29話_side_Rit_黒い森
~"騎士の卵"マルグリット~
「そうそう。配置換えの指示あったろ?あれ、変わったことにしといてくれ」
頼むよ、と通信魔法でどこぞに訴えているのは、うちの班を束ねるリーダーの先輩だ。
たぶん相手は隣の区域を担当している班のリーダーだろう。
先程、魔物勢力の再侵攻の予兆アリ、として執行部から配置変更の指示があった。あたし達の班の担当区域はそれなりに魔物の侵攻も多くて、消耗があるだろうからと隣の班と入れ替えを命じられたのだ。
うちの班はあたしを含めて武闘派揃いで、新人のあたしはともかく、各員の戦闘能力も高い。
だからいつも負荷の高そうな戦域――つまり最前線に優先的に配置されるようになり、今日もその例に漏れなかった。
執行部の判断は合理的で、消耗度を考えれば、魔物の侵攻の矢面に立って大部分を引き受けていたあたし達の班と、そのおかげで殆ど戦闘らしい戦闘を行っていない隣の班を入れ替えるのは正しい判断だ。
でも、あたしが思うに執行部の人達は戦理をロジカルに考えすぎる。
士気の違い、というものを軽視しがちだ。
うちの班は好戦的で、戦闘が長引こうとも高い士気を維持できるけど、隣の班は消極的で、できるならば危ない橋を渡りたくない人が多いのだ。義務感ややむを得ない事情で戦場に立っている学生だって少なくない以上、士気の違いは個々人でわりと顕著だ。最もわかりやすい例を挙げれば、自分から志願して戦っている学生と、学院からの要請で戦っている学生が居る。前者がウチの班、後者が隣の班だ。それをちゃんと把握していれば、ここで配置を入れ替えて消極的な班を最前線に持ってきたところで、むしろ戦力的には悪影響だとわかるはずなのに。
現場の裁量、と嘯いて執行部の指示を無視するのは稀にあることらしい。
執行部がこちらの行動を把握する手段は通信魔法による報告しかないので、指示通りに動きましたー、と報告しておけばバレないとか。
うちの班はリーダーを筆頭に全員が武闘派。魔物の増援が襲来すると聞いたところで『おかわり』が来たと喝采するような連中ばかりだ。理由はそれぞれで、リーダーなんかはわかりやすいマジックジャンキーで、とにかく魔法を撃ちまくりたくて仕方がない人。他にも魔物との戦闘の高揚感が大好きなちょっと危ない人とか、単純に魔物に恨みを持っている人とか。
あたしの場合は、まあそこまで熱烈歓迎はできないけど、連戦も望むところだとは思う。
あたしの実家、ベリエ男爵家は所謂成り上がりの木っ端貴族だ。
祖父の代で魔物相手に戦功を立て、陛下から領地を賜った。祖父はもともと平民階級の騎士であり、幾多の戦場で魔物を屠り続けた歴戦の勇士だったらしい。最終的には騎士団を率いる立場となって黒い森の焼却作戦に参戦し、森を焼き払って人類側に取り戻した部分の領土を、そのまま領地として与えられたわけだ。
そんなわけでうちの領土は残存する黒い森と隣り合わせであり、今となっては小さな森だから頻度や規模は高が知れているとはいえ、常に魔物の侵攻に備えなくてはならない立地だ。
だからベリエ家の人間は男も女も区別なく、魔法が使えようが使えまいが、自分の身は自分で守ることを教えられる。
幼い頃から領地の隣の黒い森で、魔物を相手取って育つ、生粋の戦闘者一族である。
あたしの父も叔父も叔母も皆みんな騎士だ。嫁いできた母は平民階級の女騎士。あたしには姉が一人居るけれど、姉もこのエンディミオンに在学していて、あたしが一年生。姉は三年生だ。
姉は魔法も剣も達者で、卒業後はやんごとなき女性を守護する女性近衛騎士団への仕官が内定している優秀な人だ。
今、この戦場にも執行部の一員として参戦している。
姉はあたしの憧れだ。
