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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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368話_side_Rex_ちょっと前_ギルド支部

・ここまでで一区切り。次は閑話を挟んで時系列が進みます。



 ~"主人公の幼馴染"レックス~



 ギルド支部へと移動出来る転移門から程近いセーフゾーンにて、俺達一行は足を止めた。一行というのは『サラマンデル種』討伐戦に参加した四パーティー二十四名のことであるが、ここからギルド支部へは適当に時間をずらしつつ二部隊に分かれて帰還する予定だった。先の戦闘で最も重い傷を負ったのはリッカであるが、それ以外にも負傷者は居るし、後から合流したシリウス氏のパーティー以外の面子はそれなりに疲労もしている。敢えて戦力を分散する意味もないのでここまでの帰路は全パーティー合同で移動してきたのだが、そのままギルドまで帰還するわけにはいかない。最近の情勢的に『パンドラ』と『赤原同盟』が一緒に行動なんてしていたらまた要らぬ火種になりかねないからだ。

 というわけでまずガイウス氏率いる『パンドラ』パーティーとシリウス氏のパーティーが先行して帰還し、俺の属しているロイド氏のパーティーとリッカの『赤原同盟』パーティーは後発組だ。応急処置は施したとはいえ、まだ自力で歩くことも出来ないリッカのほうには護衛が必要なので、ロイド氏のパーティーが共に行動するというのは妥当な判断だ。それに比べればガイウス氏のパーティーは普通に戦闘能力を維持しているのでわざわざシリウス氏のパーティーと共に行く必要はなさそうなものであるが、その判断となった理由は先のヒューゴの一件である。

 一言で言えば、要するにお目付け役だ。


 後発組の出発までの間、少しの待機時間を利用して俺はリッカと話すことが出来ないかと思い立つ。

 傷のことも気になったし、それ以上に、先のヒューゴの件が彼女に与えた影響が心配だった。事件そのものが、というよりはその後に彼が語った内容についてだ。

 彼女の姿を探して少し歩くと、すぐにその姿は見付かった。どうやらナタリー女史と共に居るようだ。二人で何かを話しているようだったし、邪魔をするのも悪いかと思ったのだが、リッカのほうが俺の存在に気付いて手招きしてくれた。

 呼ばれた以上は遠慮なく彼女等の元へと歩み寄ると、俺に向かって先に口火を切ったのはナタリー女史であった。



「コーリッジ君。改めてお礼を言っておくわ。フレデリカを守ってくれてありがとう」



 いきなりの言葉が予想外で、俺は目を丸くしてしまう。

 これまでの反応から、俺はナタリー女史にあまり快く思われてはいないだろうなという自覚があったからだ。なんというか、リッカに近付く悪い虫的な意味で。

 そしてその感覚を裏付けるように、ナタリー女史はそのまま言葉を続ける。



「でも勘違いはしないように。フレデリカは純粋培養で男慣れしてないの。だからちょっと距離感がおかしいところがあるだけなの」



 ああ、ちょっと親密になったからって勘違いしてのぼせ上がるなってことですね。

 俺にそんな気は毛頭ないし、リッカに純粋培養的なところがありそうなのは理解しているつもりなので大丈夫だ。

 ナタリー女史が刺してきた釘は、むしろ俺の予想通りの反応で安心するまである。

 すると、ナタリー女史の横で座って休んでいたリッカがのほほんとした表情で口を開く。



「ナタリーは心配性で過保護なのー。他人の心配する前に自分の婚期の心配をするべきだと私は思うなー?」


「ぐふっ……い、言うわねフレデリカ」


「というか私はわりと本気で心配だよー。大丈夫ナタリー? 恋人居る?」


「居ない……」



 だって男居ないんだものしょうがないじゃん、と意気消沈するナタリー女史。リッカが反撃でチクリと刺したつもりの針が、思わぬクリティカルヒットを叩き出してしまったらしい。

