364話_side_Rex_ちょっと前_黒い森
~"主人公の幼馴染"レックス~
下に潜られたな……、そう判断した俺は大剣を足元のキューブに突き立て、それを握って身体を支えながら高速でキューブを組み替える。俺達の足元で地面を形成していたキューブ群がスライドパズルの要領で入れ替わり、XY平面上で俺とリッカの座標を移動させた。
刹那の差で俺達が立っていたはずの場所が真下からの噴流に飲み込まれる。溶岩の海の中を潜行してきたサラマンデル種が下から吶喊してきたのだ。むしろ通り道を作ってやるように進路上のキューブを退かして、積み上げることで俺達に降り掛かる余波を遮断。間髪入れずに空中で進路を変更したサラマンデル種が今度は横手から俺達を飲み込まんと迫る。今の回避で少なからずキューブを失っているため、突撃を逸らすだけの防壁構築は間に合わないと判断し、再度足元のキューブを動かして俺達の身体を魔物の進路上から逃がす。
立方体のキューブを箱状に組み上げ、更に巨大な立方体を作る。そしてその重心を軸として表面のキューブを高速で旋回させる。イメージはまんまルービックキューブである。俺は遠心力で吹き飛ばないように片手に力を籠めて大剣を握り続ける。もう片方の腕に抱えたリッカをしっかりと引き寄せ、俺の意図を察したマギアドライブがインナーハーネスを制御して補助してくれたおかげでなんとかサラマンデル種の進路上から逃れることに成功した。
しかし溶岩流と化したサラマンデル種の吶喊はルービックキューブの一角をごっそりと融解させて通り抜け、またしても多くのキューブを失った俺の領地は減る一方だ。無事なキューブを展開して炎精への防壁としつつ、俺は腕の中のリッカの様子を窺う。
「リッカ。無事か?」
「…………」
きつく目を瞑ったリッカは何かを答えるように唇を動かしたが、それは音にはならない。
おそらく『大丈夫』と伝えようとしてくれたのだと唇の動きで辛うじて理解出来たが、その様子が如実に大丈夫でないことを表していた。
限界が近い。
『Gキューブ』を維持するための材料はサラマンデル種が無限に供給してくれる。俺の魔力もまだ多少の余力がある。相棒のマギアドライブは絶好調だ。
しかしリッカがもたない。
彼女を苛んでいる理由は言うまでもなく、先に魔物の攻撃で片脚に負った重度の熱傷だろう。リッカはそれを自身の脚ごと凍結させることでダメージを和らげていた。これは単に氷で覆っているわけではなくて、氷属性の封印を施しているのだ。悪化を防ぎ、かつ痛みを遮断するものであると考えれば大差ない。傷ごと自分の肉体を封じているわけなので、治療はおろか動かすことすら出来なくなる荒業である。
その封印に全力を傾けられれば良かったのだが、リッカはそのためのリソースを削ってでも俺の援護に回してくれている。溶岩を冷却して凝固させてくれるリッカの魔力が無ければ、この環境下で俺の『Gキューブ』は成立しないのだ。
そして当然、リッカの魔力は有限だし、そもそもの消耗も無視出来ない程度であったはずだ。
消耗しているのはサラマンデル種とて同じだ。
だが、消耗戦になれば先に音を上げるのはリッカのほうだろう。両者の違いは自身の命を使い尽くすつもりかどうかだ。己の意思かどうかはさて置き、サラマンデル種は命そのものを燃やし尽くして攻勢に出ている。
ヤツは限界という概念を撤廃しているのだ。
そして、こちらの限界はすぐに訪れた。
ドロリ、と。
炎精の大群を受け止めていたキューブの一角が融解して崩れたのだ。それは一箇所ではなく、俺が防衛機構として幾重にも展開していたキューブ群の、外縁から順に連続的に崩壊していくのがわかる。
「リッカ?」
腕の中の少女に呼び掛けるも、ついに反応らしい反応がなくなった。
