補完[学院メイドの悲喜交々-2]
・ドロシーはスピンオフ作品の主人公という設定です。
~"訳ありメイド"ドロシー~
ラヴィエ家のお嬢さんから依頼を受けてから一週間が経過した。
学院の昼休み、ボクは洗濯済みの衣服を入れた籠を抱えて歩いていた。この学院のメイドの仕事ってのは、平時には然程多くはない。まあ職場にもよるけど、大抵は決まりきったルーチンワークさえこなしていれば余暇はそれなりにある。
余暇をどう過ごすのかは個人によりけりだが、多くのメイドがやっているのが所謂『小遣い稼ぎ』である。要するに突発的に発生する仕事をこなしてチップを貰ったり、個人的に使ってくれる学生のために働いたり、あとは性欲を持て余した殿方とむふふなお付き合いをしたり。
学院の基本給ってぶっちゃけ安いから。尤も、仕事量相応ではあるので文句はない。
ラヴィエ家のお嬢さんにも言ったことだけど、その辺のボンボン学生を相手にチップを稼ぐほうが余程儲かったりするし、学院側もそれを咎めないから、入用のメイドは副業よろしくそちらで稼げばいいのだ。
ボクの場合は、その小遣い稼ぎで今回みたいな依頼をこなしているのだ。
今持っている洗濯物はただのカモフラージュで、別にどこに届けに行くわけでもない。これを持っていれば、その辺をぶらついていることを咎められても、洗濯物を届けに行く途中なんですという言い訳が成立するから。
ボクが今回の依頼をされた理由の一端でもあるけど、呼び出されればどこへなりとも参上せざるを得ない学院メイドって言う立場が都合いいんだよ。
さて、その依頼の話だけど。
率直に言えば目立った成果は上がっていない。件のアシュタルテ侯爵令嬢だが、ヴェラ君が手を焼くだけあって中々の曲者だね。
警戒心が強いのはまあ別にいい。ボクは正真正銘の学院勤めのメイドだから、遠目に見てたことがバレたとしても仕事の途中でたまたまそこに居ただけだと言い張ることが出来る。今のところバレた素振りはないけど、バレたところで、と開き直れるのは強みだ。
問題は、そうして観察していたところで殆ど見るべきものがないってことだ。
つまりは件の令嬢が所謂ぼっちなせいで、基本的に誰とも話さないし、黙々と淡々と学生生活を送る姿を見守るだけになってしまっている。彼女は新入生であり、本年度のカリキュラムは始まったばかりだ。普通は取り巻きを作ったり友達を作ったりと他者との交流が最も盛んになる時期であるといっても良いはずなのになぁ。
こう言った素行調査系統の依頼ってのは、基本的には尾行する仕事だ。対象の日常生活を観察し、行動や言動を記録して依頼者に伝えるのが主となる。勿論ヴェラ君もそうして尾行を試みていたのだろうが、外部の人間である彼女には土地勘や行動範囲などの面でどうしても制約が出てくる。
その点ボクは学院のどこへなりとも適当に仕事をでっち上げて参上できるし、これまでの仕事で培ってきた経験から、隠れて対象を観察するのに都合の良い場所や時間帯も多く知っている。なにより、対象にしてみればボクは有象無象の学院メイドの一人でしかないから、ある程度は背景として近付ける。
そうしてぴったり張り付いていれば、依頼主に伝えられるくらいの情報は集まるだろうと思ったら、想像以上に対象に動きがない。アシュタルテ侯爵令嬢は同級生のクレインワース侯爵令嬢の派閥に入学早々嫌がらせを受けているようで、その場面には度々遭遇するけど、そんなのはヴェラ君や依頼主のお嬢さんだって少なからず見てる光景だろうし。
要は、しつこく彼女を尾行できるボクだからこそ知れる情報を持ち帰らなくては、依頼の意味がない。
それならそれで、ボク自身が対象に接触してみればいいだけの話である。と、依頼主もそう思ってボクを使ったんだろうし、ボク自身もそれを視野に入れて依頼を受けたんだけど、今となってはそれもどうかと思っている。
ここで簡単にボクの事情を語っておくと、ボクは元々は職業暗殺者で、もっと言えば人工的に作られた生命体である。
その辺の大部分はどうでもいいので置いておくけど、目的に合わせてデザインされたボクの肉体は全盛期の状態から老化しない代わりに、致命的な欠陥を抱えている。普通の人間が体内で生成可能なとある物質を、ボクの肉体は自前で生成できないのだ。だから、肉体の機能不全を回避するために、ボクは定期的にその物質が含まれた薬を摂取し、外部から賄わなくてはならないわけだ。
それがボクがお金を稼ぐ理由。
暗殺者として組織に飼われていた頃は当然組織が薬を用意していたのだが、ひょんなことから組織が壊滅し、野に放たれたボクはそれを自前で調達する必要に迫られた。