 構成員が女性のみという『赤原同盟』の弊害がこんなところに、である。そりゃあ出会いの機会も減るわな。

 非常に仲の良い雰囲気の二人であるが、どうやら元々はクランの姉妹制度でリッカが新人の頃に面倒を見ていたのがナタリー女史であったようだ。その頃からずっと付き合いが続いているとか。女帝の孫であるリッカだが、特別扱いせずに当時普通に一般の構成員の一人だったナタリー女史に任せるあたり、女帝の人柄が出ている采配だなと思う。尤も、任されたナタリー女史のほうはプレッシャー半端なかったかもしれないが。



「ところで、先程のヒューゴさんの供述ですが」



 俺がそう切り出すと、リッカ達の雰囲気がぴりりと引き締まる。

 ロイド氏の援護によって俺の潔白が証明され、抵抗の意思を失ったヒューゴは自身が犯行に及んだ経緯を語った。詳しい内容はギルドに戻ってから確認されるのだろうが、あの場で彼が語った端的な内容だけでもそれなりに衝撃的なものではあった。

 即ち『赤原同盟』というクランそのものが行っている歪なマッチポンプ構造のことである。



「残念だけど、たぶんほんとのこと、かなー」


「彼が言っていた『青髪のパーティーリーダー』という人物に心当たりは?」


「十中八九、クルエラさんのことでしょうね。あの人の麾下に不穏分子が紛れてたってのは、ある意味納得の話ではあるわ」



 ナタリー女史は腕を組んで、憂い気味に嘆息しつつ言う。



「クルエラさんは私の姉だった人だからよく知ってる。別に悪人ではないのよ。ただ良くも悪くも淡白で、他人に興味が無いっていうか」


「そかなー? 私には結構優しくしてくれるけどな」


「そりゃあね。あの人、アウグスタ様の熱狂的なシンパだもの。孫のあなたを無碍にはしないって」



 基本的に他人への興味が薄い人物であるが、女帝には心酔していると。

 またなんとも極端な人が出てきたものだ。

 女帝に心酔している人物が女帝の不興を買う真似を敢えてするとは思えないので、おそらくそのクルエラさんとやらは悪行とは無関係なのだろう。その人間性から都合の良い隠れ蓑として利用されているだけだ。



「あのヒューゴってのが全部真実を言ってるとは思えないけど、クルエラさんの件については出まかせにしては具体的過ぎるから、まあ本当にあったことなんでしょう」


「でしょうね。となると、悪行を暴露していた三人組というのは……?」


「特定自体は難しくないわ。そこからが大変なんだけど」


「というと?」


「結局、人事を含むクランの運営を握ってるのは全部アウグスタ様とその側近だから、彼女等を納得させるだけの材料が無ければ裁くことができないの。そしてアウグスタ様は身内を庇う人よ。猛烈にね」



 つまりは、客観的に誰がどう見ても明らかに反論のしようがない証拠を提示する必要があるということだ。



「でも、今回の件は不幸中の幸いと言えるわ。私やフレデリカだけでなく、クラン内の不穏分子を疑ってた人間は他にもそれなりに居るのよ。でもこれまで何もできなかったのは、相手が相当に周到だったから」


「うん。だって今、クルエラさんの下にそういう人達が居たって聞いて思い返しても、これまでそんな素振り全然見せてなかったもんー」


「ウチのクランは大所帯過ぎて、手掛かりもなしには調べようもないから途方に暮れるしかなかった。精々が、明らかに狙われる立場に居そうな子を先んじて保護することくらいしかできなかったの」



 ということは先程俺が聞いたシトロンさんの予想は的中していて、リッカ達はまさに彼女とストレガさんを見えない魔手から守るためにパーティーメンバーに加えたのだ。尤も、その結果が今日のサラマンデル戦でありその後のヒューゴの一件なので、シトロンさんに限っては裏目に出てしまったと言えなくもない。



「クランハウスやギルドに居る限り、奴等は決して尻尾を掴ませなかったでしょう。でも流石に、黒い森の中で盗み聞きをしている輩が居るとは考えずに油断したみたいね」


「だねー。これは大きな一歩だよー」



 そこから一気に一網打尽に出来れば言うことはないが、きっとそう上手くはいかないだろう。それだけ周到だった者達が、露呈した時のことを考えていないとは思えないわけで、おそらく件の三人組を尻尾切りして終わりだ。それをさせないためには、拙速な行動を慎んで地道に調査と証拠固めをしていくしかない。