か細いながら呼吸はしているので最悪の事態ではないが、どうやら意識を失ってしまったらしい。傷口の封印は維持しているので、生命維持のために強制的に意識を落として余力を封印魔法に回したのだろう。
つまり即座に大事には至らない。
一先ず安堵に値することだが、問題は魔物の攻勢に対抗する手段がほぼ消えたということだ。結局、俺の『Gキューブ』がサラマンデル種の攻撃を防げていたのは、リッカの氷属性の魔力によるバフがあったからなのだ。そうでなければ溶岩を凝固させて形成した岩塊で溶岩の攻撃を一方的に防げるわけがない。それでも一度は防げるだろう。代償にキューブは融解して溶岩の一部に逆戻りし、そしてリッカの援護が失われた今、新たなキューブを生成することは叶わない。
更にはタイミングも悪かった。せめて一連の攻勢で大きく失われたキューブ群の補充が出来ていれば、その分だけは耐え凌げただろう。だがそれも儘ならない状態でリッカの意識が落ちてしまったので、現時点で俺が防御に使えるキューブはあまりにも少ない。
「すまない……リッカ」
俺はせめて彼女にこれ以上の負担を掛けないように、その身体を抱え直して楽な姿勢を取らせてやる。
限界まで戦ってくれた彼女に敬意を表し、そしてそこまで無理をさせてしまったことを申し訳なく思う。
こちらの防御が薄くなったことを察したのか、サラマンデル種が溶岩海から鎌首をもたげ、再突撃の気配を見せていた。
俺には、これを防ぐことが出来そうにない。
残存する全てのキューブを動員しても無理だろう。
「だが」
俺は、リッカに微笑みかける。
「俺達は、耐えきったぞ」
凄まじい豪風が吹き荒れる。
それは最早肌に染み付いてしまった熱風ではなく、仄かに水の気配を含んだ新緑の風であった。
『……――――ぁぁぁぁぁぁぁぁっすううう!!!!』
と、なにやら叫びながら遥か彼方より飛来した新緑の竜巻が、槍となってサラマンデル種の鼻先に真正面から突き刺さったのだ。竜巻が内包する莫大な魔力が、対するサラマンデル種の高度なスケマティックが内包する膨大な数のセクタと干渉して虚空に幾何学模様の発光現象を描き出す。
とんでもない規模の魔力と魔力のぶつかり合いであった。
当然余波の威力も尋常ではなく、暴風に巻き上げられて降り注ぐ溶岩と炎精を防ぐために、俺は残存していたなけなしのキューブを犠牲にせざるを得ない程だった。
激突は最終的に痛み分けに終わったようで、竜巻とサラマンデル種は互いに反発し合うように後方へと弾かれた。
そして、霧散する竜巻の中から躍り出て、サラマンデル種に肉薄する影が一つ。
「うおおなんじゃこりゃあ!? こんなサラマンデル見たことねーぞオイ!」
困惑しているのか驚いてるのか、はたまた喜んでいるのかよくわからない声を上げているのは、碧い魔力が形作る炎雷の大剣を振り翳すシリウス氏だ。彼は魔物の異様な形態に一切怯むこともなく、虚空に碧い軌跡を描いて大剣を振り回し、勇猛果敢に魔物へと攻めかかる。
そんな彼の後方には先程の竜巻の主であろう初見のアヴァターが滞空していて、そこからひょいと飛び降りてきたのは見慣れた少女、ミアベルであった。
「ロイ! 生きてる!? 無事?」
俺が立っているキューブ上に着地したミアベルへと、俺は軽く片手を挙げて健在を示した。
「俺は無事だが、彼女は早く治療を受けさせるべきだろう」
片腕に抱えたリッカを見ながら言うと、ミアベルも彼女のほうに目を向ける。そして彼女の足の怪我を確認して「そうだね」と同意を示した。
俺は手早く思考を巡らせる。既に戦端を開いているシリウス氏はこのまま魔物を討伐する気だろう。あまりにも異様なサラマンデル種を放置するという選択肢はないので、ここで討伐を試みるべきは正しい。ミアベルも、ここに来たということは戦うつもりだろう。となれば足場が必要だ。シリウス氏程の実力者であれば限定的な空戦もお手の物というか現在進行形でそれを行っているわけだが、だからとて足場がなければ本領発揮とはいくまい。
