14話_side_Pr_親睦会
~"転生令嬢"プリムローズ~
学院のカリキュラムが始まる前の、準備期間として設けられた一週間。
その最終日の夜には伝統的に、学生同士の交流を目的とした親睦会が開かれる。
学内の庭園を開放して行われる立食パーティー形式のそれは、最終日の夕刻から開始される。ドレスコードは制服着用のこと。新入生は強制参加、上級生は希望者のみ参加。ただし飛び入り参加は自由、というものだ。
もちろん、貴族平民の区別なく参加可能で、従者を同行させることも許されている。実質的には、新入生は勿論のこと従者階級までも含めた学院の新たな仲間を歓迎しましょう、という催しだ。
というわけでクラリスちゃんとフォノンちゃんを引き連れて会場入りした私は、ごった返す学生の群れに早くも辟易していた。
なんせ、私は劇的に背が低いので、人混みとはつまり天敵のようなものだ。
周囲も見えないし、流れに抗えないから。
参加する、という義務は果たしたので早々に退散してしまいたいところだが、その前に果たすべき目的が一つあるのだ。
「さて、フレンネルはどこに居るかな」
先日、クラリスちゃんが男子学生に絡まれていた際に助けてくれたイオちゃんに、この機にちゃんとお礼を言っておこうと思うのだ。あの時、ガイダンス終わりの新入生が溢れてきたせいで結局碌に話も出来ずに別れちゃったんだよね。
彼女からの茶会の誘いもぶっちぎった私なので、更にこの場でも音沙汰無しは流石に気が引ける。ついでに言えば、親睦会という名分があるこの場であれば、私がイオちゃんと交流をしたとしても悪目立ちはしないだろうという打算もある。お互いに力在る貴族であるアシュタルテとフレンネルの交流は儀礼でなくてはならぬ。そうでないと、色々と勘繰る輩が出てくるのだ、これが。
目下の問題は、私の背が低過ぎてイオちゃんを探す以前に現在位置の把握すら怪しいということだろうか。
ええい、背に腹は代えられない。
「クラリス、探してきてくれ」
「畏まりました」
クラリスちゃんは優雅に一礼し、フォノンちゃんにマシンガンのような早口で何事かを言い含めてから人混みの中に消えていった。
「じゃあ、お嬢サマ。アタシ達は向こうで待ってましょう?」
「そうだな」
とりあえずクラリスちゃんが戻ってきたときに私達が迷子では話にならない。
私とフォノンちゃんはパーティーの中心部を外れ、おそらく先程クラリスちゃんが合流地点としてフォノンちゃんに指示したのであろう、会場端の植え込みの近くに陣取った。
楽しそうに交流する学生達をほのぼのと不機嫌顔で見守る私の横で、フォノンちゃんは料理が置かれたテーブルのほうをちらちらと眺めていた。この学院で勤務している従者階級には、フォノンちゃん達のような各学生が連れてきた人員と、学院そのものに雇われている人員が居る。こういう学院行事で裏方や給仕などを行うのが学院勤めの従者たちの役割である。で、まあフォノンちゃんが学院勤めのベテランメイド達の給仕っぷりを観察しているのであれば感心するところだが、今にもよだれを垂らしそうな口元を見る限りはお察しである。
もの凄くわかりやすいその姿に、私は内心で溜息を吐きながら口を開く。
「フォノン」
「はいっ!?」
「小腹が空いた。なにか軽いものを持ってきてくれるか?」
「はい!ただいま!」
小走りに飛び出そうとするフォノンちゃんに「ああそれと、」と声を掛ける。
「貴様も好きなものを食べていいぞ」
「いいんですかっ!?」
きらっきらの瞳に苦笑と頷きを返すと、彼女は一目散に料理へと突撃していった。
この親睦会は身分に囚われない無礼講の行事だ。従者が食事をとってもなんの問題もない。間違いなくクラリスちゃんは許さないだろうが。
クラリスちゃんが居ない間に、少々羽目を外すくらいのことは構わないだろう。
フォノンちゃんは仕事でこの場に居るとはいえ、折角なら楽しんで仕事をして欲しいもんね。
とうとう一人になった私は行き交う学生を何の気なしに見遣っていたのだが、その中に不意に見知った顔を見かけた。
足早に通り過ぎようとしていたその人物もこちらに気付いたようで、一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情をして、それから十秒ほど葛藤して、最終的に諦めたような表情でこちらに向かってきた。
そんなに嫌なら通り過ぎてくれても良かったんやで?
