28話_side_Gil_黒い森
~"執行部員"ギリアム~
王立エンディミオン魔法学院は、リヒティナリア王国最高峰の魔法使い養成機関である。
魔法使いという一種の特権階級は、日常から農工業、軍事、研究開発に至るまであらゆる分野で重宝される存在だ。それはこの王国の文化そのものが魔法ありきで、その技能を根幹として成り立っているのだから極めて自然なことではある。
だが、魔法使いの最も重要な役割とは言うまでもなく魔物を撃退すること。
魔物は全人類共通の絶対的敵性存在。全世界の黒い森を撲滅するか、魔界そのものを滅ぼすまでは、人類の生存と魔物との闘争は切っても切れない関係にある。
魔法使いは人々の尊敬を集め、様々な優遇措置を享受する権利を有すると同時に、魔物との戦闘で常に先頭に立つ義務を負う。
つまりは、魔法使いを育てる教育機関であるエンディミオンは専門的な対魔物戦闘者を育成する場所でもあるのだ。
学院のカリキュラムでも、三年生になれば講義の一環として黒い森での実地訓練が課される。
学生同士でパーティーを組み、黒い森のごく浅層に繰り出して、雑多な魔物を討伐する間引き作戦に従事するのだ。
どれほど優秀な魔法使いでも、これが出来なければ卒業することは出来ないし、魔物と戦って勝利した実績のない魔法使いは特権階級として認められない。
それが、一般生徒の話。
例えば王宮騎士団に仕官することを望む者だったり、あるいは宮廷魔法使いを志す者だったり、所謂エリートと呼ばれる道へと進む人種は通常の講義とは別に、特別な学生戦力として対魔物戦闘に従事することがある。
至近に黒い森が存在し、戦力的にも充実したエンディミオンという場所は、実は魔物相手の戦闘経験を積み、実績を作るにはこれ以上ない好環境なのである。
そういう学生は基本的には、黒い森からの魔物勢力の侵攻に対する迎撃要員として投入される。
黒い森からは常に魔物が侵攻してくるわけではなく、そのタイミングは不定期だ。
大抵は森の中で繁殖した魔物の個体数が一定値を超えた場合。または大型の魔物が群れを率いて侵攻してきた場合。そして滅多にないが、強力な魔物が意図をもって侵攻してきた場合だ。
魔物という存在は魔力を糧に生きている。
魔界と、それに連なる黒い森の大気中には濃密な魔力が漂っていて、魔物はそれを糧にして発生し、存続すると言われている。だが、それは人が息を吸うのと同じこと。魔物にとっての『食事』とは異なる。
魔物にとっての食事とは、指向性を持った濃密な魔力の塊を摂取すること。
それは時に魔物同士の共食いであり、もっと言えば人間相手の捕食行動である。
つまるところ、魔物は人間を食べるために侵攻しているのだ。
人間は皆、誰でも魔力を持っている。
魔法使いでなくとも、魔力だけは持っているのだ。無論、魔法使いと比すれば無いに等しい魔力量ではあるのだが、大気中のそれよりは高密度には違いない。
故に、魔物にとって極上の餌が魔法使いであるならば、捕食の容易い餌が魔法使い以外の人間だ。
魔力を有するのに、魔法を有さない人間。抵抗しない、文字通り美味しい餌だ。
僕たち魔法使いの使命とは、力無き人々を、魔物の脅威から守ること。
そして、一刻でも早く黒い森を焼き払い、世界から魔物の脅威を駆逐することだ。
「各員、状況知らせ」
耳に装着したイヤーカフ型の魔法道具に手を当て、僕が指示を飛ばすと、各区域を担当している他の執行部員から戦況の報告が上がってくる。彼らはそれぞれ担当の区域に散開している学生班の各リーダーからの報告を受け、それを僕と共有する。
今夜は大型の魔物の侵攻が確認され、それに乗じて雑多な小型種の侵攻が予想された。
大型の討伐は学院に常駐しているプロの戦力が担当するが、広域にわたる小型種の殲滅は学生戦力の領分だ。この学院を魔物から守る戦力の内訳としては、大別して外部から招かれている常駐戦力と、内部から募った非常駐戦力がある。前者は王政府から派遣されている騎士団を中心に、ビジネスとして魔物を狩る討伐者と呼ばれる者達や、その他の傭兵などから構成され、昼夜問わず常に魔物に対する即応部隊として常駐している戦力だ。そして後者は僕達のような高等部の学生や、大学部の学生、それから一部の教員などからなる戦力で、こちらは基本的には学院生活を優先しつつ必要に応じて魔物討伐に参加することがある。
高等部の学生戦力の指揮系統として、頂点に立つのが生徒会長。
会長以下生徒会役員の面々は基本は司令部に居て、学生戦力全体の統括と、常駐戦力その他との連絡役を担う。
そして生徒会の指示の元、実際に現場指揮官級として活動するのが、生徒会の下部組織である僕たち『執行部』だ。
僕ことギリアム・ホーキンスは執行部の副部長であり、本日の現場指揮官の統括役だ。
平民階級出身の僕であるが、魔物との戦闘でモノを言うのは家柄ではなく実力だ。
僕が上に立つことに面白くない顔をする者は後を絶たないが、そういう手合いは実力で黙らせてきた。
「このまま終息すれば良いんだが……」
まあそうはいかないだろうな、と眼鏡の蔓を押さえて思案し、隣の人物に「どう思いますか?」と訊いてみる。
僕の隣で同じように報告に耳を傾けていた女子学生――同じ三年生で、執行部の部長であるマリア・ヘイゼル・ヴァンシュタイン公爵令嬢は、僕の問いかけにおっかなびっくり飛び上がった。
「ひゃ、ひゃいっ!?」