 部外者でしかない俺にそんなことまで話してくれるのは、彼女等の信頼を得られているということに他ならないので、嬉しいことだ。俺を通じて英雄伯とのパイプを繋いでおきたいという意図もあるだろうが、それはこちらも望むことで、シリウス氏にしても情勢の適正化のための協力は惜しまない方針だろう。



「『赤原同盟』はね……ちょっと、大きくなり過ぎたんだよ」



 ぽつり、と。

 本音が零れ落ちたみたいにリッカが呟く。



「おばあちゃんには、強くて素敵な信念があったのー。それに共感してくれる人達が集まって、巨大クランと呼ばれるまでになった」



 偉大なことだわ、とナタリー女史が相槌を打つ。



「うんー……。でも今、そうして大きくなり過ぎたクランの末端には、おばあちゃんの薫陶は届いていない。大きくなり過ぎたクランそのものが、おばあちゃんの信念を殺そうとしている」



 だから私は、とリッカは拳を握る。



「おばあちゃんの信念が死んでしまう前に、おばあちゃんを止める。……――――例え、対立することになろうとも」











 転移門のところで『赤原同盟』パーティーと別れた俺達がギルドロビーに戻ってくると、その一角にシリウス氏の姿を見付けることが出来た。先んじて帰還していた彼は、何故か実の息子に詰め寄られているところであった。



「オーヤージぃー!! サラマンデルと戦ったってマジか!? やったのか!?」


「マジだぜー? やっちゃったぜー?」


「マジかよぉ! くっそぉ俺もやりたかったなぁ! ずりーぞ親父ばっかし!!」


「まあ俺くらい男前だと魔物にもモテモテなわけでぇー」



 ちょっと普通とは違う悔しがり方をするルークに対して、シリウス氏はニヤケ顔で『どんな気持ち? ねえどんな気持ち?』と煽っていくスタイルだ。件の魔物と相対してリアルに死に掛けた俺としてはなんとも複雑な気分だ。シリウス氏も、死者が出なかったからこその態度なのだと信じたいところだが、まあ職業討伐者なので仮に人死にが出たとしてもそれはそれ、振る舞いは変わらないのかもしれない。

 さて置き、『サラマンデル種』出現の報は既にギルドのほうにも届いていたらしい。見ればギルドロビーの中央に位置している水晶球のターミナルには関連と思しき情報が表示されている。



「よ。レックスお疲れ」



 軽く声を掛けてきたのはマルグリット嬢だ。

 彼女は父親を相手に騒ぐルークの姿を仕方のない目で見ながら、俺のほうへと歩み寄ってきた。



「ミアベルに聞いたけど、なんか大変だったみたいだね。色々と」


「まあな。過去一で働いた気がするよ」



 正直、体面を繕っている余力もないので疲労感を隠すことなく言うと、マルグリット嬢は労わるような顔でもう一度「お疲れ」と言ってくれた。

 ちなみに彼女とルークが属しているグレン氏のパーティーのほうではこれと言って特別なことは起こらず、普段通りの活動をこなしてギルドに帰って来たようだ。そこでターミナルを見て初めてサラマンデル出現の報を知り、再出動しようと主張するルークを皆で宥めつつ他のパーティーの帰りを待っていたのだとか。ただ、待てど暮らせどロイド氏とシリウス氏が帰って来ないので、これはもしやと思っていたら案の定だったというオチだ。

 マルグリット嬢と話しつつ、騒がしい英雄伯親子のほうへと向かう。クランリーダーであるシリウス氏の周囲にはロイド氏とグレン氏のパーティーのみならず、他にも帰りを待っていたクランメンバーで埋め尽くされており、その中にはリーダー格のサマンサさんやクレメンスさんの姿もあって、裏方以外は全員揃い踏みといった状態だ。

 他クランでも同じような光景がそこかしこで散見されて、普段は仕事を終えたらさっさと退散する討伐者達がサラマンデルの続報を気にしてロビーに留まった結果、近日稀に見る人口密度となっている。


