補完[学院メイドの悲喜交々-6(end)]
~"訳ありメイド"ドロシー~
「報告は以上だよ」
その日の夜。ボクの姿は依頼主であるラヴィエ子爵令嬢の私室にあった。
「詳細はこっちに纏めといたから、見といて」
書面として纏めた報告書をヴェラ君に渡す。彼女を経由して渡された報告書に目を通しながら、お嬢さんが訊いてくる。
「貴女の目から見て、アシュタルテ様はどのような方でしたか?」
「ボクの主観で良い?」
「ええ」
そうさなぁ、とこれまでの調査を思い返す。
「良くも悪くも、自分勝手な人……かな」
「自分勝手、ですか」
「あれはたぶんね、判断の基準を外に求めないタイプだよ」
物事を決める際に、善悪正邪とか、倫理観とか、規則とか、そういうのを無視するタイプの人間だ。そういうものに理解がないとかってわけではなくて、世の中の理非をちゃんと理解していて、それを考慮に入れて思考することができているけれど、最終的に自らの方針とそれらが対立すれば平然と自分を優先する……そんな人種に思える。
端から見れば『え?なんで?』と思うような行動を取ることもあるが、それは彼女の中では納得している事柄であり、故に外野がそれに対してどんな反応をしようと流されないし、そもそも外野の反応を気にしていない。いやまあ、内心では気にしてるのかもしれないけど、最終的には無視する。間違いなく。
裏社会を泳いでいた頃には、そういう人間をよく目にしたもので、彼らには共通する特徴が瞳に現れると思う。
アシュタルテ侯爵令嬢もそうだが、そういう人種はとにかく視線が『揺れない』のだ。外部から与えられた大抵のインプットに対して、動揺をアウトプットしないのである。
「それは、良くないことでしょうか?」
「ボクが決めることじゃあないけど、個人的には付き合いやすい人種だと思うよ。彼女の逆鱗がどこにあるのか把握しさえすればね」
ただし、逆に言えばその逆鱗に触れてしまった場合、向こうは絶対に妥協してはくれないだろう。己にとっての第一義が倫理観や善悪の概念に優先するということは、場合によっては現在進行形で友人である相手でも当然のように殺しにかかるということだから。
故に、なによりも気にすべきは、そんな彼女が重きを置くものとは何か、である。
それを加味して、ボクは彼女を『付き合いやすい人種』と評する。
「クラリスの一件を見る限りは、自身の身内を大切にして、下劣なモノを嫌悪する、ごく普通の感性を持っているはずさ。怒らせなければ問題ないし、わけのわからない理由で怒ったりもしないってこと」
「成程……」
「常識がないわけじゃないから話は通じるし、思想が対立しても問答無用で攻撃してくることもないんじゃないかな」
問答無用ではないというだけで、対立が持続すれば絶対に攻撃してくるということでもあるけど。
こんなところでいい?と訊くと、お嬢さんは頷いて礼をくれた。
「申し訳ありませんが、報酬は後日でも構いませんか?」
「いいよ。ちゃんと払ってくれれば」
「勿論です。ソシエが依頼した割り増し分を含めて、貴女の仕事に対して正当な対価をお約束します」
出来高にかかわらず一定の報酬はもらえる契約だけど、そこからいくら乗せてもらえるかはボクの持ち帰った情報次第なわけで、この分だとそれなりに期待はできそうである。こういうしっかりしたお客さんが相手だと、簡単にボロ儲けはさせてくれない代わりに、変な理由でゴネたり踏み倒したりしてこないという安心感がある。どちらが良いかは場合によりけりだ。
あ、そう言えば追加料金で思い出したけど。
「ところでヴェラ君。イストリ家の御同僚が頑なに喋らないのはなんか理由あるのかい?」
ハンナちゃんによるクラリス略取の現場にボクとともに居合わせ、ボクに事態の収拾を依頼してきた人物――視線だけで意思を伝えてくるという謎の特技の持ち主のことだ。
ラヴィエ家のお嬢さんが手勢を使ってアシュタルテ侯爵令嬢を調査するのと同時に、イストリ家のお嬢さんは同じくアシュタルテ侯爵令嬢の周囲、つまりはクラリス他を調査していたらしく、そんな彼女らがクラリス略取の現場に居たのは当然の帰結ということだ。ボクがあの場で詳細も詰めずに追加の依頼を受けることにしたのは、結局ラヴィエ家のお嬢さんからの依頼の延長線上だとわかっていたからである。
