247話_side_Ju_王都_ローゼンハイン別邸
~"氷練の貴公子"ユリウス~
とある休日。私は再びグラハム卿の元を訪れていた。
用件は前回と同じ。彼の孫娘であるミリアム・リィズ嬢の身辺調査?の件だ。正直、卿から相談を持ち掛けられた時にはまさかここまで拗れる案件になるとは思っても居なかった。
しかしながら、一度関わると決めた以上は、最後まで関わり抜くのが当然の誠意だ。私の協力がものの役に立つかはあまり自信がないが、微力を尽くしているところであった。弟のパトリックがミリアム嬢の最初の交際相手であったという事実があるので、私も完全に無関係というわけではないし、だからこそ少しは力になれることがあるかもしれない。
前回訪れた際にはグラハム卿の書斎に通されたが、今回家令に案内されて辿り着いたのは邸の中庭を臨むサンルームであった。今日は晴天だが日差しは然程強くなく、程好い明るさに満たされた部屋で、グラハム卿は書類に目を通していた。
遠目に見る限りは、どうやらこれまでにミス・ドロシーが寄越した報告書の類を読み返しているようだ。
家令が私の入室を告げると、卿は掛けていたシニアグラスを外してこちらを見遣る。出迎えのためにソファから腰を上げようとした彼を身振りで制する。下肢に不自由を抱えている卿に些細なことで負荷を掛けたくはない。
私にとってグラハム卿は偉大なる先達であると同時に、肩を並べて戦った戦友でもある。親子以上に年の離れた相手ではあったが、今更畏まる仲でもないので常通りに軽く挨拶を交わす。
「今日はミス・ドロシーから直接の報告があると聞いていますが」
「うむ」
たまたま私のほうが早く到着しただけのようだ。私は休日でも常に腰に佩いている愛剣を鞘ごと留め具から外すと、ソファの脇に立て掛けつつ腰を下ろす。再び書類に視線を落としたグラハム卿が唸るような声で言う。
「娘子の報告がどうであれ、これで一先ず幕とするつもりだ」
「そうですか。わかりました」
「尤も、娘子の口振りでは色々と見えてきたようだが」
それは期待出来そうだ。そうであるからこその今日の報告ということか。
「それと、」
「はい?」
「卿には告げていなかったが、もう一人、客が来る」
「私とミス・ドロシーの他に、という意味ですか?」
私が確認するとグラハム卿は重々しく頷いた。
別にこの場の参加者がグラハム卿の一存で増えようとも私個人は一向に構わないが、少しばかり意外なことではある。なにせ、話す内容が内容だ。逆に考えれば、まったく無関係の人間が現れるはずがないということでもある。
直截に告げないグラハム卿の口ぶりからすると私が見知った相手ではないのかもしれないが、とりあえず名前くらいは知っておきたいと思って訊ねようとすると、丁度のタイミングで家令が現れる。先程私をこの場に案内したのと同じ初老の家令は、やはりというかその後ろに一人の人物を連れていた。どう見てもミス・ドロシーではないその人物は、まさしく卿が告げたもう一人の客人とやらだろう。
第一印象を端的に述べるとすれば、美女だ。
生憎と同僚以外の女性にはとんと縁のない私であるが、容姿の美醜くらいは正しく判断出来る。この人物の容姿が平均というレベルを大きく逸脱するほどに美しいのは、女性慣れしていない私だからそう思うのではなく誰に訊いてもそう言うだろう、という程度には鮮烈な美貌である。
年齢は私と同年代か、少し若いように見える。
いかな私と言えどこれほどの美人の面影を見知っていれば忘れはしないだろうから、おそらく初見の相手だとは思うのだが、何故か少しの既視感を覚えないでもない。
彼女は室内にグラハム卿の他に私が居ることを認め、私と視線が合うと蠱惑的に目を細めて微笑した。
「珍しい男が居るわね」
たった一言発しただけだというのに、私はこの女性から酷く傲慢な印象を受けた。不思議なことにそれが鼻につくわけでもなく、まるで斯く在るべしとでも言わんばかりに違和感がない。
