14.当日の騒ぎ
小トトロにおててがある……!
無事にティアラが見つかり、結婚式は王妃の王冠で行われた。そのことに、アルキスもサフィラも、事情を知っていたヴァイオスもほっとした様子だ。
式を行う神殿は、王都内だが、宮殿の外にある。サフィラもハリラオスも城を出ることになるが、この二人がいれば、たとえ宮殿が乗っ取られたとしても、すぐに奪還されるだろう。
神官が厳かに結婚式を進める。ちなみに、諸外国では新郎新婦は白の衣装を着ることが多いらしいが、エルピスでは新郎は白、花嫁は赤や青など、色のあるドレスを着ることが多い。
とはいえ、それは一般の話。今回、国王であるハリラオスは国王の正装、そして、王妃となるクリュティエは赤い国王の正装に合わせた赤いドレスを着ている。結婚式と同時に、クリュティエの戴冠式も行われるのだ。
ちなみに、アルキスの隣にいるサフィラも王女としての正装だった。空色のドレスに、青い石のティアラ。もしかしたら、サフィラの王女としての正装を見るのは初めてかもしれない。正装は戴冠式の時などに装うが、ハリラオスの戴冠式の時、彼女はまだ五歳だった。
「きれいねー」
サフィラがつぶやくように言った。独り言のようで、アルキスに語りかけたわけではないようだが、アルキスは思わずサフィラの方を見た。
「姫様の正装もおきれいですよ」
驚いたようにアルキスを見上げたサフィラは、すぐに微笑み、視線を兄と義理の姉になる女性の方に戻した。彼女は視線を向けないままアルキスの太もものあたりを小突く。
「……ありがと」
小さな声で礼を言われ、アルキスも頬が緩む。すると、すぐ後ろから女性の咳ばらいが聞こえた。思わずアルキスの背筋が伸びる。
「お二人とも、そう言ったことは後にしなさい」
「はーい」
小声で答えて小さく舌を出したのはサフィラだ。アルキスは小さくうなずいただけでそれ以上の反応はできない。背後にいる女性が怖いのだ。
二人の背後にいたのは、たまたま夫の領地から戻ってきていたアルキスの姉、ミレラだ。波打つ黒髪に青灰色の瞳をした美女であるが、アルキスはこの姉が苦手なのである。
式が、結婚式から戴冠式に移る。アルキスはハリラオスの戴冠式にも参列しているが(その時は警備だった)、国王の戴冠式は大神官が王冠をかぶせるが、王妃の戴冠式は、進行は大神官だが、王妃の冠をかぶせるのは国王になる。
ハリラオスが慎重にクリュティエの頭に王冠を乗せる。そして、彼女の手を取って立ち上がらせた。満場いっぱいの拍手が沸き起こる。アルキスもサフィラもそろって拍手をした。照れたように顔を見合わせるハリラオスとクリュティエを見て、なんだかんだでうまく行きそうだと少し安心した。
△
結婚式、戴冠式が終わり、宮殿に戻ってきた。これから披露宴の準備である。その確認をしながら、サフィラはアルキスに今朝の騒動を語って聞かせた。解決してからの謎解きである。
「時間がなかったから背後関係はまだ洗っていないけど、ティアラを盗んだのはおそらく、アリ公爵ね」
「そう言う割には確信ありげですが」
「まあねー。あ、それとって」
アルキスはサフィラが示した料理のメニュー一覧を手渡した。サフィラはそれにもチェックを入れながら話し続ける。
「アリ公爵には現在十二歳のご令嬢がいるわ。この子を王妃にしたかったのね。王妃候補が全員宮殿からさげられてチャンスがある、と思ったのに、お兄様がクリュティエお義姉様を選んだからショックだったんでしょうね」
「……なるほど」
十二歳の令嬢とサフィラは言ったが、アルキスやハリラオスから見れば、十二歳は子供だ。十六歳のサフィラもそうだったはずなのだが、最近ちょっと雲行きが怪しい。
それはともかくだ。
「それに、アリ公爵には愛人に産ませた息子がいるの。この子が今、十六歳くらいかしら」
愛人の子は跡取りにはなれない。そのため、アリ公爵の跡取り息子は現在六歳のイアニス少年であるはずだ。だが、アルキスは何となく話が読めた気がした。
「あー。あわよくば、その愛人の子を姫様の婿にって考えたわけですか」
「そう言うこと。話が早くて助かるわ」
メニューのチェックを終えたサフィラは、そのまま披露宴を行う広間の席順を確認しに行く。
「まあ、私が嫌だと言えば成立しないけどね。私はアルキスの方がいいわ」
「それはありがとうございます」
選ばれれば、悪い気はしない。
つまり、娘を王妃にすることも、愛人の子を王女の婿にすることもできなかったアリ公爵が自暴自棄になって起こした騒動だと、サフィラは見ているのだ。
「アリ公爵家ゆかりの女性が女官をしてたからね。ほら、アルキスが捕まえた彼女。彼女にティアラを奪うように指示したのね~」
「そう言えば、結局金庫はどうやって破られていたんですか?」
「あー、うん。それがちょっと妙なのよね」
サフィラはくるりと振り返り、アルキスを見上げた。
「あの金庫、お兄様しか解除数字を知らないし、まあ、計算で開けることもできるけど、どう考えても解くのに一時間はかかるのよね」
