32話_side_Pr_黒い森
~"転生令嬢"プリムローズ~
あと一歩遅れてたら人が死んでいた件。
しょっぱなからハードモード過ぎやしませんかねえ、と内心で愚痴を垂れ流しつつ、私は機械的に魔物を屠り続ける。
私はそもそも学生達の戦場に割って入る気はなくて、上空を迂回して黒い森の内部に逆侵攻して中ボス(仮)を探しつつ魔物を間引こうかな、とそんなようなことを考えていたのだ。
だけど、学生諸君の上空を抜けようとしたとき、運良く(運悪く?)、一人の女子学生が魔物にぱっくんちょされそうな現場に出くわしちゃったものだから、咄嗟に助けてしまった。正体を隠して独自行動を取ると決めた手前、他者への干渉は避けるべきには違いない。でもそれってどう考えても、手が届く場所にある救える命より優先することじゃあない。
光学迷彩を纏った大型種の魔物――あのカメレオンの化け物みたいなヤツって、確か原作でも出てきた覚えがあるけど、わりと終盤のほうに出てくる厄介な敵って位置づけだったような?
間違っても、一年生の前期なんて言う最序盤にエンカウントしていい存在じゃない。レベル10の主人公の前にいきなりレベル80の敵が出てくるようなものだ。クソゲー待ったなしである。
結局のところ、現実は創作のように甘くないということだ。
敵が主人公の成長度合いに合わせてくれるのはRPGだけ。
それを言うなら、まず私自身が強くてニューゲームみたいな存在なんだけどね!
「はてさて、予定とはだいぶ違っちゃったけど……」
先程助けた女の子の耳からこっそり拝借してきた通信用の魔法道具。
イヤーカフ型のそれから聞こえてくる戦況を聞く限り、どうやら泥沼っぽい。というのも、さっきの迷彩大型種が他の場所にも出没しているらしいのだ。私が蒸発させたあれは、単騎ではなく群れの一部だったということ。
大型種であり、しかも特殊能力持ちの強力な魔物であるため、本来ならば常駐騎士団なんかのプロ戦闘屋が受け持つべき相手だ。実際、中央から戦力を抽出して迎撃に当たっているようだが、どうしようもなく後手に回っている。
中央から遠くに展開していた学生達は、増援が来るまで自力で耐えなければならない。
私としては最低限女の子を助けちゃったものの、当然、正体が露見するような行動は避けたいのだからそのまま行方を晦ますつもりだった。……つもりだったのだが。通信魔法が伝えてくる戦況が、あまりにも悲壮感だったものだからさぁ。
一人助けといて他は見捨てるってのもなぁ。などと、この状況をほっぽって退散するのは普通に気が引けるので、なし崩し的に迎撃に加わっているというわけだ。
中央からの援軍が間に合いそうなところはプロに任せるとして、戦域末端の学生達を援護してやる必要がありそうだ。幸運なことに私のアヴァターは飛行能力を持っているので、機動力にモノを言わせて戦場を横断中である。
「ほら、頑張って!」
途中、通り掛かった各所で、光魔法をばら撒いて援護していく。
大型のカメレオン以外にも、その眷属らしき無数の小型種が続々と森から湧き出していて、学生戦力は瓦解する寸前という様相だ。転神した私の魔法は、物量任せに範囲殲滅をすることが得意中の得意なので、こういう戦場にはうってつけである。
伊達に単独行動しようとしてないぜぃ。
高速で木々の間を飛び抜け、翼の羽ばたきに乗せて光と魔法を撒き散らす。
実のところ、私は魔物との戦闘経験こそ殆ど無いが、それ以外との戦闘経験はわりと豊富だ。
私の故郷であるアシュタルテ侯爵領のお隣は、知っての通り親愛なる帝国の領土である。
帝国からのお客さんを歓迎して、おもてなしして、静かにお帰り願うのはアシュタルテにとってのライフワークなのだ。要するに、領域侵犯した帝国軍を捕えて、場合によっては拷問して情報吐かせて、用が済んだら死体にして帝国に送り返すんだけど。
二人のお兄様はもちろん、幼い私も例外なくこき使われて、実家で暮らしていた頃は帝国軍の特殊部隊相手に血みどろの抗争を繰り広げたものである。