ミアベルが言うには、あの謎のアヴァターはなんとリゼルさんらしいのだが、ここは飛行能力を有する彼女にリッカを連れて後退してもらい、戦うシリウス氏を俺とミアベルで援護する形が賢明か。
と、その時俺は片腕に微かな圧迫感を覚える。
見れば、俺の手に重ねられたリッカの手が、ほんの細やかな力で握ってきていた。
「まさか……ここまできて、仲間はずれには、しないよねー……?」
「それを言いたくてわざわざ起きたのか?」
早く休ませろでもなく、治療を受けさせろでもなく、戦場から遠ざけてくれるなときた。
豪胆と褒めればいいのか、諦めが悪いと呆れればいいのか。
意識を保つのも覚束ない状態でよく言うものだ。
「知らなかった……? 討伐者の女は、」
「跳ねっ返りばかり。だろ? おそれいったよ」
そんな俺達の遣り取りを目にしたミアベルは目を丸くしていた。
「ずいぶん仲良くなったんだね」
「まあな」
特に否定することでもないので、俺は軽く応じる。
するとミアベルは何故か嬉しそうに微笑んだ。
「そっかそっか、ロイもようやく人並みの情ってものを手に入れたんだね。ミアベルさんは安心した!」
「おい」
「じゃあ、彼女さんに早く休んでもらうためにも、ソッコーで魔物を倒さないとだね!」
なんだか誤解が進行している様子のミアベルには色々と待てと言いたいところだが、まあそんなのは後回しだ。パーチに戻ってからゆっくりと絞る(物理)ことにしよう。
ぞくりと悪寒に身を震わせる勘のいいミアベルはさておき、俺は上空のシリウス氏へと呼び掛ける。
「リンクを!」
ただ一言で察してくれたのか、シリウス氏から投げられた連繋魔法に参加し、意識下の連帯を繋ぐ。シリウス氏をリーダーとしたパーティーで、メンバーはミアベル、リゼルさん、俺、一応リッカ、それからもう一人誰かが居ることだけは感覚でわかるが、おそらくはこの場には来ていないクランメンバーの誰かだろう。もしかしたらミリティアさんかもしれない。
さて、相手があの異様なサラマンデル種である以上、おそらくはこれまでの常識は通用しない。故にヤツに対して現状最も経験豊富なのは俺であり、俺が司令塔になるべきだ。本来ならば連繋魔法のホストであるシリウス氏が実力的にも経験的にも指示役になって然るべきだが、今回に限ってはシリウス氏も俺に指揮を任せることに異論はないらしい。本人が前線で切った張ったしたいだけかもしれないが。
「よし」
方針を決めた俺はミアベルに向けて口を開く。
「ミアベル、近くの溶岩を冷やして固めてくれ」
「いきなり無茶振りなんだけど!?」
びっくり仰天といった風な顔を見せる彼女に、俺は片方の眉を上げてみせた。
「できるだろう?」
これに関しては俺は自分の予想を疑っていない。ブラッドフォードに来てからのミアベルの成長ぶりを考えれば彼女が上位属性に目覚めていることは明らかだ。ということはつまり下位の全属性を等倍の効率で使えるはずである。
ここで、ミアベルに上位属性の手解きをしてくれたのがどこの誰かなんてことは考えるまでもない。
更には俺はミアベルという少女の生態をよく理解している。この少女はリスペクトを表現する際にまず形から入る性質である。平たく言えば憧れの人の真似をしたがりなのだ。
というわけで、ミアベルがアシュタルテさんの氷魔法をこっそり練習していないはずがない。
案の定、ミアベルは一転して不敵に口元を歪めた。
「ふっふっふ。そこまで言われちゃあ仕方がない。とっておきを、」
「はやくやれ」
「はい。」
流石に遊んでいる場合ではないので、ミアベルは表情を引き締めると片手剣を逆手に持ち替え、地面に切っ先を向けて眼前に翳した。片手剣に搭載されたマギアドライブが煌めき、出力を上げて唸り始める。
