10.決断
ハリラオスの王妃候補たちのいわゆる試用期間が終わった。最終日前日には宴が開かれたが、やはり国王、その妹、王妃候補たちだけで行われたので実際は晩餐会になる。
そう言えばサフィラが射落としアルキスとリダがとどめを刺した怪鳥であるが、サフィラによるとあの怪鳥は群れで行動するものらしく、一匹いるのならその十倍はいると考えるべきだ、とのことらしい。
そのため、数少ない魔術師を動員して探索に出した。結果的にサフィラの負担が増えたことになる。
「日常生活で全く関係ないから忘れていたが、そう言えばお前、魔術師だったな」
「そうなの」
ハリラオスの執務室で、ハリラオスとサフィラは相談中だった。今日の午後に王妃候補たちが帰って行くのだが、その前に相談である。二人とも忙しいので、時間が合う時にはこうして顔を合わせている。これは別にハリラオスがシスコンだからではなく、必要だからだ。
エルピスでは国王ハリラオスと王妹サフィラが権力を二分している。そのため、お互いが何をしているか確認しないと、矛盾した政策を出してしまうかもしれない。
サフィラは魔術師である。魔術を使う女性のほとんどは神職者なのだが、サフィラはそうではない。資格はあるが、違う。神職者は結婚できないからだ。
彼女は王族だ。そして、今、王族が国王ハリラオスと王妹サフィラの二人しかいない以上、彼女にも結婚し、子をなす必要性が高い。サフィラもそれをわかっている。
少し心が痛んだ気がした。妹のように思ってきたサフィラがほかの男に撮られるのが嫌なのだろうか。だとしたら、アルキスも結構なシスコンである。
話を戻して、怪鳥の話である。
「あいつ、鳥だから飛べるけど、殺すのはそうむずかしくないわ。見つけたらその場で倒してしまえばいいと思う。だけど……王都に現れたっていうのは気になるわね」
サフィラが考えるように顎に指を当てた。小首をかしげる。
「王都には巣に出来るような場所がないし、あの怪鳥も、もっと北の山の方に住んでいるはずなんだけど……」
「……つまり?」
ハリラオスが促すと、彼女ははっきりと答えた。
「誰かが、ここまで連れてきたのかもしれないわ」
「……何のためにだ」
「それは……わからない」
サフィラが首を左右に振る。少し視線を落として言った。
「でも、あの時……誰かの気配を感じた気がする。もし、その気配が本当で、その人が怪鳥を連れてきたのだとしたら……」
言いよどむサフィラの頭を、ハリラオスが優しく撫でた。
「大丈夫だ。お前がそう言うのなら、俺もできる限りの対策をしよう。何をすればいい? 一緒に考えよう」
「……うん」
ほのかに笑みを浮かべて微笑んだサフィラを、アルキスはやはり笑った方がいいな、などと思いながら見ていた。
△
その後、アルキスも巻き込まれて対策が話し合われたが、何分サフィラ自身も初めてのことなので具体的に何をすればいいか、などがわからない。そこで、神殿の神官長に話を聞いておくことにした。とりあえず、宮殿にはサフィラが結界を張っておくらしい。
サフィラののびやかな歌声が響く中、アルキスは訓練場に向かっていた。この歌声が結界を形成するらしい。魔術とは不思議である。
「アルキス様」
思わずびくっとしてしまったアルキスは悪くない。と、思いたい。話しかけてきたのはフィロメナだった。すでに帰り支度を終えたのか、着ているのは豪奢なドレスではなく旅装の動きやすいワンピースのようなものだった。
「……フィロメナ殿。領地に帰られるのですか」
王都にある屋敷に帰るのに、旅装である必要はない。だとしたら彼女は、ムラト公爵領に帰るのだろうと思ったのだ。
「ええ。すでに、父が用意した婚約者がいるそうです」
にっこり笑って言うセリフではない。と、アルキスは思った。王妃候補をあきらめるのだろうか。それが顔に出ていたのだろう。フィロメナは笑って言った。
「わたくし、初めから王妃になる気はありませんでしたの。陛下よりむしろ、あなたの妻になりたかった」
「……それは、光栄です」
何となく気づいていたし、サフィラやフィリスにも言われていたが、本人の口からきくと反応に困る。
「そんな棒読みで言われてもねぇ。でも、アルキス様を振り向かせるのは無理みたいですから」
「……まあ、そうですね。申し訳ないですが」
フィロメナはふふっと笑みを浮かべた。そんな笑みすら色っぽいが、心動かされることもないアルキスである。
まあ、フィロメナと言う女性が、結構思慮深い女性であることは、何となく理解しているつもりだ。己の立場も分かっているからこそ、これから領地へ戻り、用意されていると言う婚約者に会いに行くのだろう。
「領地まで気を付けてお帰り下さい」
「ありがとうございます。お世話になりましたわ。――――ああ、それと一つご助言よろしいですか?」
「はい?」