あたしの実力はまだまだ姉の足元にも及ばない。
そして、あたしにはきっと姉ほどの才覚はない。
だからこそ、あたしは姉よりも努力するのだ。姉の半分の才覚ならば、二倍努力すれば隣に並べる。
故に、魔物の『おかわり』は望むところなのである。
「そろそろ来るぜ。ルーキー、準備は良いか?」
あたしが汗を拭って水分補給をしていると、リーダーが声を掛けてきた。
リーダーを務めているのは三年生のクロト・デ・ジレ先輩。男兄弟ばっかりのジレ男爵家の五男坊。茶色っぽいブロンドをつんつんに逆立たせた、すごくチャラい風貌の先輩だ。着崩した制服の胸元には今日もシルバーのアクセが輝いている。
身を立てるために学生戦力に志願したら、魔物相手に魔法をぶっ放す楽しさに目覚め、いつの間にか趣味になっていたと語る変な人だ。
皆から『リーダー』と呼ばれてるので、あたしもそう呼んでる。
チャラいし、テキトーだし、変人だけど、強いのだ。ここ重要。
うちの班に一年生はあたしだけで、他は上級生だ。
そもそも、学生戦力として黒い森に立つことを許されるのは、基本的に一年生の後期からだ。志願の場合と、学院からの要請の場合があるのは前述の通りだが、どちらにしても入学早々の新入生が投入されることはない。実地に立つのは、学院の前期のカリキュラムで魔物や黒い森についてある程度の知識を得てからだ。
ではあたしが何故ここに居るのかと言うと、例外的に許される場合があるから。
それは、入学時点で既に魔物との戦闘経験があり、なおかつ単身での魔物討伐記録を有する場合。
あたしの実家は黒い森とお隣さんだし、日常的に魔物を相手に鍛錬して育ったわけで、自然と条件を満たしていたのである。
「大丈夫……です。慣れてるし、コンディションは悪くない。です」
「そういえば、実家の森と比べてどうなんだ?やっぱ違うのか?」
別に実家に黒い森があるわけではないのだが。
今のところの感想としては、小型種の魔物は似たり寄ったりだ。だが、森そのものの規模が全然違うので、実家の隣のそれと比べて、ここは戦闘の規模感が大きく感じる。
それに、向こうは森の規模が小さいせいか、大型種の魔物は出現しない。黒い森の実態は魔界とこちらを繋ぐゲートなので、単純に森の規模と、ゲートの許容量が比例しているのだと言われている。小さい森には小さい魔物しか出現しない、という酷く単純な理屈だ。
思えば、今日みたいに大型種の侵攻もあるような大規模戦闘に参加するのは初めてだ。尤も、あたし達のような学生に任せられるのは結局小型種の相手なので、実家に居た頃とやってることはほぼ一緒なのだけど。
「へー。そっちは大型でねぇのか」
「うん。と言っても、こっちでも学生は基本小型種の相手だ……ですよね?」
「まぁな。てか、別にタメ語でいいぞ」
「お気遣いなく、です。じゃあ勝手はわかるます。むしろ、先輩よりも手慣れてると思うですよ」
あたしがそう言うと、リーダーは「生意気だぞぉ」と言って頭をわしゃわしゃしてきた。ちなみにあたしの口調はふざけているわけでなく、これでも真面目に敬語表現の練習中なのである。将来、騎士を目指すならば絶対に必要になるからね。ところがあたしって考える前に口が動くタイプなので、喋ってから思い出したように言葉尻を直すことになってしまって、まあ、こんな感じである。
一応言っておくと、これでも以前よりはだぁいぶマシになっているのだ。ほんとに。
リーダーの腕から逃れようとあたしが身を捩っていると、別方向から声が掛かる。
「慣れてるのかもしれないが、油断はしないことだ」
班員の先輩の忠告に、あたしはムッとする。
