11.結婚騒動
アグニ公爵の三女クリュティエを王妃に迎えることとなり、その準備が着々と進んでいた。今年の秋までには準備が整う予定である。サフィラとヴァイオスが全力を注いでいるので、本当に秋までにクリュティエが王妃に迎えられるだろうとアルキスは思っている。ちなみに、今は初夏だ。
というわけで、こういうことに関して微妙に役に立たないハリラオスを置いてけぼりに、サフィラとヴァイオスが二人で相談し、話を進めていくのだが、よく見るようになった光景がある。
「姫様! 姫様も気になる相手はございませんか!?」
「いないって!」
一応、ハリラオスとクリュティエの結婚式でサフィラをエスコートする男を探しているだけなのだが、たぶん、ヴァイオスはあわよくばサフィラの嫁ぎ先を決めてしまおうと思っているのだろう。彼女の意志に合わせようということなのだろうが、そんなことをすればいつまでたってもサフィラは結婚しないだろう。
口論だけでなく実際にサフィラが逃げ回っていることもある。今日はそうだった。中庭でハリラオスと打ちあっているときに彼女と、彼女を追うヴァイオスが現れた。
「もーう、しつこいっ! お兄様の結婚式が終わってからでいいじゃないのさ!」
サフィラがそう叫びながら中庭に入ってきてより近くにいたアルキスの背後に隠れた。盾にされ、サフィラとヴァイオスに挟まれたアルキスは戸惑って背後のサフィラを見た。
「ですが、姫様を式の時にエスコートするものが必要でしょう!」
「そんなの誰でもいいじゃん! ほら、アルキスとか!」
「ちょ、巻き込まないでくださいよ」
さりげなく巻き込まれてしまったアルキスをハリラオスが楽しげに眺めている。アルキスの訴えを無視してサフィラとヴァイオスの言い合いが続いていたが、ついにサフィラは爆弾発言をした。
「もういいじゃない! 式のエスコートも結婚もアルキスに頼む!」
後ろからぎゅっと腕を抱き込まれた状態で、アルキスは硬直した。先ほどまで剣を合わせていたハリラオスからシャレにならないプレッシャーを感じた。
ハリラオスは静かなる怒りをアルキスに向けていたが、ヴァイオスは考え込むように沈黙していた。
「……確かにアルキス殿ならネストル公爵家の出ですし、身分も釣り合いますね」
「……いや、ちょっと待ってください、宰相閣下」
ヴァイオスが何やら肯定的なことを言い出したので、アルキスはあわててストップをかける。だが、サフィラがアルキスにしがみついたまま言った。
「アルキスに好きな人がいるならあきらめるけど、いないなら付き合ってよ。もう考えるのめんどくさい。ヴァイオスと口論するの、大変なのよ」
それはあれか。双方とも頭がいいからか。アルキスは口元をひくひくさせた。ハリラオスから「受けるな。だが、断っても斬る」と言わんばかりの圧力を感じた。アルキスに退路はなかった。
「……わかりました、姫様。お受けいたします」
「よし!」
「とりあえず一発殴らせろ!」
満面の笑みで喜んだサフィラに対し、ハリラオスはアルキスの頬を渾身の力で殴った。突然のことだったので、アルキスも避けられなかった。平時ではハリラオスよりアルキスの方が強いのだが。
「わあっ。お兄様、何してるのよ!」
サフィラが驚いて声をあげた。殴られたアルキスも、倒れるほどではなかったがよろめいた。サフィラが「大丈夫!?」とアルキスの顔を覗き込んできた。
「いや、大丈夫です」
口の中が切れたけど。それより、睨み付けてくるハリラオスを何とかしてほしかった。
「サフィラ……お前、そんなに簡単に決めていいのか……!?」
ハリラオスが涙目だ。自分が一か月のお試し期間があったから、適当に感じるのだろうか。確かに、サフィラの言葉は結構軽かったが、せっぱつまってもいた。
「別に本当に結婚しようってわけじゃないでしょ」
サフィラのしれっとした言葉にハリラオスがうなずきかけたが、続いた「でも、アルキスとなら私は結婚してもいい」という余計な言葉にうなだれた。とんでもないプレッシャーを受けるアルキスとしても余計なひと言であった。
「いえいえ、姫様、陛下。アルキス殿も姫様も構わないのであれば、そのまま結婚に至っても良いのでは? お二人とも適齢期ですし、嫌ではないのでしょう?」
「まあ、そうねぇ」
「そうですね……」
否定できないヴァイオスの言葉に、うなずくことしかできないアルキスである。サフィラは相変わらず飄々としていたが、ふと手を伸ばしてアルキスの殴られた頬に触れた。ピリッと痛んで顔をしかめる。
「あ、ごめん。じっとしてねー」
治癒術をかけているらしく、頬がわずかに熱い。見つめ合っているようにも見える二人ははたから見ると大変いい雰囲気であったが、二人ともそのあたりは思考が残念なので、そう言う自覚はなかった。
