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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
一章_魔法学院と黒い森

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補完[学院メイドの悲喜交々-3]



 ~"友達想い"ハンナ~



 アタシには親友が居る。

 同い年の女の子で、名前はヘレナ。


 王立エンディミオン魔法学院に雇われたメイドとして働いているアタシ達だけど、この職場に来る前の経歴は少々特殊だ。

 ヘレナは元々とある男爵家の令嬢であった。と言っても愛人の子――つまりは庶子なのだけど。そしてアタシはそんなヘレナに専属で付けられたメイドだった。尤も、アタシは元々孤児で、メイドとは名ばかりの雑用係のようなものだった。名ばかりとはいえメイドを付けてやる程度には男爵はヘレナに情を持っていたし、然したる力も持たない弱小貴族とは言え、家族間の不和もなく、分を弁えてそれなりに幸せな暮らしを送っていたのだ。


 だけど、そんな日々は唐突に終わりを告げる。


 ヘレナの父親が魔物との戦いで帰らぬ人となったのである。


 その日から、全てが狂った。


 言ってしまえば至って簡単な、どこにでもある不幸話でしかない。ヘレナの父親の跡を継いで男爵位に収まったのは、順当にその弟であった。つまりは叔父だ。実に当たり前のことだが、兄の縁者とは言え妾やその子供まで面倒を見てやる気など更々なかった叔父によって、ヘレナ母娘は家を追い出されたのだ。

 同時にクビとなったアタシも含め、寄る辺を持たなかったアタシ達は、ヘレナの母親であるライラ様と三人で路頭に迷う羽目になった。

 最終的にはライラ様がなけなしの伝手を駆使して、なんとかヘレナとついでにアタシを学院の使用人として捻じ込んでくれた。だけど、それまでの間ヘレナを食わせていくために無理をして働いていた彼女は身持ちを崩し、ほどなくしてこの世を去ってしまう。


 それから今日まで、アタシとヘレナは二人で力を合わせてなんとかやってきた。令嬢であったヘレナは元より、名ばかりメイドだったアタシも最初は失敗ばかりだったけど、ヘレナは命を賭して未来を紡いでくれた母の想いに報いるために、アタシはライラ様からヘレナのことを頼まれた責任を果たすために、励まし合って、教え合って、泣き合って、頑張ってきたのだ。


 アタシは恩義に報いる。

 孤児だったアタシをメイドとして雇ってくれた旦那様への恩。名目上は雇用してもらったわけだけど、当時のアタシの愚図っぷりを思えば、実質保護してもらったようなものだった。

 そして追い出された後、ヘレナを守るだけでも精一杯だっただろうに、アタシのことも同じように慈しんでくれたライラ様への恩。

 返し切れぬ大恩。旦那様もライラ様も既に亡く、返す相手の居ない恩義だけが残った。


 だからせめて、彼らの忘れ形見であるヘレナのことはアタシが絶対に守って見せる。

 一命を賭してでも、それは私自身の望みでもある。













「――やめてくださいッ!!」



 ヘレナの肩を掴む手を払い除けて割り込み、アタシは彼女を背中に庇う。

 昼時になってヘレナの姿を探したアタシは、その姿が見つからないことに疑問を覚えた。だから同僚に訊いてみると、どうやら学生からの仕事を頼まれて出て行ったとのこと。

 それ自体はよくあることだ。

 でも、アタシは嫌な予感がしたのだ。どの道、昼食は二人で一緒に食べるのが常だし、アタシは居ても立っても居られず、ヘレナを探して飛び出したのだった。


 結論から言えば、それは正しかった。


 嫌がるヘレナを無理矢理連れて行こうとしていた貴族の男子学生には見覚えがあった。数日前から、たまに遠くからこちらを眺めていた人だ。正直気持ちの良い視線ではなかったのだけど、一々反応していたらキリがないので、アタシもヘレナもそういうのは努めて無視することにしていた。

