246話_side_Pr_アシュタルテ別邸_離れ
~"転生令嬢"プリムローズ~
「おお……アンタ、衣装持ちなんだな」
アシュタルテ別邸の敷地内にある使用人居住用の離れにて。
クラリスちゃんの私室――の隣の部屋に足を踏み入れたヴァイオラの第一声である。部屋中至る所に、という程ではないが少なくとも収納に困っていそうなレベルで存在を主張する衣服の数々は全てクラリスちゃんの私物であった。
大部分は私が無理くり買い与えた物なわけだけども。
「ヘイヘイ、リトルレディ!クラリス嬢に貢いでんのか?」
「その通りだがなにか?」
「……平然と肯定されると返す言葉がねえぜ」
学院に入学してからはとんとご無沙汰であったが、着飾ったクラリスちゃんの姿を鑑賞するのは私のライフワークと言っても過言ではない。原作的な意味でタイムリミットが決まっている私は、基本的に余暇の時間はほぼ全てを自己研鑽に費やしている。そんな私の数少ない――というか唯一の趣味が、クラリスちゃんを着せ替えすることなのである。
元々、私のクラリスちゃんに対する想いの始まりは、前世の私と同じ道を辿って欲しくないという願いであった。
自らの容姿を呪い、生まれてきた意味を全否定するような結末を辿ることがないように。
そういうわけで、最初はクラリスちゃんが少しでも彼女自身の容姿を好きになってくれるようにと願って、遠慮がちな彼女に無理矢理衣服を買い与えたりしていた。孤児院育ちの彼女は物持ちが良いというかぶっちゃけ貧乏性で放っておくとずっと同じ服を着続けているような子だったので、『侯爵令嬢の傍付になるからにはうんぬんかんぬん』とか尤もらしいことを並べて言い包めたのも今は良き思い出である。
「――で、結局私のほうが沼に嵌ってこのザマなわけだが」
「Oh...」
それもこれもクラリスちゃんが素敵過ぎるのがいけないのだ。あれもこれもと色々買い漁っているうちに気付けば彼女の私室だけでは仕舞いきれなくなって、隣の部屋をお嬢様権限で衣裳部屋に改装したくらいだ。ちなみに本邸のほうはどうなのかというと、ここに比べれば大人しいものだ。というのも、やっぱり王都は流行の最先端だけあって衣服の入手性が良いのだ。逆に辺境の侯爵領ではいかにオシャレしたくてもこうはいかない。
「だがな、クラリスは私が買わねば自分のためにちっとも散財しないのだ。勿体ないとは思わんか?」
「おそれながらお嬢様、それは私の台詞にございます」
「いや、まあ、アンタ等が相思相愛なのはよくわかったよ」
クラリスちゃんはクラリスちゃんで日々私を飾り付けることに余念がないので、実は私の衣裳部屋も似たような有様である。私もクラリスちゃんも自分自身のことは棚の上にでも置いておいて、とにかく相手をデコることに心血を注いでいるのであった。
「んで?俺はクラリス嬢のコレクションの整理整頓でもすればいいのか?」
「んなわけがあるか馬鹿者」
別にしたいならばしてくれても一向に構わんが。
わけもわからず連行されたヴァイオラは訝し気にしているが、ここに彼を連れてきたのは勿論目的あってのことだ。
「この後、少々出る予定があってな」
「ほお?」
「カモフラージュのために変装をしたいのだ」
この後の予定とは何を隠そう、おじいちゃんことグラハム卿のお宅訪問である。
別にこの格好のまま行ってもいいっちゃいいのだが、少々思うところがあってクラリスちゃんの衣服を借りてイメチェンしてみる所存なのである。
ヴァイオラは奇妙なモノを見る目で私とクラリスちゃんの間で視線を往復させた。
そして鼻で嗤う。
「ヘイ、背伸びしたいお年頃なのはわかるが、流石に無理があり過ぎるだろう」
「そう思うか?」
「そらぁな。リトルレディがクラリス嬢の服を着るのは、まあ五年待っても無理だろうな」
ふっふっふ。素直な感想をどうもありがとう。
侮辱されて憤るどころか不敵な笑みを見せた私に、ヴァイオラは眉を顰める。
私は二人を部屋の入口に残したまま、無造作に歩みを進めて部屋の中心に立つと、くるりと振り返った。
「ならば見るがいい!我が真の姿をっ!!」
小さな身体を精一杯大きく見せるために胸を張って、大仰に片手を振り上げ、謳う。
情熱と気品を纏って、今、必殺の!
