔物と戦う学生戦力に当然のように志願した。入学する前から、学院に入ったらお姉ちゃんと一緒に戦うんだと言って楽しみにしていたみたいだし、実を言えば私もリタと肩を並べる日を楽しみにしていた。
ともに戦場に立つことに心を躍らせるなんて貴族の令嬢としては相応しくないかもしれないけれど、生憎と我らがベリエ男爵家の血筋はそういう風に出来ているらしい。ドレスよりも鎧を好み、ダンスの相手は魔物が相応しいと思うのだ。
ただ、一つ心配していることもある。
リタが、私の後を追いたがるあまり、無茶をしないだろうか。
私達姉妹には昔から一つの評価が付いて回った。
曰く、優秀な姉と、それに並ぶべく精進する妹。
悪意のある評価では決してなく、自分で言うのもなんだが私の優秀さと、私を目標と公言してくれるリタの健気なひたむきさを褒めているのだ。
だけれどそれは、裏を返せば、リタは私には及ばないと言うこと。
年齢差があるのだから実力に差があるのは当然としても、それ以前の歴然とした才覚の領域でも。
実のところ、リタには才能がある。
彼女はきっと、このまま精進すれば、ベリエ家の史上でも有数の騎士になれるだろう。姉の贔屓目だけでは決してなく、リタには戦いの才覚は勿論、それ以上に『自分以外の誰かのために剣を振るえる』という、得難く気高い才覚がちゃんと備わっている。騎士として当たり前のことのようで、それを揺ぎ無く実行できる人間は意外と少ない。
その約束された栄光を、私という異質な存在が陰らせる。
そのリタと比して、私の才覚は異質に過ぎる。それというのも、二度と遣い手が現れないと言われていたとある魔法を、私が使いこなしてしまったせいである。その功績と、その魔法によって齎された力量だけを見て、誰もが私を持て囃したのだ。
特殊な魔法を使えるというだけで、騎士としての志や精神性が優れているわけではないというのに。
私という突然変異のせいで、優秀なはずの妹はいつでも相対的に貶められてきた。そのことを僻むでもなく妬むでもなく、ただただ純粋な憧憬を向けてくれるリタのことが私は可愛くて可愛くて仕方がないのだけど、私の存在があの子のプレッシャーとなってしまっていることも確かだ。
学生戦力として志願したリタは、クロト君の班に配属となった。
本当は私の班に配属してもらって、あの子のことを見守りながら肩を並べられれば良かったのだけど、私とあの子は当然のように戦闘スタイルが殆ど同じで、更に言えばリタは現時点では私の下位互換にしかなり得ないので、同じ班に置いても意味がないのだ。
その点、クロト君はマジックジャンキーで軽佻浮薄な雰囲気の男の子だけど、実力も人柄もそれなりに信用に値する人物だ。前衛であるリタとの相性もいいだろう。性格的な意味も含めて。
問題があるとすればクロト君の班は士気も実力も高いだけあって、常に最前線に配される危険なポジションであるということか。
勿論それが任せられるだけの実力あってのことだし、リタがその場にそぐわないとは欠片も思わない。
だけれどやっぱり心配になるのは姉心だろう。
内心ハラハラしながら、表面上は恙無く一月ほどが過ぎ、ようやく私も過度の心配をすることがなくなってきた。
なんだかんだでリタはクロト君の班で上手いことやれてるみたい。
リタからはクロト君が適当過ぎるとか、先輩がお尻ばかり見るとか、他愛のない話を聞かされる。
クロト君にも妹が迷惑をかけてないか訊いてみたが、彼は笑って「妹ちゃんおもろいな!」と言っていた。たぶん、リタの変な敬語のこととかを言っているのだろうけど。
そして、この日が来たのだ。
B6区域に大型の魔物種出現を確認。
その一報に戦場はにわかに騒然とした。
黒い森からの侵攻予測は大別して2系統あって、統計から導かれる長期予測と、単純に浅層の高魔力動体を検知して行うリアルタイム予測だ。その魔力動体検知にかからず、突然に大型種が出現したと言うことは、観測器を騙すだけの特殊な能力を有した個体であるということだ。
