EP 2
漆黒の魔闘剣士(ただのゴミ拾い)
「……はっ!?」
佐須賀良樹が目を覚ますと、そこは鬱蒼と木々が立ち並ぶ見知らぬ森の中だった。
見上げれば、地球ではありえないほどの巨大な二つの月が空に浮かんでいる。
「ここは……ククク、どうやら冥界の淵を越え、新たな次元へと降り立ったようでござるな。我が内に眠る漆黒の魔竜が騒いでいるわ……!」
とりあえず、右目を手で押さえながらポーズを決めてみる。
誰も見ていないが、異世界転生したオタクとしては避けて通れない通過儀礼だ。
だが、彼のカッコいいポーズを打ち破るように、無慈悲な音が森に響き渡った。
『ぐきゅるるるるるるるぅ……』
「……腹が、減ったでござる」
そういえば、トラックに跳ねられたのは深夜のバイト明け。
楽しみにしていた『ネギ玉牛丼(特盛)』を一口も食べないまま死んだのだ。
胃袋の絶望感たるや、筆舌に尽くしがたい。
「そうだ、あのジャージのオバサン神が何か言っていたでござるな。『丼マスター』とかいうスキル……! ステータス・オープン!!」
良樹が叫ぶと、空間に半透明のホログラムパネルが浮かび上がった。
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【ユニークスキル:丼マスター】
所持善行ポイント:0 pt
《メニュー》
・牛丼(並) …… 100 pt
・豚丼(並) …… 100 pt
・カツ丼 …… 150 pt
・ネギ玉牛丼 …… 120 pt
※薬味(紅生姜・七味など)は無料
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「おおおお! マジでメニュー画面が出たでござる! ……って、あれ?」
良樹は、パネルの右上に輝く数字を二度見した。
『所持善行ポイント:0 pt』
「ゼロ!? ゼロでござるか!? これじゃただのメニュー表を眺めるだけの拷問ツールではないか!」
慌ててスキルの詳細をタップする。
【善行ポイントの稼ぎ方】
・お皿洗い:1 pt〜
・ゴミ拾い:1 pt〜
・溝掃除:50 pt〜
・人助け:1000 pt〜
「なるほど、良い事をすればポイントが貯まるシステム……って、ここは森のど真ん中! 助けるお婆さんも掃除するドブも無いでござるよ!」
絶望に膝から崩れ落ちそうになったその時、良樹の視界の端に何かが映った。
それは、草むらに捨てられた空のポーション瓶や、折れた剣、ボロボロになった革鎧の残骸だった。
どうやら、この森を通り抜ける冒険者たちが不法投棄していった『ゴミ』らしい。
「…………」
良樹は無言で空のポーション瓶を拾い上げた。
【 ピロッ♪ 善行(ゴミ拾い)を検知しました。 +1 pt 】
「……いけるっ!!」
良樹の瞳に、漆黒の炎(ただの食欲)が宿った。
「フハハハハ! 見よ、この腐敗した大地を! 冒険者どもの業が、この清らかな森を汚している! 漆黒の魔闘剣士たるこの拙者が、浄化(お掃除)してくれようぞ!!」
良樹は右腕に巻いた見えない包帯を解く(つもり)のポーズを決めながら、猛然とダッシュした。
「喰らえ! 空き缶・デストラクション!(ポイッ)」
【 +1 pt 】
「燃え盛れ! 錆びた鉄くず・パニッシュメント!(ポイッ)」
【 +2 pt 】
「この紙クズは……古き魔道書(ただのエロ本)の切れ端か! 封印(回収)させてもらうッ!」
【 +5 pt 】
薄暗い森の中、中二病全開の決め台詞を叫びながら、一心不乱にゴミを拾い集める20歳の青年。
その姿はあまりにも涙ぐましかった。
そして――。
【 現在の所持ポイント:120 pt 】
「……ッ!! 溜まった……! ついに溜まったでござる!!」
良樹は震える指で、空中のパネルをタップした。
「我が血肉となりて顕現せよ! 召喚! 『ネギ玉牛丼(特盛)』ィィィッ!!」
カァァァァァッ!
魔法陣が展開され、光の中から一つの丼が現れた。
深夜の森に、甘辛く煮込まれた牛肉とタマネギ、そして醤油の暴力的なまでに香ばしい匂いが立ち込める。
炊きたての熱々ご飯の上には、隙間なく敷き詰められた肉。
その上にどっさりと乗ったシャキシャキの青ネギ。
そして中央には、プルプルと震える神々しい温玉。
オプション(無料)で追加した紅生姜が、丼の端でルビーのように輝いている。
「ああ……っ、これを、これを待っていたのでござる……!」
良樹は割り箸をパチンと割り、温玉を崩した。
黄金の黄身が、ネギと肉にトロリと絡みつく。
それを箸でガサッとすくい上げ、一気に口の中へとかき込んだ。
「――――ッ!! う、う、うますぎるでござるぅぅぅ!!」
肉の旨味、ネギの辛味、黄身のまろやかさが口の中で爆発する。
良樹は涙と鼻水を流しながら、一心不乱に牛丼を貪り食った。
異世界転生して最初の食事が、まさかのチェーン店の味。だが、それが今の彼には何よりも最高の御馳走だった。
「はふっ、はぐっ、ふぉおおお……!」
彼が完全に牛丼の世界に入り込み、最後の米粒をかき込もうとしたその時だった。
ガサガサガサッ!!
背後の茂みが大きく揺れ、何かが近づいてくる気配がした。
「……ん? 敵でござるか!?」
良樹は空になった丼を抱えたまま、ビクッと肩を揺らす。
茂みの中から現れたのは――鎖に繋がれ、ボロボロに傷ついた一頭の巨大なトカゲ(ジオ・リザード)と、それを鞭で叩く悪びれた商人の姿だった。
(※良樹はまだ知らない。この時目が合った哀れなトカゲが、のちに神々すら恐れる『始祖竜クロノ』であるということを――)