腹黒お父様の英才教育のおかげで、多少のスプラッタには動揺すらしない鋼の精神を手に入れました。
いやぁ、なんか原作プリムローズのルーツを知ったよね。
そりゃあ普通に学生やってるような貴族のボンボンじゃあ鎧袖一触にされるわけだわ。
十歳の頃に初仕事を経験してから、王都へと出てくるまでの五年間、領地の隅々までを駆けずり回った経験は伊達ではない。
こんな見た目のくせして潜り抜けてきた修羅場の数が尋常じゃないのだ。こんな幼少期を過ごしていれば、暢気に笑う周囲の学生が恨めしくて疎ましくて思わず弾圧しちゃう原作プリムローズの気持ちもわかる。
結局のところさ。
原作のプリムローズのコンプレックスの根源って『自分が他者とは違うこと』だったと思うんだよね。
他者とは違うことを理由に虐げられてきた私が、それを理由に他者を弾圧する存在に生まれ変わるとは、なんとも皮肉が利いている。
私という存在はきっと、人一倍『普通』への憧れが強かったんだな。
アシュタルテの人間って言うのは、いわば『良識的な殺人鬼』の集団だ。
他人の悲鳴と流血が大好物で、他人を傷付けずには居られない性質。
本人達もそれを自覚していて、そして隠す気も無い。ただし、その歪んだ嗜好を同胞に向けるわけにはいかないと自制できるだけの良識と、強い克己心を有していることもまた事実なのだ。世間一般とは線引きが異なるので客観的には好き勝手に残虐非道を尽くしているように見えるけど、その実アシュタルテの人間は祖国に弓引くような真似は基本的にしないのである。この辺は誤解されがちだけど、一応はアシュタルテ家の人間にも王国の一員であるという自覚くらいはあるのだ。ただし王家への忠誠心があるとは言ってない。
私というアシュタルテは、前世の平和ボケした人格をベースに自己を為した経緯があるため、他のアシュタルテに比べればわりと穏やかな性質を持っていると思う。
だけども、やっぱり本質的にはアシュタルテなわけで。
私は、クラリスちゃんを始めとした大切な人達には際限なく甘くなる傾向がある。それはきっとプリムローズという人間が有する元来の性質で、原作の私と今の私では表現方法が違うだけで結局同じことをしているのだろう。同じ存在なのだから当然だが。
そして同時に、敵と見定めた相手にはどれだけだって冷酷に、残虐に、踏み躙ることが出来てしまうのもまた、私という人間なのである。
イヤーカフから聞こえる戦況を頼りに、木立を抜けて躍り出た私の眼前には、まさに魔物の物量に蹂躙されつつある学生達の姿が!
「させない!」
私が眼前に右腕を翳すと、映る視界の流れが急激に緩やかになる。
転神とは、魔法使い個人の肉体と魔力の境界を曖昧にし、魔法を使うことに最も適した形態へと変化すること。
即ち、アヴァターとは生きる魔法そのものである。
故に、この姿であれば私はプリムローズにのみ許された、本来の力を存分に使うことが出来る。
原作では周囲に優れた凍結魔法の遣い手であると認識されていたプリムローズの、魔法使いとしての属性は実のところ『氷』ではない。
プリムローズという魔法使いの本質は『時間』。
特に、マイナス方向へのベクトルを有した時間操作。
プリムローズ・フラム・アシュタルテは『停滞』と『遡行』を司る時間魔法の遣い手なのである。
そして、原作においてはプリムローズ本人ですらも最初は気付いていなかった、その本質と到達点を知ることこそが、私の最大の強みなのだ。
停滞した時間の中で、強力な光魔法をこれでもかと大量展開する。
湯水の如く消費される魔力は、減った傍から元通りに戻る。
何故ならば、プリムローズとはそういうモノだからだ。『停滞』し『不変』故に、消費された魔力は即座に『遡行』する。
ただし、既にプリムローズから切り放たれた事象――発動した魔法そのものは遡行しない。
まさしく世界の法則に喧嘩を売るような理不尽の塊。
そうであるが故の、ボスキャラだ。
止まった視界の中で、無数に犇めく魔物を一体一体照準して魔法を並べる。
気分はマルチロックオン!