ボクのただの興味本位の質問を受けて、ヴェラ君は「ああ」と頷いた。
「アレはですね、声を偽装するプロフェッショナルでして」
「へーそんなのも居るんだ」
平たく言えば、声真似のプロだ。
ということは普段は喋れない振りをしているのも偽装の一部なんだろうな。
そんなんで普段のメイドの業務が出来るのかとか、学院に連れてくる人選としては間違ってないかとか、色々ツッコミはあるけども部外者のボクが言うことでもなかろう。
「それじゃ、ボクは帰るよ」
「はい。ご苦労様でした」
「いつでも依頼は受け付けてるからね。今後とも御贔屓に」
お嬢さんの部屋を後にしたボクは、貴族学生寮の廊下を、時折現れる学生に礼をしながら帰路につく。片手に持った銀の盆はカモフラージュだ。一応、食堂から夜食を届けに行くという名目で依頼主の元を訪れたので。
今回の件の顛末についてもう少しだけ補足しておく。
まず諸悪の根源マルトー青年だが、あの後医務室に担ぎ込まれてまだ目覚めていないっぽい。結局アシュタルテ侯爵令嬢が彼に何をしたのかわからないが、命には別状ないらしいから放っといてもそのうち目覚めるだろう。彼に対して『死ねばいい』とまで言い放ったアシュタルテ侯爵令嬢が放免と見逃してくれるとは到底思えないので、おそらく目覚めたところで彼の未来は明るくないだろう。残念でもないし当然である。
それから仲良しメイドのハンナちゃんとヘレナちゃんだが、二人とも何事もなく職務に戻っている。
ヘレナちゃんはともかくとして、ハンナちゃんはクラリス略取の歴とした実行犯であり、だとすればお咎めなしとはいかない。アシュタルテ侯爵令嬢が学院に申し立てをすれば、の話だが。
アシュタルテ侯爵令嬢はその判断をクラリスに一任したのだ。
被害者はクラリスなので、クラリスが思うような罰を与えれば良しとしたのである。
これってつまり、クラリスという人間の性質を考えれば、実質お咎めなしも同然である。実際、クラリスはハンナちゃんに対して、アシュタルテ侯爵令嬢のために優先して働くことを約束させたようだが、当の侯爵令嬢にその気がない以上、結局日々の業務をこなすのと一緒である。
明日に予定されていたヘレナちゃんによるマルトー青年の自室の清掃がどうなるのかはまだわからないが、まあ十中八九部屋主不在の部屋を粛々と清掃して終わりになるのではなかろうか。
彼の私室となると、部屋主という重度の劇物がなくなったとしても青少年の教育に悪影響を与えそうな物品が山と出てきそうなのが不安と言えば不安だ。
さて、となれば。残るはボクと彼女の件だろう。
貴族学生寮を後にしてしばらく。ひと気のない道でボクは脚を止めた。
「キミの妙な力については報告してませんよ」
背後を振り返ると、ボクがたった今歩いてきた道に、いつの間にかアシュタルテ侯爵令嬢が一人で立っていた。
得体の知れない子だ。職業柄周囲の気配には敏感なつもりなのに、本当にいきなり出現したかのようにしか思えなかった。
「見聞きしたものを報告するのが貴女の仕事ではないのか?」
「ちょっと違う」
ボクが依頼を受けたのはあくまでもアシュタルテ侯爵令嬢の人間性の調査だ。彼女が魔法を用いてマルトー青年を殺そうとしたことは報告したが、その魔法が特異なものだったと報告する必要はない。無論、彼女がどう見ても敢えて残酷な手段を選択した、とかだったら事情が違ってくるが。基本的に個人が有する技能そのものは人間性に影響しない。逆ならよくある。
守秘義務があるので依頼内容を明かしたりはしないけど。
「別に吹聴するつもりもないから、見逃してもらえません?」
ボクが敢えて依頼主に報告しなかった理由はもう一つあって、有り体に言えば保身のためだ。
彼女の見せた謎の魔法が、彼女に取ってクリティカルな事象であった場合、ボクは口封じされる恐れがある。ボクがそれを吹聴するようであればアシュタルテ侯爵令嬢はボクを殺すしかなくなるが、秘密を守ることで交渉する余地を残したかったのだ。
知った時点で手遅れという可能性はあるが、だったらあの礼拝堂でボクを殺しているだろう。ボクは事実として容易く動きを封じられていたし、マルトー青年に向けたのと同じ魔法を使われていれば成す術もなく死んでいたはずだ。