「ごめんなさいっ。勝手に魔法、お借りします!」
ここには居ない彼女に律儀に断りを入れてから、ミアベルは勢いよく剣の切っ先を足元に突き立てて魔法を唱える。
「見様見真似のぉ――――『ちょっぴり禍つ極夜』ッ!!」
溶岩の海の只中で、夢幻の如く氷雪が舞い散る。
突き立てた切っ先を起点にして、放射状に白い波動が広がる。大気を鳴動させながら溶岩の海上を通り抜けた波動は、瞬く間に熱を奪い去り、冷え固まった溶岩の大地を作り上げていく。
「よし!『Gキューブ』!」
すかさず俺は自身の魔法にそれらを取り込み、高速で成形して立方体を生成する。俺を起点として波打つように地面がキューブに変わっていく光景に、ミアベルが驚いたような歓声をあげる。俺としてはミアベルの『見様見真似』の威力のほうが大概おかしいと思うが、まあそのミアベルを驚かせることが出来たのは単純に気分がいい。
新たに生まれた端からキューブ同士は連結し、旋回し、スライドして積み上がり、瞬く間にシリウス氏の周囲に到達する。まるで石造りの巨大な触手が迫ってくるような異質な光景にもかかわらず、シリウス氏は一瞥して楽し気に破顔した。
「きたキタ来たァ!!」
連繋魔法が齎す意識下の連帯のおかげで、言葉を交わさずともシリウス氏がどこに足場を欲しているのかがなんとなくわかる。そしてその通りに俺がキューブを展開することで、現代の英雄がついに盤石な足場を得た。
「速さのお株はルークに取られちまったが――――」
そして、躍動する。
「火力はまだまだ譲れねえな!」
シリウス氏が足場として着地したキューブが木っ端微塵に吹っ飛ぶ。
攻撃を受けたわけではない。
彼が機動のために踏み込んだのだ。文字通り、地を砕くほどの尋常ならざる踏み込みは、英雄に人並み外れた推進力を齎した。
まるで、サラマンデル種が二つに増えたようだ。
それは、碧い炎の軌跡が描き出す巨大な龍であった。
俺が高速で連結展開するキューブの表面を縦も横も関係なしに縦横無尽に迸る碧炎の導火線だ。シリウス氏の機動速度があまりにも速過ぎて、炎の残滓が蛇行する龍の如く形となっているのだ。
二つの炎龍は示し合わせたように真正面から咢をぶつけ合い、そして雷光と共に碧い龍が一方的に食い破る。シリウス氏の炎雷の大剣はサラマンデル種の頭部を横一文字に切り開きながら突き進み、俺が魔物を取り巻くように展開した足場を螺旋状に駆け抜けながら勢いのままに顎先から尻尾までを開きにして突き抜けた。
「はっはァ!! 爽快だなこりゃア!」
信じられないことに楽しげな笑みすら浮かべるシリウス氏は、爆音と爆炎を撒き散らしながら進路上のキューブに着地し、垂直に聳え立った足場(というか壁だ)を平然と駆け上がり、再び魔物へと躍り掛かる。
二つに開かれた魔物はというと、こちらもこちらで信じられないことに、まるで痛痒にも感じていない様子だ。二つになった片割れが解けるように消滅し、もう一方の片割れが形状を変えて元通りの姿となる。
どこのアメーバだと詰りたくなる程度には現実味の無い再生能力と言えよう。
反撃とばかりに魔物が咆哮を轟かせると、無数の火柱が溶岩の海から立ち昇る。
大規模な火柱は天上で折り返すと、弾け、火焔の礫となって降り注ぐ。元の規模が規模なので、礫と言えども一つ一つが致命の一撃だ。その凡そ半分はシリウス氏に、そしてもう半分は俺とミアベルへと襲い掛かる。
俺は自身の防御のためにキューブを操作することなく、ただシリウス氏の求めに従って足場を動かし続ける。動けない俺とリッカの防御は、頼りになる仲間に丸投げである。
『雨とか呼んでみた件~』
ばさりと羽ばたく音が聞こえて振り仰ぐと、俺達を守るように上空に留まったリゼルさんが、なんだか彼女らしい変な台詞とともに魔法を唱えていた。