人の上に立つことに慣れた者特有の空気感である。私も立場上それなりに慣れ親しんだ感覚であり、しかし騎士を志した私の肌には合わなかったものでもある。
あまりにも強烈な存在感に視線を奪われてしまった私は、思わずまじまじと彼女の姿を観察してしまう。
彼女は一見して、討伐者に代表されるような活動的な家業の女性を彷彿とさせる、矢鱈と肌を見せる装いをしていた。トップスの黒いシャツは襟元が大胆に開かれていて豊満な胸元を惜しげもなく曝け出し、ボトムスは同じく黒いデニムのホットパンツでしなやかな脚線美を見せ付けるかのようだ。その上から纏った腿丈の外套の色もやはり黒。鈍く輝く金属の装飾を要所に施した厚手の外套は、見るからにファッションではなく機能優先の装備品といった趣だ。
そして黒一色の装いと透き通るような肌の白が織り成すコントラストに強烈なアクセントを添えているのが、彼女の首元を彩る真紅のストールと、眩いくらいの金色のロングヘアーである。
「よく来たな。適当に座るといい」
「そうさせてもらうわ」
グラハム卿らしい歓迎の言葉に素っ気なく応じると、彼女は勝手知ったるように歩を進め、私の眼前を横切ると空いていたソファに腰を下ろした。何気ない所作の一つ一つが恐ろしい程に艶美で、座って、脚を組むというだけの仕草が背徳感すら漂わせる。
彼女の足元を覆うのはこれまた黒のロングブーツだった。脚部を保護することに重点を置くなめし皮の装甲を配した、やはり討伐者御用達の逸品である。
私の視線に気付いた彼女は、挑発的な笑みを向けてきた。夜明けを押し込めたような瑠璃色の双眸が、酷薄な輝きを宿してちらちらと揺れるようだった。
「どうかした?私のことが気になるの?」
「い、いえ」
正直、色々な意味でとても気になるが、少なくとも無遠慮に女性を凝視するのは紳士的ではないと思い立ち、私は慌てて詫びようとした。
が、その前にグラハム卿が口を挟む。
「気になる」
え、と私が思わず視線を向けるのと、彼女が興味深げに小首を傾げるのは同時だった。
両者の視線を受けたグラハム卿は、どことなく呆れたような顔で言葉を続けた。
「その振る舞いはなんのつもりだ、娘子」
「キャラ作りだけど、なにか?」
「はい?」
風格すら感じさせる美貌の彼女の口から出てきた言葉が予想外過ぎて、私は虚を突かれた。そんな私を放置して、彼女はグラハム卿に問い返す。
「強キャラ感が出ているでしょう?ん?」
「……若者の考えることはわからん」
既に疲れたような雰囲気のグラハム卿をむしろ面白そうにニヤニヤと眺めている女性という異様な構図に、私は意を決して割って入る。
「すみません、グラハム卿」
「む?」
「とりあえず、この女性を紹介していただきたいのですが……」
目の前に本人が居るというのにグラハム卿に紹介を頼んでしまうあたりが、私の女性経験の乏しさを物語っていると言えよう。情けない話だが、そちら方面の経験に乏しい私にとって、いきなりこんな鮮烈な美人と相対するのはハードルが高過ぎる。
すると、何故かグラハム卿は意外そうに眉を上げた。
「何を言っておる。卿も知っておるだろう」
「はい?」
当然のように言われて困惑しながらも、私は今一度女性のほうへと視線を向けてみた。彼女は私に対して相変わらずの挑発的な笑みを浮かべていたが、その表情からいきなり鋭さが抜けた。へにゃりとでも擬音が付きそうなくらいに、彼女の表情がとろけて、こう言ってはなんだが締まりのない笑みに早変わりした。
そのまま、脱力しそうなやる気の無さで片手を振って謎のアピールをしてくる。
なんだろう、最初から感じていた既視感が強くなった気がする。
答えが出そうで出ない私に痺れを切らしたのか、グラハム卿があっさりとネタばらしをしてくれた。
「アルファだ」
「ああっ!!」
どうりで既視感があるわけだ!
