12話_side_Pr_学院図書館
~"転生令嬢"プリムローズ~
入学式典から講義開始までの一週間は準備のための時間だ。
建前では寮での生活環境を整えたり、受講する講義を決めて学習計画を立てるために使う期間。
実態は、コネと人脈作りのための期間なんだけどね!
そのために学院に来ている人だって居るのだし、平民階級や位の低い貴族の学生にとっては、誰と懇意になるのかというのは文字通りの死活問題なのだから。自分にとって益となる相手を、あるいは立場を庇護してくれる相手を見定め、志を同じくする同志と徒党を組む。それだって、これから先の学園生活を送るための立派な準備であると言える。
派閥にこだわるのは基本的に女子学生であるが、男子にとっても交友関係はもちろん重要だ。
そんなわけで女子連中は茶会に大忙しだし、男子連中もラウンジなんかの共同施設に繰り出して他の学生との交流を図る光景がよく見られる。貴族と平民の学生は寮が分かれているので、同階級の交流を図るならば寮内でも事足りる。出てきている人たちは貴族の学生とお近づきになろうとする意欲的な平民だったり、平民でもいいから取り巻きが欲しい下位貴族だったり様々である。
貴族にしても下位の者たちが見所のある平民を取り巻きにしているのはよくある光景なのだとか。
まあ、私には関係のない話だけど。
押しも押されもせぬ侯爵家である私は誰かに護ってもらう必要はないし、だからと言って取り巻きを作る気もない。
正直に言えば友達くらいは欲しいのだけど、原作のプリムローズを知っているからどうしても躊躇してしまうのだ。だって、隠れ蓑や旗印に祭り上げられてしまったら堪ったものではないから。
それこそ、原作でのプリムローズ一派のように、平民出身の女子や貴族でも位の低い家の女子を相手に、容姿や学力に対する妬み嫉みで弾圧しようとする者達は絶対に存在する。これは原作で居たからとかいう話ではなく、厳然たる事実としてそうなのだ。
そういうやつらが何を欲しているかというと、それはもう大義名分だ。
プリムローズ様が言ったから~、プリムローズ様の機嫌を損ねたから~、などと言いながら他者を弾圧する名分を欲しているのだ。
わかりやすく言うならば虎の威を借る狐。
見方を変えればスケープゴートである。
原作では私自身が率先していたから利害が一致していたのだろうけど、私にはその気はないし、敢えて介入するつもりも無ければそもそも関わりたくない。なんというか、そういう女子同士のどろどろしたいがみ合いは、ぶっちゃけ前世でお腹一杯なので。
じゃあ私が虐げられる者を守る側に立てば良いのかというと、ことはそう簡単ではないのだ。
まかり間違えば、それこそ下克上の旗印にされかねない。
私が出した結論は、誰ともつるまないこと。
個人的な付き合いをする分には構わないと思うけど、派閥的なモノには関わらないし、主導もしない。
というわけで、この準備期間の間は基本的に何もせず、本来あるべき準備だけを粛々と済ませることにしたのだ。
イオちゃんからの茶会の招待だけは心惹かれるものがあったが。
あの子とお友達になれたらハッピーなんだけど、イオちゃんは原作ではそれこそ穏健派の旗印みたいなポジションだったし、彼女は頼られたら無下には出来ない性質だろうから、きっと現実でも同じくなるだろう。
アシュタルテ侯爵家という貴族社会の爪弾き者の立場上、表立ってイオちゃんと懇意にしたら、きっと彼女に迷惑を掛ける結果になるだろう。アシュタルテにはアシュタルテの、フレンネルにはフレンネルの、築き上げてきた歴史と求められる役割があるのだ。実質的になんの権力も持たない子供同士の関係が、貴族社会の勢力図に影響を及ぼすことすら可能性としては在り得るのだ。
特に、大貴族の場合は。
下手に力があると、自由な友達付き合いすらできやしない。
これも一つの、貴族ゆえの義務と責任というものであろうか。責を果たすという意味では私の方針は消極的すぎるだろうけど、無駄な波風を立たせないことって結構大事だと思うのだ。
私が一人でやってきたのは学内の図書館だ。
寮の部屋に居ると訪問者がひっきりなしで面倒くさいので、逃げ場所を探した結果である。アシュタルテ侯爵家は貴族社会の嫌われ者だが、王国有数の大貴族であるのは疑いようがない。だから顔を繋ごうと試みる者は後を絶たないのだが、どいつもこいつも嫌々なのが透けて見えたり、義務感バリバリだったり、明らかに下心が有ったりで、対応するだけでも気が滅入るんだよね……。
そこで、ここである。
学内のそこかしこで学生同士の交流が図られている今日であるが、流石に私語禁止の図書館で交流を図ろうとする者など居ない。
調べたいこともあったことだし、丁度いい。