だけど、先程依頼主にも言った通り、ボクは彼女が常識を持ち合わせた交渉の通じる相手だと判断している。ならば、後は彼女がボクを殺す必要がない合理的な理由を示してやればいいだけなので、それなら得意だ。
と、そんな覚悟を固めていたボクは、虚を突かれることになる。
「なにか勘違いしているようだが」
視線の先のアシュタルテ侯爵令嬢が柔らかい苦笑を浮かべて見せたからだ。少なくとも、ボクが今日まで彼女を観察してきて、一度たりとも見たことがない表情だった。
「私は貴女に礼を言いに来たのだ」
「…………はい?」
「あのヘレナとかいうメイドを嗾けたのは貴女だろう」
この後に及んで隠す意味も無いので、ボクは頷く。
すると彼女は、その場で居住まいを正して頭を下げた。侯爵令嬢である彼女が、一介のメイドでしかないボクに、である。
「クラリスを救うことが出来たのは貴女のおかげだ。本当にありがとう」
「ど、どういたしまして?」
正直に言おう。今一番混乱している。
いやだって、ボク今日まで半月近くこの子のことを観察してたんだよ?その仕事が終わった瞬間に今まで一度も見たことがない表情を見せられて、ボクの仕事って一体なんだったのっていう。結果的にはボクの報告内容と、そこから導き出される人間性からは外れていない――即ち至って真面な感性を有するが故の行動なのだが、そこまで殊勝に出てくるとは流石に予想外だ。
「なんだ。変な顔して」
「いや、あの、恨み言の一つも言われるものだと思ってたから」
客観的なことを言えば、確かにボクが居たからこそマルトー青年の凶行を間一髪で防げたのだ。厳密にはボクが動かなくともイストリ家のあの子とかがなんとかしただろうけど、今回働いたのはボクだ。
だからと言ってボクが手放しで称賛される行為をしたかと言えば、それは否だろう。だって、いつでも止められる立場にいながら傍観していたわけだし、ヘレナちゃんを嗾けたのだって確証あってのことではない。アシュタルテ侯爵令嬢が間に合えば御の字だが、間に合わなくても別に構わないと思っていたし、クラリスが殺されそうなら止める気はあったけど、凌辱される程度なら放置しただろう。
「貴女に対して、対処しなかったことを責めるのはお門違いだろう」
「それは、そうかもですけど」
「本来ならば無視しても良いはずなのに、態々知らせてくれただけでも有難いのだ。貴女にも、貴女の依頼主にも、感謝こそすれ恨む道理はないよ」
にっこりと微笑まれ、ボクはむしろ腰が引ける。
言ってることはわかるし、客観的な事実に基いているんだけど、なんというか割り切り方がシステマチックすぎてちょっと怖いな。普通の人間ならばあって然るべき憤りとか、不満とか、そういう人情がこの人にも確かにあるはずなのに、『そんなことは置いといて』とばかりにおくびにもそれを表出しないのだ。
依頼主に訳知り顔で『付き合いやすい人種』とか言っといてなんだけど、やっぱり普通ではないなぁ。
「ええと、用件それだけなら、もう帰っていいですか?」
お礼を言われて悪い気はしない……と言いたいところだけど、これに関してはなんか不気味さも相俟って居心地悪さが凄いので、退却を図る。アシュタルテ侯爵令嬢の用件が本当にこれだけなわけないから、さっさと逃げたい。
「いや、それはそれとして、もう一つ」
ほらきた。
「私自身が警戒される理由はわかるが、だからと言って私生活を嗅ぎ回られるのはいい気分ではない」
御尤も。言ってることは至極正しいのだが、ところでこの子、一体いつからボクが調査してることに気付いていたのだろうか。この場に彼女が現れたこと自体はまあ、然程意外でもない。だってあの時礼拝堂でボクの動きを封じてきたってことは、少なくともあの瞬間にボクの存在がバレていたと考えても不思議ではないから。
あそこでボクの存在に気付き、ボクの目的と背後関係を類推し、逆算的に尾行されていたことに思い至った、という話ならば問題ないのだが。
下手に反応して墓穴を掘っては堪らないので、とりあえず相手の言葉の続きを待ってみる。
「なので失礼ながら、こちらも少々調べさせてもらった…………ミス・リスティ・アーヴィング」
