354話_side_Rex_ちょっと前_黒い森
~"主人公の幼馴染"レックス~
魔物という存在の習性として、奴等は同族であっても攻撃対象とする点がある。とはいえ攻撃対象の優先順位は人間のほうが高いので、例えば魔物を誘引して別の魔物にぶつけて同士討ちさせようとか、そういう企みは大抵上手いこといかない。メタな表現をすれば、一度獲物となる人間を認識してしまうと別の魔物が目に入ろうが人間へのヘイトが切れないのだ。それはともかく、同族を攻撃対象と見做すということは、生存戦略としての棲み分けが必須になるということでもある。日常的に喧嘩して魔物同士で数を減らしてしまえば滅亡待ったなしである。そうならないように、魔物というのは種ごとのテリトリーを保持していることが多いのだ。つまるところが縄張り意識が強い。
討伐者の視点から見て、この習性をどのように活用し得るかというと、わかりやすいところでは討伐依頼の目的地が設定しやすいということだ。この魔物種はこの辺に生息しているので、片道で一時間程度の距離だとか、あるいは生息地は足場が悪く滑りやすいので下履きには特別な装備が必要だ、とか。他には黒い森の中で活動する際のルート取りの参考にもなる。無駄な戦闘を避けたいならば目標でない魔物種のテリトリーを避けて移動すれば良いし、行きがけの駄賃でスコアを稼ぎたいならば倒しやすい魔物のテリトリーを横断していくという選択肢もある。更には、忘れてはならないのは休息地を決める際に参考になるということだ。黒い森は魔物の勢力圏なのだから、人間の討伐者にとっては須らく敵地であると言える。しかしながら、人間が十全のパフォーマンスを発揮するためには一定の休息は必要不可欠なわけで、必然と黒い森の中で身を休めたり、場合によっては食事をしたりという事態が発生してくる。
ここの森でのように広大な面積を股に掛けて活動する場合は余計にだ。一例として、目標となる魔物のテリトリーに辿り着くだけでもロビーを出発して移動に丸一日。森が閉じている時は野営をして、日が暮れたら討伐活動。終えたらまた丸一日掛けて帰還、なんてことが現実的に起こり得るのだ。黒い森が閉じている間は魔物が出現しない普通の森なわけで、まあその中で野営するとなるとそれはそれで多少の危険と相応の準備は必要となるが、夜に比べれば段違いに平穏なのは間違いない。ここで誰もが考えつきそうなことなのだが、では森が閉じている間に目的地まで移動してしまえば、魔物の脅威に脅かされることなく平穏な道中になるではないか、という発想がある。日が出ている間に目的地に到着してしまえば、日暮れと共に森が開くのを待ち、そのままそこで目的の魔物を討伐すればよい
しかし、これは基本的には推奨されないし、非常時でもなければやらないに越したことはない。
理由は大別して二つあり、一つは黒い森が閉じている時と開いている時では、座標が必ずしも一致しないということだ。黒い森とはそれそのものが巨大な魔物種であり、生きている。故にその内観は日によって微妙に姿を変える。黒い森の中心部は魔界と繋がっていて、魔界に近付くほどに空間や法則が歪んでいくというのはそれなりに有名な話だが、実はそれと同じことが森全域で常に小規模で起こっていて、景色が変わるのはそのせいだと言われている。つまり森の木々や地形が変動しているというよりは、それが属する空間そのものが変動している。これが何を招くのかというと、森が閉じている間に移動した距離や方位と、対応する黒い森内での座標が一致しないことになる。想定と位置がずれる程度ならば可愛いものだが、運が悪いと森が開いた瞬間に魔物のテリトリーのど真ん中でした、ということになりかねない。
もう一つの理由も似たようなもので、同様に森が開いている時と閉じている時では、内観が必ずしも一致しないということだ。これは所在地が森の奥になればなるほどに影響が顕著になる。黒い森の奥地の植生は、魔界の法則に侵食されてとんでもないことになっているようだが、例えば人間を捕食する食人魔界フラワーがあったとして(本当にあるらしい)、しかしその魔界フラワーは黒い森が閉じている間は普通の花や樹木であるわけだ。あるいは、ここブラッドフォードの黒い森で言うと、特有のオブジェクトとして溶岩流というものがある。この溶岩流は魔界の法則由来のもので、言うなれば『魔界の河川』であるが、ここの黒い森の各所では水が流れるのと同じノリで溶岩が流れていたりするのだ。しかしこれも森が閉じている間は普通の川や地面でしかない。つまり、黒い森が閉じている間に不用意に動くと、いざ森が開いた時に足元の地面が溶岩でした。ドボン。即死!が起こり得る。