「てんっ!しんっ!!」
効果音をセルフでつけるならば、『でゅわっ!』である。
聖夜のイルミネーションさながらに光を撒き散らしてアヴァターを展開した私に、ヴァイオラは咄嗟に目を庇って「うおっ」と声を上げる。初回サービスの演出に余念がない私は、ちゃんと無駄に一回転して光翼を広げ、部屋中に輝く羽毛を撒き散らす。
なおただの魔力塊なので掃除の必要はないエコ仕様なのだ。
「どぉだ!おそれいったか!」
僅かに浮かびながら、虚空に仁王立ちして腕を組んだ私に睥睨されて、ヴァイオラは顎が外れそうなくらいに大口を開けた間抜け面であった。折角の色男が形無しである。
「あめいじんぐ……たまげたぜこりゃあ」
「ふははは!貴様の大好きなむちむちぷりん様だぞ!あがめよぉ~」
「ははぁ~!!」
ノリよくその場に平伏して見せるヴァイオラに私が気分よくにやけていると、なんだかとっても微妙な顔をしているクラリスちゃんに気付く。
「どったのクラリスちゃん。おなかいたい?」
「いえ、強いて言えば頭が……ではなく、お二人のノリに少々ついて行けず」
身を起こしたヴァイオラと私は顔を見合わせた。
ついいつものノリでやっちゃったけど、そう言えばクラリスちゃんはそもそもヴァイオラとは今日初対面だし、私達のノリを理解しているはずもなく。
「すまねえなクラリス嬢、ついいつもの癖で」
「え?いつものことなのですか?その遣り取り」
「だいたいそうね。ヴァイスヤークトの最古参の連中ってマブダチみたいなもんだからさ。ついつい」
ちなみに最古参と言えば本当に最初の最初から居る、つまり結成当初の面子のことである。
今でこそそれなりに戦力の充実した部隊の顔をしているヴァイスヤークトであるが、最初はそれはもう厳しいものであった。任務の達成は元より資金繰りとか、人員拡充とか。私とハイメロートの二人三脚時代がそもそも相当長かったし、ヴァイオラとかが加わってからもしばらくは赤貧集団だったもんなぁ。
私がハイメロートと出会ったのが大体五年前だから、そこから二年くらいは自転車操業だったかな。経済的な意味で侯爵家から独立出来たのも、実はわりと最近の話である。
つい遠い目で過去を偲んでしまう。
「あの頃はマジで酷かったよなぁ……」
「ねー。流石のヴァイオラも半ベソで悪態吐いてたよねぇ」
「ヘイヘイ、ローズちゃんがちびった話でもしてやろうか?」
「ちびったのはヴェルメリオでしょ。私じゃないしー」
「ところがどっこい、アンタもちょぉ~っとだけ出ちまったの知ってんだぜ俺は」
「なんで知ってんのよ」
「魔剣ニキに聞いた」
「喋ったなアんにゃろぉ~!!」
と、そこまで会話して私とヴァイオラは揃ってクラリスちゃんへと真顔で向き直り、
「「こんな感じ」」
「は、はぁ……そうですか」
まあ実際、ヴァイオラにアヴァターを見せるのは初めてだし、ていうか転神出来ることすら教えてはいなかったけど、彼は別に驚かないだろうなとは思っていた。でもちゃんと驚いた振りをしてくれるとも思っていた。
なんとなくリアクションが予想出来る程度には長い付き合いなのだ。最初の頃は私も時間魔法に目覚めたばかりで手探り状態だったし、冗談抜きで死に物狂いで戦っていたから、その時からの戦友である彼等との関係性は生半可なものではない自負がある。