 なにせ、アタシはともかくとしてヘレナはそういう視線を集めやすい。

 今年で十八になる彼女は、顔はまあ美人と言えなくもないくらいの平均ちょっと上レベルだ。自惚れながら、顔面だけで言えばたぶんアタシのほうがイケてる自信ある。

 ただし、ヘレナはとにかくデカいのだ。そう、主におっぱいが。

 体型が出にくいお仕着せを纏っていても主張が激し過ぎて逆に扇情的になってしまうレベルの巨乳の持ち主だ。ライラ様もご立派だったから、血筋の為せる業なのだろう。

 それがもう、男の視線を集めること集めること。なんで男ってあんなにおっぱい好きなのかしら。


 でまあ、そんなだから粘着質な視線もいつものことだと無視していたのだけど、今日の唐突な呼び出しのタイミング的に不穏なモノを覚えたアタシの勘を褒めてやりたい。

 アタシは息を整えながら、もう一度告げる。



「やめてください。嫌がってるじゃないですか」



 アタシの乱入で呆気に取られていたらしい男子学生は、その言葉で我を取り戻した様子で厭らしい笑みを浮かべた。



「馬鹿を言え。それは自分から来たんだ。嫌がってなどいるものか」



 アタシの後ろでヘレナが必死に首を横に振った気配がした。

 大丈夫、わかってる。どうせコイツが騙して呼び付けたに決まってるのだ。仕事だと言われればアタシ達に拒否する権利はないから、おおかたこれも仕事の一環とか言って手を出す気だったんだろう。

 下衆な輩が良く使う手だ。

 立場的に弱者であるアタシ達は基本的に貴族に迫られれば断れないので、そういう誘いだと思ったら理由を付けてそもそも行かないことくらいしか対処法がない。仕事だと言われてても理由を話せば代わってくれる年配の先輩も居るから、「あの子は急な体調不良で……」とかいって誤魔化してくれる。理由があれば配置換えしてもらえるから、そうやって回避するという消極的手段しか取りようがないのだ。

 だからヘレナがコイツの呼び出しに応じてしまったことは迂闊であった。せめてアタシに一言言ってくれれば、と思うも、あまりにタイミングの良い呼び出しから察するに、小賢しくもアタシが離れる瞬間を狙い澄ましていたのだろう。


 目の前で醜悪な笑みを浮かべている男子学生の家紋を見るも、心当たりはない。

 流石に全部の貴族を覚えられるわけもないが、伯爵家以上の高位貴族の家紋は当たり前に覚えているので、コイツは下位の家の出身だ。

 だからといって、アタシ達では逆立ちしても勝ち目のない相手である。コイツもそれがわかっているので、アタシにどれだけ睨まれようと余裕の態度を崩さないのだろう。


 逃げてしまおうか……、そう考えたアタシの機先を制するように、男子学生が言う。



「なに考えてるかわかるぞ。この場さえ逃げちまえば勝ちだと思ってるだろ。所詮コイツは下位の家で、大した影響力もないと思ってるんだろ?」


「っ!」


「無知なお前に教えておいてやる。俺はマルトー子爵家の次男で、俺の実家は学院に出資してる。少なくとも、その気になれば末端のメイドの一人や二人どうとでもできる程度の影響力があるんだなぁこれがぁ」



 にやにやと、甚振るように言ってくる。

 アタシは歯噛みした。マルトー子爵家とやらが学院運営に出資しているというのは事実だろう。そんな家は腐るほどある。重要なのはいくら出してるかのほうだ。

 コイツの物言いは九割ブラフだと思う。仮に出資額が大したものだったとしても、そもそも子爵家の資金を運用する立場にない次男風情が学院になんの影響力があるというのだ。世間知らずが服を着て歩いているような貴族のボンボンに比べれば、まだしもアタシのほうが苦労してる分だけ世の中を知ってる。財力も権力も、コイツではなくコイツの父親である子爵のものだ。だけど、一割が捨て切れない。コイツが父親である子爵に泣きついて、万が一子爵が学院にクレームをつけてきたら?まるく収めるために原因であるアタシとヘレナの身柄を寄越せと言われたら、まあ学院は庇ってくれないだろう。



「俺も悪魔じゃない。慈悲をやろう」



 本人的には優しさを見せたつもりの気色悪い目で、マルトーはアタシとヘレナを不躾に見遣った。



「生意気にも俺に逆らったお前は、父上に頼んで我が家の奴隷にしてやる」



 アタシを見下した粘着質の言葉に、ヘレナが引き攣ったような声を上げる。



「そ、そんな、」


「と言いたいところだが、誠意を見せてくれるのであれば、見逃してやってもいい」



 コイツ――ッ!!