やめてよね。本気で喧嘩したら、モブ敵が大ボスに、
「――勝てるわけないでしょう!」
時間が動き出すのと同時に全弾発射された光の砲撃が、瀑布の如く魔物の群れを押し流す。
一塊になって必死に交戦していた学生達の居る場所をぽっかりと縁取って、全周を消し飛ばす。圧倒的な光量、そして轟音。
一瞬にしてクリアになった空間の中で、まだ状況を飲み込めていない学生達がきょとんとしていて、
「!!」
その気が抜けた瞬間を狙って、木立を割って不可視の舌が襲い掛かる。
私は咄嗟に迎撃しようとして、直前で止まる。
と言うのも、私が動くより早く、蛇の如く地を這って進む、一筋の影に気付いたからだ。
地面に影を落とすような物体は何もないのに、独りでに伸びた影が尋常ではない速度で学生達の前方に割り込んだ。
そして、とぷんっ、という水音とともに影の中から少女が現れる。
「よいしょ、っと」
気の抜ける言葉とともに地面に降り立った少女は、迫りくる不可視の舌の前に立ちはだかり。
あっさりとその胸を貫かれた。
「ちょ――」
思わず私は叫びそうになったが、すぐに異変に気付く。
魔物の舌は少女のとっても豊かな胸を刺し貫いて潜り込んでいるが、その背中に突き抜けてくる様子もないし、そもそも少女がほんの僅かな衝撃を受けた様子すらもなかった。
よくよく見れば、少女の身体は半ば影と融合していて、魔物の舌はその影に飲み込まれているようだった。
まるで、底なし沼の如く。
「つかまえましたぁ」
ほんわりと場違いに笑った少女の右肩の辺りが影となり、形を失って肥大化する。
内側から食い破るようにして持ち上がったのは、影を押し固めて作られた竜の咢であった。少女の肩に乗っかった竜の咢が、その口腔に莫大な熱量を滾らせる。
「えいっ」
轟、と焔が奔った。
竜のブレスは赤黒い砲撃となって迸り、捕らわれた不可視の舌の先に居た大型種の頭部に直撃。じゅ、と湿った音を一瞬だけ鳴らして蒸発させて通り抜けたのだった。
少女の胸から『ぺっ』と吐き出された舌の残骸がさらさらと解けて消えていく。
「…………えぇ」
なにあの子、怖すぎるんだけど。
あの影と化した肉体は間違いなく転神後のアヴァターだろう。
助けられた学生達の歓声を聞く限りは、どうやら執行部の部長みたいだけど、原作にあんなヤバい人居たっけか。
見た目めっちゃ可愛いのに、そのせいで余計に不気味さが増している。
だって彼女はほわほわと笑ってるのに、その身体が半分影になっていて、しかもその中で獣みたいな何かが蠢いているのだ。赤黒い輝きの眼光が時折睨みつけてくるのが怖すぎる。
なんなのアレ。原作プリムローズのアヴァターなんて目じゃないくらいに邪悪なんだけど。中に666匹くらい獣飼ってても不思議じゃない。
「…………あのあの、」
って話し掛けてきたぁぁぁ!