彼女が告げた名前に、ボクの呼吸が一瞬止まる。
「通称『月光』のドロシー。教国出身の人造魔法使いで、『教会』黎明機関の公式には存在しないはずの第十三部隊である『オーダーDD』の元隊員。尤も、現在では名実ともに十三部隊は存在していないらしいが」
わぁお。全部ばれてら。
「…………キミが生まれるより前に抹消された部隊のこと、良く知ってるね」
「なに、私にもそれなりに使える飼い犬が居てな。貴女ほど優秀ではないが」
つまりは、ボクが暢気に彼女に張り付いている間に、彼女は子飼いを使ってこちらの素性を丸裸にしていたということだ。だとすれば、彼女は最初からこちらの存在には気付いていて、敢えて知らぬ振りをしていたということか。
それに彼女は手勢をボクほど優秀ではないなどと評しているが、とんでもない。ボクが今回の仕事を請け負ってから今日までの半月足らずの間に、ボクのルーツを調べ上げたのだとすれば、優秀なんて次元じゃない。
なにせ、ボクが幼少期に組織内の限られた空間で育ての親相手にしか使っていなかったはずの本名を知っているばかりか、ボクが一度も自称したことがない暗殺者界隈での通り名から、入念に記録が抹消されて歴史から無かったことにされている十三部隊のことまで割れているのだ。無論、どれに関しても知っている人間は居たとしてもおかしくない。だってボク自身がそれを証明している。ボクの幼少期を知る組織の人間がどこかに生存している可能性はあるし、暗殺者界隈での通り名だって例えばヴェラ君なら知っているかもしれない。十三部隊だって黎明機関の中ではなかったことになっているだけで、記録は消せても人の記憶は簡単には消せないし、敵対組織が持つ記録はそもそも消せない。
だが、たったこれだけの期間でそれら全てを調べ上げたのだとすれば、恐ろしいとしか言いようがない。
「まいったな……てことはこれまでのキミの姿は、全部演技だったのかい?」
ボクが見ていることに最初から気付いていたのならば、と思ったのだが、アシュタルテ侯爵令嬢は苦笑気味に首を振った。
「いや、そんなことはない。そもそもその必要がない」
「?」
「だって、貴女の雇い主と目的がわかった時点で、貴女を警戒する理由はなくなったからな」
「じゃあ、なんでボクのこと調べさせたのさ?」
「だからただの意趣返しだよ。単に、私ばっかりプライバシーを覗かれるのが面白くなかったからだ」
至極真面目な顔でそう言われてしまい、ボクは脱力するしかない。
そんなくだらない動機でどれだけ本気出してんのさって話なんだけど、まあアシュタルテ侯爵令嬢だしなぁ。彼女の人間性ならそれが在り得ると結論付けたのは他でもないボク自身だ。
勿論、本当のところは言わないだけで、彼女の職務柄というか、立場上調査をしないという選択肢がなかっただけなのは理解できるし、そもそも黙っておけばいいのに彼女が敢えてボクにそれを伝えてきた狙いも察している。
「心配しなくても、貴女が月に一回、技研から調達している『おくすり』のことなんて、私はまったく知らないから大丈夫だ」
ですよねー。
乾いた笑いが出る。
要は、ボクが目撃してしまったアシュタルテ侯爵令嬢の特異な魔法のようなもの。それをボクが口外しないで居てあげる、というイニシアチブを握られた状況を良しとしないために、交換条件を引っ提げて釘を刺しにきたのだ。
互いが互いの秘密にしたいことを知っているので、相手が秘密を守る限りにおいてこちらも口外をしないという暗黙の了解を取り付けに来た、と。
逆に考えれば、もしボクがアシュタルテ侯爵令嬢の秘密を目撃していなければ、彼女はわざわざ釘を刺しに来る必要もなかったわけで、となれば当然彼女が子飼いに調べさせたボクの情報を暴露しに来ることもなかっただろう。ボクの与り知らないところで彼女にひっそりと秘密を握られている、という最高に嬉しくない状況を回避できたのだ、と前向きに考えておくのが健全かな。