「やあ先輩。ごきげんよう」
私が気さくにそう言うと、彼――二年生の先輩であるボス猿くんことカシテル伯爵令息は、もの凄く複雑な顔で挨拶を返した。
「……先日は失礼した」
「いえ、お気になさらず」
一応、先日の件を気に病んでいたのか、真っ先に詫びてきたボス猿くんに私は軽く返す。
実際なんの被害があったわけでもないので、私自身は然程気にしてはいない。まあ、かと言って社交辞令以上に親しくするつもりもないが。
ところで、
「私は貴方の名を未だ聞いていないのだが」
「……カシテル伯爵が三男、ジョナサン・ドゥ・カシテルだ」
「プリムローズ・フラム・アシュタルテでございます。どうそよしなに。カシテル先輩」
私がちょこんとカーテシーをすると、ボス猿くん改めジョナサン先輩は意外そうに瞳を丸くした。
家格で言えば圧倒的に格上の私が、礼を取るとは思わなかったのだろう。
ただでさえ、ファーストコンタクトがあれだったしね。
ただ、私の個人的な考えとしては、この学院に在籍しているうちは伯爵家だろうが王族だろうが平民だろうが、一個の学生である。そこには下級生が上級生に払うだけの当然の敬意があれば充分だと思っている。
もちろん、だからと言って家柄を完全に無視することは出来ないし、するべきでないとも思うが。
「カシテル先輩はまた女漁りか?精が出ることだな」
「人を盛りのついた猿のように言うのはやめろ」
「違うのか?」
「ちっがぁうッッッ!!」
別にうちの従者に手を出しさえしなければ、女を漁るのもむしろ健全で大変よろしいとお姉さんは思う。無論、健全な手段であれば、だが。
ちなみにナンパな奴だけあって、ジョナサン先輩の見た目はわりと悪くない。腐っても伯爵家だし、これでもう少し利口ならばそれなりにモテるだろうに、という勿体ない容姿をしていると思う。
どうやらジョナサン先輩の今日の目的は違うらしい。
「そういえば、先日連れていた彼らは居ないのだな」
「それだよ!」
はい?
「どれだ」
「だから!今日俺はあいつらの代わりを探しに来たんだよ!」
「ははん、さては先輩。愛想を尽かされたな?」
さもありなん。
あの取り巻きくんたちも、アシュタルテ侯爵家に喧嘩を売るバカなんぞに付いていきたくはないわな。憐れ取り巻きに逃げられたジョナサン先輩は、親睦会をいいことに新たな取り巻きとなってくれる下級生を探しにやってきたわけか。
それはそれで、まあいいんじゃないかな。頑張りたまへ。
「くっそぅ。それもこれも、全部お前のせいだ」
「心外だな。私が何かをしたわけでもあるまいに」
「何を言うか!あいつらと来たら、あの後『侯爵家に喧嘩売るとかマジもぅむり……』とか言って三行半つきつけてきやがったんだぞ!?」
気持ちはわかる。
言うまでもなくジョナサン先輩の気持ちではなく、彼に三行半を突きつけた元取り巻きくんたちの気持ちが、である。
というか、今この瞬間も侯爵家の令嬢に対して怒涛の無礼を叩きつけ続けているジョナサン先輩の所業を見る限り、早々に見切りをつけた元取り巻きくんたちの判断は極めて正しかったと言わざるを得ない。
と、そこへ料理を満載したお皿を持ったフォノンちゃんが戻ってきた。
「お嬢サマぁー!お待たせしましたっ!」
躊躇なく私に声を掛けてくるフォノンちゃん、ほんとに残念クオリティである。
私が他者と会話しているのは明らかなのだから、普通は会話の切れ目を見計らうか、静かにそっと後ろに控えるかするべきだと思うよ。今回は相手がジョナサン先輩だからどうでもいいものの、仮に私よりも高位の相手とかと話しているときに同じことをされると非常に困るぞ。そうなると、私はフォノンちゃんの身を護るために彼女を罰しなくてはならない。
なお、ジョナサン先輩だから大丈夫というのは、彼が私よりも下位の家の人間だから――ではなく、普通に彼自身が他者をどうこう言えないレベルの無礼者だからだ。
「あれ、この人……」
「カシテル伯爵家のジョナサン先輩だ」
やっとジョナサン先輩の存在に気付いた様子のフォノンちゃんが首を傾げたので、私は簡潔に説明してあげる。
おかしくないかな?
なんで主人の私が従者のために紹介してるのかな?
そんでもって先輩は先輩で、唐突に表れた小麦肌の活発系美少女メイドの姿に目を奪われていた。
「おい、アシュタルテ嬢。これもお前のメイドか?」
「見ての通りだが」
おい、なんだこのもの凄く既視感を感じる展開は。
いやいやまさか、そこまでお猿さんじゃないよね?
そんな私の藁にも縋る思いを清々しいまでに裏切って、ジョナサン先輩は鼻息も荒く私に詰め寄ってきた。
「このメイド、俺に譲ってくれ!」
「学習能力無しかッ!!」
「へブラァ!?」
思わず先輩の頭を引っ叩いてしまった私は悪くないと思う。
まったく、ジョナサン先輩はどうかしてるぜ!
2021/5 細部の描写を修正。