でまあ、そこから紆余曲折あってエンディミオンに辿り着くのだけど、簡単に言えば、大学部の技研に、ボクが必要とする薬を作れる人物が居るのだ。決して安い物ではないので、ボクは稼いだお金で材料費と手間賃を支払うことで、その人に薬を用意してもらっているのだ。
ああ、ちなみにラヴィエ家メイドのヴェラ君とは暗殺者時代の顔見知りだ。その頃は彼女も別の職場に居たのだけど、こうして再会してみればお互いにメイドに転職していたなんて面白いものだと思う。
まあ、ボクの身体のこととか過去のこととかは全然忘れてもらっていいのだけど、言いたいのは、ボクが職業暗殺者の出身で、ついでに肉体が全盛期を保ち続けるってことはこうしてメイドになった今でも当時と遜色ない能力を持っているということ。
素人の振りはできても、今更どうあがいても素人にはなれないってこと。
ボクが見るに、あのアシュタルテ侯爵令嬢ってのは少なからずこちら側の人間だ。立ち居振る舞いというか、周囲への警戒の仕方一つ取って見ても、彼女が命の遣り取りを常とする場で生きてきた人種であるのはなんとなくわかる。
いやごめん、流石に見ただけでわかるってのは盛ったわ。
ただ、ボクが現役暗殺者であった頃から、アシュタルテ侯爵家のキチガイっぷりの噂は聞いてたから、まああの家の令嬢だったら普通に裏側にどっぷりでも有り得るだろうなっていうのが判断の理由だ。勿論、依頼を受けて実際にこの目で観察するまでは、いくらなんでも学生やってる女子がそこまでじゃないだろ、って高を括ってたわけだが。
ボクが彼女を見てなんとなく裏側の匂いを感じ取ったように、ボクが彼女に接触すれば、おそらく彼女もこちらに違和感を抱くだろう。別にそれでボクが裏側の人間だったとバレるとは思わないが、少なくとも違和感を抱かれた状態で、依頼主が期待する『素直な人間性』が見られるかといえば甚だ疑問である。
というわけで、ボクが自分で接触するのも結局は賢くないな、と。
で、今に至る。
なんで昼休みに洗濯物持ってこんな場所をぶらついてるかというと、いつもこの時間、この近くをアシュタルテ侯爵令嬢が通るからだ。彼女は筋金入りのぼっちで同級生とつるまない鋼の意志を持っているようなので、このまま尾行を続けても正直進展はないと思い始めている。
となると畢竟、こちらから働きかけてリアクションを引き出すしかない。
「弱みを探る方向なら、簡単なんだけどなぁ」
今回ネックなのは、依頼主が――正確には依頼主の主であるフレンネル伯爵令嬢が、件の侯爵令嬢からの悪印象を受けないように気を遣う必要があるということ。
この件を端的に表現すると、娘を溺愛する父親が、娘の意中の相手の人となりを見定めるために、人を雇って調べさせているみたいなもんだ。キャストは娘がフレンネル伯爵令嬢、父親がラヴィエ子爵令嬢(ボクの依頼主)、意中の相手がアシュタルテ侯爵令嬢(対象)だ。
雇われの密偵であるところのボクはなんとかして意中の相手の人間性を評価できる情報を父親に持ち帰る必要があるわけだが、それを引き出すために手段を選ばない真似をすると、もしそれが父親の差し金だと露見した場合、意中の相手はその父親に反感を抱くだろう。それだけならまだしも、その反感が娘自身に向いたらおしまいってことだね。
これが敵対関係の相手の弱みを探れって話だったら、基本方針自体は一緒でも、どうせ敵対するのだから多少は強引な手段も取れるのだが。それこそ、弱みがなければ作ればいいだけだし。
今回の件、リスクを負ってでも調査をしなければならないのは彼女らの立場を考えれば理解はできるし、リスクを最小に抑えたいからこそ腐ってもプロであるボクが雇われたのも理解できる。
理解はできるけど、面倒なことに間違いはないので、溜息は禁じ得ないな。
「どっかに都合いいイベント落ちてないかなぁ」
ボクが適当に糸を引いて一騒動起こして、そこにアシュタルテ侯爵令嬢を巻き込んで反応を見るってのはアリだけど、彼女がボクの予想通りに諜報に関わる人間だった場合は間違いなく物事の裏を勘繰るだろうから、そこから芋蔓式にボクから依頼主まで辿り着かれるリスクが出る。
下手を打つつもりは毛頭ないけど、最悪を考えるならば、理想はボクとまったく関係ないイベントに対象が巻き込まれてくれるのが都合がいい。突発的な事態に巻き込まれれば、そこには少なからずその人物の人間性が出る。
「ま、そんな上手くいったら苦労は、「やめてくださいッ!!」――ん?」
唐突に聞こえてきた叫び声に、ボクは視線を向けた。
その辺の遮蔽物にそれとなく身を隠しながら窺うと、どうやら学院メイドと貴族の男子学生が揉めているようだ。
「おおっと……?」
最初の叫び声はともかく、この距離では彼らがなにを揉めているのかは途切れ途切れにしか聞き取れない。
