7話_side_Fo_学院前庭
~"新人メイド"フォノン~
アタシのご主人は変わった人だ。
前を歩く小さな背中を見遣る。
それほど大柄でもないアタシと比べても、頭一つ以上背の低い、華奢なシルエット。穢れなき、と表現するのがぴったりな純白の長髪に、明るい夜みたいな瑠璃色の瞳。
どう見てもお子様にしか見えないアタシのご主人は、その実アタシよりも二つ年上なのだそうな。
プリムローズ・フラム・アシュタルテ侯爵令嬢様。
アタシの雇い主であるアシュタルテ侯爵家のご令嬢にして、アタシの憧れであるクラ姉が心酔するご主人様である。
小さな歩幅でちまちまと歩くご主人の傍らには、当然のようにクラ姉の姿がある。いっそ過保護なくらいに甲斐甲斐しく傍に侍るクラ姉は、外用の凛とした澄まし顔で、ご主人を日差しから守るために日傘を差している。
アタシはご主人の学生鞄を持ってそんな彼女らの後ろに続く。要は荷物持ちだ。
現在アタシたちが歩いているのは、今日からご主人が通う魔法学院の前庭だ。通用門から校舎までの道のりなのだけど、これがまた長い。学院の施設はどこもかしこも白磁の石材で造られた宮殿じみた外観で、とにかく優美で瀟洒で、なにより広大だ。
ただの通路であっても目を楽しませる程度の緑や涼し気な噴水、精緻なレリーフの施された石柱なんかが各所に配置されていて、流石はやんごとなき身分の人たちも通う学校だと圧倒される。
「すっご……」
きょろきょろと周囲を見渡しつつ、アタシの口は開きっぱなしだ。
なんというか、辺境の貧民街出身のアタシなんかは、場違い感が凄い。
「もしかして、王宮よりも広いんじゃないですかここ」
「王宮はこの倍は広いぞ」
思わず呟いた言葉に、ご主人が背中越しに返事をくれた。その内容にはアタシの如き小市民は「ひぇ」と慄くしかない。
アタシみたいなザコメイドの言葉にも律儀に反応してくれるあたり、やっぱりご主人は変わっている。
アタシがこのご主人と出会ったのは、実はそう昔の話ではない。
今から二年前。遠からず学校に行ける年になる弟のためにお金を稼ごうと思い立ったアタシに、アシュタルテ侯爵家という職場を紹介してくれたのはクラ姉だった。クラ姉は近所の孤児院の出身で、両親が働きに出ていたアタシと弟は、幼い頃からよくその孤児院のお世話になっていた。その頃既にメイドとして働いていたクラ姉はたまに孤児院に顔を出すだけだったけど、クラ姉が帰ってくる日にはアタシも弟も必ず会いに行ったものだ。
クラ姉は美人で、優しくて頭も良くて何でもできる、皆の憧れのお姉さんだった。貧民街の孤児だというのに、侯爵家の令嬢付きのメイドという栄誉ある役職に就いている凄い人だ。
そんなクラ姉の厚意で紹介してもらった今の職場だったのだけど、実はアタシ、一度クビになりかけている。
どうやらメイドの細やかな仕事というのはあまりアタシに向いていなかったみたいで、教育係になった若いメイドに匙を投げられたのだ。
役立たずの烙印を押されて侯爵家を追い出されそうになったアタシを拾ってくれたのは、やっぱりというかクラ姉だった。クラ姉は令嬢の御傍付という誰にも代わることのできない役職に就いていたので、新人メイドであるアタシと関わる機会はなかったのだけど、アタシの教育係になっていた若いメイドに、わざわざ口利きをしてくれたのだ。
『その子、私に預からせてくれないかしら?』
『く、くくクラリス様!?どどどどどどうぞご随意にぃ!!』
っていう感じ。
アタシに対してはすっごいぞんざいな感じだったあのメイドがビックリ仰天して畏まる姿に、クラ姉ってやっぱりすごく凄い人だったんだなぁとより一層憧れは強くなった。
そんなこんなでクラ姉に連れていかれた場所は、まさかのご令嬢の前だった。
後のご主人、プリムローズ様である。
当時既にアタシよりちっこかったご主人は、尊大な態度で傲然とアタシを見遣ると、すぐに興味なさげにクラ姉に言い放った。
『クラリス。貴様が教育しろ』
は、と首を垂れるクラ姉の横で、アタシは無謀にも『何様のつもりだ』と憤ったものである。身分と力関係を考えれば何もおかしいことではないのだけど、愚かなアタシは憧れのクラ姉を顎で使うような態度のご主人を腹に据えかねたんだ。
内心が顔に出ていたらしいアタシに、ご主人はどうでも良さそうに言った。
『これより先、貴様の失態はすべてクラリスが責を問われるものと知れ』
言われた内容が咄嗟に理解できずに固まるアタシに構わず、ご主人は更に言葉を続けた。
『その自覚が持てないならば疾く失せろ。私のクラリスにつまらん瑕疵をつけてくれるなよ』
とまあ、それがアタシとご主人のファーストコンタクト。
当時のアタシはやっぱり無謀にもこなくそと憤ったものだけど、今は理解してる。あれはご主人なりの激励で、ご主人の対応は破格と言っていいほどの温情ある処置だったのだと。
お陰様で弟も無事に学校に通えそうだし、それからというもの、アタシはクラ姉とご主人にご恩を返すべく頑張っているのだけど、まあ結果は芳しくない。
今日は入学式典ということもあって、アタシたちの周囲には同じく新入生と思われる制服姿の少年少女の姿があった。
アタシたちと同じような従者を連れているのは爵位持ちの家の子供だろう。