私自身は遠目に見たことがあるだけだし会話をしたこともないが、それでも報告から外見特徴くらいは認識している。アンノウンであるアルファを警戒し情報を把握しておくのは常駐騎士団の副長として当然のことだった。
言われてみれば確かに、この鮮烈なまでの美貌も、神秘的なまでに完成された肢体も、成程あの謎のアヴァターのそれである。
驚愕する私の反応を見て、ミス・アルファは満足そうに笑みを深めた。先程までの蠱惑的な顔ではなく、無邪気な少女のようなあどけない笑みであった。
「どうどう?討伐者っぽく決めてみたんだけど、見えるかしら?」
ぴょんと立ち上がって、ミス・アルファは自身の装いをこちらに見せ付けるようにその場でくるりと回って見せる。先程までの振舞いが曰く『キャラ作り』の演技であったとするならば、打って変わって快活とした現在の態度が彼女の素の性格なのだろう。
グラハム卿は「儂に訊かれても困る」と言って早々に匙を投げ、私に視線を寄越した。
私には身近に討伐者をやっている友人が居るので、年齢的にも卿よりかは最近の討伐者界隈のファッション事情に詳しくはあるだろうが、しかしである。
「すみません、ミス・アルファ、直視出来ません」
「ぅえ!?そんなダサい!?やっぱ指ぬきグローブは私には早かったか」
「ぁいえ、そういうわけでなく。貴女の格好は私には刺激が強過ぎます」
まず、脚を見せ過ぎだと言いたい。そして次に胸元を隠せと言いたい。
あと別に指ぬきグローブは構わないのではないだろうか。実用品だし、それこそファッションで身に着ける者も少なからず居ると聞く。
「えっ、だってこれがナウなヤングにバカウケだって聞いたから……」
「本物の今時の若者はナウなヤングとは言わんと思うが」
ぼそっと呟くグラハム卿のツッコミが光る。ちなみにそれこそグラハム卿がヤングだった頃に流行った表現だと思いますがそれは。
「時に娘子、おぬしのその髪はどうしたのだ。染めておるのか?」
そう言えば、ミス・アルファは白髪であったはずだと私は思い出す。見掛けで彼女だとすぐに気付けなかったのも、全身を彩る色彩がまるっと変わっていたという点がわりと大きいと思う。
元々彼女のことを大して知っているわけではなかったが、それでもミス・アルファといえば白、というイメージはある。
グラハム卿の指摘に、彼女は「ああこれ?」と自身の頭髪を一房持ち上げた。彼女の元の頭髪が月光の白だとすれば、現在のそれは陽光の金だ。
「ちょっと面白いのよこれ。よぉく見ててね」
殊更に見せるようにゆっくりと、彼女は髪を梳くように両手を滑らせた。
すると驚くべきことに、彼女の金髪から色が光となって湧き上がるように、金色の粒子が宙に舞う。光が抜けた後の頭髪は元通りの純白へと戻っていた。
私にはその光の正体が即座に理解出来た。
「魔力、ですか?」
「アヴァターって全身これ魔法だから、髪の毛すらも魔力の媒介になってるみたいね」
「そこに娘子の金色の魔力を通わせると色彩が変わるわけか」
ということは彼女の魔力が金の色彩を有するから金髪であっただけのことで、仮に彼女の魔力が赤ならば赤髪になっていたということか。グラハム卿を始めとして、私もこれまで結構な数のアヴァターを目にしてきたが、これは初めて見る現象だった。
尤も、そもそも人間と酷似した外見を有するアヴァターというのが珍しい部類になるという事情はあるが。
「面妖な…………吃驚人間だな」
顎を撫でながら、感心半分呆れ半分くらいに呟かれたグラハム卿の言葉に、ミス・アルファは憮然として「おじいちゃんにだけは言われたくないわ」と返していた。
「私に言わせれば、どっちもどっちですよ」
そうツッコミを入れると、両者は揃って微妙な顔をしていた。
「他人事みたいに言ってるけど、貴方も大概だからね」「うむ」
「えっ?」