 その時、周囲に満ちていた喧騒とは気配の異なるどよめきのようなものが伝わってきた。俺達ではなく、外側からだ。

 どよめきの気配は徐々に近付いてきて、気付いたシリウス氏がルークとのじゃれ合いを切り上げてそちらへと向き直ったタイミングで、人垣を割るようにして討伐者の一団が歩いてきた。

 周囲の動揺の理由は一瞬でわかった。というのも、その一団の先頭に立っている人物があまりにも特徴的過ぎたからだ。


 第一印象を一言で表現すれば、失礼ながらゴーレムか何かかと思った、である。


 それは漆黒のフルプレートメイルを身に纏った大柄な人物であった。一口に大柄と言っても普通の範疇ではなく、全身鎧のせいでただでさえシルエットが膨らんで見えるが、中の人物だけでもどんなに低く見積もっても二メートル近い長身だろう。

 漆黒の鎧は本当に全身を覆っていて一切の肌どころか人間であるとわかる情報が露出していない。勿論顔面もフルフェイスの兜で完全防備である。鎧の意匠はタイムリーなことに、色彩こそ異なるがサラマンデル種を彷彿とさせるような、一目でドラゴンを模しているのだとわかるデザインだ。それ自体が一種の魔法具であるらしく、表面の随所を紫色の魔力が走っていて、それが余計に外見の非人間味を助長している。


 実際に目にするのは初めてだが、こんな特徴的なビジュアルをしている人物は一人しかいない。


 『パンツァー・ドラグーン』の長、『黒竜卿』である。


 素顔も本名も人種も出身も不明。年齢も、いつから討伐者をやっているのかも不明。その体格と声音から成熟した男性であると言われているが、それとて実際のところは鎧の下なので誰にもわからない。

 確かなことは、一代で超巨大クランを創り上げた辣腕と、『レベル5に最も近い討伐者の一人』と実しやかに囁かれるほどの圧倒的な実力のみである。

 黒竜卿を先頭にして歩く一団は『パンドラ』の主要メンバーであろう。一パーティーを率いていたガイウス氏よりも更に上位のメンバーであり、末端の構成員とは異なり直接的にクラン運営に関わっている実力者達だ。彼等は皆一様に黒竜卿のそれとデザインを同じくする鎧を身に纏っている。黒竜卿のような全身鎧ではなく大抵は軽鎧や、部分的な鎧に留まってはいるが。

 末端の構成員に関しては女性討伐者は殆ど全てが『赤原同盟』へと移籍したと言われているが、流石にクランの基幹要員はその限りではないのか、黒竜卿の周囲を固める面子の中には女性の姿もチラホラみられる。なにより、黒竜卿のすぐ隣で秘書のように付き従っている年若い女性が目を惹いた。


 突如とした巨大勢力の来襲に『剣の誓い』側にも緊張が走り、自然とシリウス氏の脇を固めるように主要メンバーが前に出る。奇しくも、リーダーを先頭にして二つのクランが相対したような状況である。



「――――英雄伯殿」



 最初に言葉を発したのは黒竜卿で、意外と言っては失礼だが穏やかな呼びかけであった。兜の内から聞こえる声音はくぐもっているが、重低音の渋い声である。判明しているだけの経歴から判断すれば、若く見積もっても間違いなくシリウス氏よりも年上のはずなので、年齢相応に深みを帯びた声であると言えるだろう。