散っていった者達も少なくはないが、だからこそ生き残っているメンバーはあらゆる意味で貴重だ。
「話戻すけど、私のアヴァターとクラリスちゃんって殆ど体型変わらないから」
「成程なぁ」
演出はもういいのでアヴァターの光翼等の出力機関は仕舞っておいて、私は部屋の床に降り立った。
さて、本日ローゼンハイン邸を訪れるにあたって私が正体を隠す必要は、実のところ別にない。現時点で私とローゼンハイン家にはなんの関係性もないので、いきなりお宅訪問は怪しいと言えば怪しいが、理由なんてどうとでも用意出来るわけだし。
では何故わざわざアヴァター姿になって更に変装をするなんていう手間を掛けるのかというと、一言で言えば必要だからだ。
いや必要あるのかないのかどっちやねんっていう話だけども、お宅訪問のために正体を隠す必要はないけど、それとは別件でアヴァターを纏う必要があって、となれば正体を隠す必要も自然と生じるということだ。
アヴァターを纏う必要性とは、即ち経験値稼ぎである。転神状態が私という魔法使いのハイエンドであるのは間違いないし、これは今後の展開を考えても絶対に必須のカードなのだ。主人公ちゃんと戦うにしろ魔王と戦うにしろ、転神は必須。しかし切り札を温存し過ぎた結果いざ使おうとしたら使いこなせませんでしたではお話にならない。となれば転神状態で魔物なりなんなりと戦って経験値を稼いでおきたいと思うのが私なのだが……ここで問題となるのが、いや何度も同じこと言って済まないと思うけど、こればっかりはしょうがないのだ。
RIPが怖過ぎて迂闊に転神出来ない件。
ということなのだ。ほんとあのシスターには困ったものである。真面目に。
少なくとも当初のプランであった、学院近傍の黒い森で中ボス(仮)を捜索しつつ転神状態で魔物狩りをして腕を磨くという手段はとれなくなったので、代替案を模索する必要性に駆られた。
でまあ、もうすぐ学院も長期休暇に入ることだし、今のところは実家のお役目もないわけだし、ここはひとつアヴァター姿で討伐者活動でもして腕を磨こうかなと。学院の外でアンジュ生存説が囁かれたところで即座にRIPが飛んでくるわけじゃないし。
私の場合は普段の姿とアヴァター姿では体格が全然違うので、定期的に転神して感覚を慣らしておかないと、いざという時に感覚の差に戸惑う羽目になりかねない。固定砲台として魔法をぶっ放すだけで済むなら手足の長さなんてどうでもいいが、原作終盤の主人公ちゃんを相手取ると思えばそんな甘い見通しは自殺と同義である。
「というわけで、どこにでも居る女討伐者になりたいわ」
「また無理難題を平然と」
「ヴァイオラは見慣れてるでしょう?それっぽいコーデしてよ」
色々な意味で目が肥えているヴァイオラに、トレンディでナウな女討伐者ファッションを教えてもらおうと思い立ったのが今日の主旨。ヴァイオラが偶然王都を訪れていたのは、まさに渡りに船であった。
「しゃあねえなぁ。リトルレディのために一肌脱ぐとするか」
渋々、みたいな台詞とは裏腹にヴァイオラの表情は乗り気である。
とりあえず先に釘を刺しておこう。
「赤いロングコートは着ないからね」
「そらねぇぜ!」
ソラネーゼじゃないんだよなぁ。やっぱり着せる気だったなコイツ。
キミのその、赤コートへの異常な執着はなんなん?