水属性魔法の『雨気招来』である。ロイド氏指揮下のサラマンデル戦でもノエルさんを始めとした水属性部隊が行使していた魔法であるが、転神状態の魔法使いはやはり出力というものが根本的に異なるのか、先程目にしたそれが雫のベールであったのに対して、リゼルさんが唱えたそれはちょっとした暴風雨の様相を呈していた。尤も、本領は風魔法使いであろうリゼルさんの適性故にそうなっているという面もあるのだろうが。
新緑色の暴風雨は降り注ぐ火焔の礫を迎撃し、その数を大きく減らし威力を削いだものの、全てを消し去るには至らなかった。
残数を真正面から迎え撃つのはミアベルだ。
俺達を守るように背中を見せていたはずのミアベルは、瞬きの間に上空へと踏み出し、適当なキューブを足場にして片手剣を降り抜いていた。
「どっせい!」
これまたらしい掛け声とともに放たれた魔力斬撃は、まるで内側から爆裂したみたいに膨れ上がり、残存した火焔の礫を巨大な一振りで薙ぎ払ってしまった。
半日見ない間にまた強くなってるじゃないか、と俺はもう呆れすら湧かない境地である。
一方、もう半分に狙われていたシリウス氏であるが、
「こんなもんで俺が止まるかよォ!!」
無数の礫を避けるどころか、嬉々として突っ込んでいくではないか。
いや、そう来るだろうと思って足場を用意している俺が言えたことではないが、ちょっとどうかしているとしか思えないクソ度胸と技量である。一切速度を落とすことなくサラマンデル種へと肉薄しながら、碧い炎龍は交錯する炎塊を片っ端から膾にしていく。
そのシリウス氏に向けて、サラマンデル種の眼光が危険な輝きを放つ。殆ど形態を失っている頭部の、咢らしき場所に莫大な魔力が収束し、臨界寸前の魔力と圧力を迸らせる。
ブレスだ。
間違いなくサラマンデル種にとっての最大火力。
地属性が複数人掛かりで防壁を作ってようやく逸らすことが精一杯だった重量級の一撃である。いわんや、残りの命を全て燃やし尽くして魔力に注ぎ込んでいる今度の一撃は、先のそれですら比較にならない高火力であることは想像に難くない。
しかし、
「――――それで高火力だって?」
リンクが伝えてくる。
シリウス氏は怯むどころか、不敵に笑ってすら居た。
噴火の如き轟音と閃光と熱量を伴って放たれた必殺の一撃を前にして、
「出直してこいやァッ!!!!」
裂帛の咆哮を上げて、シリウス氏の大剣が天を衝く。
それは昇竜を思わせる豪快な切り上げであった。
魔物のブレスにカウンターを合わせるように、下から抉り込む軌道で放たれた斬撃が、
轟!!
と音を立ててブレスの奔流をド真ん中から斬って割った。
激流を剣で受けるような、それどころか割り進むような無茶苦茶な光景であった。切り開かれたブレスの光量が凄すぎて俺達からは碌に見えやしない。ここまで届く余波の威力ですら俺達には脅威という他なく、リゼルさんが守ってくれなければ吹き飛んでいたことだろう。
そのままブレスの只中を切り進んだシリウス氏は、とうとうサラマンデル種の咢にまで到達し、ブレスごとその頭部を再び真一文字に切り開いて飛び抜けた。そのまま跳躍して、ちょうど俺達が足場にしていたキューブ上へとシリウス氏が戻ってくる。
背後では魔物がまたもやぼこぼこと蠢き、懲りずに復活しようとしているのが見て取れる。
「ふぃー……こんなもんでいいだろ」
大剣を魔力の粒子へと霧散させながら、シリウス氏は『一仕事終えた』という顔で肩を回し、トントンと腰の後ろを叩く。その所作に対して発言をするのは案の定というかリゼルさんだ。
『シリおじ。その動きおじさんがくさいぞ』
「待ってリゼル。おっさんくさいなら百歩譲って許せるけども、くさいおっさんだけはやめて? 深刻に傷付くから俺」
などと言葉を交わす彼等は既に戦闘を終えたと言わんばかりであるが、言うまでもなく魔物は健在である。
