245話_side_Pr_王都_アシュタルテ別邸
~"転生令嬢"プリムローズ~
翌日、私はクラリスちゃんを連れて王都の別邸へと帰ってきた。なんだかんだで入学以来一度も戻っていないので、それなりに懐かしい気分になる。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
と、恭しく頭を垂れる執事長の姿も久し振りだ。
エントランスを潜るとホールの真ん中にぽつんとオーレンスだけが待っていた。私仕様のお出迎えである。これが上のお兄様だと若いメイド勢揃いの出迎えになるし、下のお兄様だと使用人総出でわっしょいわっしょいになる。
「貴様は変わらんな。オーレンス」
「これ以上老ける余地もありませんでな。そういうお嬢様はますますお美しく」
「はいはい」
私のほうこそ微塵も変わっていないのは自覚してるよっと。
「お兄様達は?」
「本日はお戻りにはなられぬでしょうな」
「そうか」
それは僥倖。別にお兄様達が嫌いなわけではないが、微妙に面倒くさいからなぁ。
ウチの家族は基本的に相互不干渉なので、お兄様達が帰っていたからとて私は適当に挨拶して終わりだろうが、ただクラリスちゃんにとっては危険が危ないから。
「ヤツは?」
「既に到着しております」
オーレンスの案内で屋敷の奥に向かう。
私が今日ここに来たのは、子飼いである『ヴァイスヤークト』の連中の近況を確認するためだ。定期的に手紙のやり取りはしているが、それだけでは把握出来ないことも多いので、直接報告を聞くことにした。
既に到着して私を待っているのはヴァイオラという名の男だ。
「クラリスは初めてか?」
「はい。お名前だけ、耳にしたことがあります」
クラリスちゃんが会ったことがあるメンバーはハイメロートとおつかいわんこくらいだったはずなので、ヴァイオラとは初見か。
彼はヴァイスヤークトの一員ではあるのだが、基本的には特務部隊としての活動ではなくフロントクランである『ホワイトファング』の運営を本分としている。
「実質クランリーダーだな」
「実質ですか」
「ああ。肩書はサブリーダーだ。リーダーは飽くまでハイメロートだからな」
ただ、ハイメロートは逆に基本的には特務のほうが本分なので、リーダーでありながらホワイトファングの運営に関わることは多くないのだ。ならば最初からヴァイオラがリーダーで良いのではという話なのだが、そうならないのはヴァイスヤークトの連中の中にはハイメロートが上に立っているから従っているという者が少なからず居るためだ。
要は、リーダーはハイメロート以外認めないっていうね。ハイメロート自身は私に従うので指揮系統には特に問題はない。私に従うというか、厳密にはハイメロートという名の魔剣の担い手が私なわけだが。
道すがらそう説明すると、クラリスちゃんは少々意外そうだった。
「ハイメロートには人望があるのですね」
「まあ、なくはないだろうが」
どちらかというと畏怖の感情が強い気がする。
ヴァイスヤークトの連中は大抵、元々敵対関係であった人材をヘッドハントして引き入れられた経緯を持つ者ばかりだ。ヴェルメリオを始めとして、ほぼほぼ帝国軍が運用している奴隷部隊や生体兵器の類として使い捨てられた者達である。
そんな連中を力尽くでぶっ叩いて屈服させてきたのが私であり、ハイメロートだ。
当たり前だが帝国さんだってこちらに貴重な戦力をプレゼントしてくれているわけではないので、普通は寝返りたくても出来ない仕掛けが施されているものだ。ありがちなので、炸薬が体内に仕込まれていて寝返ると物理的に爆死するとか、定期的にメンテを受けないと死ぬ身体になっているとか、そういうの。ただ、それが物理的な仕掛けであれば私の時間魔法でどうとでもなるし、魔法的な仕掛けであればハイメロートの魔剣がむしゃむしゃして終わりである。
そんなこんなでヴァイスヤークトの連中は大きく三つのスタンスに分かれていて、ハイメロートにボコボコにされて彼に従うことを選んだ者と、私の時間魔法で救われて恩義を感じてくれている者と、それはそれとしてビジネスとして働いている者、である。例を挙げるとハイメロートにボコられたのがカデンツァとか。私がなんとかしたのがヴェルメリオとか。ビジネスライクなのがヴァイオラとか、である。人数の比率は同じくらいだ。
「ヴァイオラさんというお名前から、女性だと思っていました」
「残念だが、おっさんだぞ」
例によって私が名付けたんだけど。なお由来は瞳の色が綺麗な菫色だからである。
仕事に戻ると言って立ち去るオーレンスを見送り、案内された一室にクラリスちゃんと足を踏み入れると、ソファに座って寛いでいた男が立ち上がって笑みを見せた。