「ひゃいではなく、戦況をどう見ますか?」
溜息を吐きながら、再度問い掛ける。
ヴァンシュタイン部長は、とにかく肝が小さい女性だ。いつもおどおどびくびくしているし、ちょっと驚くようなことがあれば忽ち涙目になってしまう。自己主張が苦手で、人見知りが激しく、緊張すると「おなかいたぃ」と言って蹲ってしまう。
そんな彼女が執行部の部長などと言う大役を任されているのは、ヴァンシュタイン公爵家という比類なき家柄のごり押し――では勿論なくて、彼女が戦闘者としては寒気がするほどに優秀だからである。
人間相手では年下の女の子にも萎縮してしまう癖に、魔物が相手ならどんな大群が相手でも怯みもしない。
副部長の僕が指揮を執っている理由も、このヴァンシュタイン部長が他人に指示を出すという行為をこの上なく苦手としているからだ。
「あのあの……」
「はい」
「ええと……」
「はい」
この人と円滑に会話するコツは、決して急かさず、穏やかな心持で待つことである。
ヴァンシュタイン部長は小柄な女性で、ふわふわの赤毛と、たれ目気味の温和な目つきが印象的だ。公爵家であるというのに、その性格ゆえか全く以て驕ったところがなく、誰にでも分け隔てなく臆病だ。
学院付きの使用人にすらぺこぺこと頭を下げる様子が、一部の貴族学生からは侮蔑と嘲笑の的となっていても、本人はその身勝手な他評にすら申し訳なさそうな顔をする。そんな人なのだ。
「もう一回、再侵攻があると、思います」
「右翼の――B区域のあたりですかね」
「私も、そう思います」
今夜の侵攻は大型の魔物種が主体となっている。大型種は基本的に眷属と呼ばれる小型種を率いているので、それらの迎撃戦が今夜の主戦場となる。最も魔物密度の高い主戦場は『中央』と呼ばれ、そこは学院の常駐騎士団のプロが担当するので、問題なく迎撃するだろう。
ただ、そういう比較的規模の大きい戦闘が起こると、魔力を感じ取った雑多な魔物が釣られて侵攻してくる。そちらの迎撃が僕らの仕事。こちらはあらかた凌いだと思うが、報告を確認するに、中央の魔物密度が想定より薄い。
おそらく、中央の大型種を恐れた雑多な魔物種が迂回して、地形的に考えて右翼方面から再侵攻してくるであろうと言うのが僕と部長の予想だった。
「このまま学生戦力で対応可能と見ますが」
「そ、ですね…………あのあの、ですが」
「わかっています。これまでに負荷が集中していた班は再配置しましょう。ローテーションで前線を入れ替えます」
それでよろしいですか?とヴァンシュタイン部長に問うと、彼女はほわほわとした笑顔で「ありがとうございます」と言ってくれた。
僕がそっけなく「必要なことをするだけです」と返しても、彼女は嬉しげに笑うだけだ。
そんな彼女の笑顔を微妙な心持ちで見遣る。
僕は僕の目的のために戦功を求めて執行部に参加しているし、そのために必要だから類稀なコミュ障である部長の補佐をしているに過ぎないのだ。そうでなければ、打たれ弱い公爵令嬢などという特大の見えてる地雷に誰が近付くものか、と言いたい。
いわば、目的のために仕方なくやっていることに、こうも嬉しげに感謝されると、居た堪れないものがある。
生憎と僕はゴマの擦り方は教わっていないので、部長に対してもわりかし明け透けにつっけんどんな態度だと思うのだが、何故かこの人、僕に対してはそれほど怯えないんだよな。それで特別な感情を向けられているなどと考えられるほど御目出度い発想はしていないが。
なんでただの平民の僕が、公爵令嬢様に懐かれてしまったのか……、と数奇な運命に溜息を吐く。
コミュ障の部長は確かな戦術眼があるのに、それを他者に伝えることが出来ないという致命的な欠陥を抱えている。
よって指揮官としてはあまり役に立たないので、専ら強力な戦闘能力を活かした遊撃戦力として役に立ってもらっている。
もうギリアムが部長やったほうが早いんじゃないの、という部員の声も無くはないが、なんだかんだで部長の圧倒的戦闘能力に対する畏怖と、公爵家という家柄の威光は、下の者を統率するのに一役買ってはいるのだ。
平民の指示なんかには従えない、という無意味にプライドの高い貴族学生も少なくないし、そういう輩を黙らせるには部長の家柄は非常に役に立つ。要は、部長が僕を利用するように、僕も部長を利用しているだけ。
……という、ビジネスライクな関係が理想だったんだけどなぁ。
「あの、部長」
「?」
「近いです」
ぴっとり、と僕の腕に触れるか触れないかの位置で立つ部長を見下ろしながら苦言を呈すると、彼女は「あっはい」と言って少し離れた。
距離にして、1センチくらいは離れてくれた。
ヴァンシュタイン部長は小柄な体躯には不釣り合いなまでのご立派なモノをお持ちなので、僕としては少し身動ぎしただけでそれに肘が触れそうな距離感が気が気でない。
僕が思わず頭痛を堪えるような仕草をすると、部長は心配そうに見上げてきた。
いや、だから……。
「近いです。部長」
「あっはい」
そう言って、今度は2センチくらい離れてくれた。
それから、
「あっ……」
ちょっと離れ過ぎちゃった、とでも言わんばかりの表情で、すすす、と3センチくらい近付いてくる。
そしてご満悦の表情で、頭からぽやぽやと花を飛ばし始める。
僕は溜息を吐いた。
2021/5 細部の描写を修正。
2021/7 戦力の説明を追記。学生だけに戦わせてるのはおかしいので、教員も駆り出されてるよ~。