そういうわけで、森が閉じているからといって動き回るのは愚策で、基本的には夜明けが近付けば安全が確保されている場所で森が閉じるのを待ち、そしてその場所から動かずに野営して夜を待ち、森が開いたら同じ場所から行動再開というのが賢明だ。
だいぶ話が逸れたが、これは討伐者の心構えとして大事なことであれど、今は余談なので脇に置いておく。
今、語りたいのはつまり、黒い森の中で休息をとるためには、安全な場所を見定めるのが重要であるということだ。そして、そのための最も初歩的な指標が、魔物のテリトリーを避けるということなのだ。前述の通り、黒い森の内観は日によって少しずつ変動しているので、魔物のテリトリーも厳密には一定ではないのだが、大枠で変わることはない。そしてその情報は当然討伐者ギルドを経由して討伐者個人ないしクラン間で広く共有されている。この森で長年活動してきた討伐者達が積み上げてきた経験則により、黒い森の変動がどうであれ比較的安全が確保出来る場所というのも見定められていて、そういう場所はセーフゾーンとして活用されて居たりもする。
ここで、今現在まさに黒い森で活動中の俺達の話をしよう。
つまり、ロイド氏に率いられて活動していた俺達が休憩のために訪れた場所で、既に身体を休めている先客のパーティーが居たということ自体はなにも珍しいことではないのだ。セーフゾーンといえど黒い森の変動の影響を完全に排することは叶わないので、最低限の警戒と心構えは必要だ。となれば基本的にはより大人数で群れていたほうが安全には違いない。戦力的にも、心情的にも。
そして活動中の他のパーティーと現地遭遇すればリアルタイムの情報共有が出来る。強力な魔物種が居たからあちらの方角に行くときは気を付けろだとか、依頼の魔物種は自分達が今しがた狩ってしまったから、探すなら逆方向に行ったほうがいいだとか、これが意外と無視出来ない情報が出てくることがままあるようだ。
なので、先客が居たこと自体は珍しくないし歓迎するところでもあるのだが、
「…………これは、どういう状況だ?」
と、ロイド氏も眼前の光景には困惑を禁じ得ない様子だった。
とあるセーフゾーンに辿り着いた俺達が目にした光景を端的に説明すると、
「よっしゃシトロン、そっち持ちや。せーので引っ張るで!」
「は、はい、わかりましたぁ!」
「「せーの!」」
「あいたたたた!待ってひっかかってるよー」
木のうろに尻から嵌った少女を、他の少女が二人掛かりで引っ張り出そうとしている、である。ちなみにその三人のすぐそばにはパーティーメンバーと思われる女性が立っていて、呆れたように頭を抱えている。また見える範囲の少し遠くには、警戒役と思われる更に二人の女性が居て、騒動のほうをチラチラと窺っているが周辺警戒を疎かにするわけもいかず困っているような雰囲気であった。
奇抜な光景を目にした俺がまず気になったのは、彼女等が揃って身に帯びている朱色の色彩だ。嵌った少女のブレザーには朱色のパイピングが施されているし、引っ張る二人の少女も同色のリボンやスカーフを身に着けている。あとの三人も同様に、それぞれ意匠は異なるが同じ色の装備を身に着けているのだ。
「『赤原同盟』ですね」
「そのようだな」
俺の呟きにロイド氏が頷く。
これをどうするべきか、と俺を含むパーティーメンバー全員が、リーダーであるロイド氏の判断を仰ぐ。なにせ、ここ最近のかのクランは頗る評判が悪い。クランそのものが、というより一部の暴走する構成員がと表現したほうが実状には即しているが、クランリーダーである『赤原の女帝』が実質容認している以上は同じことだろう。
その実状とは、とにもかくにも男性蔑視、男性排斥の動きである。酷いもので、男であるというだけで目の敵にしてくるのだ。そしてそんな男と一緒に居る女性には更に風当たりが強い。このところギルド支部で深刻化している男女間の対立および断絶の根本的な理由が『赤原同盟』のそうした活動にあるのは疑いようがない。
ロイド氏が率いるパーティーの男女構成は、俺とロイド氏を含む男性メンバーが四人。ノエルさんともう一人の女性メンバーが二人である。男女混成パーティーなんて、存在そのものが悪だとしてどんな難癖をつけられるかわかったものではない。俺達が世話になっている『剣の誓い』はリーダーであるシリウス氏の意向と威光があって、そんな『赤原同盟』の圧力など知ったことかガン無視上等だとして男女混成編成を続けているが、小規模クランなどでは既に混成編成での活動を諦めているところも少なくない。