つまりは、強力な魔物であるということ。
無論、学院には『学院結界』があるので、魔物が観測器を騙せたからと言って即座に侵攻を許すわけではないが、結界の外で魔物の迎撃にあたる我々にとっては致命レベルの不意打ちを受けたに等しい。
出現位置であるB6という区域は、今日まさにクロト君の班が受け持っていた場所だ。
だが私は不謹慎にも、少しだけ安堵していたのだ。
何故ならば、直前の再配置で、クロト君の班は隣の班と入れ替わっていたはずだから。少なくとも、リタが即座に大型種の脅威にさらされる状況ではない。
だが、大型種の出現を確認して直後に入った、クロト君からの通信。
隣の区域に援護に向かうという連絡かと思えば、まさにそのB6区域で大型種とエンカウントしたという報告と応援要請であった。
私の思考が凍る。
凍った思考のまま、反射で察する。
執行部が指示した再配置を無視していたのだ。
幸いにも近い位置に展開していた私は、戦域統括であるホーキンス副部長に、半ば一方的に援護に向かうことを告げて、班員を連れて駆け出した。通信用の魔道具から聞こえてくるのは、クロト君らしからぬ焦燥した声。必死に援軍を求める彼の声に、私の焦りも膨らんでいく。
大型種の眷属が湧き出してくるのを片っ端から薙ぎ倒して、遮二無二B6区域へと到達した私が目にしたのは。
魔物の壁を打ち崩そうと奮闘するクロト君たちの姿と、その向こうで、巨大な魔物に捕らわれたリタの姿だった。
咄嗟に駆け出そうとした私の視線の先で、魔物が大きく口を開き。
その舌で拘束したリタを、
ぱくん。
一息に、呑み込んだのだ。
私は、たぶん絶叫したと思う。
思考が白熱して、なにも冷静なことは考えられなかった。
まだ、まだ間に合う。
今すぐあの魔物の口を開かせ、腹を割れば、まだ救えるはずだ。
それしか考えられなくて、戦術も指示も放り出して、邪魔な魔物を一心不乱に殺し続けた。
私達から少し遅れて、執行部の最高戦力であるヴァンシュタイン部長が到着する。彼女は現在の全学生戦力内でもたった三人しか居ない転神の技能者で、その戦闘能力は想像を絶する。
部長は雑多な魔物を鎧袖一触に蹴散らして、瞬く間に大型種に肉薄し、光学迷彩に多少手間取ったものの実質単騎で殲滅してのけた。
頭部に風穴を開けられて倒れ伏した魔物の死骸に、よろめきながら歩み寄った私の目の前で、その口から長い舌がだらりと垂れ下がる。
次いで、ころん、と。
ナニカ小さなものが転がり出てきた。
どろりとした粘液に塗れたそれは、ちょうど人の頭くらいの大きさをしていた。
毛玉みたいなものが絡まっていて、少しだけ赤みがかったプラチナブロンドの、私の頭髪と同じ色で。
冗談みたいに飛び出してぶら下がったまあるいものが、私への憧憬にきらめく、あの見慣れた瞳と同じものであると気付いた、その瞬間。
「あああああああああああああああああああああああああああッ!!!?」
私は自分の絶叫で目を覚まし、ベッドに半身を起こして荒い息を吐く。
獣みたいに荒い呼吸が、独りの部屋に響く。滝のように流れ出た汗が、寝巻のネグリジェをしっとりと湿らせていた。
「ゆ、夢…………?」
鮮明に脳裏に焼き付いた、あまりにもおぞましく生々しい悪夢の光景に、私は一瞬現実がわからなくなる。
「なんて夢……っ!」
落ち着け、と自分に必死に言い聞かせ、呼吸を整える。
「お嬢様っ!?」
実家から連れてきた使用人であり、私の幼少期からの世話役でもあるメイドのマーヤが飛び起きてくる。別室で休んでいたはずの彼女は私の絶叫を聞きつけて、血相を変えて駆け寄ってきた。ベリエ男爵家は決して裕福ではないので、連れられる使用人は姉妹それぞれ一人ずつが限界だし、使用人寮もただではないので、寮の私の部屋を一緒に使っているのだ。