「よう。遅い登場だったな。わりいが美味しいところは貰っちまったぜ」



 まるで友人にでも話し掛けるような調子で返したシリウス氏に、黒竜卿の周囲の面々が気安さに気分を害したような顔をする。

 ただ、黒竜卿本人は意に介した様子はない。



「そのようですね。私も久方振りに前線に出ようと思い立ったのですが、もたついている間に終わってしまったようだ」


「はっはっは、そんなクソ重たい格好してるから咄嗟に動けねえんだろ」


「違いない。さりとて、ならばと軽々しく脱ぎ捨てるわけにもいかぬのが立場というもので」



 穏やかに談笑する二人の様子に、それぞれの配下の人間達は困惑気味だ。

 一瞬前までの緊張感の理由は黒竜卿の意図が読めなかったからなのだが、こうして見ると、ただ知己のシリウス氏と雑談をしに来ただけのような気がしてくる。



「んで、なんか用か?」


「はい。折角こうして重い腰を上げたので、ついでに女帝殿にもご挨拶申し上げようかと」



 黒竜卿が何気なく発したその言葉に、弛緩しかけた緊張感が戻って来て、先程以上に張り詰める。



「おお。行けばいいじゃねえか。喧嘩すんなよ?」


「いえ、私一人で臨むのは些か気が引けるので、できれば英雄伯殿にお力添え願えないかと」


「おいおい、そのビジュアルで小心者アピールとか勘弁してくれよ。言っとくがな、俺だってあの婆さん怖えからな」


「では、小心者同士力を合わせるということで、ここは一つ」


「ここはひとつ、じゃねえんだが。まあ言いたいことはわかるがよ」



 シリウス氏は頭をぼりぼりとかく。

 察するに、黒竜卿がこれを良い機会だと考えて女帝に接触しようとしているのは本当だろう。だが『パンドラ』のメンバーとしてはそれを見過ごすことは出来ないはずだ。いかに黒竜卿が実力者とはいえ、女帝だって相当な遣い手なのだから、少なくとも護衛もなしに黒竜卿と女帝を会わせるわけにはいかない。その結果がぞろぞろと配下を引き連れた現状であり、先の黒竜卿の『脱ぎ捨てられない』云々はそれを暗に言っているのだと思われる。

 しかしそんな状態で女帝の元を訪れれば、当然向こうも身構える。下手をすればクラン同士の全面戦争勃発である。

 どうしたものかと考えた黒竜卿は、ワンクッション置くことにしたのだろう。

 便利な、もとい善意の第三者ことシリウス氏である。

 事情は分かるが正直気乗りはしない、といった雰囲気のシリウス氏が決めあぐねていると、更に状況は急変する。



「邪魔するよ」



 と、先程の再現の如く輪の外側からどよめきが広がってきたかと思えば、人垣を割って現れたのは噂のその人であった。

 白髪混じりの朱色の長髪を結った、長身の女性。年の頃は初老を越えたあたりで、しかしその挙措には年齢にそぐわないキレがある。狼の剥製をそのまま纏ったような荒々しい意匠の毛皮のマントが特徴的なその人物こそ、『赤原の女帝』ことアウグスタ・メルクーシンだ。

 やはり配下の主要メンバーを引き連れて現れた彼女の目的はどうやらシリウス氏であったらしいが、人垣を越えた先に目当ての人物だけでなく黒竜卿の姿をも認めた彼女は、柳眉を跳ね上げて表情を不機嫌そうに歪めたものの、それ以上の反応を見せなかった。『赤原同盟』の討伐者達は女帝の頭髪の色と同じ朱色の装備品を必ず身に着けているので、これはこれで所属クランが一目瞭然である。


 図らずも『黒竜卿』『英雄伯』『女帝』という有力者が一堂に会したとんでもない状況が完成してしまった。いずれもがこのブラッドフォード支部どころか、討伐者界隈のパワーバランスをも左右する人物である。

 俺達などはモブの一部に徹して固唾をのんで見守ることしか出来ない。それしか出来ないので、せめてもと思って女帝の取り巻きに青髪の女性を探してみたが、ここからでは見付けることが出来なかった。青髪のクルエラさんとやらは主要メンバーの一人だということなので、この場のどこかに居るはずだと思ったのだが。



「シリウス。孫が世話になったようだね。礼を言うよ」


「おう。気にすんな。フレデリカは大丈夫か? 結構な傷だったが」


「それも含めて、だね。アンタのとこの水魔法使いは優秀だ。おかげで痕も残らないだろう」



 それは本当になによりだ。リッカの傷がちゃんと完治するのは元より、傷痕が残らないのであれば幸いである。討伐者にとっては傷痕など珍しくもないことかもしれないが、うら若い女性なのだから、と俺は気にしてしまう。