ただまあ、ロイド氏の立場からするとクランリーダーの意向には従わなくてはならないが、こうして実際に『赤原同盟』に遭遇してしまうと面倒極まりないと嘆きたくもなるところだろう。直截に言ってしまえば、リーダーの意地を通すために現場が苦労するという構図に他ならない。
一番穏当な選択は、このまま見なかったことにして立ち去る、だろう。
向こうもこちらには気付いているだろうが、見たところなんだかとても取り込み中の様子なので、このまま立ち去る分には特に絡んでも来ないと思われる。
「いや」
だが、ロイド氏は小さく呟いて若干雰囲気を和らげた。
「あれはRPAの中では比較的真面なほうだ」
「というと、穏健派?」
最近問題行動を起こしている連中をRPAこと『赤原同盟』の過激派であるとするならば、かのクランの内部にもそれを問題視して対立している派閥が存在している。それが即ち穏健派である。過激派の頂点がクランリーダーである女帝ことアウグスタ・メルクーシン女史であるとすれば、それに真っ向から立ち向かう穏健派の旗印は女帝の実の孫娘であると聞く。
確かフレデリカ嬢、だったか。俺達と然程変わらない年頃だったと記憶している。
目の前の彼女等が穏健派なのだとすれば敢えて避ける理由はないが、果たしてロイド氏はどこでそれを判断し得たのだろうか。『赤原同盟』の所属討伐者が必ず朱色の装備を身に着けているように、見てわかる穏健派の特徴があるのだろうか。
そう疑問に思っていると、ロイド氏からは単純明快な答えが与えられた。
「あそこに居るのはフレデリカ本人だ」
「…………」
ふむ。
見たところ、俺達と同年代の少女は三人居る。
木のうろにお尻が嵌って動けない少女と、それを引っ張り出そうとしている二人の少女。
一体どの少女がフレデリカ嬢なんだ。嵌っている少女でなければいいなぁ……!
「ケツが嵌っているのがフレデリカだ」
「でしょうね。そんな気がしました」
主に装備のグレードからして。
もっと言えば実のところ、引っ張っている二人の少女には見覚えがある。初日に酒場の一件で渦中に居た二人で、最近はミアベルと友達付き合いをしてくれている二人であるように見える。俺とは面識がないし、ミアベルからは名前も聞いていないが、ノエルさんはたぶん名前くらいは聞いていそうだ。
なんとも言えない気持ちで、目の前で繰り広げられている少女達の痴態(語弊)を眺めていると、途方に暮れた様子のフレデリカ嬢がこちらを見た。
というか俺とバッチリ目が合ってしまった。
「そこのおにーさん!たすけてー」
「え?俺?」
まさか呼ばれるとは思わず、咄嗟に周りのパーティーメンバーに視線を巡らせてみるも、ノエルさん以外の全員から目を逸らされてしまう。
「お呼びだぞコーリッジ。行ってこい」
あからさまに『呼ばれたのが自分じゃなくてよかった』と顔に書いてあるロイド氏に押され、俺は仕方なしに騒動の場へと歩みを進める。心配そうな雰囲気で隣についてきてくれるノエルさんはどこぞの白衣とは違って出来た人である。
フレデリカ嬢が呼んだことで他の彼女等もこちらに視線を向けてきたが、若干の警戒心を浮かべこそするがフレデリカ嬢のほうから呼んだ以上は接近を阻む気もないらしく、道を譲ってくれた。
で、満を持してフレデリカ嬢の元に辿り着いた俺であったが、
「……どうやったらこうなるんですか?」
「私がききたいよー」
格好が格好なので相当恥ずかしそうなフレデリカ嬢は、それはもう見事に嵌っていた。
いや、経緯は容易に推測出来るのだ。
ここはセーフゾーンの一角なので、きっと彼女等も一時の休息のために立ち寄ったのだろう。そして朽ちかけた巨木の根がちょうど良いベンチ風に張り出していたので、そこに腰掛けようとしたのだろう。だが、運が悪いことにその根の一部が焼け焦げていて、炭化して崩れやすくなっていたのだろう。セーフゾーンとて絶対ではないのだから過去に魔物との戦闘があって木が焼けたのかもしれないし、あるいは森の変動によって溶岩が近くを流れたことがあってその影響かもしれない。
ともかく、運悪くそこに体重をかけてしまったためにフレデリカ嬢は嵌ってしまったのだろうが、よくもまあ、こうまで誂えたように綺麗に嵌りこんだなとむしろ感心してしまう。崩れて出来た木のうろは、大きくも小さくもなく、彼女の身体にジャストフィットしていて、だからこそ抜け出すのに難儀しているのだ。