「よおリトルレディ!相変わらずちっこいな!」
「……私、この方がもう嫌いになりました」
開口一番私の身長を揶揄してきたヴァイオラの平常運転に、クラリスちゃんが低い声でぼそりと呟く。
許したってな。悪気はないのよ。ナチュラルに失礼なだけで。
ヴァイオラの容姿を一言で表現すれば、長身の色男である。無造作なプラチナブロンドの頭髪に、名前の由来となった菫色の瞳は若干垂れ目気味だ。筋肉質な長身に纏うのはシックな黒の上下で揃え、そこに冗談みたいに色鮮やかな真紅の外套を羽織っている。
外見から年齢が判断し辛い感じだし、実年齢は本人もよくわかっていないらしいが、若くはない。推定おっさんである。
まるで舞台の俳優がそのまま日常に出てきたみたいな、異様に目を惹く風体であった。
「その目に痛い装いはなんとかならんのか」
「イカしてるだろ?」
「イカれてる」
「確かに、俺の魅力におかしくなっちまうレディは少なくないぜ」
ばちこーん!とウィンクを飛ばされて、私は慣れたものなので適当に受け流すが、クラリスちゃんはあからさまに顔を顰めていた。
この男、有能には違いないのだが、異常に目立ちたがりでお喋りなのが如何ともし難い。
目立たないと死んじゃう病気なので、特務部隊として隠密活動を行うのに致命的に向いておらず、結果的に現在の立ち位置に収まったという経緯がある。尤も、ホワイトファングを運営するにあたっては、討伐者ギルドに所属する一クランとしてギルドや他クランとの交渉や折衝も少なくないので、コミュ力お化けのこの男には嵌り役だったわけだが。逆にハイメロートは感性が魔剣寄りなのでその辺のコミュ力が欠如していて、丁度良い塩梅に彼の欠点を補っていると言える。
「ところでリトルレディ、アンタの後ろの美人さんは、もしかしなくても噂のクラリスか?」
「ああ」
私が肯定するとヴァイオラは小さく口笛を吹いた。
「いやぁ、隊長から美人だとは聞いてたけどよ。正直隊長の美的センスっての、全然信用出来ねえだろ?だからまあ話半分くらいに覚えていたんだが」
相変わらず、訊いても居ないことをぺらぺらとよく話す口である。
なおハイメロートの感性というのはある意味で信用出来る。彼が他人の造詣の美醜を語るときは、完全に文字通りの意味なのだ。わかりやすく言えば、彼にとって『雰囲気美人』は美人ではない。彫像や肖像画を評するときと同じ感性で人物の美醜も評価するのだ。つまりハイメロートがクラリスちゃんを美人と評したということは、クラリスちゃんの容姿が芸術的に整っているということだ。
語りつつ近付いてきたヴァイオラは自然過ぎる挙動で私を素通りしてクラリスちゃんとの間合いを詰めて、その片手を取って気障な礼をした。こんな場面で近接戦闘技能を遺憾なく発揮するなと言いたい。クラリスちゃんがびくっとなっとるやろがい。
「どうかなクラリス嬢、リトルレディの従僕同士、友好を深めてみないか?ここで会ったのも何かの縁だと思うんだが」
「おい貴様、クラリスを口説くなら命を懸けろよ」
「ごめんクラリス嬢、どうやら俺達には縁がなかったみたいだ」
私が凄むとヴァイオラは一瞬で態度を翻して元のソファに戻った。
碌に反応する隙すらもらえなかったクラリスちゃんは目をまんまるにしてきょとんとしている。
「こういう輩だ。慣れろ」
「は、はぁ……」
真面目に相手すると疲れるよっと。
そこからはクラリスちゃんにお茶を淹れてもらいつつ、私はヴァイオラからの報告を受けた。彼は基本ホワイトファング専任なので、特務部隊としてのヴァイスヤークトの活動には殆ど関わっていない。ただ、現状は私が学院に通っているという都合と、お隣の帝国さんがわりと大人しいという都合があわさって、私の私兵であるヴァイスヤークトにはそもそもお役目が回って来ない。なのでここ最近の彼らは専らただの討伐者クランであると言える。
討伐者として活動している場合も、その活動範囲はアシュタルテ領の近隣であることが多い。現在もその例に漏れないわけだが、何故ヴァイオラが遠く離れた王都に居るのかというと別に私に会いに来たわけではなく、王都に所在する討伐者ギルドのリヒティナリア本部へ顔を出した帰り道なのだ。
「ヴェルメリオはいい子にしているか?」
「ああ。最近のわんこは不気味なくらい聞きわけがいいぜ」
「フレンネル様のお説教が良く効いているようですね」
ううむ。やはり時には怒って見せることも必要か。私は只管甘やかしてしまうのだが、ヴェルメリオの教育には逆効果らしい。イオちゃんがしっかりと怒ってくれたおかげで、ヴェルメリオは一つ成長することが出来たのだ。
「ああそうだ」
ヴァイオラが思い出したように手を打って、傍らに置いてあったザックから何かを取り出した。