つまり、ここまでは予想通りであり、彼等の出番は正しく終わっているのだ。
残すは――
「頼むぞ。ミアベル」
「ほいきた」
彼女の出番である。
実のところ、俺は最初からシリウス氏が魔物を倒し切るとは考えていなかった。シリウス氏自身も同様の見解だっただろう。それはどれだけ彼の実力がバグレベルに秀でていたとしても、結局彼はどこまでいっても剣士でしかないからだ。
つまり、彼の攻撃手段が斬撃の延長線上である限りにおいて、それであのサラマンデル種は倒せない。
何故ならば、既にヤツを構成するスケマティックはボロボロに傷付き、元の形態を失っているからである。要するに、元からバラバラなものをどれだけ切り刻んでも無意味なのだ。無論、そんな状態で存続しているサラマンデル種がまずおかしいのは言うまでもないのだが、現実としてそうなってしまっている以上、あれを打倒するには相応の手段が必要だ。
バラバラになっても生き続けるならば、もう粉微塵に消し飛ばすしかない。
故に、ミアベルだ。
歴史に残るレベルの魔力資質を誇る彼女の、大規模魔法で以てサラマンデルを消し飛ばす。
「今度は無断拝借じゃなくて、ちゃんと直伝だからね!」
誰に対する言い訳か知らないが、そんなことを言いつつ剣を掲げたミアベルに応じて、ぱりりと小さく響いたのは雷の音だ。
シリウス氏は炎属性の魔法使いである――と思われがちだが、実は本領は雷であり、息子と同じ雷属性の魔法使いである。彼の象徴的な大剣が炎雷の刀身を有するのはそれ故だ。風属性のリゼルさんが水属性も達者に使いこなしているように、二属性くらいならば現実的に実用レベルで行使している魔法使いはそれほど珍しくない。勿論、どこかの誰かみたいな上位属性持ちでない限り、本来の属性に比べて二属性目は効率が雲泥レベルで低下してしまうのだが。
それはともかく、つまり先程までのシリウス氏の攻撃は炎属性であると同時に雷属性でもあった。むしろ、サラマンデル種には炎属性のダメージは殆ど通らないはずなので、実質的に有効打となっていたのは雷属性のみだろう。
そして、雷属性の魔力には特有の性質がある。
『誘雷』と『蓄雷』である。
雷属性の魔法を受けた対象は、特別な防御をしていない限りは帯電状態になる。この状態の対象は同属性の魔力を誘引するようになるのだ。即ち二撃目以降の雷属性魔法を勝手に引き寄せてしまう。これを『誘雷』と表現する。本命の一撃を放つ前に小さな一撃を中てて帯電状態にすることで、本命の一撃を誘導して直撃しやすくする、というのは雷属性魔法使いの常套手段である。
帯電状態は永遠に持続するわけではなく、時間経過で漸減するし、もしくは誘雷された本命の一撃がヒットした瞬間に帯電状態を開放も出来る。これはつまり、対象を帯電させていた分の魔力が、攻撃に呼応して消費されるということだ。この消費には少なからず威力を伴うので、帯電状態の対象には雷属性の攻撃が中りやすいと同時に、中った際の威力が強化される。二撃目以降のヒット時に威力として開放するか、あるいは帯電状態を維持させるかは慣れた術者ならば随意に選択出来るので、理論的には帯電状態を維持したまま対象に魔力を溜め続けることが可能だ。これを『蓄雷』と表現する。
当たり前だが蓄雷された魔力は溜めれば溜めるだけ開放時の威力上昇も大きくなる。
そして今、サラマンデル種はシリウス氏の度重なる攻撃によって限界まで『蓄雷』されている。
雷属性の魔法がさぞや中りやすく、そして威力上昇も半端ないことだろう。
シリウス氏ほどの実力者をお膳立てに使うとはなんとも贅沢な話であるが、他でもないミアベルのためならばそれもアリだと俺は思う。
「必殺ゥ! カーマイン君直伝魔法! 頭が高いぞ悔い改めよぉ!!」
何故って?
それは勿論、
「『神鳴る戦鎚』!!!!」
――彼女こそが、主人公だからだ。