「感心してないでたすけてよー」
「おっと失敬」
そうだった感心してる場合じゃなかった。傍らについてきたノエルさんが視線で『どうするの?』と問い掛けてくるが、なんのことはない。
先程までフレデリカ嬢を助けようと四苦八苦していた彼女等は、両腕を引っ張って彼女の身を起こそうとしていた。上半身だけを引っ張るから変な偏りが出てつっかえるのだ。
まあ、彼女等の体格ではそのようにするしか方法がなかったのは理解するところだが。
というわけで、
「ちょっと触れますよ」
一応断ってから、フレデリカ嬢の背中と膝裏にそれぞれ腕を添えて、そのまま抱きかかえる様に上に持ち上げると、彼女の身体は至極あっさりと脱出を果たした。あまりにもすんなり過ぎて、フレデリカ嬢本人がきょとんとしている。
俺の腕の中にすっぽり収まったフレデリカ嬢は、成程噂通りの美人であると言えよう。人伝に聞く人物評などというのは往々にして美化されるのが世の常だ。特に権力者の善性と、その容姿については。
フレデリカ嬢に関しては、むしろ噂話のほうが現実に追い付いていない印象だ。黄昏色の長髪に、蒼穹色の瞳。白皙の肌と、凛然とした目鼻立ちは祖母の女帝譲りであろう。これだけの器量よしなのに容姿のほうが噂話にクローズアップされないのは、偏に『女帝の孫』というネームバリューのほうが大きいからなのだろう。
「お、おおー!おにーさん力持ちだねー」
「貴女が羽毛のように軽いだけですよ」
「やだなーもう」
俺の拙いリップサービスに律儀に照れた顔をするフレデリカ嬢を近くに下ろすと、彼女はしっかりと自分で立って礼を言ってきた。洒落た衣装の臀部の辺りが炭で真っ黒に汚れてしまっているのは見ない振りをしてやるべきなのだろう。
なお俺は現在インナーハーネスを装備していて、背に負った大剣のマギアドライブが自動で動作の補助を行ってくれているので、フレデリカ嬢の体重程度ならば持ち上げるのにまったく苦ではなかったというのは事実だ。ついでに言うと、筋肉というのは体積当たり脂肪よりも重たいので、ちゃんと身体を鍛えているであろうフレデリカ嬢は見た目スレンダーでも見た目以上に重いというのも事実ではある。
「フレデリカ、貴女おしり真っ黒よ」
徐にそう言ったのは、呆れ顔で騒動を眺めていた女性討伐者だ。俺と同じ鳶色の髪をしているので少しばかり親近感が湧く。
「しかたないよー。残念だけど、この服もう着れないかなー」
「そんなきゃぴきゃぴした格好で森に来るほうが悪い」
「しょんぼりー……」
フレデリカ嬢は自身の衣服を見下ろして悲し気に眉を落とす。
暗色のプリーツスカートはともかく、白に近いベージュのブレザーも裾の部分は炭染みになってしまっているので、これを元通りに漂白するのは結構骨が折れそうだ。
意気消沈するフレデリカ嬢には申し訳ないが、呆れ顔の女性の言葉が正論だ。討伐者活動をしている以上、装備が損なわれるのはある程度仕方がないことだと割り切るしかない。尤も、名誉の負傷には程遠い状況には装備の側も思うところがありそうだが。
「あの、もし良ければ私が『浄化』しましょうか……?」
と、控えめに申し出たのは水魔法使いのノエルさんだ。
浄化と一口に言っても手段は色々とあって、例えば『殺菌』的な意味合いであると光魔法や炎魔法の領分という印象があるが、単純に汚れを落とすという意味での浄化であれば、それは水魔法の独壇場である。
その言葉にフレデリカ嬢が勢いよく振り向く。
「できるの?」
「たぶん……そのくらいの汚れでしたら、数分で綺麗になるかと」
聞くが早いかフレデリカ嬢はノエルさんの手を引っ掴んで巨木の裏側へと引っ張って行き、溜息を吐いた女性討伐者がそれを追う。薄情なことに後方で既に休憩に入っていたロイド氏達のほうからは、パーティーの女性メンバーであるウルシュラ女史が様子を見に行ってくれた。フレデリカ嬢がノエルさんに無体を働くとは思っていないが、だからとて二人きりにするのも色々と心配なので。かと言って俺がついていくわけにはいかないのは言うまでもない。
かくして、この場に残されたのは俺と、二人の少女である。
はてさて、と俺は考えを巡らせる。
どうやらフレデリカ嬢は意図してこの状況を作り出したように見受けられたが、俺に何かをさせたいのだろうか。単純に、世間の『赤原同盟』に対する先入観を払拭するために、自身は異性に隔意がないことを行動で示しただけとも取れるが。
まあ、差し当たりは、
「どうも。ミアベルがお世話になっているようで」
と、挨拶くらいはしておくべきか。