ただなぁ。お互いがジョーカーを握ってる状況になると、身分の差でボクが圧倒的に不利なんだよねぇ。ジョーカーの内容にしたって、ボクのほうは薬の入手を妨害でもされれば即座に命に関わる致命的な情報であるのに対し、アシュタルテ侯爵令嬢のほうはあくまでも異質な力を持っているらしい、程度の情報でしかない。彼女のお役目を考えれば自身の技能は可能な限り秘匿したいはずで、だからボクの口を封じることに意味はある。ただし、仮に情報が漏れたからとて彼女が即座に困窮するわけではないという意味では、やはりあっちのカードのほうが強い。
ボクはその気になれば社会的な立場をポイっと捨ててもまったく問題ない人種だから、どうとでもなるっちゃあなるけど。一応、この学院でのメイド暮らしがわりと気に入ってるし、今更裏社会に復帰したくもない。
ある程度は、我慢してこの子にこき使われる覚悟をしておいたほうが良さそうだ。
「どうやら、よい付き合いができそうだな?」
「あんまり嬉しくないなぁ」
「アシュタルテ侯爵家は金払いの良さにだけは定評があるぞ」
「今後ともよろしく!」
速攻で掌ぐるんしたボクに彼女は胡乱気な視線を向けてくる。
守銭奴と言いたきゃ言え。こちとら生命維持にお金が必要なんだよ。
後日。
あれ以後、ボクの常連客が一人増えた。
新たな常連客ことプリムローズに仕事の話がしたいと呼ばれたので、彼女の自室に出向く。
「――はあ?誰だって?」
ボクが思わず訊き返すと、プリムローズは真顔で繰り返した。
「ガルム王太子殿下だ」
告げられた依頼内容に、ボクは首を捻らずには居られない。
「なんでキミがガルム殿下の行動範囲を知りたがるのさ?」
「依頼主の事情を詮索するのか貴様は?」
「言いたくなければ言わなくていいけど、気になることは訊くのがボクのスタンスなんだよ」
言いたくないならこっちで勝手に想像して補完するよ、と言うと、プリムローズは苦虫を噛み潰したみたいな顔になる。といってもこの子、いっつもそんな顔してるんだけど。
渋々、といった雰囲気で説明してくれた。
「以前の親睦会で一悶着あってな。私は目を付けられたかもしれんのだ」
「ははあ。てことは、ガルム殿下に会いたいから場所が知りたいってわけじゃなくて」
「んな訳があるか!絶対会いたくないから調べてくれと言っているのだ!」
なんだつまらん。これでプリムローズがガルム殿下に懸想してるとかだったら超おもろいのに。
「そういうことなら任されよう。ていうかぶっちゃけ既に知ってるんだけど」
「なに?」
「なんせ、その依頼キミで四人目だからね」
ちなみにこれまでの依頼者は全員女子学生で、目的はガルム殿下の追っかけである。ガルム殿下をなんとしても回避したいプリムローズが私に秘密裏に調べろと頼んでくるのは理解できるけれど、殿下に知られてむしろ本望な女子学生諸君は、自分で調べればいいのにと内心思っていた。
講義のスケジュールなんてちょっと同級生に訊いて回ればわかることだし、放課後とか休み時間の足跡なんて、それこそ直接追っかければいいのだ。
まあ、いいお金になるから喜んで受けたけども。
「というか、キミが向こうを避けたところで、向こうがキミを探したら意味ないでしょ」
「だからこそ、ヤツの講義スケジュールを鑑みて絶対に接触不可能なルート取りを策定するために詳細かつ正確な情報が必要なのだ……!」
「相変わらず、変なところに全力だねキミは」
「喧しい。ただでさえ私はクレインワースに目を付けられているんだ。これ以上面倒が増えて堪るか」
「はいはい。それじゃあ、殿下の講義スケジュールは売ったげるよ。放課後とか休日の行動範囲については、改めて調査してくる……ってことでいい?」
若干投げやりな確認に、プリムローズは頷いた。
金払いが良いと自称するだけあって、プリムローズはマジで報酬弾んでくれるからボクとしては願ったりではある。
「できるだけ早めに頼むぞ」
「はーい」
「よし……クラリス、茶」
尊大にプリムローズが突き出したティーカップを受け取り、クラリスが紅茶のおかわりを注ぐ。給仕をするクラリスの姿を優し気な瞳で見守るプリムローズに、自らが注いだ紅茶をプリムローズが飲むだけで本当に幸せそうな顔をするクラリス。
なんというか、仲良し主従を通り越して、幸せ主従って感じだ。
あの礼拝堂で本物の忠誠を見せたクラリスと、そのクラリスを辱めた相手に対して本気の怒りを見せたプリムローズ。彼女らの主従の絆が断金のそれであることはあれで充分に理解できたことだが、一つ思うのは。