 どうすればいいのかわかるだろう?とでも言いたげなマルトーの視線を遮るように、アタシはヘレナを背に隠す。このクソ下衆はこう言っているのだ。ヘレナが大人しく『奉仕』をするのならば、歯向かったアタシを見逃してやると。

 アタシを助けたければ身体を差し出せとヘレナを脅迫しているのだ。


 アタシは焦る。この展開はマズい。

 だって、ヘレナの性格を考えれば、絶対にこの子は自分を犠牲にしてアタシを救おうとする。そもそもこの状況に陥ったのはヘレナの責任であると自身を責めてしまう子だ。

 違うのだ。そうじゃないのだ。

 アタシはヘレナを守りたかったのだ。だから来たのだ。アタシはヘレナを守りたいのに、結局アタシの存在がヘレナを窮地に陥らせてしまう。ヘレナもアタシも互いを大切に想っていて、守りたいと思っているのに、どうしてこんなに上手くいかないのか。

 なんで頑張っても頑張っても、やってきた理不尽がぶち壊していってしまうのか。

 アタシの最悪の予想を裏付けるように、背から声が聞こえた。



「……約束、してください」


「ヘレナ!?」


「私が貴方の言うことを聞けば、ハンナは見逃してくれると、約束してください」



 今度はアタシを庇うように、ヘレナがアタシの前に出た。

 打たれ弱くて、控えめで、荒事なんててんで向いてないくせに、一度覚悟を決めると揺ぎ無いのがヘレナという少女だ。アタシはそんなヘレナの背中がとてもカッコイイと思うのだけど、今だけは、それを見たくなかった。

 ヘレナの言葉を受け、マルトーは喜色に顔面を歪めて、鼻息も荒く首肯した。



「勿論だ。約束しようじゃないか」


「わかりました……ごめんね、ハンナ」



 ヘレナは泣き笑いのような表情でアタシに一度だけ振り向き、それからマルトーへと向かって足を踏み出す。アタシはその背に、縋るような思いで手を伸ばそうと――、






「おい」






 唐突に、第三者の声が割り込んだ。

 アタシもヘレナもマルトーも、三者三様に驚愕して声のほうに振り向くと、一人の小柄すぎる女子学生がメイドを伴って歩いてきていた。声を出したのは女子学生のほうで、見るからに不機嫌そうな表情をそのまま音声にしたかのような声音だった。

 どうやら、ヒートアップし過ぎて接近する彼女らに気付かなかったらしい。



「通行の邪魔だ。クソが」



 優美な足取りなのに矢鱈と迫力のある少女は躊躇なくマルトーの眼前まで辿り着き、彼をねめあげて流れるように罵倒した。



「なん、だと……!おいお前、誰に向かって、」



 顔面を真っ赤にしたマルトーが何事かを言い募ろうとし、しかし不自然に言葉が途切れる。

 アタシにもその理由はわかる。

 傲然と割り込んでマルトーを罵倒した少女の制服に刻まれた家紋だ。高位の貴族の家紋は暗記しているので、彼女が何者かも当然わかる。プリムラの花を模した典雅な紋章は、『四大貴族』アシュタルテ侯爵家の家紋に違いない。

 それこそ、凡百の子爵家程度なら気まぐれで消し飛ばせるレベルの、不動の大貴族である。


 家柄でゴリ押しするしか能がないマルトーだからこそ、立場を弁えざるを得ない相手に違いない。と思ったのだが、アタシはマルトーという屑を見誤っていた。つまり、予想よりも更に下等な人物だったって意味だけど。

 あの男、アシュタルテ侯爵令嬢に礼を示すどころか、彼女が連れているメイドの美貌に釘付けになっていたのだ。先程不自然にヤツの言葉が途切れたのは、単にそのメイドの美貌に目を奪われて言葉を忘れただけだったらしい。