どうやら書籍のようで、彼はそれを私に差し出してくる。
「なんだ?」
「カデンツァから。お薦めだとよ」
「カデンツァ?」
先程も少し例に挙げた人物であり、比較的新しいメンバーの名前だ。彼女はまだ私に気を許していない節があるので、贈り物とは珍しい限りだ。
お薦めの小説を寄越したということみたいだが、新品のようなのでわざわざ買ってくれたのだろう。所謂『布教用』というやつだね。題名を見る限りは読んだことのないものだ。
「カデンツァのやつ、その小説が甚く気に入りみたいでな。メンバーに頑張って布教してるんだが、共感が得られないってんで凹んでんだ」
「同志を求めてとうとう私に布教するか」
「ちなみに内容は結構闇が深いから、覚悟して読んだ方がいいぜ」
「ふぅん……」
まあ、幸い読書は嫌いじゃないし、カデンツァが折角歩み寄ってくれたみたいだから、なにはともあれ読んで感想くらいはしたためようか。
しかし少々不思議なのは、
「貴様も読んだのだろう?カデンツァの話し相手になるまたとないチャンスじゃないか」
同好の士が居なくて彼女が寂しがっているというのなら、そんな絶好の機会をこの色男が見逃すはずがないと思うのだが。
私の疑問には、ヴァイオラは無念そうに肩を落として見せた。
「それがよ、なんでか俺とは会話してくれねえんだアイツ」
「ああ……それは貴様、どうせカデンツァの乳ばかり見てるんだろ」
「いや違うんだリトルレディ。あれを見ないのは逆に失礼ってもんだ」
カデンツァはとにかくグラマーだからなぁ。いつか仲良くなれたら彼女のバストに掌を埋めるのが私の密かな目標である。絶対沈むぞあのサイズ。
清々しいくらい良い笑顔で弁明するヴァイオラに、クラリスちゃんがゴミを見るような視線を向けているのは気にしないことにしよう。その視線は私に効く。(流れ弾)
そんなこんなで一通りメンバーの近況を聞き終えた頃、最後の最後にヴァイオラは神妙な雰囲気で切り出した。
「今日俺が中央に顔を出した理由なんだが」
中央というのは王都の討伐者ギルドの通称だ。
「最近、妙な薬物が出回ってるらしい……っていう噂があってな」
「薬物?」
「ああ。『宵の霊薬』と呼ばれる物らしいが、聞き覚えは?」
「ないな」
ヴァイオラが言うには、最近討伐者界隈でちらほら噂話として耳に挟むようになったということで、とうとう本部も無視出来なくなって有力なクランの代表者を集めて注意喚起と情報交換を行ったというのが、このヴァイオラが王都に来た理由というわけだ。
「どういう物なんだ?」
「一言で言えば『魔物を強化する薬』だな」
「なに?」
「ここのところ、みょ~~~に強い魔物に遭遇したって報告が増えてるらしい。魔物には個体差があるから、最初はたまたま強力な個体に遭遇したんだろうってギルドも取り合わなかったようだが」
報告件数が増え続けていると。
魔物との戦闘経験が浅い討伐者が言うのであればともかく、どうやらベテランの類の討伐者や『剣の誓い』に代表される大手クランなどからも報告が上がるようになってきて、いよいよ軽視出来なくなってきたらしい。
「魔物を強化するとなると、大方、教団の特産品か何かか?」
「お察しの通り、教団員と思しきヤロウが魔物に謎の液体を与えて、その結果魔物が強化されたっていう報告も、まあいくらかあるみたいだぜ」
ただしそれは目撃証言にとどまり、件の薬品そのものかそれを扱っていた教団員本人を捕らえるには至っていないので、現状では確証の無い噂話の域を出ないとのことだ。
「幸か不幸か、ウチの連中は未だ遭遇したことはねえが」
「ふむ…………」
実のところ、私には若干の心当たりがある。
それこそ私自身、たまたま強い個体を引いたのだろうと納得していたことであるが、つい最近その『みょ~~~に強い魔物』とやりあった覚えがあるのだ。
つまり、先のフォートロード戦のことであるが。
あの戦いの裏に、教団の影が……?
「なんか心当たりがあるみたいだな」
「気のせいかもしれんが……無視出来ない程度には不穏だな」
黙考し、考えを纏める。どの道ヴァイオラはこの情報をクランに持ち帰るだろう。そのための中央からの注意喚起なのだ。だから私が敢えて気を付けろなどと言う必要はないしそのつもりもない。
むしろ逆だ。積極的に首を突っ込んでもらおう。
黙って待っていたヴァイオラに告げる。
「その『宵の霊薬』とやらの実態を確かめたい」
「教団の人間を締め上げて吐かせるか――」
「可能ならば実物を入手しろ」
可能ならば、というのはつまり『やれ』という意味だ。それがよくわかっているヴァイオラは苦笑気味に飄々と肩を竦めて「了解」とだけ答えた。