ちなみにクラリスちゃん達には好きにしていいよと言っておいた。私の方針はともかくとして、他家の使用人との交流というのも重要だろうから、その辺はお任せである。また先日のようにアホな男子学生とかに絡まれたら、私の名前を出してお帰り願うように指示をした。
命令として伝えておかないと、クラリスちゃんは絶対に私に迷惑が掛かるような選択を取らないからね。
「さて……」
目的の本を探して図書館内をうろつく。
私の目的は三百年前の『宵の魔王』について調べることだ。魔王復活の阻止を掲げた身としては、情報は少しでも欲しい。尤も、私が本当の意味で欲している類の情報はとうに焚書されているか、厳重に隔離されているのだろうが。
現時点では単に、学問としての魔王や魔物の情報が知れれば充分だ。
書架を眺めながら歩いていると、ふと見覚えのある姿を見かけた。
眼鏡が似合う黒髪の少女。ガイダンスで出会ったノエル・クライエイン嬢だ。
早速図書館に居るということは、やっぱり外見の印象を裏切らず勤勉な子なのだろうか。
眼鏡がガリ勉とか偏見以外のなにものでもないのだけど。
彼女はどうやら上のほうにある書物を取ろうとしているようで、図書館の備品である木製の梯子を運んでいた。蔵書量に対して敷地面積が足りていないのか、この図書館の書架はやたらと背が高い。こう、圧迫感すら感じる本の壁は漫画的には『よくある表現だな』としか思わないが、現実で見ると『もうちょっと利便性を考え給えよ』とツッコミたくなってしまうこと請け合い。
よっこいしょと梯子を書架に立て掛けるノエルちゃんを見遣り、その彼女の背後のほうを一瞥した私は、小さく溜息を吐いた。
片脚を梯子に掛けたノエルちゃんに声を掛ける。
「クライエイン」
「わ!」
小声で驚いたノエルちゃんが、梯子に脚を掛けた姿勢のままこちらに振り向き、私の姿を認めて声にならない悲鳴を上げた。
そこまで驚かれると、流石に悲しいのだけど……。
「そういう時は、素直に司書を呼ぶことだ」
「え、でも……」
こんな些事で司書の手を煩わせるのは申し訳ないとでも思っているのだろう。
だけどそれが彼らの仕事だ。ちなみに司書は流石に効率化されているので、手の届かない高い書架の本でも自由自在に検索して移動させる専用魔法を習得している。
まあ自分の手で本を取りたいというのであれば好きにしてくれればいい。そのために一応梯子が設置されてるわけだし。
ただ、忠告だけはしておきたい。
「少なくとも、制服で梯子に登るのは止せ」
そう言って、本を探すふりをしてスカートの下を覗こうとしていた男子を睨むと、バツが悪そうにそそくさと退散していった。健全な男子らしくてお姉さんはほっこりしちゃうけど、だからと言って見過ごせないな。
遣り取りを見て迂闊さに気付いたノエルちゃんが、真っ赤になってスカートを押さえながら、梯子に掛けていた脚を下ろした。
「どれだ?」
「え?」
「どの本が読みたい?」
居合わせた以上、このくらいのお節介はいいだろうと、私は書架を見上げて問い掛ける。
きょとんとしたノエルちゃんがわけもわからず本のタイトルを教えてくれた。見ると、かなり上のほうにある。梯子に登ってあんなの取ろうとしたら結構危ないぞ。
下着の件が無くても止めて正解だったかもしれん。
「あの、アシュタルテ様……?」
困惑するノエルちゃんを他所に、私は本に狙いを定めて片手を振るう。
司書が使うような専用魔法なんて私は勿論習得していないが、見えている本を一冊取り出す程度ならば適当な魔法を組み合わせるだけで訳はない。
お目当ての本が独りでに書架から抜き取られ、ふわりと落ちてきたそれを、振るった片手でそのまま受け止めた。取りたい本の両隣をちゃんと押さえておくのがポイントね。それを怠ると雪崩みたいに降ってくるから。
手の中に収まった分厚い本のタイトルを見てみると、なんと経営学の専門書である。こんなニッチな需要の本まであるとは……そりゃあ蔵書量がパンクするわけだわ。
「随分と難解な本を読むのだな」
「あ、あの私、実家が商会を営んでおりまして、」
ああなるほど、と私は第一印象での予想が間違っていなかったことを知る。
ということは家業について学ぶためにこんな専門書に手を出しているのか。
「いえあの、もちろんそんな難しい本がわかるわけではなくて、とりあえず読んでみようかなって」
「ふむ」
それは見上げた向上心だ。どうやらノエルちゃんは典型的な、勉学のためにこの学院を訪れたタイプの学生らしい。異性にうつつを抜かすことしか能がないどっかのボス猿くんも1割で良いから見習ってほしいものである。
まあ、なんにせよ。
「展望があるのは良いことだ」
本をノエルちゃんに差し出す。
「意欲的ならば猶更良い」
言って、不機嫌フェイスに精一杯の笑みを浮かべて見せると、ノエルちゃんは少し引いたようだった。
やっぱり怖いかなぁ、私……。
2021/5 細部の描写を修正。