 その『優秀な水魔法使い』本人であるノエルさんも安堵した表情で胸を撫で下ろしていた。

 女帝はそれだけを言いに来たのか、さっさと踵を返して立ち去ろうとする。それこそ、ちょうど近くにシリウス本人が居ると聞いたのでついでに礼でも言っておこうという程度の動機による行動だったのだろう。



「お待ちください、女帝殿」



 それを呼び止めたのは当然黒竜卿である。

 呼ばれた女帝本人はなんとも不機嫌そうな顔だが、しかし言ってしまえばそれだけの反応であった。むしろ気色ばんだ反応を見せているのは女帝の脇を固める女性討伐者達で、彼女等は親の仇でも睨まんばかりの視線を黒竜卿始め『パンドラ』の面々に向けている。そんな目で見られたほうも面白いわけがなく、迎え撃つように威嚇し始めて一触即発の空気感が出来上がる。



「なんだい」


「私達には、話し合いが必要だと考えますが、如何でしょうか」



 極めて平穏に切り出した黒竜卿に対して、女帝は馬鹿にするように鼻を鳴らして見せた。



「アタシはそうは思わない。アンタと話すことは何もない」



 にべもなく一方的に告げて、女帝は立ち去って行った。『赤原同盟』の面々もその後に続いて去って行く。

 こうなると収まりがつかないのは『パンドラ』の面々だろう。リーダーの面子を虚仮にされたことに憤る彼等の中には口汚く罵る者も少なくなかったが、当の黒竜卿本人は少し違った様子を見せていた。

 全身鎧のせいで表情などわからないが、去り行く女帝の背を見送る彼は、俺の気のせいでなければ少しの手応えを感じているようだった。女帝との少ない応答の中で、何か思うところがあったのだろうか。

 ちなみに、であるが。黒竜卿が既にガイウス氏からヒューゴの一件を聞いているのかは定かでないが、女帝はその件を知らないはずだ。この情勢で女帝が知ればそれこそ『パンドラ』に戦争を吹っ掛けかねないと判断したリッカが、これを伝えないことを決めたのだ。シリウス氏は勿論、これにはガイウス氏も賛成していて、彼のほうでも事実を伝える相手は黒竜卿を始めとしたほんの一握りにとどめるということで合意がなされている。

 俺達学生組や、シトロンさんストレガさんはただそれぞれの上位者の判断に従うのみである。



「では英雄伯殿、我々もこれにて失礼します」


「ん? ああ、気ィつけて帰れよー」



 ひらひらと手を振ったシリウス氏に律儀に小さく礼をして、黒竜卿は重低音の足音を残して去って行った。リーダーの対応を尊重しているのか『パンドラ』の面々も礼儀を通してからそれぞれに踵を返して去って行った。

 嵐のような展開が過ぎ去り、残された『剣の誓い』は揃いも揃ってなんとも間の抜けた顔をしていた。

 なんだかよくわからないことが起こって、よくわからないが終わっていた、というより他ない。

 徐々に戻ってきた周囲の喧騒の中に紛れるように、シリウス氏が傍らのクレメンス氏に言う。



「聞いてクレメンス。俺ぁ考えたんだが」


「……なんです」


「ウチのクランもああいうの作らねえか。『パンドラ』の鎧とか、『赤原同盟』の朱色みてえな、なんつか『剣の誓い』でござい!みてえなの」



 どうやら、黒竜卿と女帝に付き従う面々のビジュアル的な統一感に感化されたようだ。

 現状『剣の誓い』にそういう服飾規定は存在していないので、この場に居る面々は思い思いにてんでバラバラの格好をしている。



「ふむ……」



 クレメンス氏は顎に手を添えて真面目な顔で吟味し、言う。



「ではクラン内から広く意見を募ってコンペティションを開催しましょう」



 すごい乗り気じゃないですか。

 ……意外と気にしてたのかもしれない。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 婚期ネタは事情を把握してる<妹>だからコソ、クリティカル効果だった気がする。 [一言] 五色(青、赤、黄、白、黒)の内、赤と黒が使われていますから残り三色から選ぶことになります。 クラン…
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