この学院の入学資格は魔法の素養があることだけなので、爵位を持たない平民の子供の入学生も存在していて、割合的にはむしろそちらのほうが多いくらいに見える。勿論、学費は相応に高額なので、誰でも入れるわけではないし、実際には爵位持ちの貴族と言えども下位の家とかだと経済的に困窮しているパターンも少なくないので、従者を連れていないからといって平民とは限らない、らしい。
少なくとも言えるのは、ご主人のメイドという立場でなければアタシには一生縁のない場所だったはずということだ。
平民の学生は自分で鞄を持って独りで歩いているか、あるいは家族――大抵は父親だ――とともに歩いているかだ。
従者を連れている学生のほうに目をやって、アタシは瞠目した。
「うわぁ、でっかい鞄」
つんと澄まし顔で歩む女子の後ろを二人の従者が追っているのだけど、その従者が必死に運んでいる鞄の大きさが尋常でない。学院に同伴できる従者は必ず学生本人と同性と決められているので、女学生の従者は女性だ。
見れば、そんな風に巨大な鞄を担いでいる従者は少なくない。旅にでも出るのかって感じ。
思わず、アタシは自分が持っている鞄に目を落とす。
ご主人の学生鞄であるそれは、家柄に見合ったオーダーメイドの高級品だけど、中には最低限の筆記用具くらいしか入っていないのでまったく重くない。だって、荷物はあらかじめ寮に送っているのだから、そもそも今日の時点で持ち歩く物など無いはずなのだ。
「なにが入ってるんだろ……?」
アタシが首を傾げていると、前を行くご主人がおかし気に喉を鳴らした。
「おおかた、見栄とプライドが詰まっているのだろう」
「見栄、ですか?」
「なに、貴族にはよくあることだ」
貴族ってめんどくさい、と思いながら、ご主人の鞄を掲げる。
「お嬢サマの鞄には入ってないんですか?」
「見ての通り、私は小ぢんまりとしているのでな。持ち歩く見栄も最低限で済むんだ」
「はぁ……?」
わかったようなわからないような、曖昧な相槌が零れる。
つまるところ、この矮躯で見栄など張ってもしょうがないという自虐ネタなのだろうけど、そういうのは反応に困るのでやめて欲しい。ちなみにアタシは最初プリムローズ様のことを『ご主人様』と呼んでいたのだけど、アタシの主人――つまり雇い主は厳密にはアシュタルテ侯爵なのでその呼称は止せとダメ出しを食らい、結果的に今の『お嬢サマ』に落ち着いた経緯がある。ただ、アタシの心境的には殆ど会ったこともない侯爵様ではなくプリムローズ様こそが主だと思っているので、あくまでもアタシにとっては彼女がご主人なのである。
そうして和やか(?)に歩んでいると、不意に前方のほうで閃光が弾けた。
「わわっ!?」
どうやら爆発が起こったみたいで、周囲の人達も騒然としている。
野次馬に混じって前方を見てみると、なにやら二人の男子学生が対峙しているようだった。両方とも背後に従者を控えさせているので貴族だ。片方は緋色の炎を纏わせていて、もう片方は白い雷を纏わせている。
察するに、彼らの魔法がぶつかりあったのが、先の爆発の正体みたいだ。
「ああ。なるほど……」
それを見遣ったご主人が小さく呟くが、なにに納得したのかはわからない。
「通路のど真ん中で喧嘩とは、傍迷惑な奴らだ」
呆れた様子で言うご主人に全面的に同意だ。
学院の通用門から校舎へと続く道は、学院の規模に比例して広大だ。道幅は広く、馬車が行き交ったとしてもまったく問題のないくらいだ。対峙する男子学生を迂回して通行することは不可能ではないだろうけど、先の爆発を見ていて踏み出せるものは居らず、結果通行が滞ってどんどん野次馬が溜まっていく。
ご主人はというと既に興味を失った様子で野次馬から離れると、道の脇に設置された休憩用のベンチへと歩いていく。クラ姉が当然のように付き従い、アタシも慌てて後を追った。
「クラリス、茶」
「畏まりました」
クラ姉が手早く清めたベンチに座ったご主人は当たり前のように紅茶を要求し、クラ姉もまた当たり前のように水筒の茶を注ぎ、恭しく差し出す。いきなり始まったティータイムについていけなくて立ち尽くすアタシの背後では、炎と雷がぶつかり合って派手な爆炎を巻き上げていた。
「え?お茶飲んでる場合ですかっ!?」
「逆に訊くが、他にどうしろと」
「いやほら、お嬢サマもすごい魔法使いなんだから、止めに入るとか」
アタシが言うと、ご主人は心底嫌そうに瞳を細めた。
「何故私がそんなことをせねばならんのだ」
「だって、通れないし」
「急ぐ理由もあるまい」
「いやいや!大事な入学式典に遅れちゃいますよっ」
「仮にそうなったら、それはあの馬鹿どもの責だ。私は悪くない」
だめだこの人、欠片も動く気がない。
ご主人は大変優秀な魔法使いであると聞いているのだけど、実のところアタシはご主人のすごいところを見たことがない。ご主人が魔法を使うところは見たことがあるけど、大抵は今朝アタシの寝ぐせを直してくれたみたいにしょうもないことにばっか使ってるイメージだ。
優秀っていうのもクラ姉からの情報なので、信憑性は定かでない。
ことご主人のことに限っては、クラ姉は盲目だから。
あわよくばご主人のちょっと良いところを見せて欲しかったのだけど、どうやら望み薄かな。
結局、学院の教師が出てきて事を収めるまでアタシたちは待ちぼうけを食らうのだった。
2021/5 細部の描写を修正。