「お嬢様、ああお嬢様!いったいいかがなされたのですか」
「マーヤ……ごめんなさい。少し夢見が悪かっただけよ」
寝間着姿で大慌てするマーヤに、大事ないことを伝えて一つ息を吐く。
「ねえマーヤ。リタは、あの子は無事だったのよね?」
「勿論でございます。お嬢様ご自身でお声掛けされたではありませんか」
「そうか……そうね。そうだったわ」
全身数か所の打ち身と無数の擦過傷、右足首の捻挫。それがリタの負傷の内容だった。
つい数時間前の出来事だ。
迷彩型の大型種に囚われ、丸飲みにされそうになったリタを救ったのはヴァンシュタイン部長ではなく、もちろん私でもクロト君でもない。突如戦域に乱入した謎のアヴァター。まるで戦天使のように美しい彼女が、リタを救ってくれたのだ。
彼女がその背の優美な翼をひとつ羽ばたかせると、金色の羽毛と一緒に夥しい数の光魔法が咲き乱れ、まさに一瞬の出来事だったのだ。
荘厳で、だけどどこか暖かい光の洪水が収まったその時には、既に周辺の魔物は一体として残存しておらず、私はと言えば、傷だらけのリタを掻き抱いて、二人してわんわんと大泣きしていた。
今思い出しても顔から火が出そうなほどの醜態であった。
だって、同級生や後輩の前で、あんな童女のように、しかも周辺区域では未だ戦闘が続いていると言うのに!
魔物に拘束されたリタの姿を遠くに見た時は、もう駄目だと思ったのだ。
だけど、結果的にリタが救われて、生きている姿を見て、体温を肌で感じたらもう駄目だった。安堵が押し寄せて、涙が止まらなくなってしまったのだ。幼い頃から魔物と戦って育った私には理解できていた。本当に間一髪だったのだ。
もし、彼女が助けてくれなければ、間違いなく、今見た悪夢の通りの光景になっていたのだ。
その後、常駐戦力のプロの方々とヴァンシュタイン部長、それから謎の彼女の働きで大型種の魔物は順番に駆逐され、夜が更ける前に戦闘は終息した――というのは、リタのお見舞いに来たクロト君から聞かされた話だ。
私は戦闘に耐えうる状態ではないと判断され、早々に戦線離脱して、負傷したリタとともに医務室に移動していたのだ。私の班の皆には迷惑をかけてしまったので、明日にでもちゃんと謝らなくては。
リタは暫く医務室に留まることになったが、勿論命に別状はない。ただ、足首の捻挫が軽くはないので、歩くのにも難儀するうちは入院を余儀なくされた。
ちなみに、だけど。リタの負傷内容は前述の通りなのだが、クロト君が言うには『その程度で済んでいるはずがない』とのことだった。実際、リタが着ていた制服の損傷度や付着した血痕から見て明らかに負傷が軽すぎたとは、まあ冷静になった今ならそう思える。
誰にも気づかれずに誰よりも早くリタに治療を施した人が居るとすれば、それが誰かなんてことは考えるまでもない。
リタ曰く『いたいのとんでった』だそうだ。
医務室でリタと交わした会話を一つ一つ思い出していくと、ようやく動悸が収まってきた。
大丈夫。悪夢は悪夢。ただの幻だ。
リタは無事だし、生きてる。明日になればまた会える。
しきりに心配するマーヤをなんとか宥めて下がらせ、私は再びベッドに入る。
魘されてだいぶ汗をかいたみたいだし、明日は登校する前に念入りに身を清めなくては。
微睡みながら思い出すのは、クロト君が教えてくれたこと。
リタを救ってくれた、天使みたいな彼女。
彼女はヴァンシュタイン部長に対して『アンジュ』と名乗ったらしい。
魔物の手から救い出したリタを抱く彼女の、一個の絵画の如き幻想的な姿を思い出す。
微睡む私の瞼の裏に、燦然と焼き付いた暖かい輝き。
「アンジュ、さま……」
また、会えるだろうか。
そうしたら、ちゃんとお礼を言わなくては。
そんなことを思いながら、私は眠りに落ちる。
きっと、もう悪夢は見ない。
そんな気がした。
2021/5 細部の描写を修正。




