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人は、大勢の悲鳴よりも、一人の沈黙に目を奪われることがある。
その日の空は、どこまでも青かった。
昼下がりの繁華街。昼休みを終えた会社員や買い物客が行き交い、いつもと変わらない日常が流れていた。
その日常は、一人の青年がビルの屋上へ姿を現した瞬間、音を立てて崩れ始める。
「おい……あそこ!」
誰かが空を指差した。
人々が一斉に見上げる。
ビルの屋上の縁に立つ青年は、風に揺れるように静かに佇んでいた。まるで、これから起こることを受け入れているかのような、不思議な落ち着きをまとっている。
次の瞬間だった。
青年はためらうことなく、一歩を踏み出した。
悲鳴が街を切り裂く。
「落ちた!」
地面へ吸い寄せられるように落下する身体。
鈍い衝撃音。
周囲は一瞬で騒然となり、人だかりができていく。
その現場へ、一人の男が駆け出していた。
刑事・田口修司。
近くで聞き込みをしていた彼は、人波を押し分けながら叫ぶ。
「どいてくれ! 警察だ!」
野次馬をかき分け、ビルから飛び降りた青年の元へ向かう。
――その瞬間。
世界が、白く染まった。
閃光。
目を開けていられないほどの眩しい光が、周囲を飲み込む。
目を焼くような閃光が辺り一帯を包み込み、誰もが思わず目を閉じる。
「うわっ!」
「なんだ!?」
数秒後。
田口が恐る恐る目を開く。
そこにあるはずの光景が、消えていた。
青年の姿がない。
アスファルトには血痕一つ残っておらず、人々が呆然と立ち尽くしている。
「……え?」
田口が息をのむ。
その直後、周囲のざわめきが一気に広がった。
「今の光、なんだった?」
「え……飛び降りた人は!?」
「誰か救急車を呼んでなかったか?」
「あれ……夢でも見たのか?」
誰もが顔を見合わせ、不安げに辺りを見回している。
そのときだった。
人混みの向こうを、一人の青年が静かに歩いていく。
田口の心臓が大きく脈打つ。
間違いない。
ついさっき、このビルから飛び降りた青年だった。
傷一つなく、何事もなかったような表情で、人波の中を歩いていく。
「……待て!」
田口は我に返り、人混みを押し分けて走り出した。
「そこのお前! 止まれ!」
しかし青年は一度も振り返らない。
青年は無言のまま歩き続け、人混みの奥へと静かに消えていった。




