第69話 副業の漫画②
最後に漫画を読んだのが、飛行機事故が起きる前日だった。
週刊誌で楽しみにしていた連載漫画はあったが、異世界転生後は貴族の嗜みとして退屈な礼儀作法を学んだり、庭園を散歩して宮廷の婦人と他愛ない会話をしたり、聖書を読まされたりしている内に、連載漫画のことは頭の隅から消えていった。
あれから十八年の年月は経っているが、こうしてまた漫画を読める機会ができたのは感慨深い。
手に取った漫画を読み終えると、サリーニャはシェーナに声をかける。
「気に入った漫画があれば、無料で一冊持ち帰ってもいいわよ」
「いや……お金を払うよ」
「漫画一冊で過度な要求はしないわよ。料理を作ってくれたお礼だと思ってちょうだい」
シェーナは身構えてお金を懐から出すところだったが、今回はサリーニャの親切心から無料でもらえることになった。
それならばと、シェーナは読み終えた漫画の次巻を手に取る。
「これをもらっていくよ」
「ブックカバーを付けてあげるわ。その漫画は全二十巻で完結だから、続きが読みたくなったらいつでもここにいらっしゃい」
「ありがとう。結構面白かったから、近い内にまた寄らせてもらうよ」
シェーナはサリーニャに漫画を渡すと、奥のカウンターから手作りのブックカバーを取り出して付けてくれた。
可愛らしい動物が描かれているブックカバーに包まれた漫画を受け取ると、上階から誰かが呼んでいる声が聞こえた。
「ごめなさいね。工房でお客さんの対応をしてくるわ」
「ああ、俺達もそろそろ引き上げるよ。長居して悪かったね」
「別にいいわよ。これは人妻ダークエルフ用のブックカバーだから、後で渡して付けてあげてね」
サリーニャはキシャナ用のブックカバーを用意すると、足早に上階へと移動する。
シェーナはキシャナと合流するために部屋を見て回ると、少女漫画が分類されている本棚でキシャナは熱心に立ち読みをしていた。
「ここにいたのか。何を読んでいるんだ?」
「ああ、シェーナか。『貴族令嬢達は王子様に惚れている』って漫画だよ。王子の結婚を巡って貴族令嬢達が策略を企てる人間模様が面白く描かれているよ」
「へぇ……」
シェーナも元貴族令嬢だった身として、割とこの漫画に描かれていることは現場で遭遇している。以前、上流貴族の子息から告白されて周囲の貴族令嬢から嫉妬と罵声に近い言葉を投げかけられて洗礼を受けていた。元々、前世の記憶が邪魔をして男を恋愛対象とすることができなかったので未練はなく、あっさり身を引くことができた。騎士団に入団後も騎士団長から告白されて崖っぷちのシェーナはプライデンに流れ着いた。
「俺としてはキシャナとこうしてお喋りしている方が気楽だよ。あそこは神経が図太くないとやっていけない」
「あ……そうか。シェーナは元貴族令嬢だったのか。経験者が語ると言葉の重みがあってリアルだな」
「サリーニャに頼まれて、一冊好きな漫画をこれに包んで持って帰っていいってさ。その漫画にする?」
「……いや、他の漫画にしておくよ」
キシャナはシェーナに気を遣って他の漫画を手に取ると、ブックカバーに包んで部屋を後にした。