「最初からこれを見せてくれればなー」
人間性がどうのとか、調査するまでもなかったと思うのだが。
というか、
「ねえフォノン。キミ同じ空間にいて辛くならないの?」
あのバカップルと、と訊くと、プリムローズのもう一人のメイドであるフォノンはやんわりと笑って答えた。
「もうとっくに慣れましたよ。ドロシーさんも、おかわりいかがです?」
「ん。もらうよ」
クラリスに比べればだいぶ拙い手つきというか、『練習中!』と言うのがよくわかる微笑ましいフォノンの給仕で淹れられた紅茶をのんびり嗜んでいると、寝室へと続く廊下からひょっこりと人影が現れた。
「あのー……寝室のメイキング、終わりましたぁ」
恐る恐る、という風に言うのは、紺色の頭髪とスレンダーな肢体が特徴的な学院メイドのハンナちゃんである。その後ろには当然のようにヘレナちゃんの姿もある。
ハンナちゃんの言葉を聞いた瞬間に、クラリスがそのゆるっゆるだった顔面に怜悧な仮面を張り付けて向き直った。一瞬で雰囲気替わり過ぎてちょっと怖い。
「今度は時間内に終えたようですね」
「は、はい。頑張りました」
「では確認します。言っておきますが、早く終えたからとて杜撰な出来では何の意味もありませんからね。お嬢様、申し訳ありませんが、」
ひらひらと手を振るプリムローズに礼をして、クラリスは廊下へと消えていった。
なんで彼女らが当然のようにこの場に居るのかというと、寮の自室の管理のために学院メイドを派遣させるシステムを利用して、クラリスがあの二人を雇ったからである。侯爵令嬢のプリムローズに与えられた寮の部屋は、上から数えたほうが早いレベルのグレードを誇るものなので、当然滅茶苦茶広くて豪華だ。当然、実家から学生が連れてきた二人の従者だけで管理するなんて土台無理な話なので、普通は高グレードの部屋を与えられた貴族は学院からある程度の人員を借りるものだ。
んで、適当に手の空いているメイドをその都度クラリスが雇って居たところを、今回をいい機会としてハンナちゃんとヘレナちゃんを専属として指名したということだ。
「結果教育を施している様では、どちらが世話になっているかわからんがな」
「クラリスはその辺、チェックが厳しそうだね」
「厳しいなんてもんじゃないですよ。アタシだってベッドメイキングだけで何千回やりなおし喰らったことか」
「それは貴様の仕事が雑なだけだ馬鹿者」
「あ、酷ーい」
まあ先程の給仕の出来を見れば、フォノンのベッドメイキングのクオリティは推して知るべしだ。
とりあえず、ボクのキャラとしてはこれだけは訊いておかねばなるまい。
「ちなみに、彼女らの時給はおいくら?」
プリムローズが無言で立てた指の数を数え――、ふむ。
「ボクもそっちで雇ってもらっていいかな?」
わりと本気で頼んだのだけど、あえなくプリムローズに「さっさと依頼をこなして来い」と一蹴された。
まあ仕方ないのでボクはボクのお仕事を頑張りますか、と立ち上がる。
ふと、そう言えば気になっていたことを思い出す。
「ねえプリムローズ」
「あん?」
「キミさぁ、なんかボクに対して最初っから矢鱈と好意的じゃなかった?あれなんで?」
ボクと彼女のファーストコンタクトは知っての通り、ラヴィエ家のお嬢さんに報告をした帰り道のあの邂逅だ。
あの時、プリムローズがボクに対してわりと友好的というか、穏やかな態度で接触してきた理由って、てっきりボクのお陰でクラリスを救うことが出来たから敬意を表してくれたのだと思っていた。いや、それも理由の一端ではあったのだろうけど、どうもそれだけでは説明がつかないくらい、あの時のプリムローズの態度は特殊だったのだと今ならわかる。
考えても理由らしいものに心当たりがないので、素直に訊いてみると、
「ああ。くだらない理由だぞ」
あっさりと、プリムローズは教えてくれた。
「昔好きだった物語に、貴女にそっくりな登場人物が出てきてな。作中では一番好きなキャラクターだったんだ」
懐かしむように、柔らかく瞳を細めて。
「私は今でも、そのキャラクターが大好きだと言うだけのことだ」
なんだそれ、とボクが呆れると、プリムローズは可笑しげに笑うのだった。