ただ、暗殺者としてデザインされた肉体を有するボクなら、言葉が聞き取れない距離に居る相手でも明瞭に見える視力があるし、読唇術で会話を読み取ることも容易い。聞こえる音と、口の動きを併せて見れば会話の内容を把握することなど朝飯前である。
登場人物は三人。
一人は貴族の男子学生。この位置からは家紋が見えないのでどこの家かはわからないが、タイの色から三年生であることはわかる。小太り、という程でもないが『不摂生な生活をしているんだろう』と容易に判断できる程度には崩れた体型の持ち主だ。
それに対する学院メイドが二人。どちらもかなり若いメイドで、たぶんティーンだろう。珍しい。どうやら怯えた様子のメイドを、もう一人が庇って声を荒らげているらしい。庇い立っているほうのメイドは黒に近い紺色の頭髪の、スレンダーな体格で、手足の筋を見る限りそれなりに荒事にも慣れてそう。庇われているほうはポピュラーな金髪で、見るからに運動は苦手そうだ。まあ、胸元にもの凄い重量物をぶら下げてるから勝手にそう思っただけの先入観だけども。
会話を聞くに、男子学生が怯えているほうのメイド――金髪巨乳ちゃんに対して『奉仕』を望んだのが発端のようだ。
たまに見る光景ではある。後で部屋に来いとかって命令したり、酷いヤツになるとその場で脱げとか言い出すクソ野郎も居る。まあ、男子に限った話でなく、女子学生にも大概な奴は居るが、場所を弁えないのは基本的に野郎のことが多い。
欲望まみれの醜い顔面を見るに、あわよくば二人同時にいただこうと企んで、ところが紺髪スレンダーちゃんに猛反発を食らったと、そんなところだろう。
「居るんだよなぁ……ああいうの」
別に不細工だろうがなんだろうが、お小遣いくれるなら構わないっていうメイドも少なからず居るし、逆にどれだけ金銭を積まれようが生理的に無理ってメイドも居る。だから『売り』をしてるメイドを選んで声を掛けておけば無用なトラブルにならずに済むのに、なんでかああいうダメ元側の男に限って嫌がる相手が良いとか慣れてない女が良いとかって拗らせてるんだよな。コンプレックスでもあんのかね。金髪ちゃんの乳に目が眩んだだけかもしれんけど。知らんけど。
ちなみにボクはお金さえくれるなら誰でもバッチコイである。女暗殺者って生き物は大抵房中術もお手の物なんだなこれが。こう見えてウン十年生きてるので、経験もそれなりにあるわけで。
そんな馬鹿に絡まれてしまった不運なメイド少女達だが、どうするのかというと、ぶっちゃけどうしようもない。
こういった場合、基本的に学院は学生のほうに味方するのだ。そちらが顧客である以上当たり前だし、世知辛いが従者階級とはそういうものだ。
気の毒だけど、ああいう手合いに目を付けられた以上は十中八九諦めるしかない。
必ずしも対抗手段がないというわけではない。一つはあの男子学生よりも強い貴族に助けを求めること。ただ、そんな伝手を持っているメイドのほうが少ないし、あの男子学生が馬鹿とは言え脳みそくらいはあるのだから、伝手のあるメイドにはそもそも手出しすまい。
一つは別のメイドに変わってもらうこと。相手が欲望を発散したいだけならそれでもよかろうが、明らかに狙い撃ちされているとなれば通用するとは思えない。
となるとあとはあの男子学生が自分から引かざるを得ない状況を作るしかない。まさに今の状況のように強硬に抵抗していれば、トラブルを嫌う貴族は引く可能性がある。見栄や風聞を気にする貴族であれば、たかが欲求不満の解消と引き換えに強姦魔のレッテルを張られるのはとても割に合わないからだ。問題は、この場に殆ど人の目がないことと、それで引かせたとしても根本的な解決にはならないことだ。
あんなオスガキ一人くらいどうとでもできるし、ボクが出てって助けてやってもいいのだが、
「これは……チャンスだぞぅ」
ボクはほくそ笑んだ。
だって、視線を巡らせば遠くから、まさにこちらへと向かってくる二つの人影が見える。
遠目からでも一目瞭然な特徴的すぎる小柄なシルエットは、間違いなくアシュタルテ侯爵令嬢のものだ。となれば、その後ろに控えているのは彼女付きのメイドのクラリスだろう。彼女が届けた昼食を食べるために移動中、といった風情で、そもそもは彼女らがここを通ることがわかっていたからボクはここに陣取っていたのだ。
まさしく千載一遇のチャンスだ。
このままアシュタルテ侯爵令嬢が進めば、あっちで揉めている面々と絶対にかち合う。そうなれば彼女は反応せざるを得ないだろう。無視するならばそれはそれでそれを報告すればいいので構わないわけだし。
なので、ボクは身を潜めつつ、事態を把握できる位置に移動することにした。
2021/5 時系列を修正。




