317話_side_Miabel_少し前_コーリッジ男爵領
・時系列的には休暇が始まってすぐの頃に戻ります。
・ハイゼン姉妹がまだバッヘル領に到着していない時間軸です。
~"主人公"ミアベル~
「それじゃあ、いってきまーす!」
両親に見送られて家を出たわたしは、一路、コーリッジ男爵家の別邸を目指す。
ロイの実家であるコーリッジ男爵家の本邸はここからだと少し距離があるのだけど、所謂別荘てきなものがわたしの実家の程近くにあるのだ。幼少期、ロイはそこに滞在していて、わたしとよく遊んでくれていた。尤も、当時のわたしはそもそもロイが貴族であることも知らなかったし、コーリッジの別邸にも行ったことはない。わたしも敢えて訊いたりしなかったし、ロイも身分を告げるようなこともなく、『近くに住んでいるちょっと良いお家のお坊ちゃん』くらいの認識で居たと思う。
「あれま!ミアベルちゃん、そんな大荷物持ってどうしたの?」
「友達と旅行なんです。いいでしょー」
顔見知りのおばさんに自慢しつつ、わたしは背負ったリュックを揺らした。
旅行、なんて言ってみたものの、そんなのは平民には縁遠い言葉である。時間とお金が有り余っている貴族のすることだ。そうでなければ誰だって必要に迫られなければわざわざ遠出したりしないし、それこそ生まれてから死ぬまで同じ場所で過ごす人だって珍しくない。
わたしの言葉を、ちょっと見栄を張った冗談だと受け取ったのか、おばさんは微笑ましそうな顔で「気を付けてね」と見送ってくれた。たぶんおばさんはわたしの目的地が然程遠くではないと思っている気がするけど、ところがどっこい、これからわたしが赴くのは王国東部のブラッドフォード伯爵領である。
勿論一度も行ったことないし、というかこのコーリッジ領に住んでいる人達で行ったことがある人のほうが少ないと思う。
当然わたしの家の経済力ではそんな遠征は夢のまた夢なので、完全にロイ頼りなわけだけど。
暫く歩くと平民の居住地域を抜け、緑が多い閑静な道のりになってくる。
喧騒から程好く距離を置いた林道の先にあるのが、コーリッジ家の別邸だ。
わたしが辿り着くと、門の前では既に馬車が待機していた。平民視点で言えば自家用の馬車を持っているというのがまず凄いことだが、生憎と王都の学院で壮絶な貴族を見過ぎたわたしには最早『ああ、普通の馬車だな』としか思えない。
「まあ実際、普通の馬車だからな」
言いつつひょっこりと出てきたのは私服のロイである。
「あれ、わたし声に出てた?」
「しっかりとな」
「ごめーん」
普通に失礼だったのでわたしが謝ると、ロイはいつものように肩を竦めた。
ちなみに普通じゃない馬車とはなんなのかと言うと、それはもうオーダーメイド品だ。特有のデザインだったりギラギラの装飾だったりするやつ。王都ではわりとよく見かけた。馬車なんて受注がきて初めて職人が作るものだから、ロイの家のこれだって広義ではオーダーメイドなんだろうけど、要するにデザインや装飾にオリジナリティを出すほどのお金が掛かってないっていう意味の『普通』である。
「わたしとロイの二人だけ?」
「なわけがない。馬車の御者と、それからウチの使用人が二人同行する。御者は俺達を送り届けたら馬車と共にこちらに戻ってくる手筈だが、」
「私達は、滞在先まで付いてくよ」
ロイの言葉を引き継ぐように現れた人物に、わたしは目を丸くした。
コーリッジ男爵家のシンプルな従者服――つまり市販品に申し訳程度に家紋をあしらっただけのメイド服を纏った、茶髪のロングウェーブヘアが特徴的な若い女性だ。わたしにとっては非常に見覚えがあり過ぎる人物。
「クリスお姉ちゃん!」
「おうよー」
わたしの驚きを楽しむように、彼女はにっかりと愛嬌のある笑みを見せた。
クリスお姉ちゃんことクリスティンさんは、コーリッジ男爵家に仕えていたメイドさんである。わたしとロイが幼少期に会っていた頃から勤めていて、基本的にロイのお目付け役的な立ち位置でわたし達の遊びに同行することが多かった人だ。
あの頃既に二十代だったはずだから、今は三十を超えているはずなのだが、驚くほど変わっていない。
いや、実際には、ちょっとだけ、ふくよかになられたかもしれない。
「ミアベルおめー美人になったなー。こいよベイベーはぐしてやるぜ」
ああこの独特の喋り、とってもクリスお姉ちゃん味が深い。
わたしはリュックをその場に落とすと、両腕を広げた彼女に遠慮なく飛び付いた。あの頃は彼女の胸にも届かないくらいの身長差があったけど、今では頭の高さが殆ど変わらなくて少しだけ驚いてしまう。
一頻り強く抱擁した後で、わたし達は身体を離す。後ろではロイが空気を呼んでひっそりとわたしのリュックを回収して馬車に積み込んでいた。
「お姉ちゃん、メイドさん辞めちゃったって聞いてたのに」
「ああうん。だけど復帰した」
「そうなんだ!」