一般的なあいさつで締めくくられると思われた会話だが、フィロメナがそんなことを言ったのでアルキスは思わず聞き返した。フィロメナが笑みを深くする。
「ご自分の気持ちとしっかり向き合った方がよろしいですわ。大丈夫ですわよ。あちらもアルキス様には好意を持っておられますから」
「は?」
何か良くわからないことを言われ、アルキスは戸惑った。戸惑う彼をよそに、「ちゃんと考えてくださいね。それでは」とフィロメナはひらひらと手を振り、公爵令嬢とは思えない気軽な態度でその場を離れた。最後までよくわからない女性だった。
「お、アルキス」
訓練場につくと、先ほどまで歌を歌っていたと思われるサフィラが何故か兵士たちをたたきのめしていた。アルキスに気づくと笑顔でよってくる。彼はため息をついた。
「姫様。勝手に近衛騎士を叩きのめさないでください。というか、結界はもういいんですか?」
「いいの、もう張り終わったわ。ばっちりよ。それに、叩きのめしたのはほとんどリダだし」
「……リダ、お前」
アルキスが呆れた視線をリダに向けたが、リダは力強く笑っただけだった。こいつ、心が強い。本当に。
あはは、と笑うサフィラを見て、アルキスはふと思った。
「……姫様。何か嫌なことでもあったんですか」
直感的にそう思ったのだが、サフィラの本心を刺したらしい。少し彼女の眉尻が下がった。
「……今日でみんなが出て行くから、ちょっとさみしいなって」
「ああ……なるほど」
アルキスは納得してうなずいた。王妃候補四人は、今日、宮殿を出て行く。この間に、ハリラオスは王妃を決めなかったので、結局全員でていくのだ。
なんだかんだで王妃候補たちと結構仲良くしていたサフィラは、彼女らがいなくなるのがさみしいようだ。元に戻るだけだが、にぎやかだったのが突然静かになると、さみしく感じるものだ。
アルキスは心なししょんぼりしているサフィラの頬を撫でた。
「さみしければ、いつでもお相手しますよ。ただし、無断で兵を叩きのめすのはやめてください。次やったら、さすがに怒ります」
「アルキスはちゃんと怒ってくれるわよねぇ。そう言うところ、大好き」
頬を撫でていた手をつかまれて、サフィラのにっこり笑顔を見つめるアルキスである。完全に二人だけの世界が出来上がっているが、二人とも気づいていない。周囲の生暖かい視線に。
「じゃあさっそく。アルキス、そこ立って」
早速模擬戦を始めようとするサフィラに、アルキスは早まったかもしれない、と思った。
△
夜までに、王妃候補たちは全員でて行った。初めに出て行ったのは、最も遠く、つまり領地に戻るフィロメナだった。続いてソーラが逃げるように宮殿を出て行き、最後にエレニとクリュティエが仲良く帰って行った。
「サフィラ、ヴァイオス」
夕食後、ハリラオスが妹と宰相に声をかけた。ハリラオスの側に寄ったサフィラが「どうしたの?」と尋ねる。
「話がある。ああ、アルキスも一緒に来い」
と、結局護衛替わりに巻き込まれるアルキスである。サフィラはリダに先に部屋に戻るよう伝え、ハリラオスのあとに続いて彼の私室に入った。国王の私室にはハリラオスの側近であるレヴァンがいた。彼は微笑んで一礼する。
「レヴァン、ワインを出してくれ。サフィラには果実水を」
「えー、私もワインでいいのに」
ハリラオスの扱いに不服そうにするサフィラである。ハリラオスはサフィラの頭に手を置く。
「お前が意外と酒豪なのは知っているが、念のためだ。まだ十六歳だからな」
「もう十六歳よ。嫁いで子供がいたっておかしくない年なのよ」
「……そんなことは言わないでくれ……お前がほかの男の者になるのだと思うと……っ」
「そもそも、お兄様のものだった覚えもないけど」
しれっととどめを刺すサフィラである。ハリラオスは本格的にうなだれた。アルキスはレヴァンからワイングラスを受け取りつつ、目を見合わせて苦笑した。
さて、何とかハリラオスを現実に引き戻し、話を聞く体制となった。ちなみに、サフィラは結局一人果実水を飲んでいる。
「王妃を決めた」
グラスに口をつけていたアルキスは唇からそれを離した。サフィラとヴァイオスもグラスを置いてハリラオスを見ている。見つめられながら、ハリラオスは言った。
「クリュティエを王妃に迎えようと思う」
かっこよく宣言したハリラオスであるが。
「まあ順当ですな」
「ですよねー」
「当然の結果と言いますか」
「ほかに選択肢がないとも言いますね」
と、ヴァイオス、サフィラ、アルキス、レヴァンの全員が程々にひどい。雑な扱いを受けたハリラオスは拳を震わせた。
「お前ら……せめてもう少し驚くとか、素直に喜ぶとか……!」
求める相手を間違っていると思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
一旦一区切りです。