そんなことは言われるまでもない。それこそ、幼い頃から魔物と戦っているあたしのほうがよくわかっている。その先輩の忠告は真っ当だけど、その視線が相変わらずのところに向いているので、反感を抱いてしまうのだ。
この先輩、いっつもチラチラとあたしのお尻ばっかり見てくるのだ。
戦場に立つときは学院の制服のスカートの下にアンダーウェアを着ているけれど、下着でなくともぴっちりとラインの出たお尻に視線を感じるのは不快でしかない。
そんなムッツリスケベの先輩はリーダーと同じ三年生で、皆からは『タナカ』と呼ばれている。
本名と欠片も被っていないニックネームで由来も定かでないけど、正直どうでもいいので素直にタナカ先輩と呼ぶことにしている。
更にどうでもいいけど彼も男爵家の出身で、うちの班ではあたしとリーダー、タナカ先輩の三人が貴族階級の学生、他は平民階級の出身者だ。
あたしが「んべ!」と舌を見せると、タナカ先輩は顔を顰めた。
「仮にも男爵家の令嬢がする態度じゃないな」
「お前がケツばっか見るから嫌われるんだろー?そういうとこだぞお前」
「別に、見ていない」
言うまでもなく、あたしだって令嬢教育は受けているから、敬語はともかくとして外面を装うくらいはできる。
だけど、例え先輩でも不躾な輩に払う敬意なんてないのだ。
「でもまあ気持ちはわかるわ。ベリエちゃん、めっちゃ良い尻してるもんな。こう、むちぷり!って感じで美味しそうだよな」
「なに言ってるですアンタ」
「後で揉んでいい?」
「触ったら、ぶっ殺すます」
「おーこわ」
飄々と肩を竦めたリーダーの視線が不意に鋭くなる。
黒い森を侵攻して抜けてくる魔物達の、低く蠢くような息遣いが徐々に近付いてくる。
あたし達は即座に気を引き締め、それぞれが迎撃配置につく。
黒い森は奥深くにて魔界と繋がっており、魔界に近付くほどにその景観は異界染みてくる。逆に言えばあたし達が活動する外縁部はほぼほぼ普通の森林地帯といった景観で、言うなれば魔界へと近付くほどに魔界とこちらがわの植生が入れ替わっていくのだ。あたしの実家の隣の森は規模が小さいので知れたものだが、ここの黒い森の規模を考えれば、奥地の魔境っぷりは想像を絶するだろう。
魔界のスケール感は巨大で、植生においてもそれは例外ではないらしい。相対的にこちらの森林は魔物にとっては狭隘で、大型種においては木々を薙ぎ倒さねば移動すらできない事態が少なくないので、その侵攻ルートはある程度限られてくる。そうして地形的に割り出されたルートを塞ぐように、あたし達は布陣するのである。
あたし達の配置はシンプルだ。所詮は学生レベルなので高度な連携とか無理だし、相手も雑多な小型種なので、そもそも高度な戦法など必要ないからだ。班員は全部で七人。あたしを含む前衛五人が魔物の突撃を受け止め、残りの二人が後衛としてサポートする。
黒い木立からウジャウジャと出てくる魔物の群れに、リーダーが先陣切って嬉々として突撃していく。
「しゃあお前ら!食い放題だぜ!」
ひゃっほー!とかリアルに言いながら走っていくリーダーに、遅れまじと他の前衛連中が続く。
あたしも愛用の長剣を片手に駆け出した。
食い放題がそんなに嬉しいのか、どいつもこいつも先の戦闘時よりもむしろ脚が速くなっているくらいだった。
頼りになり過ぎる先輩達の戦闘狂っぷりに若干引きながら駆けるあたしは、だから気付かなかった。
周りが速くなったのではなく、自分が遅くなっているのだという単純な事実に。
慣れない大規模戦闘の一角に居る高揚感で、自分の疲労を意識できなくなっている失態に。
魔物の相手は慣れているから大丈夫という、その度し難い油断に。
2021/5 学生の士気の違いの根拠、黒い森の景観の説明を追記。リタの敬語下手とお尻の描写を修正。