「昨日な!」
「昨日!?」
バッとロイを見ると、彼は苦笑して頷いた。どうやら本当に昨日復帰したところらしい。
わたしと彼女の交流はロイが王都の学院に通うためにこの領を去ってしまった時に途絶えていた。ロイはエンディミオンに通い始める前から王都の別の学院に通っていたので。
あくまでもわたしはロイの個人的な友人だったので、彼がここに居ない以上はわたしとコーリッジ家の使用人とが関わることもなくなった。で、今年になって学院でロイと再会した後にはクリスお姉ちゃんのその後のことも勿論聞いてみたのだが、そしたら『結婚してメイドを辞めた』とロイは教えてくれたのだ。クリスお姉ちゃんはわたしが『メイドのお姉さん』に憧れを抱くきっかけになった人であり、率直に言って憧れの人だったので、彼女がメイドを辞めてしまったと聞いた時は結構残念に思ったものだが、結婚という幸せを掴んだが故とあれば是非もない。
なお、その憧れを拗らせた結果が今日のクラリスさんとの交流に、ひいてはアシュタルテさんとの交流にも繋がっているので、つまるところわたしにとってクリスお姉ちゃんとは間接的な人生の恩人であるといっても過言ではない。
「子供もそこそこ大きくなったし、私はバリバリ働いてバリバリ稼がねばならんのだよミアベル君」
「あ、お子さんも居るんですね」
「んー、今五歳。これからは大教育時代が来ると私は睨んでいる。教育にはお金が掛かるので、へっぽこぴーのぷーに代わって自分で稼ぐ所存」
もしかしなくても、そのへっぽこさんは旦那さんのことだろうか。
ちらりとロイを一瞥すると、やっぱり苦笑気味に頷いた。
ともかくそういう事情でお姉ちゃんはメイドさんに復帰したらしい。
「え、てことはお姉ちゃんがわたし達と一緒に来てくれるの!?」
「いえす」
「やった!」
「ちなみにもう一人の同行者はそこに」
え、とお姉ちゃんが適当に指差した先を見ると、いつの間にかダリオさんが直立不動で立っていた。
「あ、居たんですかダリオさん」
「まさか言われるまで気付かないとは思わなかった」
「居るなら居るって言ってくれればいいのに」
「言ったけど無視されていたという事実に俺のハートは折れそうだったぞ」
あ、言ってたんだ。普通にお姉ちゃんしか見えてなかった。
ダリオさんは相変わらずのギラギライケメンだけど、学院で会った時に比べると明らかに表情が硬かった。理由はわかっていて、十中八九クリスお姉ちゃんのせいだ。彼にとってクリスお姉ちゃんは天敵みたいな存在らしくて、幼少期にわたしとロイが会っていた際にお目付け役で付いてくるのはクリスお姉ちゃんとダリオさんだったわけだけど、その当時からダリオさんはクリスお姉ちゃんが苦手だったっぽい。
「私がこの度この旅に急遽同行することにしたのは、このすけこましがミアベルに妙なことをしないように監視するためだという説が濃厚らしい」
「しない!俺をなんだと思っているんだ」
「ぼんくら」
そうそう、こんな感じだった懐かしいなぁ。
「てか坊ちゃん、実際ダリオ要らんくね?コイツなんで付いてくんの?」
「いやそれ俺の台詞なんだが!?」
「ダリオを家に置いておいてもなんの役にも立たないどころかシモンの邪魔しかしないからな」
「それもそうか」
「え?坊ちゃんは俺の力を必要としたから同行させてくれるんじゃなかったのか……?」
「その発想はなかった」
実際のところロイはダリオさんをちゃんと頼りにしてるのは知ってるんだけど、今告げた理由も嘘ではないんだろうな。
なおダリオさんの弟であるシモン君は本来ロイの弟くんの専属従者となる予定なのだそうで、この休暇中は本来の役目に立ち返って弟くんの傍で仕事をすることになっているとのこと。
「子供二人とメイドだけの道中では何かと不都合もあるだろう?やはり男手はあったほうがいい。例えそれがダリオでも」
「確かに。居ないよりはマシかもしれんね。ダリオでも」
「くそぉ!誰か俺に優しくてくれる人は居ないのかっ!?」
頭を抱えるダリオさんがチラッチラッと非常にわざとらしくわたしのほうを見てくるので、まあ流石に可哀そうだしわたしくらいは優しくしてあげようかな、なんて思って口を開こうとした矢先、クリスお姉ちゃんが言う。
「ミアベルにエロい目向けないでくれます?」
「どこが!?俺がいつそんな目をしたぁ!?」
「お前は存在がエロだから、そんなお前の視線は須らく変態味を醸し出してしまうことが確定的に明らか」
理路整然と謎理論を展開したクリスお姉ちゃんに、ダリオさんは咄嗟に言い返そうとして、しかしふと少々考え込む。
それから神妙な顔になって、
「成程。一理ある」
…………あるかなぁ?
「よし。それじゃあ出発しよう。ブラッドフォードに向かうには鉄道馬車が使えるから、まずはその駅に向かうぞ」
「はーい」
そんなノリで、わたし達の旅は幕を開けたのであった。