私は飛び去るタイミングを失って、アホみたいにぷかぷかと浮かんだままなのだけど、執行部長さんがその私の脚元までてくてくと近寄ってきて、見上げているのだ。他の学生達は移動していて、どうやら近くに居る味方に合流しに行ったようだ。
というわけで、この場には私と少女の二人っきり。
いきなり攻撃されることはないと思うけど、と内心ビビりつつ、彼女の言葉を待ってみる。
「お名前を、教えてください」
はあ、と私は間の抜けた声を漏らしてしまう。
いやまあ、予想通りに『何者だ!?』って訊かれてるだけなんだけど、あんまりにも穏やかなんで肩透かしを食らってしまった。
勿論、本名を名乗るわけにはいかないので、あらかじめ決めておいた名前を告げる。
ちなみに、本名ではないが、偽名でもない。
「アンジュ」
「…………あのあの、良いお名前ですね」
ぽわわぁ、と笑いながら褒められて、思わず素で「ありがとう」と返してしまった。
なんか調子狂うなぁ。間違っても、和やかに交流してる場合じゃないんだけど。
そんな私の思いを他所に、執行部長さんはちょこんと膝を折り、
「私は、マリア・ヘイゼル・ヴァンシュタインと申します」
へー。ヴァンシュタイン……
公爵家じゃねえか!?
ヴァンシュタイン公爵令嬢と言えば、ちょっとアレな噂の人だけど、実態はこんなヤバい人だったのか。
噂ってあてにならないなぁ、と私が現実逃避していると、マリアちゃんが再び口を開いた。
「アンジュ様は、私達の、味方ですか……?」
足元の影の中で得体の知れない獣を唸らせながら訊かないで欲しいなぁ、なんて。
なんなの?違うって言ったら問答無用で餌にされるの?
されるんだろうなぁ。たぶん。
とはいえ、脅かされなくても私の答えは最初から決まっている。
「もちろんよ」
私が答えると、マリアちゃんは影をぐるぐる唸らせながら暫し無言で見詰めてきて、それから『ぱあぁ…!』と華やぐような笑みを浮かべた。
なにそれ可愛い。怖いのに可愛い。新感覚!
マリアちゃんはおもむろにイヤーカフに手を当て、
「ギリアムくん。大型種の、残りの場所は?」
『A2区域、それからF3区域にそれぞれ一体ずつ確認されています』
マリアちゃんが通信魔法越しに呼び掛けると、ギリアムくんなる人物から即座に返答があった。
イヤーカフから聞こえる声は、おそらく先程から学生戦力に指示を出している人物だろう。てっきりそれが執行部の部長だと思ってたけど、どうやら違ったみたい。
「私は、A2に行きます」
『了解しました。ではF3には周辺戦力を――』
「あのあの、そちらはアンジュ様にお任せします」
「『は?』」
通信越しのギリアムくんの声と、私の声が見事に重なった。
確かに味方だと言ったけどさ。執行部からすれば私も得体の知れないアンノウンのはずなのに。これまで学生を助けて回ってたから、最低限の信用には値すると思われたのかな。
別に断る理由もないからやるけれども。
「ちなみに私、F3区域とか言われてもわからないわよ?」
「はい、なので……あのあの、ギリアムくん」
『了解。こちらでエスコートします。ええと、ミス・アンジュ?』
戸惑っているのは私だけで、ギリアムくんは即座に切り替えてマリアちゃんの指示に従う姿勢を見せた。
マリアちゃんは「お願いします」と告げると、足元の影の中にとぷんっ、と沈み込んだ。そしてそのまま地を這う大蛇の影となって凄まじい速度で離れて行ってしまった。
私はそれを呆然と見送る。
「…………色々な意味で、すごい子ね。おたくの部長」
『…………ええまあ』
慣れたような雰囲気が逆に虚しいギリアムくんに同情しつつ、私はお仕事のため移動することにした。
2021/5 細部の描写を修正。