 本当に呆れ果てた男だが、これはアタシ達にとっては間違いなく救いだった。



「あのッ!!」



 アタシは声を上げる。

 ほんの一瞬前まで状況は詰んでいた。でも、もし、このアシュタルテ様を味方に付けることが出来れば、マルトーなんてどうとでもしてくれる。彼女が『あの』アシュタルテであるというのは不安材料だけど、同じ女性なのだから、共感して助けてくれるかも。



「アシュタルテ様、どうかお助け下さいっ」



 平伏して助力を乞うと、マルトーとヘレナがそれぞれに驚いたような音を漏らした。

 とうのアシュタルテ様はどうでも良さそうに鼻を鳴らし、ただ一言。



「何故?」



 とだけ返した。

 ヘレナを守るためならなんだってするつもりのアタシは、必死に言い募る。正直言って侯爵令嬢がたかがメイドを助ける理由などありはしないので、どうにかして、彼女が自発的にマルトーを排除しようと思うように、彼の非道さを説明する必要がある。

 幸い、虚飾が一切不要なレベルの下衆野郎なので、勝算はあるはず。



「ワタシどもは、そこなるお方に無体を働かれるところで御座いました。身分を盾に脅すばかりか――」


「違うだろう」



 硬質な声に遮られ、アタシは顔を上げる。すると、こちらを見下す瑠璃色の瞳と視線が交錯する。

 まるで星空を溶かしたみたいに綺麗な瞳なのに、恐ろしいくらいに冷酷で、一切の温度が感じられなかった。


 こんなの。人間に向ける目じゃない。


 そんな目を見せられて、理解しない奴なんて居ない。



「何故、この私が見ず知らずの貴様を救ってやらねばならんのか、と言っている」



 それは、問いかけという体をとった、ただの死刑宣告だった。

 言葉よりも態度よりも、なによりも雄弁に彼女の視線が物語っている。

 彼女はアタシにもヘレナにも微塵も興味がないのだ。まだしも、道に落ちているゴミのほうが、足元を脅かすという意味で興味の対象たり得るかもしれない。それほどまでに、彼女の瞳は冷たい。

 一縷の望みを掛けて、アシュタルテ様が連れている美貌のメイドに視線を向けるが、彼女は静かに瞑目して首を振るだけだった。


 完膚なきまでに希望を砕かれたアタシが絶句していると、それを見て調子を取り戻したらしいマルトーが再びヘレナへと腕を伸ばした。

 アシュタルテ様は通行の妨げさえなくなればそれ以外は関知しないとばかりに、マルトーの脇を抜けて歩き去る――、



「ああそれと」



 ふわり、とアシュタルテ様が右手を払うと、冷たい風が吹く。

 凛と音を立て、マルトーを取り囲むように出現したのは、氷塊を削りだして作られたみたいな無数の鋭利な刃であった。それが幾重にも折り重なってマルトーを中心に切っ先を向け、まるで花弁の如く放射状に虚空に並んでいるのだ。

 ヘレナに触れる寸前で動きを止めたマルトーの、殆ど首筋に触れるかという位置に突き付けられた切っ先に、彼の喉が引き攣ったような音を立てた。



「私は、貴様のような品性下劣な輩が死ぬほど嫌いだ」


「ひっ」



 アシュタルテ様がマルトーを見る瞳は、アタシに向けたそれよりも尚酷薄だった。



「二度と私のモノにその眼を向けるな。魂が腐る」


「ひぃぃぃいっ!?」



 マルトーを取り囲む無数の氷刃が、脅すように一斉により一層肥大化して鋭利さを増すと、マルトーは情けない悲鳴を上げてへたり込み、おそらくアシュタルテ様がわざと隙間を空けておいた部分を這う這うの体で抜け出し、そして一目散に走り去った。

 アシュタルテ様はそれを見送るでもなく、小さく舌打ちをして氷刃を散らせると、不機嫌そうなままメイドを連れて今度こそ立ち去ったのだった。


 あとに残されたのは、平伏したまま立ち上がり損ねて変な姿勢になってしまったアタシと、その傍らで力が抜けたみたいに呆然とへたり込んだヘレナの二人だけであった。



「…………た、助かった?」


「う、うん……」



 アシュタルテ様の魔法のせいで急激に下がった気温に、アタシとヘレナは思わず抱き合って、ぶるりと震えた。




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