「………………ああ。お似合いであるのは認めざるを得ない!」
と、叫んだのはハリラオスである。突然どうしたのか。アルキスはびくっとした。サフィラはアルキスの治療を終えて彼から離れる。それから兄を見て言った。
「お兄様、御乱心!」
「大丈夫です、姫様。国王陛下はいつでも乱心しておられます」
「ちょっと待てどういう意味だヴァイオス!」
サフィラの叫びにツッコミを入れたヴァイオスであるが、なかなかに失礼なセリフであった。ハリラオスが横暴な王であったら、不敬罪で斬首だったかもしれない。だが、幸いハリラオスは多少気性が荒くはあるが、良識のある人間だった。なので、ヴァイオスに怒声を飛ばすくらいですんだ。
「とにかく、アルキス! 俺の式の間はサフィラはお前に任せる! 必ず守れ。そして、手を出すなよ!?」
「わかっていますよ。出しませんよ……」
若干疲れたアルキスは覇気のない声で答えた。少なくともハリラオスの結婚式の間、自分がそばにいられないと彼は気づいたのだろう。ならば、自分が知る中で最も強く、信頼しているアルキスをサフィラの側に置いておくのが良い、と考えたようだ。
それでも護れ、手を出すな、と言ってくるハリラオスは本当にシスコンである。
△
「アールキース」
サフィラの衝撃の告白の翌日。そのサフィラはリダを連れて珍しくたまっていた事務処理を片づけていたアルキスの元を訪れた。
「姫様。いかがなさいました」
「んー。ちょっとね」
にこにこと遠慮なく事務所に入ってきてアルキスが使っている机のそばまで来たサフィラは、アルキスの机に乗っている書類を無造作に一枚取り上げて、言った。
「これ、ここの計算間違ってるわよ」
「……本当ですか」
アルキスは書類を引き寄せた。おそらく、サフィラに指摘されなければ気づかずにスルーしてしまったであろう桁数だった。
「……ありがとうございます。というか、よく気付きましたね……」
アルキスが感心して言うと、サフィラは「ふふっ」と楽しげに笑った。
「いつもこういう書類を見ていれば、どの辺を見ればいいかってわかるようになるものよ。お兄様がこういうの苦手だし、私は結構得意だしねー」
棲み分けができているのだ。サフィラの方が器用貧乏的な感じがするが、ハリラオスが苦手でサフィラが得意なものがあれば、サフィラがやった方がはやい。
何なら手伝うけどー、というサフィラのありがたい申し出を断り、やり方を教えてくれるサフィラの声に従いつつ書類の計算を修正する。
「すみません、ありがとうございます」
きれいに修正した書類にサインをして処理済みの箱に入れながらアルキスは礼を言った。サフィラは「気にしないで」とニコニコしている。
「お待たせしてすみません。私に何かご用でしょうか」
「あー、うん」
何故か突然彼女の歯切れが悪くなる。笑みも苦笑に変わった。
「昨日のことだけど、面倒なこと頼んでごめんね……」
一瞬ぽかんとしたアルキスであるが、すぐに納得して「ああ」とうなずいた。
「面倒だとは思っておりませんよ。むしろ、姫様のような美しい方とご一緒できるのはとても光栄なことです」
さらりと歯の浮くようなことを言ってのけたアルキスであるが、彼は別に軟派であるとか、そう言うことではない。近衛騎士などをしていると、こういうことが言えるようになってしまうのだ。今はサフィラの不安を取り除くのが先なので、普段言えないようなことも言えると言ってもいい。
しかし、だからこそだろうか。サフィラの瞳が不審げな色をたたえている。
「……なんか納得できないんだけど……私が王妹だからって気を遣わなくても、嫌なら断ってくれてもいいの、ホントに。昨日は勢いでアルキスの名前をあげちゃったけど、式の付添なら、他の近衛騎士でもいいし。あ、結婚とかは冗談だからね」
と念押ししてくるサフィラである。アルキスは目を細めた。
「まあ、ちょっと大げさだったことは認めますが。しかし、本当に構わないと思ったから、お引き受けしたのですよ」
「本当にごめん。近衛騎士隊長のアルキスなら、お兄様の結婚式の警備責任者にもなるでしょうに……」
「姫様も、式の進行役としては同じくらい大変でしょう。むしろ、警備だけ考えていればいい私の方が楽なくらいです」
このお姫様、最初から自分がやった方が早いと、兄の結婚式の進行役を引き受けていた。まあ、進行役と言っても実際に進行するのは神官であるので、正確にはスケジュールや招待客の管理などがメインになる。
「あ、でも確かに、一緒にいたほうが何か不都合があったときとかでもすぐに対処できるわね」
などと言ってのけるあたり、サフィラはワーカホリックなのではないかと非常に心配になるアルキスだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