一時間かければサフィラは解けると言うことだが、そこはツッコまないでおく。
「でも、一時間もかけて解除公式をとく時間なんてないだろうし、かといって、お兄様が数字を教えるっていうのもあり得ないわ」
「……そうですね」
事が起きたのは早朝だ。悠長に数式をといている時間などないだろうし、ハリラオスが他者に解除数字をもらすとも思えない。サフィラにすら教えていない慎重っぷりなのだ。
「だから謎なの。数字があった形跡がないのに扉は開いてるし、壊された様子もないし……何か、金庫を破る『魔法』みたいなものがあるって考えるのが一番自然なのかも」
「魔法、ですか」
「うん。まあ、魔法ってのもそんなに便利じゃないんだけど。もしあの金庫を破れるんなら、かなりの技量の持ち主ね」
と、サフィラは評したが、魔術師ではないアルキスにはいまいちピンとこなかった。ちなみに、確認したが金庫破りの魔法はサフィラにもできないらしい。ちょっと安心した。
「そう言えば、どうして井戸の中にあるってわかったんですか」
「どうしてって言われても困るけど……」
サフィラは眉をひそめてアルキスの腕をつかんで廊下に出た。彼女は歩きながら尋ねた。
「アルキスは、ものを隠したいときどこに隠す?」
「私……ですか」
アルキスは少し考えた。誰から隠そうとするかにもよるが、この宮殿で『相手』として思い浮かぶのはハリラオスとサフィラだろうか。
「私なら、高いところに隠すでしょうか」
「んー。男の人ならではなのかしら。私なら宝石箱の中に隠すわね。女の人は、手元に盗んだものを隠す人が多いらしいわ」
サフィラが言った。木を隠すなら森の中、ということか。アルキスは一つうなずいた。
「なるほど。姫様のまわりで何かが無くなった時は、姫様の宝石箱の中を探してみましょう」
「あはは。そうね。で、話を戻すけど、盗んだものって、自分の手の届かないところにあると不安でしょ。まあ、私だけかもしれないけど……でも、人が多いところはそれはそれで見つかるかもしれない」
「その挙句、選んだのが井戸の中だろうと? 確かに、水汲みは女官の仕事ですが、誰かに引き上げられてしまう可能性だってあるでしょう」
サフィラはおそらく、ティアラが盗まれた時点で下手人をある程度絞り込んでいたはずだ。その関係者の中から、最も可能性が高い人物の行動範囲を調べ、井戸に隠している、という結論に至ったと思われる。
確かに井戸の中は薄暗く、アルキスは見つけられなかった。しかし、サフィラなら一発だ。彼女のこの能力を知らなかったとしても、誰もが訪れることができる井戸は、隠し場所としてリスクが高い気もする。
「むしろ、見つけさせたかったのだと思うわ、私に」
「……姫様を挑発している、ということですか」
「どうなのかしらねー」
サフィラはさすがにわからないわ、と肩をすくめた。
「誰かが……ああ、アリ公爵のことじゃないわよ? 公爵以外の誰かが糸を引いていて、公爵のこともそそのかしたんでしょうけど……正体がさっぱり見えないのよね」
「ある意味恐ろしいですね」
「わかっていれば射抜いちゃうんだけどね」
さらりと笑顔でそんなことを言うサフィラも結構恐ろしい。そこに、「姫様!」という声が聞こえてきた。声の方を見ると、宮殿警備の近衛騎士だった。
「どうした」
声をかけられたのはサフィラだが、尋ねたのは近衛隊長であるアルキスだ。近衛騎士は敬礼をとり、叫ぶように言った。
「姫様! あの食人怪鳥が!」
サフィラとアルキスは目を見合わせると、近衛騎士が北方向に向かって走り出した。宮殿内は走行禁止であるとか、そういうのは関係ない。その近衛騎士も後ろからついてきて、「左です!」とか指示を出している。
やがてベランダに出たアルキスたちは夕日の空に食人怪鳥と思われる影を十ほど見た。
「夕刻かぁ……また微妙な時間ね」
「微妙、ですか」
目を細めるサフィラをアルキスは見た。彼女は視線を彼に向けずに「うん」とうなずく。
「昼から夜に変わる時間だからね。結界が張ってあるから、宮殿に侵入してくることはないと思うけど、早めに駆除しちゃおう」
と、サフィラはこともなげに言った。そのままバルコニーから建物の中に戻り集まっている兵たちに次々と指示を出すサフィラに、アルキスは問う。
「陛下には伝えないので?」
「もう報告は言っているはずでしょ? でも、新婚さんを戦わせるわけにはいかないじゃない?」
このセリフを笑顔で言うサフィラ。強い……。
「……では、我々だけでやるんですか」
「そう言うこと。なんのために私が半分権限を持っていると思ってるのよ」
そう言うサフィラはとてもいい笑顔であったが、ちょっと怖かった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
私の『ものをどこに隠すか?』論は事実に基づいていないので参考にしないでください。これはフィクションです。




